日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

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201355日川越教会
剣を鋤に 槍を鎌に(後半)
                            加藤 享
(前半より)
[2] 善悪の基準は唯一つ
 もう一度イザヤの予言を読み返してみましょう。どうして世界中の国々から人々が大河のように流れ集まって来るのでしょうか。神の家に行こうというのでしょうか。主なる神さまが私たち皆の歩むべき道を、示されるからです。国々の争いを正しく裁き、多くの民を戒めて下さるからです。国々が軍備を捨てようと協議を重ねることで世界平和がつくり出されるのではなくて、神さまが御言葉によって争いを裁き、人々が聞き従って和解するから、武器が農具に変えられるのです。
 
 心を注いで物事に励むことを一生懸命と言います。しかし元々は一所懸命から出た言葉です。命がけで領地争いをしたことから生まれました。利害の対立、争いは殺し合いに及ぶ人間の現実を物語っています。だから昔から戦争が絶え間なく繰り返されてきました。死んでしまうくらいなら相手に譲って仲良く暮した方がどれほどよいか知れないのに、それがどうしても出来ません。私たちの罪深さですね。
 
 聖書に出てくる最初の殺人は兄カインが弟アベルを殺した事件です。それぞれが働いて得た収穫を神さまに献げたところ、神さまはアベルの献げものをお受け取りになりました。そこでカインは激しく怒って、アベルを殺してしまったのです。(創世記4:8)何故なのだろうかと冷静に原因を尋ね、反省し、神さまに受けいれられるように自分を変えていこうとする行動が、どうしてとれなかったのでしょうか。
 
 彼らの親、アダムとエバは楽園に暮していました。楽園の条件は唯一つ「善悪の知識の木からは決して食べてはならない」でした。しかし彼らは誘惑に負けて食べてしまいました。その結果楽園を失ってしまいました。そうです。善悪の基準は唯一つでなければなりません。これが人によって違えば、判断の違いから利害の衝突、争いが起こるのは当然です。神さまへの献げ物にしても、カインが自分の判断よりも神さまの判断をたずね求めようとすれば、怒り狂って弟を殺すことなどしなかったでしょう。
 
 善悪の基準は唯一つ、天地万物を極めて良いものとして創造し、世界を楽園として支配していこうとされた主なる神さまが、私たちにお示しになるのです。争いが起こった時には、この主なる神さまの裁きと戒めに皆が聞き従うならば、もはや戦争はなくなります。「主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」「ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。」そうです。この世界から武器がなくなり、殺し合う戦争がなくなり、私たちは皆、平和と喜びに溢れた光の中を歩めるのです。
 
[] 楽園をもたらす十字架
 イザヤ書11110節をお開きください。タイトルは「平和の王」です。イエス・キリストの誕生を祝うクリスマスを待つ待降節に読まれるイザヤの予言です。「エッサイの株からひとつの芽が萌えいで」 新約聖書はイエス・キリストの系図で始まります。そのマタイ1章6節に「エッサイはダビデ王をもうけた」とあります。ですから「エッサイの株から」とはダビデ王の子孫から主の霊が豊かに注がれた救い主が誕生するという預言です。
 
 その救い主は「弱い人のために正当な裁きを行い、この地の貧しい人を公平に弁護する。正義をその腰の帯とし、真実をその身に帯びる」お方です。そのお方の裁きのもとでは、どのような世界が生まれるか、それが6節以下です。それは弱肉強食のない世界です。狼も豹も子羊や小さい子どもと共に育ち、害を加えるものがいない、滅びのない世界、生きとし生けるもの全てが平和に共存する世界です。
 
 ダビデの家系から1000年後に、ベツレヘムの馬小屋で誕生したイエス・キリストは、弱い者、貧しい者、悲しむ者、虐げられている者と共に生きて、慰め、励まし、助けて生涯を送られました。そして最後には十字架にかけられながら、「父よ、彼らをお赦しください」と祈りつつ、自分を十字架につけた人々の罪をもご自分の身に引き受けて死んで下さいました。一切の暴力を否定し、愛し合い重荷を負い合って共に生きていく十字架による平和の道をお開きになりました。
 
 世界の究極の平和は、この十字架の救い主イエス・キリストのもとに、全ての人が集まり、その御言葉を聞き、示される愛の道を歩むことによってもたらされるのです。旧約聖書の初めに、神さまがお造りになった世界を楽園としていた一本の木、それは新約聖書に至って、十字架であることが示されました。十字架を仰いでイエス・キリストの言葉を聞き、示された道を歩む時、私たちは剣を打ち直して鋤とし槍を打ち直して鎌とし、もはや戦うことを学ばない者に、変えられていくのです。
 
