日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

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20134月7日川越教会
             死からの復活とは(前半)
                                           加藤 享
 
[聖書]ルカによる福音書243643
こういうことを話していると、イエス御自身が彼らの真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。彼らは恐れおののき、亡霊を見ているのだと思った。そこで、イエスは言われた。「なぜ、うろたえているのか。どうして心に疑いを起こすのか。 わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしだ。触ってよく見なさい。亡霊には肉も骨もないが、あなたがたに見えるとおり、わたしにはそれがある。」こう言って、イエスは手と足をお見せになった。彼らが喜びのあまりまだ信じられず、不思議がっているので、イエスは、「ここに何か食べ物があるか」と言われた。 そこで、焼いた魚を一切れ差し出すと、イエスはそれを取って彼らの前で食べられた。
 
[序]千の風になって
2006年の大晦日の紅白歌合戦で、秋川雅史が朗々と歌った「千の風になって」は、多くの人に感動を与えました。そしてそれから数年間、紅白で歌い続けられました。一人息子を交通事故で亡くした北海道・岩見沢の父と母が、よさこいソーランの旗手として活躍した息子愛用の旗を、雪が積もる墓地で風にはためかせて青空を仰いでいるTVの画面が、心に焼き付いています。
 
「私のお墓の前で泣かないでください そこに私はいません 
  眠ってなんかいません 千の風に 千の風になって 
   あの大きな空を吹きわたっています 
 
 私のお墓の前で泣かないでください そこに私はいません 
  死んでなんかいません 千の風に 千の風になって 
   あの大きな空を吹きわたっています」  
 
かけがえのない者がある日、身辺から居なくなる。消滅したのであれば余りにも悲しく耐えられません。でも千の風になって身近に生き続けていてくれる。そしてその風をこの肌で何時も感じることが出来る。これは大きな慰めです。主イエスもにたとえて語っておられます(ヨハネ38)から、通じるものがありますね。
 
でも人は死んだら、風になって愛する人の周りを吹きまわっているだけなのでしょうか。イエス・キリストは葬られた墓の中から復活なさり、弟子たちの所に来てくださいました。そして40日後に復活のお体のままで、天の父のもとに上がって行かれました。そして弟子たちは、自分たちもまたイエス・キリストと同じあの復活にあずかるのだという信仰を持つようになりました。
 
では風になっていつまでも吹きわたり続けるのではなく、復活するのだとは、どういうことなのでしょうか。
 
[1]体を備えた復活
ルカ福音書を書いたルカは、当時のギリシャ・ローマ世界の自然科学の教養を豊かに身につけた医者でした。その彼が24章で復活にとまどう弟子たちの様子を詳しく記しています。日曜日の朝、主の遺体に香料を塗ろうとして出かけていった婦人たちが、空になった墓で天使のお告げを聞きとり、使徒たちに報告したのに、彼らは女性のたわごとだとして、信じませんでした。
主イエスの十字架の死で希望を失った二人の弟子は、エルサレムの都から田舎の実家に帰り始めました。すると復活された主イエスが現れて、彼らと一緒に歩いて下さいました。そして夕方エマオの村の宿屋で食事の席に着いた時、祈ってパンを裂くしぐさを見て、彼らはやっとそれが主イエスだと気が付いたのでした。とたんに主イエスのお姿は消えてしまいました。彼らは夜道をエルサレムに飛んで帰って、弟子たちに報告しました。
 
するとそこに主イエスが現れます。彼らは亡霊(死者の霊)を見ているのだと思って、恐れおののきました。主は手や足をお見せになり、「触って良くみなさい。亡霊には肉も骨もないが、わたしにはそれがある」とおっしゃいます。そして更に焼き魚を取って、食べてみせたのでした。ここを読んで主イエスの愛に感動した作家の椎名麟三は、共産党員でしたが、クリスチャンになったのでした。
 
ヨハネ福音書も、信じられないトマスの前に立たれた主イエスが、十字架に釘付けられた手のひらの傷跡に指を入れてごらん、槍で刺された脇腹に手を差し込んでごらん、「信じない者ではなく、信じる者になりなさい」と、おっしゃっています。十字架にはりつけにされたお方だとわかる特徴を備えた体で復活されたのでした。
 
しかし11キロ以上も離れたエマオ村までの道を一緒に話をしながら歩いた二人は、夕食までの長い時間、主イエスだと気が付いていないのです。心の目が開いていないと分らないお体だったと、ルカは言っています。そして主はエマオから姿を消すと、エルサレムでペトロに現れて居られます。また戸に鍵をかけた家の内にひそんでいる弟子たちの真ん中に、すっと現れて居られます。肉も骨も備えた体ではあっても、時間・空間の制約を超えた、私たちの体とは質の異なる体であり、聖書が証している神さまの救いの御業を信じる信仰を持たなければ、見えてこない体というのがルカの見解でした。
 
