日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

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2012年6月17日川越教会

                皆と同じ道を行く(前半)
                             加藤 享

[聖書]サムエル記上 8章1〜9節 19〜20節

 サムエルは年老い、イスラエルのために裁きを行う者として息子たちを任命した。 長男の名はヨエル、次男の名はアビヤといい、この二人はベエル・シェバで裁きを行った。 しかし、この息子たちは父の道を歩まず、不正な利益を求め、賄賂を取って裁きを曲げた。 イスラエルの長老は全員集まり、ラマのサムエルのもとに来て、 彼に申し入れた。「あなたは既に年を取られ、息子たちはあなたの道を歩んでいません。今こそ、ほかのすべての国々のように、我々のために裁きを行う王を立ててください。」 裁きを行う王を与えよとの彼らの言い分は、サムエルの目には悪と映った。そこでサムエルは主に祈った。 主はサムエルに言われた。「民があなたに言うままに、彼らの声に従うがよい。彼らが退けたのはあなたではない。彼らの上にわたしが王として君臨することを退けているのだ。 彼らをエジプトから導き上った日から今日に至るまで、彼らのすることといえば、わたしを捨てて他の神々に仕えることだった。あなたに対しても同じことをしているのだ。 今は彼らの声に従いなさい。ただし、彼らにはっきり警告し、彼らの上に君臨する王の権能を教えておきなさい。」

「民はサムエルの声に聞き従おうとせず、言い張った。「いいえ。我々にはどうしても王が必要なのです。 我々もまた、他のすべての国民と同じようになり、王が裁きを行い、王が陣頭に立って進み、我々の戦いをたたかうのです。」

[序] 大敗北の挫折体験

 サムエルは30才の時、ペリシテとの決戦でイスラエルが大敗北する挫折を経験しました。育ての親であり、信仰の父であったエリを失い、神の箱は奪われ、神殿は破壊されてしまいました。(サムエル上4:11,18)日本が戦争に負けた時、私は13才の少年でしたが、それでも私は大きな衝撃を受けて人生の目標を失いました。私に剣道を教えてくださった小学校時代の受け持ちの先生は、教師を辞めて田舎の実家に帰ってしまいました。ですから30才のサムエルが受けた衝撃は、私の思いをはるかに超えて、深かったに違いありません。

 神の箱はペリシテから7ヶ月後に戻されて、キルヤト・エアリムに安置されたのに、サムエルは拝しに行っていません。これは一体どうしたことでしょうか。彼はエリの許で育てられ、神の箱が安置されていたシロの神殿で寝起きし、そこで神の語りかけを聞いたのです。どうして神の箱を拝しに行かなかったのでしょう。不思議ですね。

 彼は神殿で育った30年の生涯を全否定される思いに陥り、深い懺悔と沈黙の日々を過す以外になかったのではないかと、私は想像します。サムエルの受けた大敗北の衝撃がそれほど大きなものだったのです。サムエルは祭司一族から離れ、神の箱とも接触を断ち、独り新しい歩みを模索しました。

 そして士師・祭司の勤めを果たしながらも、悔い改めを迫る預言者の働きを始めたようです。「心を尽くして主に立ち帰ろう。そうすれば主はあなたたちをペリシテ人の手から救い出してくださる。」(7:3)という彼のメッセージが、少しずつ少しずつ人々の心にしみわたって行きました。

 20年たって、サムエル50才の時に、イスラエル全員がミツパに集まって「わたしたちは主に罪を犯しました。」と告白できるまでになりました。(7:6)そして攻めて来たペリシテ軍に、祈りによって打ち勝つことができました。(7:10)人々が敗北の歴史から学んで自分を変えたとき、勝利を与えられたのです。さてそれから後に、イスラエルの人々はどうなったのでしょうか。それが今日のサムエル記上8章です。

[1] 王を求める民の声
 
 サムエルの優れた指導力のもとにイスラエルはよくまとまり、ペリシテも国境を侵さなくなりました。平和な20年、しかしサムエルは次第に年老いていきます。彼は息子二人に士師の務めを分担させました。ところが彼らは、エリの息子たちと同じ様に父の道を歩まず、賄賂を取って不正な裁きをするようになりました。そしてこれがきっかけとなって、王制を求める声が大きくなったのです。

 長老たちが全員集まって、サムエルに申し入れました。「あなたは既に年を取られ、息子たちはあなたの道を歩んでいません。今こそ、ほかのすべての国々のように、我々のために裁きを行う王を立ててください。」(5節)

 サムエルは賛成できませんでした。イスラエルは神の民です。神さまが主としてご支配しておられるのですから、神さまのほかに王を求めるなど、間違っています。でも自分の息子たちの不正が原因でこのような間違った要求が出てきたことに、サムエルは深い責任を感じたことでしょう。彼は恩師のエリが、息子たちのことでどんなに深く悩んだかを身近に見ながら育ちました。そしてエリとその家にくだった痛烈な神の裁きを、目の当たりにしたのです。

 その自分がエリと同じ誤りを繰り返しています。自分の家庭教育の失敗が、人々に王を求める誤りを犯させようとしているのです。ですから人々を責める資格がありません。ただただ神さまにお詫びを申し上げる以外になかったのではないでしょうか。 嘆きの祈りに対する神さまの答えは、慰めに満ちたものでした。

「彼らが退けたのはあなたではない。彼らの上にわたしが王として君臨することを退けているのだ。――今は彼らの声に従いなさい。ただし彼らの上に君臨する王の権能がどういうものなのかを教えて、はっきり警告しておきなさい。」(6〜9節)

 そこでサムエルは皆に教えました。王を立てて外国の圧力に対抗する軍事力を持とうとすれば、専門の軍人を雇い、よい武器を整えなければならない。公務員も必要になる。彼らの給料のために土地を没収され、税金も重くかかってくる。王のためにいろいろな労働にかり出されるようになる。そして遂には国民全体が王の奴隷になってしまうぞ。でもそれが王制の当然の性質なのだから、その時になっていくら泣き叫んで祈っても、事態は変わらない。それでもよいのか。(11〜18節)

 しかし長老たちは言い張りました。「いいえ、我々はどうしても王が必要なのです。我々もまた、他のすべての国民と同じようになり、王が裁きを行い、王が陣頭に立って  進み、我々の戦いをたたかうのです。」 神さまはサムエルにおっしゃいました。「彼らの声に従い、彼らに王を立てなさい。」(19〜21節)
                      (後半へ続く)


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