 私たちが生きている世界では、利害の対立から武器を手にとって殺し合う紛争、戦争が絶えません。そのなかで戦争や武力で国際紛争の解決を決してしないと宣言する日本国憲法の平和主義は、非現実的だと言われます。しかし日本人310万人、アジア諸国の人々3000万人近くの命を奪った戦争をした私たちなのです。もう絶対に戦争の悲劇は繰り返さないと誰しもが抱いた決意を貫くことこそが、日本国民の 責任であり、使命ではないでしょうか。
 
 強くなることで自分を守ろうとするのではなく、力を捨て、身を低くして弱さに仕え、我が身を献げていく愛をもって、皆と共に生きて行く道を歩もうではありませんか。平和を愛する諸国民の公正と信義に、徹底して信頼を寄せていこうではありませんか。そのために、命を捨てて人に仕える十字架の愛に生きていく者になって参りましょう。十字架の福音を一人でも多くの方々に証して参りましょう。   完
201355日川越教会
剣を鋤に 槍を鎌に(前半)
                加藤 享
[聖書] イザヤ書2章1〜5節   終末の平和
 アモツの子イザヤが、ユダとエルサレムについて幻に見たこと。 終わりの日に/主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち/どの峰よりも高くそびえる。国々はこぞって大河のようにそこに向かい多くの民が来て言う。「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」と。主の教えはシオンから/御言葉はエルサレムから出る。主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし/槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず/もはや戦うことを学ばない。 ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。
 
[] 聖書を読む信仰
 聖書は、旧約聖書と新約聖書から成り立っています。旧約聖書は、律法と呼ばれているモーセ5書と歴史、文学、予言書の39巻、新約聖書は福音書、使徒言行録、使徒書簡、黙示録の27巻、合計66巻の文書から成り立っています。
 
 救い主キリストが来りたもうことを待ち望みつつ生きた人々の信仰の証を書き記した旧約聖書。その救い主がナザレのイエスとしてこの世に来て下さり、出会って救いにあずかった者の証しと、救い主が新しい天と地をもたらして下さる終末の黙示録が新約聖書です。
 
 内村鑑三は聖書研究の著述活動を通して、聖書の信仰を大勢の日本人に紹介した功労者ですが、こう述べています。「聖書66巻を通読してみて、我々は明白な一事の印象を得る。それは、救われる道はイエス・キリストによる以外、天下になしということである」「キリスト教は聖書の中にあり、キリスト教は聖書である。その理由は、聖書のすべてがキリストについてあかしをし、キリスト以外に救いのないことを、我々に示してくれるからである」(「内村鑑三談話」)
 
 ですから私たちはとにかく聖書を読まなければなりません。聖書を読むことによって、私たちの信仰は養われ、豊かな信仰生活を送ることが出来るのです。そこで川越教会では、聖書全巻を皆で学び合うカリキュラムを持つ「聖書教育」誌を参考書として用い、分級や祈祷会、そして礼拝説教も同じ箇所から聖書のメッセージを汲み取ることにしております。
 
そのカリキュラムに従って、5月と6月は旧約聖書のイザヤ書エレミヤ書の中から、神に選ばれた預言者の働きを学んで参ります。この機会に二ヶ月かけてイザヤ書66章とエレミヤ書52章を通読してはいかがでしょうか。
 
[1] 平和の幻と日本の現実
 さてイザヤは、主イエスの誕生よりも740年ほど前に、南ユダ王国のウジヤ王が死んだ年に、神さまから預言者として召されました。20才くらいでした。これについては来週学びます。そして60年ほど予言者として神さまに用いられました。
 
 新共同訳聖書では、今日の箇所には「終末の平和」という小見出しがついています。終末――今のこの世は終わり、新しい神の世界がもたらされる時です。その時にどのような光景が起こるかを、イザヤは示されたのでした。歴史の究極ですね。
 
 主の神殿の山を目指して、世界中の国々から人々が大河のように流れ集まり、口々に語り合います。「さあ、主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主がわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」 ヤコブの神とは、イスラエルの民を通してご自分を現しておられる主なる神、もっと一般的に言えば、旧約聖書に証されている神の意味です。
 
