日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

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2011年8月28日川越教会

                   わたしは何者でしょう
                                       加藤 享

[聖書]出エジプト記3章1〜12節

モーセは、しゅうとでありミディアンの祭司であるエトロの羊の群れを飼っていたが、あるとき、その群れを荒れ野の奥へ追って行き、神の山ホレブに来た。 そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。 モーセは言った。「道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」 主は、モーセが道をそれて見に来るのを御覧になった。神は柴の間から声をかけられ、「モーセよ、モーセよ」と言われた。彼が、「はい」と答えると、 神が言われた。「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから。」 神は続けて言われた。「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは、神を見ることを恐れて顔を覆った。 主は言われた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。 それゆえ、わたしは降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出し、この国から、広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む所へ彼らを導き上る。 見よ、イスラエルの人々の叫び声が、今、わたしのもとに届いた。また、エジプト人が彼らを圧迫する有様を見た。 今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。」 モーセは神に言った。「わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか。」 神は言われた。「わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたたちはこの山で神に仕える。」

[序] 拾われた子の不安

 私の恩師熊野牧師が説教の中で幾度か、自分の父親からこんなことを言われたとおっしゃっていました。「清樹、お前は白川の橋の下で泣いていたのを、作爺が拾ってきた子だぞ」勿論お酒に酔った時の冗談話で、お母さんがすぐそばから「また冗談を言って」と否定してくれていました。でも何かの拍子に「自分はこの家の子ではなかったのか」という思いが心を横切ることがあったそうです。

 もしもそれが事実だったとしたら、熊野清樹少年はどんな大人になっていたことでしょうか。兄や妹と比べて、だから自分はこんな自分なのだとか、ホントの親はどんな人だろうか、今何処でどう暮らしているのだろう等々、独りで思い悩んで成長したのではないでしょうか。ひょっとしたら親を探しに家出したかも知れません。
 あの熊野先生にして子ども時代に抱いた小さな不安が、老年になっても、説教に出てくるほどに、心に残っているのですね。

[1] 生き方を変えようとしたモーセ

 モーセは王女に拾われて、その子としてエジプトの王宮で育ちました。モーセという名はヘブライ語の動詞「マーシャー」(引き上げた)に由来すると2章10節に説明されています。しかし命名したのは王女ですから、ヘブライ語ではなくエジプトの言葉で付けたはずです。エジプト王の名には○○メス、○○メセス、例えばラメセス、アメンメセス等がいます。このメス、メセスとは、「生んだもの」という意味です。「ラー(太陽神)が生んだ者」だから「ラメセス」なのです。

 モーセも王族の一人にみなされたとすれば○○メスというエジプト名を持っていたでしょう。しかし後にユダヤ人たちは自分たちの大指導者として活躍した彼を、エジプト風名前の前半である異教の神の名○○を取り去って、残りのメスをヘブライ語のマーシャーに読み替えて呼んだのではないかと、日高先生は解説しています。とにかくモーセはヘブライ人でありながら、王女の子としてエジプト名で呼ばれて王宮で育ったことは、当然でした。

 では誰が彼にヘブライ人だと教えたのでしょうか。王女に乳母として仕えて、モーセに自分の乳を飲ませて大きくした生みの母親でしょうか。或いは籠の蓋を開けてひと目みただけで「これはきっとヘブライ人の子です」と言いながら、それでもふびんに思って養子にした王女自身が、彼に語り聞かせたのでしょうか。

 いずれにしてもモーセは、自分がヘブライ人でありながら、ヘブライ人から切り離されて、エジプト人として育てられているという一つにならない二つの人種を抱えて、自分をどう理解し、どう確立していくべきか、大いに悩みながら成長していったのではないでしょうか。

 私は丁度一年前にも、在日二世韓国人で東大教授としてTVや新聞・雑誌でも活躍している美尚中(カン・サンジュン)さんの著書にしるされた在日の悩みをご紹介しました。「在日であること自体が潜在的に犯罪者であるかのような、目に見えない雰囲気が社会に充満していた。ともすると不安に駆られやすい精神的弱さ、他者の眼差しに過敏になりやすい心性。なぜ在日として生まれてきたのか、在日としての我が身に対するやるせなさと怒りのような感情を吐き出せる友もいない孤立感が、自分を憂鬱にしていた。

 世界で一番好きな国日本、同時に一番嫌いな日本、この両方が自分の内にある分裂した感覚。その中で両親の生まれ故郷韓国を訪ねた後、それまで自分自身で抑圧してきた自分を積極的に現していこうという意欲が湧き上がってきて、私は永野鉄男という日本名を捨て、美尚中を名乗ることにしたのでした。日本とも南北朝鮮とも折り合いがつけられないまま、在日として生きてきた。しかしこの折り合いの悪さ、落着きの悪さが、逆に東北アジアと共に生きる新しい可能性に通じているのではないかと思うようになったのです。」
 私は日本という国で在日二世として苦悩しながら、自己を確立してこられた美尚中さんの告白を読んで、エジプトの王宮でヘブライ人として成長したモーセの苦悩を思いやりました。彼は十分に成人した40才の時に、同胞ヘブライ人が重労働に服している現場を見に行きました。そして監督のエジプト人がヘブライ人を打っているのを見ると、辺りを見回して誰もいないのを確かめてから、監督官を打ち殺して砂に埋めたのでした。そして翌日もまた現場に出かけています。

 モーセは国王がヘブライ人に過酷な労働をさせて痛めつけていることを、知るようになったのです。自分ひとり王宮で安閑としては居られない思いが激しく燃え上がってきて、じっとしていられなくなったのでしょう。彼は考えに考えた末に、  ヘブライ人と全く隔離していた生き方を変えようと決心して王宮の外に出ました。そして同胞と共に生き、その苦しみを少しでも軽くしようとしたのです。

 翌日、ヘブライ人同士がけんかしているのを見て、仲裁に入りました。「誰がお前を我々の監督や裁判官にしたのか。お前はあのエジプト人を殺したように、このわたしを殺すつもりか」ヘブライ人は自分を。同胞を救ってくれた仲間とは見てくれてはいない。敵側エジプト人の仲間と見ている。すると自分を守ってくれるよりも、自分をお節介者として、当局に知らせるに違いありません。モーセは逃亡しました。そして王の逮捕を危うくまぬがれたのでした。
                                      (後半に続く)

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