その体の違いを、パウロは第一コリント1535節以下でこう説明しています。植物は蒔く前の種粒という体と、蒔かれた後で土の中から芽が出てきて成長していく体とは異なるではないか。体というものは発達の段階や、その生命がおかれる環境によって異なる形態をとるものなのだ。地上に属する者は地上の生活に適した体を備えている。それならば、天上の生活に適した天上の体もあるのは当然ではないか。自然の命の体が、霊の体に復活するのだ。
 
では天上の体、霊の体とはどういうものなのでしょうか。
 
[2]天使のようになる
マルコ福音書12章に、復活などないと主張するユダヤ教サドカイ派の人々と主イエスの問答が記されています。サドカイ派は祭司の間に勢力をもつグループで、ギリシャ的教養の豊かな貴族が多かったそうです。「生きている時に7人兄弟の長男と結婚して、夫に先立たれた妻がいました。次男と再婚したら彼にも先立たれ、三男と再婚。こうして次々と7人兄弟皆の妻になりました。もし復活するとしたら、その場合この女性は、誰の妻として暮すことになるのでしょうか」 もしも天国が復活した者たちの集る所だとすると、人間関係がややこしくなって混乱するではないか。だから死後の復活などありえないというのです。(マルコ12:18〜27)
 
主イエスはこう答えられました。「貴方たちは大きな思い違いをしている。それは聖書も神の力も知らないからだ」「復活する時には、めとることも嫁ぐこともなく、天使のようになるのだ」 私たちが死んだ後で神さまの前に新しい命を与えられて復活する時には、嫁を迎えるとか、嫁に行くとかいう結婚がない世界に復活する。なぜなら私たちはこの世の今の体と違って、天使のような体を与えられて復活するのだから、というのです。言葉を換えて言いますと、「天国はこの世の続きではない」「天国の生活とは、この世の生活の繰り返しではない」と言うことです。  
 
ですからこの世で結婚を7回繰返して7人の夫と生活をしたからといって、その関係がそのまま天国に持ち込まれることはないのです。神さまは私たちを天使のような素晴らしい姿を持つ者に変えて、復活させて下さるというのです。そうです。もしも今の体と同じ体に生き返るとするならば、病弱な体で病気に苦しみ続けた人は、また同じ苦しい生涯を繰返すことになります。頭が悪い、力が弱いという悲しみをまた繰返すというのでは、復活は決して喜ばしいものではなくなります。
 
先程招きの聖句で読みましたように、パウロもこう言っています。「キリストは、万物を支配下に置くことさえできる力によって、わたしたちの卑しい体を、御自分の栄光ある体と同じ形に変えてくださるのです。」(フィリピ3:21)パウロは癲癇という持病の他に、目も非常に悪く、医者のルカが付いていなければ働けない人でした。だから「わたしたちの卑しい体」と言っています。その卑しい体をイエス・キリストの栄光ある体と同じ形に変えて下さるのが復活なのです。これは神さまの絶大な力を信じて、はじめて成り立つ信仰です。
 
しかし卑しい体を栄光の体に変えていただいても、私たちは自分の体の特徴を備えているのです。復活された主イエスは、御自分の手と足を弟子たちに差し出されました。十字架に釘付けされた傷跡こそが、イエス・キリストを表す印だったからです。私も天国で「あんたは誰だい」などと言われず、すぐに「やあ、加藤享」と声をかけてもらえる私の特徴を持ちながら、しかも栄光に輝く体で復活させていただけるのですね。
                        (後半へ)
2013331日川越教会
十字架から生まれた新しい命(後半)
                    加藤 享
 
[2] 不思議な変化
 皆さん、ペトロたち弟子の立場に我が身を置いて、彼らの心情を想像してみましょう。彼らはイエスさまの言葉やなさる業を見聞きして、このお方に全てを賭けて意義のある人生を送ろうと期待しました。だから仕事や家族を捨てて従ったのです。そしてこのお方は、人々が待ち望んできた救い主キリストではないかと信じるようにさえなりました。
 
 するとイエスさまは、「長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活する」と予告なさるようになったのです。ペトロはあわてて「主よ、とんでもないないことです。そんなことがあってはなりません」といさめて、逆に「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者だ」叱られました。
 
 そして事態はその通りになったのです。イエスさまは、多くの人からののしられ侮辱され虐待されて十字架にはりつけられ、からもからも見捨てられる悲惨な死を遂げてしまいました。ペトロ以下、男の弟子たちは皆途方に暮れたことでしょう。これから一体どうしたらよいのか。イエスさまに従った3年ほどの生活は全く無意味だったのか。その上、最後までこの方に従おうとせず、見捨てて我が身を守ってしまったという罪意識にも苛まれます。虚しさと自分を責める思いの闇に落ち込んでいたことと思います。
 