 主なる神は、国々の争いを裁き、多くの民を戒められます。すると人々は、を打ち直してとし、を打ち直してとする。そして国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばなくなります。人を殺す武器を農具に作り変えてしまうとは、兵隊がいなくなって、皆が農夫になり、命を豊かに養う農作業に励むようになることですね。どうやって戦争に勝つかと戦術を練り、武器を備えて兵隊に勝ち方を教える職業軍人が居なくなる世界です。何と素晴らしい世界でしょうか。
 
 一昨日は憲法記念日でした。日本国憲法は、1945815日に日本が無条件降伏した翌年113日に大日本帝国憲法に代わって公布され、半年後の1947年5月3日から施行されるようになりました。しかし憲法改正の声が自民党政権になり、再び高まってきました。
 
 前文を読み返してみました。「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることの ないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」
 
 続いて9です。「1.本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇、または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。2.前項の目的を達するため、陸海空その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」
 
 「日本国政府の行為によって戦争を起こさない」「国際紛争を解決する手段としての戦争武力の行使を永久に放棄し、軍隊を保持しない」という言葉、これはまさにイザヤが幻に見た言葉、「剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」そのものではないでしょうか。
 
 しかしこの憲法が施行されてから3年後の1960年6月に、北朝鮮が南朝鮮に攻め込む朝鮮戦争が起こると、日本に駐留するアメリカ軍が戦場に派遣されることになり、手薄になる国内の治安維持のためにと、警察予備隊が発足しました。そしてやがてそれが保安隊、自衛隊へと衣替えして、昨年自民党が発表した憲法改正草案では、国防軍の保持と明記されるように、情勢が変わってきました。確かに竹島・尖閣諸島の領有権をめぐって、韓国・中国との対立が鮮明になりました。中国では国防費を莫大に増やして軍備の刷新強化が進められています。日本もそれに対抗して、軍備を強化しなければならないのでしょうか。
 
 韓国との首脳会談、中国との外相会談が、大臣や国会議員168人の靖国神社集団参拝でご破算になりました。「国のために命を捧げた英霊に敬意と感謝を表すのは当然だ」と政治家たちは言います。でも憲法前文ではこう宣言しているのです。「どの国でも自分のことのみに専念して、他国を無視してはならないという政治道徳は普遍的なもので、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我らの安全と生存を保持しようと決意した」
 
自分たちを植民地支配した日本に対する韓国民の怨念、また中国は日本との15年戦争で2000万人の国民が命を失ったと言っています。その戦争を指導した責任を問われて東京裁判で死刑に処せられたA級戦犯7人も、靖国神社は英霊として祀っているのです。そこで日本の政治家たちの行動は、韓国・中国に対するかつての侵略戦争を支持表明するデモ行進と受け取られたのです。これは憲法前文で言われている「自分のことのみに専念して他国を無視する行為、普遍的な政治道徳に反する行為」に当たるのではないでしょうか。
 
私たちは、韓国・中国国民の平和を愛する公正と信義に深く信頼することで、日本の国の安全と生存を保持するのだという決意を、ことあるごとに示していくことこそが日本の政治家の任務だと思います。「足を踏まれた者の傷みを、踏んだ者は気がつかない」と言われます。韓国、中国はじめ近隣諸国に与えた大きな苦痛を、私たち日本人はよくよく自覚した上で、互いに信頼を深めて共に生きていかなければなりません。これを自虐的思考だと片付けては、平和は生まれません。 (後半へ)
2013414日川越教会
心の安らぐ日を持つ大切さ(後半)
                  加藤 享
  (前半より)
[2]祝福を失ってしまう私たちの罪深さ
では祝福に満ちた良い安息日の守り方とはどのようなものなのでしょうか。犬養道子がこのように書いていました。「汝、週の終わりの一日を聖なる日とせよ、安息の日とせよ――安らいだ一日を大切にする時、人は真に人となるであろう。働きは良いものだ。労働は尊いものだ。しかし人の目は、時に安らぎつつ、いつもとは違うはるかに美しいもの、善きもの、真なるものに向けられねばならぬ。仕事にかまけて、普段は出会うことの出来にくい親と子、友人同士の心と心の静かな語らい、いつもはなおざりにしか見えていない空や樹や陽光や雨の滴りなどに、ふと思いをひかれて、そこに無言歌を聞き、詩を読む――それらすべては『聖』に近い」(聖書の世界)
 
