日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

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2012年7月22日川越教会

               赦されて生きる[前半]
                                 加藤 享

[聖書] サムエル記下 12章1〜10節、13〜14節
主はナタンをダビデのもとに遣わされた。ナタンは来て、次のように語った。「二人の男がある町にいた。一人は豊かで、一人は貧しかった。 豊かな男は非常に多くの羊や牛を持っていた。 貧しい男は自分で買った一匹の雌の小羊のほかに/何一つ持っていなかった。彼はその小羊を養い/小羊は彼のもとで育ち、息子たちと一緒にいて/彼の皿から食べ、彼の椀から飲み/彼のふところで眠り、彼にとっては娘のようだった。 ある日、豊かな男に一人の客があった。彼は訪れて来た旅人をもてなすのに/自分の羊や牛を惜しみ/貧しい男の小羊を取り上げて/自分の客に振る舞った。」 ダビデはその男に激怒し、ナタンに言った。「主は生きておられる。そんなことをした男は死罪だ。 小羊の償いに四倍の価を払うべきだ。そんな無慈悲なことをしたのだから。」
ナタンはダビデに向かって言った。「その男はあなただ。イスラエルの神、主はこう言われる。『あなたに油を注いでイスラエルの王としたのはわたしである。わたしがあなたをサウルの手から救い出し、 あなたの主君であった者の家をあなたに与え、その妻たちをあなたのふところに置き、イスラエルとユダの家をあなたに与えたのだ。不足なら、何であれ加えたであろう。 なぜ主の言葉を侮り、わたしの意に背くことをしたのか。あなたはヘト人ウリヤを剣にかけ、その妻を奪って自分の妻とした。ウリヤをアンモン人の剣で殺したのはあなただ。 それゆえ、剣はとこしえにあなたの家から去らないであろう。あなたがわたしを侮り、ヘト人ウリヤの妻を奪って自分の妻としたからだ。』

ダビデはナタンに言った。「わたしは主に罪を犯した。」ナタンはダビデに言った。「その主があなたの罪を取り除かれる。あなたは死の罰を免れる。 しかし、このようなことをして主を甚だしく軽んじたのだから、生まれてくるあなたの子は必ず死ぬ。」

[序] 抜きん出た王ダビデが
ダビデは紀元前1000年に王となりました。彼の治世はイスラエルの歴史の中でも 最も栄光に輝いた時代と言われています。軍人として抜きん出た力を持ち、行政官としても優れた多くの部下の心を捉えて、適材適所に活躍させ、また策力に富み、国王として歴史に輝かしい名を残す業績を上げました。
   
彼はまた、優れた信仰者でもありました。旧約聖書の中で最も多くの人々から親しまれてきた書は恐らく詩編でしょう。150の詩集ですがその内の73がダビデの詩と記されてます。これはそのまま信用できませんが、しかし優れた信仰の詩の多くが、これはダビデの作だと人々に言わせるほどの信仰の持ち主だったことを物語っています。

ところが、このように特別な恩寵を受けた王ダビデが、とんでもない不道徳な罪を犯しているのです。そして聖書はその忌まわしい汚点を暴いてはばからないのです。私はこのようなスキャンダルに嫌悪感を覚え、説教に取り上げる気持になかなかなれませんでした。やっとこのようなメッセージにまとめました。未熟な点をお許し下さい。

[1]  その男はあなただ
 アンモン人との戦いに全軍が出陣する中で、ダビデ王だけがエルサレムの宮殿に残っていました。ある夕暮れ、屋上を散歩していた彼は、女性が裏庭で水浴びをしているのを見てしまいました。大層美しい人でした。彼は人を遣わして王宮に召し入れ、床を共にしてしまいました。大勝利に次ぐ大勝利で心が驕り、魔がさしたのでしょう。

 ところがその女性は子を宿してしまいました。彼女は使いを送り、ダビデに知らせます。彼女の妊娠が明るみにでれば、夫は戦場に出ていて留守なのですから、不倫が明らかになります。ダビデは将軍ヨアブに夫ウリヤを戦況報告のため、送り返すよう命じました。そしてウリヤから報告を聞くと、家に帰ってゆっくりくつろぐように命じました。やがて生まれる子がその時にできたウリヤの子であるかのように装い、 不倫を誤魔化そうとしたのです。