ところが万事休すと見えた十字架の死を境にして、不思議な出来事が次々と起り始めたのです。先ず神殿の至聖所に罪人が近づかぬように下げられている垂れ幕が突然上から下まで真っ二つに裂けました。地震が起こり、墓穴の入り口をふさぐ岩が裂けて、聖徒たちの遺体が生き返りました。イエスさまを散々侮辱した兵士たちが恐れおののいて、「本当にこの人は神の子だった」と言い出しました。
 
更に不思議な事には、全員で死刑判決を下したはずの最高法院議員の中から、アリマタヤの金持ちヨセフが、総督に申し出てイエスさまの遺体を引き取り、高価な亜麻布に包み、自分の新しい墓に葬ったのです。そんなことをしたら議員仲間から裏切り者と非難攻撃されることは明らかです。しかし彼は恐れなくなったのでした。
一方祭司長たち主が復活することをおびえて、遺体が盗まれないように兵士たちを動員して墓の警備を固めました。金曜日の翌日、安息日のことです。彼らはイエスさまが安息日に病人を癒す働きをしたと非難して、死刑の理由に挙げています。それなのに自分たちは安息日に兵士を働かせたのでした。しかし日曜日の朝、大きな地震とともにイエスさまが葬られたの入り口に据えられたが、天使によってわきへ転がされてしまいます。番兵たちは皆震え上がり死人のようになりました。
 
 墓の様子を見に来た二人の女性が、天使から空になった墓を示され、「あの方は死者の中から復活された。そしてあなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれると、弟子たちに告げなさい」と命じられました。女性たちは恐れながらも大いに喜び、急いで弟子たちに知らせようと走り出します。するとイエスさま自身が行く手に待っておられ「おはよう」と声をかけて下さいました。彼女たちはイエスさまの足を抱きしめてひれ伏します。「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。」
 
こうして逃げ隠れていた弟子たちは、お言葉通りガリラヤに行き、約束通りに復活されたイエスさまにお目にかかり、信仰を新たにして、新しい使命に生きる者になったのでした。
 
[結] 墓から生まれる復活の喜び
 イエス・キリストは、葬られた墓を空にして復活されました。復活の舞台はお墓です。その墓は、最高法院の議員で金持ちのヨセフが自分のために用意しておいた新しい墓でした。岩をくりぬいて作った立派な墓だったでしょう。ヨセフは、十字架から降ろされた遺体を高価な亜麻布で包み、丁重に安置して、大きな石で入り口をふさぎました。
 
 それにしてもヨセフは、どうしてそのような危険な行動をとったのでしょうか。議員の身分も社会的地位・名誉も、もしかしたら命すらも失う危険がありました。それほどナザレのイエスは、ユダヤ教指導者たちにとっては、抹殺すべき危険分子だったのです。ヨセフがそのようなイエスの遺体を丁重に葬って、一体どれほどのメリットがあるというのでしょうか。
 
 考えれば考えるほど、理解できない彼の行動でした。私は思います。恐らくは彼自身も説明できない。恐らく、損得の勘定を超えて、心の中にこうすべきだという声が聞えてきて、一途に従ったのではないか。そしてそれこそ神さまの霊の導きではないか。
 
ペトロたち弟子には、イエスさまの十字架の死は、神さまにも見捨てられた絶望的な死と映りましたが、そのイエスさまのお姿が、アリマタヤのヨセフの心には、このお体を大切にしなければという思いを、強く起こさせていたのです。これこそ神さまの霊、聖霊の働きかけではないでしょうか。こうして神さまは復活の舞台を備えられたのでした。
 
 言うまでもなく、イエスさまを死から復活させて絶望の闇に沈む弟子たちの信仰を生き返らせたのは、神さまの働きです。ナザレのイエスという人間になりきって歴史の中にご自身を現し、この社会では阻害されている貧しい者、弱い者、小さな者に身を寄せて共に生きてくださいました。また強い者、高ぶる者には、へりくだって仕える僕の心を教えてくださいました。全ての者の罪を一身に引き受けて十字架にかかり、ご自身の贖いの死をもって、私たちに罪の清めと赦しをもたらして下さいました。その神さまが、聖霊として今働いて下さっています。アリマタヤの  ヨセフにも聖霊なる神さまが働いて、あのような行動をとらせてくださったのです。
 
