日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

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[聖書]ヨハネの黙示録21章22〜27節
わたしは、都の中に神殿を見なかった。全能者である神、主と小羊とが都の神殿だからである。 この都には、それを照らす太陽も月も、必要でない。神の栄光が都を照らしており、小羊が都の明かりだからである。 諸国の民は、都の光の中を歩き、地上の王たちは、自分たちの栄光を携えて、都に来る。 都の門は、一日中決して閉ざされない。そこには夜がないからである。 人々は、諸国の民の栄光と誉れとを携えて都に来る。 しかし、汚れた者、忌まわしいことと偽りを行う者はだれ一人、決して都に入れない。小羊の命の書に名が書いてある者だけが入れる。

[序]アジアの別天地
1995年から2005年1月まで、宣教師としてシンガポールで働かせていただきました。みなさん方の温かいお祈りと貴い献金のお支えを、本当に有難うございました。

シンガポールという国は、タイから南に突き出しているマレー半島の先端にある淡路島ほどの小さい島シンガポール島にある都市国家です。赤道直下です。でも周囲が海の島国ですから、タイやインドのような大陸では暑さが40℃を超しますが、シンガポールでは熱い時でも朝が31〜33℃、日中は体感温度がせいぜい35℃で、真夏の東京より暑くありません。

私たちは東京生まれで東京育ち、目白ヶ丘教会で育ちましたが、30年間札幌教会にお仕えしました。雪の都です。今日の天気予報でも北海道の一部は雪が30cmだと言っていました。よくもそんな寒い所に長く暮せたものだと思います。でもあの時は吹雪になると外に飛び出すほど雪が好きでした。札幌からシンガポールへ行くとなったら、教会員が「先生は剣道をしているから大丈夫だろうが、喜美子夫人は一年ともたずに帰ってくる」と折り紙づきで送り出されたのでした。しかし二人とも病気らしい病気をせずに10年を過すことが出来ました。

人口は、私たちが行った時で270万人位、今は400万人を超えています。多民族複合国家で中国人が76%、マレー人が14%、インド人が7%、その他が3%。国語はマレー語です。それは戦後マレーシアの中のシンガポール州としてイギリスから独立し、その後マレーシアから切り離されて、1965年8月9日に独立国家になったからです。国歌はマレー語で歌われます。しかしマレー人以外は日常語としてはマレー語を使いません。そこで公用語としてマレー語の他に英語、中国語(北京語)、タミール語(インド語)が役所の書類や駅名などの表示に使われます。日本人は、私たちが行った時で3万を超えていましたが、現在は景気が悪いので1万人位減っていると言われています。

言語が違うということは、文化が違う、従って宗教も違うということを意味します。中国人の多くは仏教か道教で全人口の約40%、しかし中国人の間にキリスト教が拡がって、全人口の  15%余、シンガポール大学の医学部では、医者・看護師・学生の60%がクリスチャンと言われています。マレー人は皆がイスラム教徒でプラスαの15%、インド人はヒンドゥー教かシーク教かキリスト教です。その他に民間宗教や祈祷所が数多くあります。

しかし政府は人種が違い、文化・宗教が違っても、皆で一つになって、国家の理想を実現していこうと、懸命になってなっています。「我々は中国人でもマレー人でもインド人でもない。我々はシンガポール人なのだ」(OnePeople,OneNation.We are Singaporean)これが国家の合言葉です。政府・役人・警察がアジアでは珍しく賄賂をとらずクリーンで、安心して暮せる清潔(クリーン)で緑豊かな(グリーン)ガーデン都市です。

そして日本に次いで経済的に豊かですから東洋の別天地。アジア諸国に駐在する日本人は医療検査や休息のために運動靴持参でシンガポールに来ます。夜でも独り歩きが安全な散歩を自由に楽しむためです。

[1]シンガポールクリスチャンの偏見
しかし政府の懸命な努力にも拘わらず、人種間に時として不協和音が生じるのです。2001年9月11日、ハイジャックされた航空機による爆破でニューヨークの世界貿易センターが崩れ落ち大勢の人が殺されました。イスラム過激派アルカイーダによるテロだとされました。シンガポールでも爆破計画を立てていたとしてJIというイスラム過激派組織が検挙されました。

すると翌々日の英字新聞朝刊に、漫画が載りました。団地のエレベーターに中国人のおばあさんが乗っていました。そこへマレー人が乗り込んでくるや、おばあさんが「気味が悪い」といってエレベーターから出て、フーフー汗をかきながら階段を上り始めたという4コマ漫画です。「マレー人は気味が悪い。イスラム教はおっかない。何をするか分からないから」という嫌悪感・恐怖心が、中国人の間に拡まり始めたのでした。政府はすぐさま大臣を先頭に立ててキャンペーンを始めました。「中国人はマレー人ともっと仲良く付き合うべきだ」「モスクの礼拝に参加しよう」「コミュニティセンターで食事会をしよう」

