日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

全体表示

[ リスト ]

(前半からつづき)

[2]種を蒔く人のたとえ
今日の聖書「種を蒔く人のたとえ」は、その後の18節から説明が記されていますから、両方を合わせて読みますと、大体意味がわかります。種は「御言葉」とありますから、神の言葉と理解してよいでしょう。また「御国の言葉」とも言われています。御国とは神の国、すなわち神の支配。つまり、私たち一人ひとりの生活の中で、神さまが生きて働いておられることを現す言葉です。またこの世界の中で、神さまが生きて働いておられることを現す言葉です。そして神さまが語るその言葉に対する私たちの応じ方が問題にされているのです。

a) 神の言葉には命があり、実りがあります。しかし神の言葉が語られても悟らない人が居る。踏み固められた道のような心だからです。それでは神の言葉を聞かせまいとする者によって御言葉は奪い取られてしまいます。神の言葉を悟ろうとせず、受け付けない固い心とは、自分の信念でやっていく。神の支配など認めない。神から学ぶ必要など無いと自信のある人の心でしょうか。それとも、神の言葉を聞くと生き方を変えなければならなくなるだろうと恐れを抱き、聞くまいとする人の心でしょうか。

b) 一方、御言葉を聞くには聞いても、心の中にしっかり根をはるような受け入れ方をしなければ、何か困難に直面すると、こんな筈ではなかったと御言葉に聞き従うことを止めてしまう。そして折角の御言葉を枯らしてしまう聞き方もあります。先週の聖書教育の学びが丁度このケースに当てはまります。パンの奇跡によって、ユダヤ教指導者のイエスさまに対する反撥が非常に強まりました。それは弟子たちの身にも危険が迫ることを意味します。そこで我が身を守って、多くの弟子たちがイエスさまから離れ去ってしまったのでした。(ヨハネ6:66) 

c)また聞いて心に深く受け入れ、御言葉に従おうとして、根をはり、成長し始めるのですが、何を食べようか、着ようかと生活上の思い煩いや、富の誘惑が心に覆いかぶさってきて、御言葉によって成長していく人生が妨げられて、実を結ばずに終ってしまう人も出てきます。残念ですね。マタイ福音書19章の金持ちの青年が、このケースではないでしょうか。

彼は永遠の命を得ようと真剣に生きてきました。旧約聖書を良く読み、教会に通い、神さまの御言葉を実践してきました。しかしなお確信が得られません。イエスさまに助言を求めました。「財産を貧しい人に施して、天に宝を積みなさい。そして私に従ってきなさい」 彼は悲しみながら、立ち去ってしまいました。

折角御言葉を真剣に聞き、その実践に励んできても、絶えずイエスさまに聞き従っていかなければ、世の思い煩いや冨の誘惑に打ち勝って、永遠の命の実を豊かに結ぶに至りません。特に彼のように、この世的には恵まれた境遇にいる人ほど、茨が彼を覆い信仰の成長を妨げるでしょう。イエスさまは悲しんでおっしゃいました。「金持ちが天の国に入るのは難しい」(19:23) 皆さん、私たちはイエスさまのこの嘆きを、よくよく覚えておかなければなりません。

d)では御言葉が良い土地に落ちて、100倍の実を結ぶとは、どういうことでしょうか。御国の言葉、御言葉を聞いて悟ることです。良い土地とはどんな土地なのか、何も述べられていません。ですから道端のように固く踏み固められていない土地、また薄い表土の下に岩盤があって、根を下ろすことができないような土地ではないこと、また御言葉を覆い塞いでしまうような茨の根がはびこっていない土地ということになりましょう。

100倍の実を結ぶのだから、土の質が特別に良かったのだろうとか、肥料をたっぷり施された畑だとか、お百姓さんが特に入念に深く耕したとか、何も説明されていません。としますと、ごく普通の畑ということになります。御言葉という種は、普通の畑でも100倍、60倍、30倍の実を結ぶ豊かな命を備えている種なのだ、聞いて悟りさえすれば、と言う教えです。そこで問題になるのが、「聞いて悟る」とはどういう態度か、ということになります。

[3]分け合う奇跡
ここでヨハネ福音書のパンの奇跡を見ていきましょう。人里離れたガリラヤ湖の向こう岸に大勢の群集が集まってきました。イエスさまが「どこからパンを買ってきて、この人たちに食べさせようか」とおっしゃいました。「200デナリオン分のパンでも足りないでしょう。」とフィリポが答えました。1デナリオンは労働者一日の賃金です。仮に5000円とすれば100万円です。

成人男子だけでも5000人とありますから、女性や子供も数えたら、15000人を超える大群衆でしょう。一人当たり67円分のパン、安い食パンなら1斤で二人分、まあまあでしょう。でもこんな田舎で100万円分の食パンを何処で調達できますか?だいいち弟子たちの財布に 100万円ものお金があったでしょうか?