 としますと、イエスさまの十字架の死も絶望的死ではなく、聖霊によって復活の命の恵みがしっかりと働いている希望を秘めた死と言えます。そうです。イエスさまの働きは、十字架の死で悲劇的に終わったのではありません。復活への死です。弟子たちは復活の主に出会って、虚無と絶望から新しい使命と役割とを頂いて出発したのでした。信仰者として新しく誕生したのです。
 
 皆さん、十字架のイエス・キリストを信じる者には、絶望はありません。絶望状態のなかにも、復活されるイエスさまは共にいてくださいます。墓は復活の喜びを頂く恵みの場になりました。復活して今も生きて働き給うイエスさまから、私たちも信仰を新しくしていただき、新しい使命をいただいて、生き生きと生きて参りましょう。      完
2013331日川越教会
      十字架から生まれた新しい命(前半)
                  加藤 享
 
{聖書}マタイによる福音書27章27〜54節
◆兵士から侮辱される
それから、総督の兵士たちは、イエスを総督官邸に連れて行き、部隊の全員をイエスの周りに集めた。 そして、イエスの着ている物をはぎ取り、赤い外套を着せ、茨で冠を編んで頭に載せ、また、右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、侮辱した。 また、唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けた。このようにイエスを侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。
 ◆十字架につけられる
  兵士たちは出て行くと、シモンという名前のキレネ人に出会ったので、イエスの十字架を無理に担がせた。そして、ゴルゴタという所、すなわち「されこうべの場所」に着くと、 苦いものを混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはなめただけで、飲もうとされなかった。 彼らはイエスを十字架につけると、くじを引いてその服を分け合い、そこに座って見張りをしていた。 イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを掲げた。 折から、イエスと一緒に二人の強盗が、一人は右にもう一人は左に、十字架につけられていた。そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって、 言った。「神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。」同じように、祭司長たちも律法学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱して言った。 「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。神に頼っているが、神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから。」 一緒に十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスをののしった。
 ◆イエスの死
  さて、昼の十二時に、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。 三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。そこに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「この人はエリヤを呼んでいる」と言う者もいた。 そのうちの一人が、すぐに走り寄り、海綿を取って酸いぶどう酒を含ませ、葦の棒に付けて、イエスに飲ませようとした。ほかの人々は、「待て、エリヤが彼を救いに来るかどうか、見ていよう」と言った。 しかし、イエスは再び大声で叫び、息を引き取られた。 そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。 そして、イエスの復活の後、墓から出て来て、聖なる都に入り、多くの人々に現れた。 百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、「本当に、この人は神の子だった」と言った。
 ◆復活する  28章1〜10節
 さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。 すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白かった。 番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。 天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。 それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』確かに、あなたがたに伝えました。」婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。 すると、イエスが行く手に立っていて、「おはよう」と言われたので、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。イエスは言われた。「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。」
 
[序]十字架の死から生まれた復活
 私たちはイエス・キリストを救い主と信じる信仰にたって、このように日曜日毎に礼拝を守っております。イエス・キリストはユダヤ人にとっては一番大切な過越しの祭りの間の金曜日、朝9時に十字架にはりつけられ、午後3時に息を引き取られました。そして墓に葬られましたが、続く日曜日の朝に墓の中から復活して、弟子たちにご自身を現されました。
 
 過越しの祭りは、太陽暦では春分後の満月をはさむ一週間に守られています。今年は3月26日が満月でしたから24日の日曜から始まり、29日の金曜日が十字架の記念日となり、今日はその復活をお祝いする日曜日です。そこで今日はマタイ福音書をじっくり読むことによって、イエスさまの十字架の死がどのようなものであったかを学び直して、続いて起こった復活の命の恵みを受けとめたいと示されました。
 
[1] 絶望的な死
 イエスさまは、弟子たちの信仰が深まり「あなたは、生ける神の子です」と言えるようになると、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することを、弟子達に繰り返し予告されるようになりました。ペトロはあわててわきへお連れして、「主よ、とんでもないないことです。そんなことがあってはなりません」といさめて「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者だ」と叱られています。弟子達の驚きと当惑は当然のことです。
 
 イエスさまは、過越しの祭りが始まる日曜日にエルサレムに到着されました。弟子の一人ユダの動揺が激しくなっていきました。そして遂に祭司長たちのところへ行き、主を引き渡す機会を打ち合わせてしまいます。木曜日の夜、弟子たちと最後の晩餐をとられた後で、イエスさまはゲッセマネの庭に出かけて行き、深い悲しみにもだえながら、長い祈りをされました。「父よ、出来ることならこの杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし御心のままに」(マタイ2639
ユダに手引きされた大祭司の手下や群集が、剣や棒を持って襲いかかりました。ペトロは剣を振るって応戦し、手下の一人の片方の耳を切り落とします。「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆剣で滅びる。わたしが父にお願いすれば、父は天使の大軍をすぐに送って下さる。しかしそれでは、必ずこうなると書かれている聖書の言葉がどうして実現されようか」
 