安らいだ一日を大切にする時、人は真に人となるであろう――何といい言葉でしょうか。しかも自分だけでなく、家族や奴隷、家畜や他国人をも大切に労わり、皆で安らいだ一日を送る時、心と心の静かな語らいが生まれ、人はまさに神さまの姿にかたどって造られた人間になるのです。もしも安息日が命あるもの全てと共に、豊かな祝福をいただく日として神さまがお定めになったのでしたら、安息日を大切にする人々からは、そのような祝福が溢れ出て来るはずではないでしょうか。
 
そして、腹を空かせて麦の穂を摘み始めた人を見かけたならば、何故そんな事を安息日にするのかと咎める前に、何か食べ物を与えようとするのではないでしょうか。片手の萎えた人を使って主イエスを陥れようと企むよりも、不自由な体で生きなければならないその人の悲しみを思いやって、主イエスと一緒にその人と、安息日の豊かな休息と喜びとを分け合おうとするのではないでしょうか。
 
創造の御業の完成!――それはこの片手の萎えた人にとっては、手が癒され、両手を自由に使って働けるようになり、神さまから与えられた役割を十分に果たすことが出来るようになることです。だから手を癒そうとした主イエスの方が、ファリサイ派の人よりも安息日の目的を実現しようとしておられるのです。それなのに ファリサイ派の人々は主イエスを殺そうとし始めたのでした。恐ろしい心の動きです。悲しい罪深さです。自分たちの根本的な誤りが分からなくなっていたのです。
 
以前に学校の校門の鉄の扉に頭を挟まれて、女子高校生が死ぬ悲劇が起こりました。生徒の遅刻をどうやって無くすかに頭を悩ました学校が、先ず先生が校門で生徒を出迎えて声をかけるようにしてみましたが、効果が出ません。遂に時間になったら先生が校門を閉めてしまうことにしたのです。そして急いで頭から前のめりに校門を入ろうとした女子生徒が、時間通りに先生が閉めた重い鉄の門に頭をはさまれて、死んでしまいました。
 
遅刻を取り締まり、規律正しい生徒にしようとしたのも、生徒を思ってのことでしょう。でもその規則で生徒が殺されてしまいました。私たち人間のすることは、昔も今も常にこのような罪深さが付きまとっています。そのことを私たちは心に留めて、恐れを抱いていなければならないと思います。
 
[3]魂の休息
マタイ福音書では、主イエスとファリサイ派との安息日をめぐる激しい対立の記事は12章に記されています。そしてその直前の11章の終わりに、あの有名な主イエスの招きの言葉が記されています。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしのくびきを負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」
 
主イエスは「貴方がたを休ませてあげよう」とおっしゃりながら、人生の重荷を載せた車を引いて行くつらい歩みを、もうしなくてもよい、くびきをはずして開放して上げようとはおっしゃっていません。「貴方のくびきを私のくびきと取り替えて、私に学びながら荷車を引いてごらん」とおっしゃっているのです。私たちは重荷を背負って生きていく労苦から解放されたいと願います。でも重荷を降ろして身軽に生きる人生などないのです。
 
「私のくびきに代えてごらん。そして私に学びながら、もう一度荷物を担ぎ直してごらん。重荷を耐えられないものにしているのは、くびきが体にピッタリ合っていないせいではないか。そして働き続けよう。貴方の魂に本当の休み・平安が与えられるよ」と主イエスは語りかけておられます。靴が足に合わないと痛くなってあるけません。それと同じです。
 
イエス・キリストのくびきは柔和と謙遜のくびきです。「柔和」の反対語は「荒い、怒った、闘争心、悪意」です。荒々しさは心身をすぐに疲れさせます。柔和・優しさが平和と安息をもたらすのです。「謙遜」の反対語は「権力にある者、思い上がる者、富んでいる者」です。ですから謙遜は神の力が働く低さ、弱さを言います。そうです。私たちの心が荒々しくなっているからすぐに疲れるのです。誇り高ぶろうとあくせくするから疲れるのです。
 
イエス・キリストはベツレヘムの馬小屋で誕生されました。最も貧しい誕生です。でも飼い葉桶に休む御子の笑顔には、平和と恵みの光が輝いていました。またろばの子の背中に乗ってエルサレムの都に入城し、「自分を救ってみろ」と口々に罵る人々のために「父よ、彼らをお赦しください」と祈りながら、十字架の上で死んでいかれました。イエス・キリストこそ、柔和と謙遜のくびきをつけて救い主の勤めを全うされたお方です。その柔和と謙遜のくびきをつけて、重荷を負う時に、私たちの魂にも本当の休息が与えられるのです。
 
