日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

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2013年1月1日川越教会新年礼拝
生きる喜び (後半)
              加藤 享
 
(前半より)
 
[2]  この小さい者を愛しなさい
 このたとえは、過ぎ越しの祭りが始まる週の日曜日に、イエスさまがエルサレムの都に入城され、木曜日の夜最後の晩餐を弟子たちと共にして、逮捕されていくという緊迫した時期になされたものです。
 
イエスさまを妬み、策略をめぐらして十字架につけようとするユダヤ教の指導者たち、イエスさまに罪がないことを知りつつも自己保身から、十字架刑の執行を命じるローマ総督ピラト、十字架につけろと付和雷同する野次馬たち、逃げ散って姿をくらます弟子たち。このような人間模様の渦巻く中で、自ら進んで十字架につけられ、「父よ、彼らをお赦しください」と祈りつつ、全ての人の罪を贖う死を遂げられたイエスさま。その御子イエス・キリストの十字架によって、ご自身のを現された父なる神さま
 
 イエスさまが語られたこのたとえで、3人の僕たちにタラントンを預けた主人とは、言うまでもなく神さまです。ですから主人が豊かに持っている財産とは、十字架のイエスさまに現されたです。この神さまの愛を自分なりに懸命に増やそうとした僕を、「忠実な僕だ、よくやった」と非常に喜ばれたのではないでしょうか。
 
 ですから、このタラントンのたとえに続いて、あのマザーテレサを動かした言葉、「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」というたとえを、イエスさまは語られたのだと私は理解します。飢えている者に食べ物を与え、のどの渇いている者に飲ませ、宿を貸し、着るものを着せ、病人を見舞い、牢に入れられた人を訪ねること、その小さな業を惜しみなくすること、それが、主人が僕たちに期待したことだったのです。
 
 キャンドルサーヴィスでも語りましたように、この世界は戦争に明け暮れしています。権力で支配しようとする者は、武力に頼ります。そして殺し合う悲劇が果てしなく続きます。戦争ばかりではありません。世界人口約71億人の内92500万人以上の人々が飢えに苦しんでいます。貧しい子どもたちが、5秒間に1ひもじさの中で死んでいます。一方日本では期限が切れたからといって、食べられる食物が1年に900万トン近くも捨てられているそうです。私たちははるかに豊かな暮らしをしているのに、なかなか貧しい国と分かち合おうとはしません。欲望を抑えて我慢しようという時には、心に新しい原動力を持たなければなりません。それがです。子どもを育てるために、は相当の犠牲を払います。でも犠牲をいといません。我が子を愛するからです。地球上に暮す者が皆、せめおなか一杯に食べられるようになるためには、私たち先進国の人間に思いやりが、欲望を抑えるがどうしても必要です。そこで神さまは、家畜小屋で生まれ、飼い葉桶に寝かされる貧しい救い主イエスさまを、この世界にお送りになりました。イエスさまは貧しい人々と共に生涯を送られました。最も小さい者の内に共に生きて、私を愛するなら、この小さい者を愛しなさいとお命じになって居られるのです。
 
 ヨハネの第一の手紙の41011節にこう記されています。「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。愛する者たち、神がこのようにわたしたちを愛されたのですから、わたしたちも互いに愛し合うべきです。」
 
[] 生きる喜びに満たされて
 このタラントンのたとえでは、主人が僕に自分の大切な財産を託しました。主人とは神さまです。神さまの愛を現したイエスさまです。私たちはそのです。信仰とは神さま、イエスさまを自分の主人とすることです。しかし私の命の生き死には、愛の豊かな主人の手の中にあるのです。私たちは安心して、神さまの御心に従って働き、御心のままに生きることができます。これが私たちの信仰です。
 
 神さまはご自分の仕事を僕に手伝わせました。神さまは僕であるこの私をも必要として居られるのです。何と嬉しいことでしょうか。主人の大切なタラントンを増やした僕は、「忠実な僕だと褒められました。信頼するに足りる忠実さ――神さまは私たちを信頼し、尊重して、愛するという主人の仕事をそのまま委ねてくださるのです。
 
 5タラントン、2タラントン、1タラントンと私たちの力は違います。でも能力の大小を比較して誇ったりひがんだりすることよりも、儲けの多少などを差別なさらずに、全く同じに喜ばれる神さまの心を第一にしたいものです。私は私で喜んで精一杯に愛の業に励めば、それでよいのです。
 
 私が衰えてきた自分を自覚しながら、それでも新年に当って喜べる理由はここにあります。神さまは、このような夫婦をなお受け入れ、祈り支えてくださる皆さんに囲まれて、神さまから託された御用をさせようとして下さっているのです。たとえ1タラントンであろうとも、土に埋めておかず、少しでも増やそうと励めば、神さまは良しとしてくださる――何と嬉しいことでしょうか。
 
 生きる意味とか生きている充実感というものは、自分ばかりを見つめていても、答が出てくるものではないと思います。この私にを与え、ご自分の豊かなをもっと増やし拡げて欲しいと、この私に託してくださる役割を、力に応じて懸命に励み、「忠実な良い僕だ。よくやった」という神さまの喜びを聞く時に、生きる喜びが湧き上がり、人生の意義も充実感も、共に知るのではないでしょうか。
 神さま、イエスさまの望んでおられることは、神さまの愛、十字架の愛を家族に、友人に、地域の隣人に、我が町に国に、そして世界中の人々分かち合うことです。愛は、心を込めた祈り言葉動作をもって、分かち合われていきます。皆さん、手を取り合って、広めて行こうではありませんか。
 
武器からは決して平和は生まれません。弱い者、小さな者を思いやる愛こそが、新しい世界を造っていくのです。どんなに時間がかかろうとも、この道しかありません。たとえ私たちは、僅かなタラントンしか預けられない僕であっても、「イエスさまが最後までしっかりと支えて下さり、終わりの日には,非のうちどころもない者にしてくださる」(Ⅰコリント18)と約束されているのです。そのような恵みに励まされて、生きる喜びに満たされて、愛に溢れる新しい世界を造って参りましょう。    完

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