これは旧約聖書イザヤ書53に預言されている苦難の僕のことでしょう。人々の罪をすべて背負い、口を開かず執り成しの死を遂げていく僕の道を、イエスさま自身が歩もうとされていることを現しています。しかし戦わず無抵抗に逮捕されていかれる主の態度に、主を守ろうといきり立っていた弟子たちの心はくじけてしまい、主を見捨てて皆が逃げてしまいました。
 
 大祭司の官邸で直ちに最高法院の裁判が開かれました。イエスさまはイザヤ書の予言通りに口を開きません。大祭司がたまりかねて立ち上がり、「生ける神に誓って我々に答よ。お前は神の子、メシアなのか」「あなたたちはやがて、人の子が全能の神の右に座り、天の雲に乗って来るのを見る」大祭司は服を引き裂きながら言いました。「神を冒涜した。諸君はどう思うか」「死刑にすべきだ」(2666)そしてイエスさまの顔に唾を吐きかけ、こぶしで殴りつけ、或る者は平手打ちをしました。
 
 夜が明けると彼らはイエスさまを縛ってローマ総督ピラトのもとに連れて行きました。しかし祭司長たちの不利な訴えにもかかわらず、総督が非常に不思議に思うほどイエスさまは沈黙を通されます。祭司長たちは群集を煽動して「イエスを十字架につけろ」と叫ばせました。群集の興奮が募って暴動が起こりそうな事態になり、ピラトも遂に十字架刑を許可します。(2726
 
 総督の兵士たちは、部隊全員でイエスさまを取り囲み、着ている物を剥ぎ取り、古びた赤マントを着せ、茨で冠を編んで頭に載せ、右手に葦の棒を持たせ、その前にひざまずき、「ユダヤ人の王、万歳」と言って侮辱しました。また唾を吐きかけ、葦の棒で頭を叩き続けました。こうした侮辱のあげく元の服を着せ、十字架を担がせてゴルゴタの丘にひき立てて行きました。しかし前の晩のイエスさまは、夕食後遅くまで祈り続け、逮捕されると明け方まで、大祭司の法廷に立たされ、そして夜明けと共に、ピラトのもとに引き立てられて来て裁判を受けたのです。衰弱しきっていて、ご自分の十字架を担いきれません。道端で見物していたキレネ人シモンが引っ張り出されて、担がされました。(2732
 
 太い釘で両手の手のひらを十字架に打ち付けられました。午前9時です。(マルコ1525)通りかかった人々が、頭を振りながらののしりました。「神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い」同じように祭司長、律法学者、長老たちも一緒になってイエスさまを侮辱して言いました。「他人を救ったのに自分を救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば信じてやろう。神に頼っているが、神の御心なら、今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから」 一緒に十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスさまをののしりました。(2744
 
 昼の12時に全地が暗くなり、3時まで続きました。午後3時頃イエスさまは大声で叫ばれました。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」そして息を引き取られました。こうして太陽も姿を消し、全地が暗くなった中で、人々からだけでなく、父なる神さまからも見捨てられて、惨めさの極み・絶望的な死を遂げられたのでした。(2750
                (後半へ続く)
2013年3月3日川越教会
神に見捨てられた死(後半)
加藤 享
(前半より)
[4] 神から見捨てられた死
人は皆死にます。死だけは誰も避けることが出来ません。しかも自分がどのように死んでいくのか、自分で死を味わってみるまでは分からないのです。ですから私たちの多くは、自分の死の実体、真相がよく分かぬままに、死に臨んでいきます。知らないで死んでいく方が気楽に死ねると言う人もいますが、気楽な死の保障が 果たしてあるのでしょうか。静かに息を引き取ったと見えても、本人の心の中は誰にも分かりません。
 
キリストほど死を恐れた人はいない」と宗教改革者マルチン・ルターは言ってます。そうです。キリストは弟子たちと最後の晩餐をとられた後で、いよいよ逮捕される直前に、ゲッセマネの園で長い祈りの時をお持ちになりました。キリストは悲しみもだえ始めて、弟子たちに言われました。「私は死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、私と共に目を覚ましていなさい」死ぬ覚悟は十分に出来ておられたはずですのに、悲しみと恐れと苦しみに悶えておられます。どうしてでしょうか? 
 