[結]安息日を持つ
まだ小さい子ども4人を残して夫に先立たれた婦人が居ました。これからは父親・母親の二役を果たさなければならなりません。葬儀が終わると懸命に働き始めました。一年経ってふと気がつくと、子どもたちがとげとげしくなっています。はっとさせられました。そこで夜、夕食の後片付けを済ますと、彼女は食卓に座って編み物をしました。すると子どもたちが集まってきて、母親に身を寄せたり、そばの畳に寝そべって本を読んだり、食卓で勉強を始めたりし出したのです。ほっとする安らぎが、家族の和やかさを取り戻してくれました。
 
神さまは、七日目に仕事を一切やめて安息する一日をお作りになりました。「安らいだ一日を大切にする時、人は真に人となるであろう」と犬養道子は言っています。私たちは忙しく働く毎日から我が身を切り離して、全く違う日、安息日を持つ必要があります。そして自分が神さまによってどのように造られたものであるかを、神さまから繰り返し聞きなおす必要があります。
 
Blue Monday(月曜病)という言葉を耳にします。土日の遊び疲れで月曜日は仕事の能率が落ちる現象です。安息日は元気を回復して良い仕事をしていくための休日のはずです。もしも心がうつろだとしたら、神さまの祝福の言葉を聞かなかったせいではないでしょうか。イエス・キリストの柔和と謙遜にふれて、その愛のくびきを身に付けて働くことを学ばなかったからではないでしょうか。
 
本当に心の安らぐ日を持ちましょう。神さまは私たち一人ひとりを極めて良いものにお造りくださっているのです。その姿を取り戻して、私が真に人となる日をきちんきちんと持つようにいたしましょう。
 
疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしのくびきを負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」と呼びかけておられるイエス・キリストの言葉を聞きましょう。キリストから柔和と謙遜のくびきをいただき、本当の安らぎを周りの者と分かち合いつつ、共に生きて参りましょう。  完
2013414日川越教会
心の安らぐ日を持つ大切さ(前半)
                  加藤 享
[聖書]マルコによる福音書3章1〜6
イエスはまた会堂にお入りになった。そこに片手の萎えた人がいた。人々はイエスを訴えようと思って、安息日にこの人の病気をいやされるかどうか、注目していた。イエスは手の萎えた人に、「真ん中に立ちなさい」と言われた。そして人々にこう言われた。「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか」彼らは黙っていた。そこで、イエスは怒って人々を見回し、彼らのかたくなな心を悲しみながら、その人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。伸ばすと、手は元どおりになった。ファリサイ派の人々は出て行き、早速、ヘロデ派の人々と一緒に、どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めた。
 
[]オリンピックよりも安息日
うつ病にかかる人が年々増加しています。しかも小中学生から高齢者まで幅が広がっています。過重な作業が続くと頑丈な機械でも壊れてしまいます。まして生身の人間の体です。忙しさに睡眠時間がよく取れない日が続けば、必ず参ってしまいます。さらに責任の重さや様々な悩みや不安が貯まりますと、そのストレスで体調が狂い始めます。
 
そしてうつ病になり、自殺に追い込まれます。ダウンしたら出世はもとより、職場や家庭すら失ってしまうのですから、とにかく心身の健康を保つことを第一にしなければなりません。そのために休息のとり方の大切さが年を追うごとに増しています。こういう現実を見抜いておられた神さまは、安息日の大切さを天地万物を創造された初めから、強調なさったのではないでしょうか。
 
「安息日を心に留め、これを聖別せよ。六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない」(出エジプト20:10) ユダヤ人はこの戒めをしっかり守る自分たちこそ、神さまに選ばれた神の民だと自覚しました。そして安息日がまさに神の民のしるしだと思うようになりました。
 
そこで「だれでも安息日に仕事をする者は必ず死刑に処せられる」(31:15)という規定が生まれました。一人の男が安息日に薪を拾い集めているところを見つかって、石打ちの死刑になりました。(民数記15:36) こうしてどんなことがあっても安息日厳守の気風が生まれたのです。
 
