日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

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[聖書]イザヤ書37章1〜7節
ヒゼキヤ王はこれを聞くと衣を裂き、粗布を身にまとって主の神殿に行った。 また彼は宮廷長エルヤキム、書記官シェブナ、および祭司の長老たちに粗布をまとわせ、預言者、アモツの子イザヤのもとに遣わした。 彼らはイザヤに言った。「ヒゼキヤはこう言われる。『今日は苦しみと、懲らしめと、辱めの日、胎児は産道に達したが、これを産み出す力がない。 生ける神をののしるために、その主君、アッシリアの王によって遣わされて来たラブ・シャケのすべての言葉を、あなたの神、主は恐らく聞かれたことであろう。あなたの神、主はお聞きになったその言葉をとがめられるであろうが、ここに残っている者のために祈ってほしい。』」 ヒゼキヤ王の家臣たちがイザヤのもとに来ると、 イザヤは言った。「あなたたちの主君にこう言いなさい。『主なる神はこう言われる。あなたは、アッシリアの王の従者たちがわたしを冒涜する言葉を聞いても、恐れてはならない。 見よ、わたしは彼の中に霊を送り、彼がうわさを聞いて自分の地に引き返すようにする。彼はその地で剣にかけられて倒される。』」

[序] イザヤが経験した国家的危機
旧約聖書最大の預言者イザヤの預言についての今回の学びは、一応今日で終ります。イザヤは南王国のウジヤ王が死んだ時に、預言者としての神さまの召しを、明確に受けました。20才頃のことでした。それからヨタム、アハズ、ヒゼキヤ、3代の王の時代、40年余にわたって預言活動を行い、マナセ王に嫌われて沈黙し、やがて殉教の死を遂げたと言われています。

彼はエルサレムの都から離れることなく生涯を送りましたが、その間にエルサレムは、3回敵の攻撃にさらされています。今日の箇所は、丁度第三回目の危機に際して、晩年のイザヤの働きです。イザヤ書36章2節以下から37章終りまでの記事です。民族の危機、或いは我が人生の危機に直面した時に、私たちはどのように立つべきかを学ぶことにいたしましょう。

[1]危機に対する国王の行動
小さな南王国ユダの都エルサレムに敵の大軍が攻めて来た危機を、イザヤは3回経験しました。その第一回目がアハズ王の代、三国同盟を結んでアッシリア帝国に対抗しようとした計画に南王国が賛成しなかったので、シリヤと北王国の連合軍が攻めてきました。「王の心も民の心も、森の木々が風に揺れ動くように動揺した」と7章2節に記されています。イザヤは神さまの命を受けてアハズ王に会い、神さまの言葉を伝えます。「落着いて、静かにしていなさい。恐れることはない。」(7:4)「主なる神はこう言われる。それは(三国同盟の計画)実現せず、成就しない」(7:7)
そして神さまの約束の確かなしるしとして「見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ」という有名な約束が与えられたのでした。しかしアハズはイザヤに聞き従おうとはせず、アッシリア帝国に助けを求めて、シリヤと北王国を北から攻撃してもらって、我が身の安全を計ったのでした。

第二回目の危機は、ヒゼキア王の治世第14年(BC701年頃)に、アッシリアの大軍が攻めて来た時です。この時ヒゼキア王は使者をアッシリア王に遣わして、こう伝えました。「わたしは過ちを犯しました。どうかわたしのところから引き揚げてください。わたしは何を課せられても、御意向に沿う覚悟をしています」そして神殿と王宮の  宝物庫にあった全ての銀を贈りました。この記事は、イザヤ書では36章1節だけの記述ですが、歴史書の列王記下には18章13〜16節に記述されています。この時はイザヤが登場していませんから、きっとヒゼキア王がイザヤに助言を求めず、自分の判断で降伏したのでしょう。

そして第三回目が今日のところです。アッシリアに降伏して約13年ほど経ちました。毎年貢物を沢山取られる重い負担に耐えられなくなったのでしょう。ヒゼキア王は エジプトと同盟を結んでアッシリアに反旗をひるがえしたようです。そこでアッシリアの大軍が再び攻めてきました。BC688年頃のことです。頼みのエジプトからは援軍が来ませんでした。反旗をひるがえしたのですから、今度は降伏しても、前回のように生き延びることは難しいでしょう。絶対絶命の窮地に陥りました。