 しかし夫のウリヤは忠実な軍人でした。戦友たちが前線で戦っている時に自分一人、帰宅してくつろぐことなど出来ませんと、王の勧めに従わず、王宮の入り口で守衛たちと一緒にごろ寝して、家に帰りませんでした。次の日ダビデはウリヤを食事に招き、酒を飲ませた上で家に帰そうとしましたが、ウリヤの実直さは変わりません。

遂にダビデは恐ろしいことを考えました。ウリヤを激戦の最前線に出して戦死させるよう将軍ヨアブに手紙を書き、それをあろうことか、ウリヤに持たせて前線に帰したのです。こうしてウリヤは戦死し、妻バトシェバは未亡人となり、ダビデの妻の一人になりました。悪事は闇に葬られ、彼は内心ホッとしたことでしょう。

 しかし「ダビデのしたことは、主の御心に適わなかった」(11:27)のです。主は預言者ナタンを彼のもとに遣わされました。王は絶対権力者です。彼の機嫌を損ねたら殺されるかも知れません。ナタンは覚悟して王の前に立ちました。彼は直ぐにはダビデの罪にふれず、何気ない世間話を切り出しました。

 豊かな男が、貧しい男の大事に育てている唯一の小羊を取り上げて屠り、自分の客のもてなしをしたというのです。もともと正義感の強いダビデは、この話にすぐ反応しました。「そんなことをした男は死刑にせよ」王の判決は絶対です。その王の前でナタンは威儀を正して厳しく宣告しました。「その男はあなただ。イスラエルの神・主はこう言われる。あなたに油を注いでイスラエルの王としたのはこのわたしである。――なぜ主の言葉を侮り、わたしの意に背くことをしたのか。」

 この神の言葉に直面して、本来のダビデが生き返りました。「わたしは主に罪を犯した」一言の言い訳もなく、神の御前に全面的に屈服したのでした。その罪は情欲にまみれ、陰険で残忍なものでした。どのように厳しい裁きであろうと受けなければなりません。ダビデは率直にその覚悟を表明したのでした。さて、私たちならどうしたでしょうか。

 ナタンはダビデに言いました。「その主があなたの罪を取り除かれる。あなたは死の罰を免れる。 しかしこのようなことをして主を甚だしく軽んじたのだから、生まれてくるあなたの子は必ず死ぬ。」恐ろしいことです。

 罪の無いウリヤを殺したのですから、当然ダビデ自身も死をもって償うべきです。しかし神さまは赦されました。しかしこの大きな罪を裁き無しにするわけにはいきません。この罪によって生まれた子が死にました。生まれたばかりの子が弱り果てていく姿に、ダビデは断食し夜も地面に伏して必死に祈り続けましたが、七日目に死にました。

 [2] 姦淫の罪の恐ろしさ
片倉もとこ著「イスラームの日常世界」(岩波新書)を読みました。アラビアの女性社会に入り込んで調査研究した方です。「ムスリムは自分たち人間が弱い者であることをいさぎよく認める。したがって誘惑に負けやすくなるような状況をつくらないことにする。不特定多数の男女が肌をみせて接触していると、乱れるにきまっているから、男も女も手首・足首までの長い衣服をつける。性的誘惑に対して男はとくに弱いから、女はベールをつけて弱き男性をまどわさないように協力する。弱い人間に酒をのませると何をしでかすかわからないから、禁酒にしておけば社会の秩序は保たれ、個人も平安であると考えている」とありました。

このようなレポートを読むと、イスラムの世界は私たちが暮らしている社会よりもはるかに良い世界のように思われてきます。私達の日常世界では、女性が露骨なセクシャル・アッピールを競います。どうしてそんなにまでして男心をそそろうとするのでしょうか。男は酒なしでは過せない。どうして酒をそんなに飲まなければならないのでしょうか。ムスリムの男たちは酒なしでも豊かな会話を楽しむそうです。

           (後半へ)後半は2011年にあります。すみません。

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