日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

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2011年6月12日川越教会
(前半に続く)

                    新しい言葉

                                   加藤 享

[2] 言葉を語らせる聖霊の働き

 イエスさまは十字架の時が迫ってきた時に、弟子たちにおっしゃいました。「わたしは、あなたがたをみなしごにはしない」「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は真理の霊である」「弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる」(ユハネ14章) 

 神さまは、イエスさまとなってこの世に来られ、十字架の救いの業を成就されて、天に戻られると、代わりに弁護者、真理の霊、すなわち聖霊として私たちといつまでも一緒にいてくださると約束なさいました。その約束を、五旬祭の日に果たしてくださったのでした。それが今日の聖書の場面です。聖霊が降った状況を、もう一度振り返ってみましょう。

 先ず、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響きました。風は思いのままに吹くもので、人間がコントロールできません。激しい力をもち、大きな物音をたてて建物を揺るがします。これは神さまの強力で自由自在な働きの現われでしょう。響き渡る物音とは、誰をも驚かせずにはおかない働きを示します。聖霊として弟子たちと一緒に生きて下さる神さまは、弟子たちの心の中にひっそりと住んで、それで終りという神さまではありません。たとえその人が無力で弱々しくても、多くの人の驚きを引き起こす力強い働きを、自由自在にお進めになるのです。

 次に「炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった」炎は燃えさかる火を表します。世界に誇る日本刀は、良質の鋼を火で真っ赤に熱して、刀鍛冶が何千回となく打ち叩いて不純物を取り除きながら、仕上げられていきます。同じ様に神さまは、私たちの中から妨げとなる心の汚れを取り除いて、清い器にしてくださるお方として、私たちに臨んでくださることを、表しています。

 更に炎はエネルギーを生み出します。火力発電所は、轟々と燃える重油が電力を生み、生活全般を支える働きをしています。聖霊は信じる者を動かして、救いの業を至る所で繰り広げていく原動力として、一人一人にもたらされたのです。

 最後に舌という言葉に注目しなければなりません。この語は別の箇所では言葉・国語・異言とも訳されて使われています。事実弟子たちは、聖霊に満たされるや、説教を語り始めました。ユダヤ人を恐れて、家の中に閉じこもっているだけだった弟子たちが、家の外に出て、大勢の人々に向って、神さまの偉大な救いのみ業を堂々と説教し始めたのです。後で議会に引き出されて語った時には、その大胆な態度に、大祭司・議員・学者たちはすっかり驚いてしまったほどでした。

 しかも普通のガリラヤ人でしかない弟子たちが、世界各地の人々に、皆が理解できる言葉で語ったので、人々は驚いたり、戸惑ったりしたのでした。では「霊が語らせるままに、いろいろな国々の言葉で話し出した」とはどういう現象でしょうか。

(1) 弟子たちがそれぞれ、それまで使ったこともない他の国々の言葉を語り始め、聞き手が自分たちの国の言葉を語る弟子の周りに集まって、その説教を聞いたのでしょうか。

(2) 聞く人々の側に能力が与えられ、弟子たちの語るアラム語の説教を自分の国の言葉のように聞いいて、分かったのでしょうか。

(3) 弟子たちが聖霊の導くままに、異言といわれる神秘的な言葉を語り出し、聞き手もまたそれを理解する能力が与えられて、説教が分かったのでしょうか。

 めいめいが自分の生まれた国の言葉で話されているのを聞いたというのですから(1)かなと思います。でもここに14の国や地方の名が記されていますから、それぞれの言葉で語る14人のまわりに、グループに分かれて説教を聞いたということになります。しかし14節では、12人の使徒が立ち、ペトロが代表して語り始めたと述べています。

 では(2)でしょうか。しかし聖霊を受けたのは弟子たちであって、集まって来た人々ではありません。では(3)でしょうか。パウロは異言が語られる場合は、それを解釈する者を立てるようにと指示しています。異言は皆に通じない神秘的な言葉なのです。

 さて(1)でも(2)でも(3)でもないとしますと、五旬祭の日、弟子たちに聖霊が降 った時の現象を、どう理解したらよいのでしょうか。とにかく弟子たちの説教が、世界各地から集まってきた人たちに通じたのです。

[結] 新しい言葉を語る教会

 弟子たちがイエスさまに「神さまをお示しください」と尋ねました。「わたしを見た者は、父を見たのだ」 世界の創造主、全知全能の神さまのお姿は、私たちの理解を超えています。そこで神さまは、ローマ皇帝アウグストの時代に、ベツレヘムの馬小屋で生まれ、エルサレムで十字架に刑死を遂げたイエスという人物となって、歴史の中にご自分を現して「わたしを見た者は、父を見たのだ」とおっしゃったのでした。

 角川漢和辞典は「言」を「口から表現される心」と解説しています。十字架にはりつけにされながら、罵る人々のために「父よ、彼らをお赦しください」と祈りつつ、すべての人のために死んでいかれたイエス・キリストこそ、神の心、神の愛を完全に現しておられます。ですからイエス・キリストは、神の言です。

 こう考えてきますと、イエス・キリストに代わって天から来て下さった聖霊が、言葉を語らせる炎のような舌と言い表されているのは、実に適切だと分かります。ですから聖霊に満たされた弟子たちは語り始めたのでした。何を語り始めたか?11節に「神の偉大な業」とあります。14節以下のペトロの説教では「イエス・キリストの十字架を通してなされた神の偉大な救いの業」が語られました。

 そして、十字架の救いを語ったら、いろいろな国で育った人々に、言葉の違いを超えてよく分かってもらえた――語る者と聞く者の間に、共鳴・共感し合う心が生まれたのです。そうです。人を自分に従わせようとするから、争いが生まれるのです。人の救いのために命を捨てて仕えるならば、共に生きる喜びが生まれてこないはずがありません。世界が最も必要としているのは、この愛です。

 聖書が語る最初の殺人は、兄カインが弟アベルを殺す事件でした。家族という一番親密な人間の絆も、同じ言葉も、殺人を食止めることが出来ませんでした。たとえ言葉が一つであっても、各自が自分勝手に善悪を決めて行動する限り、殺人は起こる、戦争は起こるのです。

 愛の神さまは、十字架の愛を語らせるために、聖霊を注がれました。そして弟子たちの語る十字架の福音は、様々な言葉を語る人々でも、言葉の違いを超えてよく聞き分けることが出来たのでした。弟子たちの説教が、世界各地から集まってきた人たちに通じたのです。まさに十字架の言葉こそ、すべての人に通じる新しい言葉です。世界のすべての人に通じる愛の言葉です。

 弟子たちの力強い宣教によって、3000人ほどの人々が信じてバプテスマを受け、弟子たちの仲間に加わりました。伝道する教会の誕生です。教会は聖霊の働きによって誕生するのですね。そしてあの臆病だった弟子たちが、世界中に出て行って、新しい言葉で神さまの偉大な働きを語り始めました。

 ペトロは語っています。「この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、だれにでも与えられるものなのです」(2:39)そうです。神の偉大な救いのみ業は、様々な言葉を語り、様々な文化をつくって暮らしている世界各地の人々に、聞いて信じられています。この川越の町にも届いて、このように聖霊が豊かに降った教会の誕生日をお祝いしています。

 教会の誕生日、おめでとう。私たちも、力強い聖霊をいただいて、日々の生活の中で、十字架の愛、新しい言葉を語って、証して参りましょう。世界の各地に宣教の業を広めて参りましょう。  
                                         完

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