私たちは幼い時に、嘘をつく人間は死んでから地獄で閻魔大王に舌を切り取られるとおどされて育ちました。しかし主イエスほど神を敬い、人を愛する生涯を送って来られた方はいません。誰よりも天国が保障されているお方ではないでしょうか。釈迦や孔子以上に平安な大往生を遂げられるお方ではないでしょうか。それが死を間近かにして、死の恐れに激しく襲われておられるのです。しかしここにこそまさに、キリストがキリストであること、同時に私たちが見過ごしている死の実相が明らかにされているのではないでしょうか。
 
 聖書は「初めに、神は天地を創造された」という宣言から始まります。神さまから創られた最初の夫婦アダムエバは、死のない楽園に暮らしていました。しかし神さまの言葉を無視して、善悪を判断する木の実を勝手に食べてしまいました。自分の判断で思うままに行動しようとし始めたのです。私たちが世界の創造主である神の言葉(楽園のルール)を無視して、各自が勝手気ままに行動すれば、他の人との間に衝突争いが生じるのは当然です。このの故に平和な楽園は失われてしまいました。そしてアダムとエバ夫婦の家庭で、兄が弟を殺すという最初の悲劇が起こりました。
 
 神を捨てた家庭に、と、罪の結果であるがもたらされたのです。神を捨てることで神と断絶し、神から捨てられて死がもたらされた――すなわち私たち人間は、神を捨てて罪を犯し、神に捨てられて死を招いたと申せましょう。 
 
 いじめで、子どもたちが自殺に追いやられます。いじめられているのに誰一人助けてくれない孤立感。クラスの交わりから見捨てられることほど、子どもたちにとって耐えられないことはないのです。子どもたちばかりではありません。大人でも、家族や友人、会社や世間から見捨てられることほど、孤独絶望をもたらすものはないでしょう。見捨てられることは、死ぬほど辛く、恐ろしいことなのです。すべてから見捨てられ、孤独と絶望のうちに死ぬ――これが死の真相なのです。
 
 十字架の上で、イエス・キリストは全く孤独でした。誰一人助けてくれません。「キリストなら今十字架から降りて、その力を現してみよ。そしたら信じてやろう」と嘲られました。水戸黄門ならここで葵の紋章を示して「静まれ、静まれ」と叫ぶ家来が現れます。しかし十字架では、神さまも沈黙して助けを差し伸べて下さいませんでした。どうしてでしょうか?それは、人間誰しもが生涯を閉じるに当って経験する死の真相を、神さまはイエス・キリストにおいてはっきりと現わそうとされたからです。
 
こうしてがご自分を現すために、人間となられて、この世に来られたイエス・キリストが、その死に於いても、一人の人間として、死の真相を現しつつ死なれたのでした。すなわち私たち人間にとって、見捨てられること、それ故に人を全く孤独にするものであること、すなわち見捨てられる死の真相を、キリスご自身が身をもって明らかにされたのでした。
 
 しかし、もう一つ大切なことがあります。それはイエス・キリストが「神も仏もあるものか」とわめきたくなる死の絶望の中にあってもなお、「わが神、わが神、なぜわたしを?」と、神さまに向かって叫ばれている点です。イエス・キリストは死に於いてもなお、神さまを見失わず、神さまを身近に覚え続けて居られたのです。そして神さまは、その叫びに答えて下さったのです。それが三日後の復活でした。
 
「出来ることならこの杯を取り除いてください」というゲッセマネでの祈りの答えが十字架の死。そして十字架上での祈りの答えが、墓の中からの復活。こうして神さまは、イエス・キリストの祈りに確実に答えて下さりながら、私たちを救う御業を一つ一つ進めていかれたのでした。
 
[5] 或る父親の体験
  終りに、一人娘を自殺で失った私の先輩の手記をご紹介しましょう。娘は親の反対を押し切って17才で結婚しました。しかし7ヶ月で心身ともに疲労しきって、親許に戻って来ました。親と子はよく話し合いました。そしてもうこれ以上結婚生活を続けるのは無理だと本人も納得しました。
 
 しかし次第に明るさを取り戻してきた矢先に、相手から電話が来ると、娘は親が引き止めるのも振り切って飛び出して行きました。眠れぬ夜を明かした親は、次の朝アパートに様子を見に行き、話し合う声を確認し、ホッとして帰ってきました。ところがその10時間後に、娘はアパートの一室で独り命を絶ってしまったのです。
 
 この父親は悲しみと絶望のどん底で、裏切り者ユダの姿を思い浮かべました。ユダは主を裏切ったことを深く後悔し、祭司長・長老たちに銀貨を返しに行きます。しかし「我々の知ったことではない。お前の問題だ」と突き放されて、ユダは自殺して果てました。この父親も自分たちの態度の中に、娘を冷たく突き放すものがあったから自殺してしまったのではないかと、自責の念に駆られたからです。
 