アッシリア王の使者ラブ・シャケがエルサレムに乗り込んで来て、ヒゼキアの家来と民衆に向かって大声上げて、威嚇しました。「ヒゼキアに騙されるな。ヒゼキアが『主が我々を救い出してくださる』と言っても、惑わされるな。諸国の神々は、それぞれ自分の地をアッシリア王の手から救い出すことが出来たであろうか。それでも主はエルサレムを私の手から救い出すと言うのか」(37:18)

第一回目の危機では、アハズがアッシリア王の助けという他力に頼って、我が身を護りました。第二回目の危機では、ヒゼキアが自分の持っている宝をアッシリア王に捧げて、服従するという自力の行動で、乗り切りました。第三回目は、エジプトとの同盟という他力に頼る方策に失敗しました。自分の力で何とか解決しようとするか、他人に頼って切り抜けるか、どちらもダメなら絶望して自滅するか、危機に直面して私たちがやれることは、この三つの中の一つでしょう。さてどうするか?

[2] 祈りを取り戻した国王
その時ヒゼキアは、エルサレムの神殿を完成させた時のソロモン王の祈りを思い出したようです。「あなたの民 イスラエルが、あなたに罪を犯したために敵に打ち負かされたとき、あなたに立ち帰って御名をたたえ、この神殿で祈り、憐れみを乞うなら、あなたは天にいまして耳を傾け、あなたの民イスラエルの罪を赦し、先祖たちにお与えになった地に彼らを帰らせてください」(列王記上8:33〜34)
ヒゼキアが直面しているこの絶対絶命の窮地は、明らかにヒゼキアが判断を誤り、神さまの御心とは違う行動を取った罪の結果です。その罪を心から悔い改めて、神殿に行って祈り、神さまに憐れみを乞うならば、神さまは罪を赦して、祈りに応えてくださるのではないか。そのためにこそ、この神殿が建てられてここに在るのではないかと、気付いたのでした。ヒゼキア王は王の衣服を引き裂き、深い悔い改めを表す粗布を腰に巻いて、神殿に上りました。また宮廷長、書記官、祭司の長老などの重臣たちにも悔い改めの粗布をまとわせ、イザヤの許に派遣して、こうお願いしました。

「私たちはご覧の通りの苦難にあります。アッシリアからは、酷い侮辱を受けています。これはまさに神さまの懲らしめです。産まれる胎児が産道に達したのに、母体が弱り果てて生み出す力がないのと同じ状態です。このままでは母子ともども死んでしまいます。神の民が滅ぼされようとしています。主なる神さまは、神さまを侮る傲慢不遜なアッシリア王の言葉をお聞きになったはずです。神さまはアッシリア王をお咎めにならないのでしょうか。どうかお祈りしてください」

神さまはイザヤを通してこうお語りになりました。「あなたは、アッシリアの王の従者たちがわたしを冒涜する言葉を聞いても、恐れてはならない。 見よ、わたしは彼の中に霊を送り、彼がうわさを聞いて自分の地に引き返すようにする。彼はその地で剣にかけられて倒される。」

「恐れてはならない」 イザヤはシリヤと北王国の連合軍が攻めて来た時にも、アハズ王に神さまの同じ言葉を伝えています。「落着いて、静かにしていなさい。恐れることはない。」 恐れてはならない―――危機に直面する神の民に対してイザヤを通して示される神さまのお言葉は、一貫して「恐れてはならない」でした。

皆さん、私たちはこの1月から3月にかけてエジプトの奴隷にされていたイスラエルの民が、モーセに率いられてエジプトを脱出し、約束の地カナン目指して大移動した歴史を学びましたね。イスラエルの大集団が紅海のほとりまで来て宿営していた時に、心変りしたエジプト王が戦車隊を先頭に追いかけて来た時の状況を思い出して下さい。前面は海、背後からはエジプトの大軍が迫ってきたのです。

絶対絶命の窮地に立たされて、民衆は泣きわめきました。その時モーセが語った言葉はこうでした。「恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい。あなたたちは今日、エジプト人を見ているが、もう二度と、永久に彼らを見ることはない。 主があなたたちのために戦われる。あなたたちは静かにしていなさい。」(出エジプト記14:13〜14)神さまが彼らのために戦ってくださるから、恐れる必要はないと、イスラエルの民は神さまから言われたのでした。


(後半へつづく)


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