日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

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【映画「おくりびと」を観て】

主人公は小さい時から父親のすすめでチェロを弾き始めました。その父が女をつくって姿をくらまし、母親の手で育ちます。オーケストラのメンバーにやっとなれたのも束の間、楽団がつぶれて失業してしまいます。妻と二人で故郷に戻って来ました。死んだ母が営んでいた空家の喫茶店で暮らし始めます。食うために就職したのが何と納棺師の助手の仕事。辞めるに辞められないままに、迷いながら色々な家族の葬儀に立会い、死をめぐる人間模様を学んでいきました。

学校友達からは、もっとまともな仕事につけと軽蔑されます。妻も実家に帰ってしまいますが、子供を胎内に授かったのに気付いて、戻ってきました。わが子が将来いじめに会わないためにも、転職してと訴えます。その時、父の死と遺体を引き取るようにとの電話が舞い込んで来ました。近くの漁村の漁業組合事務所で独り暮しをして、ひっそりと息を引き取ったのです。

「自分と母を捨てたような人の遺体を引き取りになど行くものか」と怒る彼に、納棺師の事務所に働く同僚のおばさんが涙ながらに訴えました。「お願いだから、行ってあげて頂戴」 彼女も6歳の我が娘を北海道の帯広に捨てて、男と家出した痛みを持っていたのです。「今さら母だとわが子の前に顔を出せない自分。貴方のお父さんもきっと同じ痛みを抱いて、独り近くの漁村で働いていたのだろう」というのです。

彼の妻も一緒に行くと言ってくれました。彼は遂に店にある最上の棺おけを選んで車に積み込んで駆けつけ、妻の前で父の遺体の納棺をしました。父の手の中に、小さな小石がしっかりと握られていました。幼い彼がお父さんに上げた小石です。小石にこめられた父の心を読み取って、彼は父を赦し、心の内で父と和解することが出来ました。

そういえば父が大切にしていたレコードとプレーヤーが、喫茶店の店先に大切に保管されてありました。レコードを二人で聴いた時、妻がぽつんと言いました。「お母さんは、お父さんの帰りをずっと待っていたのよね」 

私たちは、大切な絆をほころばせてしまう弱さ・罪深さを持ち合わせています。そしてそのほころびを、器用に修復することが出来ず、苦しみや悔いを独り抱え込んで生きている人が多いのではないでしょうか。また捨てられた側も、本人の悔いている心を汲み取れぬままに、恨み続けてずっと生きていく人も多いのではないでしょうか。人生の悲しい現実です。

「おくりびと」の主人公は、周囲の説得で父の納棺をしたので、小石を見つけることが出来ました。彼を説得してくれる優しい人々に囲まれていて本当によかった。彼が納棺師の助手になっていて本当によかった。

私は「おくりびと」を観て、主人公と、父の遺体の手にしっかりと握られていた小石とを結び合わせた天の配剤、神さまの導きに感動しました。またお互いに、心の奥に秘められた愛を思いやること、またその愛を知り合うことの大切さをしみじみと考えさせられた。              

妻が息子を育て上げ、独りで喫茶店を営んで死んでいった町からほど遠くない漁村にまで戻って来たのに、とうとう妻や子には会えぬまま、独り黙々と働き、わが子がくれた白い小石をしっかり握り締めて、ひっそりと死んでいった男。「お父さん、貴方の僕たちへの愛は変らなかったのだね。分かったよ。帰ってきて一緒に暮そうよ」 お互いに生きている間に、こんな呼びかけが通じ合えたらどんなによかったことでしょうか。

私たちはそのような心の絆を、何としても持ちたいものですね。それには相手を赦す心、受け容れる心、和解する心が必要です。相手をどこまでも信じ続けることが必要です。私は十字架に、信じ合い、赦し合い、和解し合う恵みを込めた神さまの愛の呼びかけを聞き取りました。十字架は、愛の渇きを潤す命の泉です。

   わたしが与える水はその人の内で泉となり
   永遠の命に至る水が湧き出る    (聖書)


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