 しかし彼はそこで、ユダを自殺させてしまった主イエスの心に思いがいくようになったのです。主は他の弟子と同じく、ユダをも徹夜の祈りをもって弟子に選ばれたのです。彼を信頼して会計係をまかせました。ユダヤ教側の敵意が募り、主がご自分の受難の予告を繰り返されるにつれて、ユダの信仰が崩れ始めます。主は愛を言葉に込めて語りかけ、思いとどまらせようとされました。しかしユダを自殺させてしまったのです。主のお悲しみはいかばかりだったことでしょうか。この父親はその時、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という主の叫びを、特別な響きをもって聞きとったのでした。
 
「主イエスは十字架上で、ユダの叫びを一緒に叫んでくださっている。主イエスはここで、神さまから見捨てられたと絶望するユダと一つになっていて下さっているユダの罪をもご自分に引き受けて、十字架についてくださっているのだ!」
 
 最後に彼は手記をこう結んでいます。「私は心のどこかで、神さまに捨てられたらもう一切はお終いだと考えていました。しかし娘を自殺させてしまった悲痛を通して、イエス・キリストにおいて私も娘も神さまから捨てられていないということを示されました。私たちのように見捨てられたと絶望する人が皆、イエス・キリストの十字架上での祈りと、それに答えてキリストを墓の中から復活させて下さった神さまを信じるようになること、神さまに捨てられる者は一人も居ないことを信じる者になることをこそ、神さまが一番望んでおられると、知らせていただきました」
 
 [] 十字架の主イエスの恵み
 釈迦は高弟や従者たちの見守るなかで、沙羅双樹の下にしつらえられた床に横たわり、静かに入寂しました。孔子は謂川の流れを眺めつつ、弟子の子貢に看取られて、運命という大河に身を委ねて、静かに息を引き取りました。
 
 しかしイエス・キリストは十字架に磔けられ、断末魔の苦しみを6時間も味わい尽くされ、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫びつつ、息を引き取られたのでした。そしてまさにそのお姿に於いて、罪の結果としての死の真相を明らかにしつつ、同時に、人にも神にも見捨てられてしまったと絶望する人の傍ら身を寄せて一つになり、一緒に「わが神、わが神」と祈り続けて下さる救い主の姿を現してくださったのです。
 
父よ、御心に適うことが行なわれますように」と祈って十字架の道を進まれた主イエスを、父なる神さまは見捨てることをなさいませんでした。埋葬された墓の中から日曜の朝に復活させて、祈りに答えて下さいました。十字架の死の苦しみ以上に悲惨な苦難はありません。しかし神さまは復活の祝福を備えて下さっていたのです。
 
 神さまは、祝福の備えのない苦しみをお与えにはなりません。その苦しみのただ中にも、十字架のイエスさまが、そして復活されたキリストさまが、私たちと共に居てくださるのです。
 
 十字架のイエス・キリストに於いて、私たち人間の厳しい死の真相と、私たちに対する神さまの深い愛の真相が示されました。死の叫びに復活をもって答えてくださる神さまの愛の真相が示されました。この十字架を仰ぎ見つつ、生きて参りましょう。
 
イエス・キリストを救い主と信じてイエス・キリストの信仰を、私たちも頂きましょう。どんな時にも、「わが神、わが神、なぜですか」と問いかけることのできる父なる神さまと向かい合ってイエス・キリストと共に生きて参りましょう。    完
2013年3月3日川越教会
神に見捨てられた死(前半)
加藤 享
 
[聖書] マルコによる福音書153339
昼の十二時になると、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。 三時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」 これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。そばに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「そら、エリヤを呼んでいる」と言う者がいた。 ある者が走り寄り、海綿に酸いぶどう酒を含ませて葦の棒に付け、「待て、エリヤが彼を降ろしに来るかどうか、見ていよう」と言いながら、イエスに飲ませようとした。しかし、イエスは大声を出して息を引き取られた。 すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。 百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた。そして、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「本当に、この人は神の子だった」と言った。
 
[序] イエス・キリストの十字架
 教会を探す目印は十字架です。お隣の国韓国へ行きますと、夜の都会には至る所のビルの上に赤い十字架のネオンが輝いています。こんなにも教会が多いのかと驚かされます。大きなビルの地下の一室で礼拝を守る小さい教会でも、大きな十字架のネオンを掲げているのだそうですが、夜の暗闇に十字架を掲げて人々に呼びかけている教会の積極的な信仰に、強く教えられる思いがしました。
 