第二次世界大戦後に、国連が誕生し、その国連の後押しで、世界に離散していたユダヤ人がパレスチナに戻ってきて、イスラエルの国が誕生しました。しかしそれを喜ばない周囲のアラブ諸国との間に紛争が絶えず、今日に至っています。いわゆる中東戦争も繰り返し起こりましたが、戦争となると最新鋭の装備をもつイスラエル軍に、アラブ側はどうしても勝てません。そこでエジプト軍は、安息日に奇襲攻撃をしかけてスエズ運河を渡り、攻め込んだ時があります。するとイスラエル軍は一切戦わなかったので、この時だけは、アラブ側が勝利を収めました。
 
またソウル・オリンピックの時に、せっかくイスラエルの代表選手に選ばれてはるばる参加したのに、自分の競技が安息日に当たったので出場しなかったというニュースが報じられて、人々は驚きました。たとえ戦争に負けて捕虜になろうとも、4年に一度のオリンピックの晴れの舞台を捨てようとも、やむを得ないとする――ユダヤ人にとって安息日を守ることが、長い歴史の中でそれほど大切なことになったのですね。私たち日本人でしたら、原則はさておき、戦争に勝つこと、オリンピックゲームに出場することの方をとるのではないでしょうか。
 
[1]安息日をめぐる衝突
さて主イエスの弟子たちが安息日に道を歩きながら、畑の麦の穂を摘んで食べたようです。多分お腹が空いていたのでしょう。律法を厳格に守るファリサイ派の人々が、すぐさま主イエスを問い詰めました。「御覧なさい。なぜ彼らは安息日にしてはならないことをするのか」麦の穂を手で摘んだのは「刈り入れ」をしたことになり、手で穂をもんだのは、穀物を「こなした」ことになり、籾殻を取り除いたのは、穀物を「より分けた」ことになり、行為全体で「食事を用意した」ことになり、4つの違反をしたことになるのだそうです。
 
攻撃して来た敵を迎え撃つことも、オリンピック競技に出ることも、それが安息日であればしてはならないと考える人たちなのですから、まして麦の穂を摘んで空腹を満たすなど、もってのほかと考えたのも当然でしょう。ところが主イエスは彼らの抗議を意に介しませんでした。その出来事の後で、安息日の礼拝のために会堂にお入りになりました。
 
集まった会衆の中に片手が萎えた人がいました。この男を主イエスがどう扱うか、人々は注目していました。彼のことだから恐らく癒す医療行為をするだろう、そしたら律法違反で今度こそ訴えようを思っていたようです。すると主イエスは、その人をわざわざ会堂の真ん中に立たせて、萎えた手を元通りに癒して上げたのでした。
 
「ファリサイ派の人々は出て行き、早速、ヘロデ派の人々と一緒に、どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めた」とマルコ福音書は記しています。ユダヤ人は安息日を守ろうとする点で大変頑固でした。そのような人々が集まっている安息日の礼拝の席上で、手の萎えた人をわざわざ真ん中に立たせて癒してしまわれたのですから、主イエスも断固とした決意をもって居られたことが分かります。ファリサイ派の頑固さとイエス・キリストの断固とした決意とが、伝道の初期の段階で早くも、火花を散らしてぶつかり合ったのでした。
 
では「安息日を守る」とはもともとどういうことだったのでしょうか。それは神さまの素晴らしい天地創造の御業に基づいています。神さまは「混沌」と「闇」の中から先ず第一の日に光を創造し、第二の日に大空を――と創造の御業をすすめ、第六の日に、ご自分にかたどって人間をお造りになり、すべての生き物の管理をお委ねになりました。そして第七の日には、創造の仕事を離れて安息なさり、こうして天地創造の御業を完成されたのでした。
 
神さまがお造りになった生き物は人間を含めてどんなものでも、みな非常に良いものでした。その証拠には、神さまはすべての生き物の食べ物として青草を与えておられます。魚も鳥も動物・昆虫・爬虫類、また人間も、互いに殺し合い食い合うことをしない世界、弱肉強食ではなく、共存共栄の世界だったのです。だから神さまはゆっくり休んで、造られたもの全てを祝福されたのでした。
 
私たちが仕事をする、働くと言う場合には、作業をしている状態だけを言います。それならば神さまの天地創造の作業も六日間で終わったことになります。でも聖書は「第七の日に、神は御自分の仕事を完成された」と記述しています。ここに、その仕事によって生じた疲れを休息によって癒し、元気を回復させた時に、仕事が完成したことになるという考えがきちんと示されています。仕事とは本来、作業と休息とがセットにされているものなのですね。
 