一人の少年が自分の弁当を弟子のアンデレに差し出しました。子供の特権でイエスさまのそば近くに居たので、イエスさまと弟子たちとの会話を聞いたのでしょう。少年が無邪気に自分の弁当を差し出しました。アンデレは「これでは何の役にも立たないでしょう」と言いながらも、とにかくイエスさまに、その小さな弁当を取り次ぎました。するとイエスさまは群集を座らせて、少年の弁当のパンを祈ってはちぎり、祈ってはちぎりして、人々に分け与えていかれたのでした。そして人々が満腹して、なお余ったパンが12の籠いっぱいになりました。ここに100倍の実を結んだ畑のとても良い実例が示されています。

皆さん、この奇跡をどう読んでこられましたか。自分がその場の群集の一人になった積りで、想像してみてください。湖の向う岸まで遠出をしたのですから、多くの人がこの少年同様に 弁当を持参したのではないでしょうか。しかし腹が空いたからといって自分たち家族だけが食べるわけにはいきません。「皆さんもどうぞ」と周囲の人たちに差し出したら、食べられてしまいます。ですから皆がそれぞれに自分の弁当を食べるに食べられず、空腹を抱えていたのでなないでしょうか。

その時に小さな弁当をためらわずに差し出した少年と、それをとても喜んでお受けになり、感謝の祈りを捧げて、「さあ、皆で分け合って食べよう」とパンを配り始めたイエスさまの姿に接して、人々は大きな感動を受けたに違いありません。そして「主よ、これもお用いください」「主よ、これもお用いください」と、食べ物が続々と差し出された。そして和気あいあいとした楽しい大食事会になっていったというのが、この出来事のごく常識的なあらすじではなかったでしょうか。でも皆さん、自分の弁当を食べるに食べられず空腹に悩まされていた大群衆から、皆で分け合う楽しい大食事会を生み出させたこの大変化は、まさしくイエスさまならではの、大きな奇跡ではないでしょうか。

イエスさまの時代から2000年たちました。科学・技術は大変進歩しました。しかし世界では 1日に4万人、1年で1300万人以上が飢死にしているのです。農産物の生産は地球全人口の必要量をはるかに上回って、十分に生産されています。しかしその食糧の半分以上が、全人口の20%でしかない先進国、欧米・日本に集まってしまい、先進国以外の80%の人々には十分に食糧がいきわたらないのです。しかも先進国では貴重な食糧が実に無駄に浪費されています。私たちの国日本でも、賞味期限切れで毎日莫大な量の食品が、手付かずの ままに捨てられているそうです。

地球の食糧生産物が貧しい国の人々に、公平に分配されていないことが、毎日飢えて死んでいく人を大勢出している原因なのです。豊かな国に食糧も富もますます集まり、貧しい国は取り残されています。豊かな国々は食糧や富を貧しい国々へ戻していかなければなりません。ところが私たちは、持っている物、集めた物を分け合おうとしません。豊かな者の分け合う心の貧しさが、大勢の餓死者を生む世界の貧しさを造り出しているのです。

[結] 信じて応答する
一粒の種から100倍の実を結ばせた良い畑とは、み言葉を聞いて悟る人だとイエスさまは おっしゃいました。「腹をすかせているこの大勢の人たちにパンをやりたいね」とおっしゃった イエスさまの言葉を聞いて、自分の小さな弁当を差し出した少年――これが聞いて悟る良い土地のような心を表しています。私たちも今日、同じ様にイエスさまの言葉、神さまの口から出たお言葉をご一緒に聞きました。

私たちはそのお言葉に応答を求められています。私たちの分け合う心の貧しさが問われました。私たちが持っている物、また能力はあの少年の弁当と同じに、小さなものでしかありません。しかし何も役に立たないと思わずに、とにかく「お用い下さい」とイエスさまの手にお委ねすることです。イエスさまが必ず祝福の業にお用い下さいます。そして100倍の実りにして下さいます。

私たち一人ひとりの分け合う心が、楽しい食事会を生み出し、イエスさまが世界に広めてくださいます。イエスさまを信じましょう。そしてみ言葉に応答して参りましょう。    


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事