私たちの教会も丁度良い機会だからイスラム教について学習しようということになり、イスラム教の教師に来ていただいて勉強会を計画しました。日曜礼拝の前が集まりやすいので、会堂を借りているKay Poh Rd.教会の牧師に了承を求めましたところ、「とんでもない。もし教会の構内にイスラム教徒を入れたとなると大変なことになり、もう日本語教会には貸せなくなる」と言われました。そこで私のアパートで2回会合しました。

また毎年12月25日の夕方に、街の中心にある国宝級の英国国教会を借りて、クリスマス礼拝をさせてもらっていました。すると普段は50人ほどの小さな群れですのに、400人500人の礼拝が出来るのです。やはり場所とか建物が人を集めるのですね。そこで2001年の12月25日のクリスマス礼拝の折りに、最初の15分間イスラム教のトップの導師に、現在イスラム教徒がどのような思いと祈りを抱いているかを述べて、祈って頂いてから、私たちの平和礼拝を守ろうと計画しました。いい計画でしょう。ところがSt.Andrew‘s Cathedralの牧師に了承を求めましたら、「そのような集会をしたとなると、もう日本語教会には一切貸せなくなる」と言われてしまいました。

皆さん。シンガポールの諸教会からはアジア諸国に200人以上の宣教師が派遣されています。イスラム圏にも送られているのです。でもその宣教師を送り出している教会の現実がこのようなものなのです。そしてそれがおかしいとは気がつかないのです。日本人が日本国内にどっぷりつかっていると、シンガポール人と同じ様な偏見をアジアからの外国人に対して抱くようになるのではないでしょうか。

[2]イスラム教徒の固い信仰
先ほど野口牧師が大宣教命令について述べておられました。復活された主イエスが、復活を未だよく信じられないでいる弟子たちに向かってお命じになりました。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」これはマルコ福音書の記述ですね。その後10年して記されたマタイ福音書の記述はこうです。「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。」

「福音を宣べ伝えなさい」と「わたしの弟子にしなさい」とは一見、違う命令のように思えます。しかし大宣教命令が二つであるはずがありません。ではこの二つを一つとして受け取るとすれば、どのような理解にたてばよいのでしょうか。

現在の世界の宗教人口は、キリスト教が1/3,イスラム教が1/5で、仏教は6%と言われています。しかしイスラム圏の人々は人口がどんどん増加していますから、やがて逆転して、イスラム教が1/3, キリスト教が1/5になると言われています。インドも現在中国に次ぐ9億の人口大国ですが、やがて中国を抜いて世界一の人口大国になると言われています。するとヒンドゥー教徒も大勢になります。このイスラム教徒とヒンドゥー教徒を全員キリスト教徒に改宗させることが出来るでしょうか。

シンガポールで暮らすイスラム教徒を見ている限り、この人たちは、絶対に変らないだろうという印象を待ちました。マレー人はのんびりしています。才知にたけた中国人に使われる立場になり、社会的に下の地位に甘んじています。中国人の間にはキリスト教が拡っていきますが、しかしマレー人は動きません。シンガポールは信教・学問の自由が保障されていますから、イスラム教とキリスト教の比較を知る機会がいくらでもあるはずです。しかし改宗する人は出ません。金曜日には皆続々とモスクの礼拝に集まります。

床屋さんは殆どマレー人かインドネシア人ですが、職人が3〜4人の店では、お香が漂い、店の片隅にカーテンで仕切られた祈祷のスペースがあって、時間がくると交代でお祈りしています。団地の中の職人一人の店では、午後3時頃になると、きりのよい所で仕事を中断して、礼拝用の帽子をかぶり西の片隅に座布団を敷いて膝まずき、10分から15分祈りを捧げます。その間私たち客はじっと待ちます。やがて床屋さんは立ち上がり、厳粛な顔で再び バリカンをとって働き始めます。臆することなく堂々と自分の信仰生活を貫く姿に、私は思わず拍手を送りたくなります。いいですね。マレー人と結婚する外国人は、イスラム教に改宗しない限り結婚を認められません。ですから日本人男性もみなイスラム教徒になっています。人数からいっても、また経済力や社会的力からいっても、圧倒的に中国人優位の社会にあって、自分たちがイスラム信仰にしっかり立って日常生活を送ることで、マレー人がマレー人になっているのですね。

(後半へつづく)


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