日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

全体表示

[ リスト ]

2011年8月21日川越教会
                   不思議なドラマ
                                         加藤 享

[聖書] 出エジプト記2章1〜10節

 レビの家の出のある男が同じレビ人の娘をめとった。 彼女は身ごもり、男の子を産んだが、その子がかわいかったのを見て、三か月の間隠しておいた。 しかし、もはや隠しきれなくなったので、パピルスの籠を用意し、アスファルトとピッチで防水し、その中に男の子を入れ、ナイル河畔の葦の茂みの間に置いた。 その子の姉が遠くに立って、どうなることかと様子を見ていると、 そこへ、ファラオの王女が水浴びをしようと川に下りて来た。その間侍女たちは川岸を行き来していた。王女は、葦の茂みの間に籠を見つけたので、仕え女をやって取って来させた。 開けてみると赤ん坊がおり、しかも男の子で、泣いていた。王女はふびんに思い、「これは、きっと、ヘブライ人の子です」と言った。 そのとき、その子の姉がファラオの王女に申し出た。「この子に乳を飲ませるヘブライ人の乳母を呼んで参りましょうか。」 「そうしておくれ」と、王女が頼んだので、娘は早速その子の母を連れて来た。 王女が、「この子を連れて行って、わたしに代わって乳を飲ませておやり。手当てはわたしが出しますから」と言ったので、母親はその子を引き取って乳を飲ませ、その子が大きくなると、王女のもとへ連れて行った。その子はこうして、王女の子となった。王女は彼をモーセと名付けて言った。「水の中からわたしが引き上げた(マーシャー)のですから。」

[序] 他人を気遣う日本人気質

 先週の礼拝説教では、小山禎さんが敗戦体験を証されました。小山さんは北満州の鉄嶺近くの長野県農業開拓団入植地で学校長をしておられたお父さんの許で暮らしていて、小学校1年生の時に敗戦を迎えました。お父さんを亡くし、大変な抑留生活を経験し、翌年6月に帰国されました。そして敗戦後の日本のどん底で成長されたのですね。戦後66年、戦争を知らない世代が圧倒的に多くなりました。でも私たちは戦争経験を風化させてはならないと思います。

 私は先週の福岡の聖会で、川越ペンクラブの同人誌「武蔵野ペン」に載った在日韓国人の洪栄基(ホン・ヨンキ)さんの文を紹介して、今年の敗戦記念日メッセージを語りました。韓国メディアが報じた東日本大震災での日本人の気質についてです。

 「避難所の生活は言い尽くせない不便が伴います。食料・水・物の不足、混乱・病気・寒い寝床・家族の安否・気になる被害状況・目から消えない悪夢と恐怖・明日への不安、まさにパニックの連鎖です。日本人特有の生活文化は他人に迷惑をかけない気遣い――差し出された一杯のうどんをどうぞお先にと隣りの人に勧め、そしてそのうどんが5人先、10人先へと廻されていきます。毛布も一緒にかぶり、横寝をして寝床を譲り合います。給水所やパン配給の長い列にも、我先きにはなく、並んで順番を待ちます。割り込みも、わめきも、怒鳴り声も、争いも起りません。

 子どもを亡くした母、高齢の父を亡くした娘が、静かに涙を拭いています。自分だけが家族を亡くしたのではない、自分が泣くと皆さんがもっと悲しむからと気を配り、声無き涙で悲しみをこらえています。この気遣い文化が、千人、一万人という避難生活の秩序を守っているのです。外国人には度が過ぎているのではと映る日本人の気遣い文化――でもそれは他人を思いやる愛、人間愛です。これがマスメディアを通じて全世界へ伝えられ、世界中の人を感動させ、甦れ、日本!と支援の原動力になっているのではないでしょうか」

 韓国の方たちがこのように日本人を見てくれているのですね。有難いことです。しかし私ははっと気がつきました。現在日本には、一世、二世、三世、四世の在日韓国・朝鮮人が80万人以上暮らして居られます。そして今なお様々な差別・偏見を受けて様々な葛藤を味わっておられるのです。どうしてでしょうか。

 敗戦まで35年間、日本が韓国を強制併合し、植民地支配したからです。この時の日本人と韓国・朝鮮人との不平等な立場が、優れている――劣っている、貴い――卑しいという差別意識を日本人の心に植え付け、支配者としての優越感に立って、韓国・朝鮮民族の誇りを数々、傷つけました。そしてその時に植え付けられた差別意識が、私たちの心にいまだにあるからではないでしょうか。韓国のメディアが感嘆して報道している日本人の他人を気遣う心を、私たちは一番身近な隣人の在日の方々には向けていません。私たちの気遣いは、日本人同士、すなわち身内の倫理でしかないのではないでしょうか。

 8月13日の新聞に、日本軍がアジア、太平洋地域で行なった15年にわたる戦争で犠牲になったアジア諸国の民間人死者数が報じられていました。中国人1000万人インドネシア人400万人インド人350万人ベトナム人200万人フィリピン人111万人、  朝鮮半島人20万人ビルマ人15万人シンガポール・マレーシア人10万人日本人80万人(広島長崎21万人、沖縄戦9.4万人を含む)総計約2200万人。朝鮮半島人が少ないのは、日本軍の兵士・軍属として戦死している人が多いからでしょう。

 今回の東日本大震災の死者行方不明者は約2万人余です。それでもこれだけの大きな被害を社会全体として受けているのです。としますと民間人死者総数2200万人とは、社会全体としては東日本大震災の1000倍に相当する大被害を、日本軍がアジア諸国に与えたということになります。この大きな辛さを1000回もアジア各地で惹き起こしたのです。何と大きな罪を犯したことでしょうか。私は大震災の被害に直面しつつ、新たな思いで今年の敗戦記念日を迎えました。

[1] ヘブライ人弾圧のさなかで

 さて旧約聖書の学びは、創世記を終えて、出エジプト記に入りました。ヨセフが活躍した時代から250年程の年月が過ぎ、時代はガラッと変っていました。今日の学びでは、聖書教育の教案よりも女性連合の機関誌「世の光」4〜5月号の日高嘉彦宣教師の聖書研究の方が示唆に富み、参考になります。

 聖書の舞台となった世界では、ノアの大洪水の後、人類はセム系とハム系の人種がそれぞれの地域に住みついて拡がっていきました。エジプトは紀元前3100年からハム系の古代王朝の歴史が始まります。この古代王朝3000年間に、前1710年から1550年にかけての約200年間だけ、セム系のヒクソス王朝が出現します。彼らは小アジア地方から非セム系人種に追われてエジプトに侵入して、デルタ地帯東部に住み着きました。そしてやがて全エジプトに勢力を拡大して、ハム系エジプト人の支配権を奪ったのです。

 セム系人種のヨセフが総理大臣に抜擢されて輝かしい業績をあげたのも、わずか70人余のヤコブ一族がエジプト東部に移住して強大な民族に成長したのも、セム系のヒクソス王朝時代だったからです。ヨセフは大飢饉の中で食料と引換えに農地・農民を国王のものにしてヒクソス王朝の支配権を確立していきました。(創世記47章)しかしハム系エジプト人が再び勢力を盛り返し、セム系王朝は駆逐されます。こうして「ヨセフのことを知らない新しい王」のもとで出エジプト記の歴史が始まったのでした。モーセが対決したエジプト王はラメセス鏡ぁ柄1290〜1224年)ではないかと言われています。
                                  (後半に続く)

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事