しかも安息日の規定は、主人と家族だけでなく、牛・ろばなどの家畜や奴隷も他国からの労働者も、みな同じように休ませよと、命じています。それは自分たちもかつてはエジプトの地で奴隷であったが、神さまの憐れみで救い出していただいたのだから、今辛い立場にある者をいたわろうというのです。いたわりに満ちた深い祝福の言葉に他なりません。
(後半へ)
20134月7日川越教会
          死からの復活とは(後半)
                                          加藤 享
 
[3]日本人の心の特徴
イエス・キリストはサドカイ派の人々への答をこう締めくくられました。「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。あなたたちは大変な思い違いをしている。」旧約聖書では、神さまが御自分を「わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」と名乗っておられます。とうの昔に死んでしまったアブラハムを神さまは、わたしはアブラハムの神であったとは言わずに、アブラハムの神であると、現在形の動詞で呼んで居られる。これは神さまの目の前には、アブラハムが現在も生きている者として存在していることを表しています。
 
私たちの人間関係は死ぬことで、終わりになります。しかし神さまの目には、私たちはアブラハム、イサク、ヤコブに限らず、死んでも今なお生きている者なのですから、神さまとの関係は切れることなく続くのです。これは大変な言葉ではないでしょうか。
 
人類の元祖と言われるアダムとエバは、神さまが見ていないと思い、その命令を破って禁じられていた木の実を食べる罪を犯しました。神さまの足音を聞いた時、木の陰に隠れましたが、神さまの目からは逃れることは出来ませんでした。そして彼らの住む所が楽園ではなくなってしまいました。
私が死んで火葬になり、灰になっても、神さまは「私は加藤享の神である」と現在形で、いつまでも私の前に立って居られます。死ねば罪が一切御破算になることはありません。「罪を犯した魂は滅びる」という神さまの言葉は、死んで幾年経とうが、私に当てはまり続けます。そしてアダムとエバが楽園を失ったように、私のいる所は楽園ではなくなるのです。ですから罪をきちんと処理しない限り、神さまの前に生き続ける私に平安はありません。私たちは少しでも早く、悔い改めて罪を清めていただくことが欠かせないと思うのです。いかがでしょうか。
 
日本では、偉人・英雄が死ぬと神社に神として祀られる宗教文化があります。歴史上の優れた人物を祀った神社が全国各地に建てられ、多くの参詣者を集めています。でもこれらの人物が生前に犯した罪は、どのように処理されているのでしょうか。十字架なしに栄光の復活がまかり通っているのが、私たち日本の文化の特徴の一つではないでしょうか。
 
私たちは、自分の罪深さを曖昧にせず、その罪からわたしたちを清めて救ってくださるイエス・キリストの十字架の恵みを信じて、イエス・キリストを自分の救い主として受け入れました。ですから罪が赦され、清められた者として、栄光の体を持つ復活にあずかり、平安をもって神さまの前に生き続けることが出来るのです。
 
[3]永眠か召天か
さて、主イエスは三日目の朝に復活され、40日後に天の父のもとに上げられました。では私たちは何時、天上の体をもって復活するのでしょうか。また何時、天の父なる神さまの御許、天国に上げられるのでしょうか。
 
福音書では、主イエスが少女、若者、大人の三人の死者を甦らせておられますが、いずれも「起きなさい」といって死の眠りから起こしておられます。また新約聖書の中で一番古い文書は紀元50年頃に書かれたテサロニケの信徒に宛てた手紙ですが、キリストが再び天から降って来られた時に、死んで眠りについていた者たちが復活して天に引き上げられると記されています。(Ⅰ・4:16)それよりも3年ほど後に書かれたコリントの信徒への手紙も、最後のラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされると記しています。(Ⅰ・1552
 
またパウロは「正しい者も正しくない者も」復活して(使徒2415)、すべての者がキリストの裁きを受ける(Ⅱコリント510)と言っています。それからキリストの赦しと救いを受けいれた者は、天に用意された国に迎えられて行くことになります(マタイ2534)。新約聖書最後の書であるヨハネの黙示録も、終わりの日キリストの再臨によって新しい天と新しい地がもたらされるという黙示で終わります。(2122章)
 
ですから死者は眠りについて再臨と同時にもたらされる復活の目覚めを待っていること、また最期の審判を受けてから天国に迎えられるというのが、聖書の信仰ではないかと私は信じています。死んだ者はすぐに天国の神様の許に行けるとよく言われますが、そんな甘い話ではありません。では死者は何処で復活の目覚め時を待つのでしょうか。
 
