日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

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(前半からのつづき)


[3] 神さまは同じお方
今日の箇所で、イザヤを通して語られる神さまは、あの出エジプトの時にモーセを通して語られた神さまと同じ神さまです。あの時イスラエルの民を絶対絶命の窮地に追い詰めたのは、エジプト王とその大軍でした。今回ヒゼキアとその国民を絶対絶命の窮地に追い詰めているのは、アッシリア王とその大軍です。イスラエルを追い詰める王は違いますが、救いを求める祈りを聞いておられる神さまは同じお方です。ですから神さまは「恐れてならない」と同じ言葉で、モーセにもイザヤにもお答になっているのです。

出エジプトの時には、神さまは激しい東風を送って海の水を分け、一筋の道を開いてイスラエルの民を、向う岸に渡らせて救い出してくださいました。追跡してきたエジプト軍に対しては、海の水を分けていた風を止め、海の水を元にもどして海中に全滅させてしまいました。

アッシリア軍に対しては、神さまは霊を送り込まれました。これは王の心の内に不安と恐怖を惹き起す霊でした。エチオピア王の大軍が攻めてくるとか、アッシリアの都ニネベで王の息子たちの間に権力闘争の内乱が起こったといううわさが王の耳に入り、王は不安と恐怖を抱き始めたのです。丁度その時、宿営している彼の部隊に野ねずみによるぺストなどの疫病が大量に発生し、大勢の兵隊が病死したようです。セナケリブ王は、急遽ニネベに引き揚げて行ったのでした。

こうしてヒゼキア王と南王国は、あの出エジプトの時と同じように、九死に一生を得たのでした。海の水を吹き分けて、一筋の救いの道を開いた東風。アッシリア王の心に不安と恐怖を惹き起した霊の働き。一体誰がこの様な不思議な救いの働きがあるなど心に思い浮かべるでしょうか。しかし風も霊もヘブル語では同じ言葉なのです。

神さまには出来ないことはありません。何でもお出来になる全能の神さまです。その神さまはまさに霊をもって自由に働かれる神さまなのですね。イエスさまはニコデモにおっしゃいました。「驚いてはなあない。風は思いのままに吹く」(ヨハネ3:8)

先日関西から一通の手紙をいただきました。毎日祈っている兄弟からでした。昨年からうつになり、会社に出勤出来なくなっていました。3月に認知症が出始めたお母さんを介護していたお父さんが発病し、両親と彼の3人が同じ病院に入院することになりました。そしてお父さんが病院で亡くなってしまったのです、悲しみの葬儀の時に兄弟たちから、「お父さんの最期、毎日ずーっと病床につききりで看病してくれて有難う。良い親孝行が出来たね」と感謝されて、彼ははっと気が付いたそうです。

「そうか、そのために神さまは自分を両親と同じ病院に入院させたのか。後5年は生きてくれると思っていた父がこんなに早く死んでしまったけれども、お前に自分の命を与えるぞといってくれたのだ」その瞬間に深い感謝が湧き上がり、神さま有難うございますと祈ったのです。するとどうでしょう。明るく元気な心が甦ってきたのだそうです。彼はお母さんと退院し、目まぐるしい手続きや事後処理をして、高校の長男をお母さんの家に住まわせ、今は彼が家から通って、介護し始めているそうです。

人間的にいえば、悲惨な状態のダブルパンチを受けたようなどん底で、どうしてこの様な明るい変化を彼はいただけたのでしょうか。教会の祈りの支えが在ったからからでした。彼とその家族は教会につながっていたからです。マンションの家賃が払えず、安い公営住宅を申し込んでいたら、当りました。すると教会の皆さんが、引越しを助けて下さったそうです。神さまは教会員を通して、彼と彼の家族に、不思議な風、霊の風を送って下さったのでした。そして彼は祈りを取り戻したのです。

[結] 心に祈りの祭壇を
私たちの多くは、危機に直面した時に、自分ひとりの知恵と力で何とか処理しようと全力を注ぎます。或いは他人の助けを当てにして、何とか切り抜けようといたします。そしてどうしようもなくなると、絶望して自滅していきます。

しかし、ヒゼキアは絶体絶命の窮地に立たされた時に、自分の不信仰を悔い改めて、神殿に祈りに行きました。イザヤに祈りの助けを求めました。イザヤの存在がヒゼキアに、祈りを取り戻させたのです。エルサレムの都に、その昔ダビデ、ソロモンによって神殿が建てられていて本当によかった。ヒゼキアは神殿に戻ることができたのでした。

「恐れてはならない。今日貴方のために行なう私の救いを、見なさい」神さまは祈る私たちの心にも、同じ言葉を語りかけて下さいます。身近に神殿がある生活、いざという時に大切ですね。私たちにとっては、それが教会ではないでしょうか。

私たちは、心に祈りの祭壇を持たなければなりません。また祈りの友を持たなければなりません。神さまは私たちの思いを超えた不思議な救いの御手を差しのべてくださいます。神さまは昔も今も同じ神さまです。

神さまは、イエスさまを十字架につけてまでして私を救う道を備えて下さいました。神さまは、この私をそれほど愛して下さっているのです。この神さまを信じ、祈りを忘れない者として生きて生きたいものです。  


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