日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

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去る2月8日にアフガンの小さな田舎町で水路・モスク・マドラサの完成式典が行なわれました。日本人医師中村哲さんと支援団体ペシャワール会が村人たちと一緒に取組んだ24mの用水路が6年半かけて完成したのです。
 
アフガンは1979年から10年間の戦乱で100万人の死者と300万の難民が生じました。ソ連軍が撤退しパキスタンに逃れていた難民が故郷に戻ってみると、土地はすっかり荒廃していました。パキスタンのペシャワールで医療活動を行っていた中村さんは、91年末からアフガンにも診療所を開設しました。
 
2000年から旱魃が続き、水不足で汚水を飲むため赤痢患者が激増しました。中村さんは各地に1000の井戸掘りをしました。しかし井戸も干上がってしまいました。荒地と化した畑を捨てて難民が再び生じ始めました。そこで大河クナール川から用水路をひき、耕地を復活させる大計画に取り組み始めました。
 
水路が延びると共に、周囲に緑と農地がよみがえり、小麦だけでなくジャガイモやスイカも収穫出来るようになりました。 難民化した農民たちが再び戻ってきて、水路周辺に集落を作り皆が集える祈りの場としてモスクも建ちました。その横にイスラムの経典クムラーンを学ぶマドラサ(神学校)も建ち、子供たちの学校校舎にも使われるようになりました。
 
国連や海外のNGOが各地に設立した学校は、欧米諸国への反撥から、過激派の脅迫や攻撃で閉鎖に追い込まれました。しかしイスラムの伝統にのっとるペシャワール会のマドラサだけは、住民たちの支持を得て過激派の温床にもならず、子供たちの大切な教育の場として生き延びました。
 
2008年、米軍と武装勢力の戦闘で治安が急激に悪化し、職員の伊藤和也さんが拉致殺害された時、村人たち総出で救出活動をしました。伊藤さんの両親が設立した基金に集まった2000万円で、遠隔地からマドラサに集まる子供用寄宿舎が間もなく建つ予定です。「現地の人たちが望むことを、現地に人たちと一緒に実現し、自立の道を開く」これが中村さんの理念です。
 
中村さんはクリスチャンです。福岡県内で勤務医をしていました。32才の時、福岡の山岳隊のパキスタン遠征に医師として同行しました。医師がいると聞きつけて遠征隊のもとにやってくる村人たち。結核の子供の父親に病院へ行くよう勧めると「ちゃんと医療を受けられるのなら2日もかけて先生のところにまで来なかった」と言われたそうです。彼は現地で医師として暮す決断をして、38歳でペシャワールに戻って来ました。
 
ひどい旱魃で医療の限界にぶち当たりました。水飢饉で汚水を飲むことで人々は赤痢にかかって死んでいきます。診療所の治療では人は救えないのです。井戸掘りも根本的な解決にはなりませんでした。結局大掛かりな用水路工事をしなければならなくなりました。
 
しかし緑と農地が甦ると農民が戻ってきて集落が生まれ、モスクがたちました。中村さんは教会を建てようとはしませんでした。教会に付属する学校を建てようともしませんでした。素朴なイスラムの農村社会に水と油のように異質なキリスト教会を建て、少数の信者を生み出してみたところで、過激派の攻撃を受け、新たな戦乱が生まれるだけです。
 
イスラム教徒の農民たちが代々営んできた生活スタイルでは、モスクこそが皆が集える祈りの場なのです。そしてモスクに付属するマドラサが、子供たちの教育の場なのです。中村さんは「現地の人が望むことを、一緒に実現することによって、人々の自立の道が開けていく」と考えました。こうして農村が復興して、人々の喜びが生まれたのでした。
 
神さまは世界中のすべての人の神さまのはずです。すべての人が仲良く助け合って、平和で豊かな生活をすることを何よりも願っておられるに違いありません。ですから中村さんのような働きをこそ、一番望んでおられるのではないでしょうか。
 
自分の益ではなく多くの人の益を求めて、
すべての人を喜ばそうとしているのです 聖書

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