ペトロの手紙一には、「キリストは肉では死に渡されましたが、霊では生きる者とされたのです。そして、霊においてキリストは、捕らわれていた霊たちのところへ行って宣教されました。」(31819)「死んだ者にも福音を告げ知らされた」(46)と述べられています。主イエスは墓に葬られ、三日目の朝に復活されるまでの間に、陰府に降って、死んだ者たちにも宣教されたという理解です。
 
全ての人を救うために十字架にかかって死んでくださった救い主ですから、墓に葬られても、じっとしておられずに、死者たちの所へ行って福音を宣べ伝えられたとする信仰は、主イエスなればこそ当然だと私も受けとります。そこで教会の伝統的な使徒信条は「十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人の内からよみがえり、天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり」と告白しているのです。
 
眠りについた死者が復活の日を待っている場所が陰府です。この陰府は、最後の審判の結果、決定的な滅びを宣告された者が突き落とされる地獄とは違います。では陰府はどのような所でしょうか。
 
ルカ福音書16章に金持ちとラザロの話があります。金持ちの家の門前に全身できものだらけの乞食ラザロが横たわっていました。金持ちは乞食に全く関心を払わず、家の中で贅沢三昧に暮しました。ラザロは死ぬと天使が憐れんで、アブラハムの隣の席に連れて行き、豊かな食事をいただく日々を送ります。金持ちも死にましたが、彼は炎の中でもだえ苦しむ毎日を送ります。目を上げるとラザロがアブラハムと共にいます。彼は救いを求めました。「父アブラハムよ、憐れんでください。せめてラザロをよこして、指先を水に浸して私の舌を冷やさせてください」これは死者が行く陰府にも、生前の生き方の報いとして、アブラハムの席といわれる特等席もあれば、火炎の中の苦しみに悶え続ける最下等席もあるということでしょう。
 
主イエスと一緒に十字架にはりつけられた重罪犯人の一人が、主の祈りを聞いて救いを求めました。主は「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」(ルカ2343)と約束されています。その楽園とは天国ではありません。主は墓に葬られ、陰府に下り、死者たちに宣教されたのですから、この犯罪者を、陰府に連れて行かれたのです。でも乞食のラザロのように、特等席に連れて行ってくださったのではないでしょうか。
 
そうです。死者は眠りについて陰府に下り、キリストの再臨・復活の日を待ちます。しかし眠りには安らかな眠りと、悪い夢にうなされて転々反側、汗をびっしょりかいて苦しむ眠りとがあります。生きていた間に犯した罪の数々が次々と心に浮かび、苦しみにさいなまれます。この苦しみは自分では取り去ることができません。しかし自分の罪深さを自覚して、キリストの十字架の赦しを信じて受け入れた者は、死の眠りについて、生前の罪の一つ一つを思い浮かべて心が激しく痛む時に、「それでも主が自分に代わってこの罪のすべてを償ってくださっている」という赦しに心が至り、安らかな眠りを取り戻すことが出来るでしょう。陰府で平安に過ごせる人苦しみ続ける人とが分けられるのは、当然ではないでしょうか。
 
[結]復活の朝を目指して
「千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています」 でも風は、肌に感じることはあっても、実体を持ちません。旗をはためかす働きは見えますが、実体がありません。故人の追憶を活き活きとさせてくれますから、残された者に慰めを与えてくれますが、故人自身が今どのような状態でいるのかは、不明のままです。
 
それに比べてイエス・キリストの復活は、私たちにこう教えてくれます。イエス・キリストの地上の生涯は、十字架の死をもって終わり、墓に葬られました。しかし新しい体を備えたイエス・キリストとして復活し、弟子たちに復活の信仰を与えた後に、弟子たちの見ている前で、天の神さまの御許に上って行かれました
 
私たちの今の体は、地上の生活を送るために与えられた体です。死によってこの体は消滅します。しかし神さまとより密接な交わりをもって生きる天上の生活に相応しい体を与えられて復活します。そして天の神の御前に立たされて、天国で生きることが出来るかどうかの、審問をうけます。天国を破壊するような罪・汚れを持ったままで天上に向かうことは出来ません。ですから私たちはどうしても、キリストに清めていただかなければなりません。
 
死は眠りにつくことです。しかし眠りには平安な眠りと苦しみもだえる眠りがあります。平安な眠りの備えをして、眠りにつかなければなりません。イエス・キリストを救い主として、はっきりと言い表して、罪の赦しと清めをいただいて、死の眠りにつきたいものです。     完

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