 十字架刑は、最も重い罪を犯した者が受ける一番厳しい刑罰です。死の苦痛を出来る限り引き伸ばして味あわせるもので、イエス・キリストの場合は、朝の9時に磔けられ、午後3時に息を引き取られました。そしてローマ兵の一人が槍でわき腹を刺して、その死を確認しています。そのような恐ろしい死をもたらした十字架を世界中に掲げている信仰――今朝はイエス・キリストの十字架の死を、あらためて深く学ぶことにいたします。
 
 [1] 静かな死
 世界の多くの人々の尊敬を集めている三聖人とは、釈迦、孔子、キリストを指しますが、この三人のなかでこのような酷い死に方をされたのはキリストだけでした。
 
 釈迦は、北インドのネパールに近いシャーキャ族王の王子として、BC5世紀の半ばに誕生しました。そして29才で出家し、35才で悟りを開いて仏陀(法を悟った覚者)となりました。それから自らの悟りを人々に説いて廻り、80才で入寂したと言われています。その原因は、鍛冶屋のチュンダのために法を説き、食事のもてなしを受けた後で、激しく腹痛に襲われた結果だとのことです。 
沙羅双樹の下に設けられた床に横たわり、高弟・従者たちの見守るなかで、「悲しまなくてもよい。私が説いた教えと戒律が、死後にお前たちの師となるだろう。一切は過ぎていく。怠ることなく修行に励みなさい」と語りつつ、静かに入寂されました。BC386215日と言われています。亡骸は火葬にされ、遺骨は周辺の王国の8人の王たちの願いで、分けられたそうです。
 
孔子は、釈迦の誕生より11年後に、中国の山東省の小さな村で生まれました。3才で父と死別し、母のもとで極貧の日々を送りました。30才にして、戦乱の世を変えて、の教えによって国を治める政治家として立つを抱きます。仕官を求めての放浪が始まりました。
 
40才半ばになって世に認められ始め、魯の国で官位につき、礼をもって理想の国家を作り上げようとしました。しかし56才で失脚し亡命生活を余儀なくされますが、68才で再び魯の国に戻り、学問で後進の指導に当たることを使命とし、3000人を超える弟子に教えました。
 
我を知るものは天。どんなに苦境に至っても、運命を恨まず、他人を非難することもなく、一筋に修養して人格を高める。天だけはその自分を見ていてくれるのだ」「人間の生きるべき道として目指す高み、それがである。それぞれが自分の位置・役割を自覚し、礼に基づきつつ、他者を思いやることだ」とをもって理想の対人関係の在り方を説きました。
 
74才に達した孔子は、弟子の子貢に謂水という河を見たいと言い、「すべてのものはこのように流れていく。夜もなく、昼もなく」と言って、子貢に看取られつつ、運命という大河に身を委ねて、静かに息を引き取ったそうです。411日のことでした。
 
[2] 十字架上の言葉 Ⅰ
 さてイエス・キリストは、BC6年頃ローマ帝国の東の片隅、ユダヤのベツレヘムと いう小さな町の、宿屋の家畜小屋で誕生しました。ガリラヤのナザレで成人された後に、いよいよ神の召しを受けて、預言者ヨハネから聖霊のバプテスマを受け、キリストとしての宣教活動を開始されました。30才を超えておられたでしょう。
 
 12人の弟子を選び、3にわたり伝道活動をされましたが、ユダヤ教の一番大事な過ぎ越しの祭りの最中の木曜日夜に逮捕され、直ちにユダヤ教の大祭司の 法廷で偽りの裁判を受け、ローマ総督ピラトの許に送られました。そして翌朝金曜日9時にエルサレム郊外、ゴルゴタの丘で十字架刑に処せられたのでした。ところが三日目の日曜日の朝、墓から復活されて弟子たちにご自分を現されました。
 
 新約聖書の四つの福音書はどれも皆、イエス・キリストがエルサレムの都に入城した日曜日から、復活された日曜日までの最後の1週間の記述にそれぞれ約1/3の分量を用いています。イエス・キリストを信じる信仰にとって、十字架復活がいかに大事な出来事であるかを示していると申せましょう。
 
 福音書には、磔けられたキリストが十字架の上で語られた七つの言葉が記録されています。ルカ福音書にある三つの言葉は、さすがは救い主でなければ語れないお言葉だと、誰しもが素直に感動するものです。
 
「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」(2334)「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」(2343
「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」(2346
このような言葉を、激しい死の苦しみの中で言える人間が果たしているでしょうか。私もこのお言葉のゆえに、イエス・キリストは人間ではなく、人間の姿をとって私たちの所に来てくださった救い主に他ならないと信じることが出来たのでした。
 
「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」「見なさい、あなたの母です」(192627) 「渇く」 {成し遂げられた}(1930) このヨハネ福音書が記す言葉も、母マリアのこれからを案じて弟子ヨハネに託した愛、神の救いの業が完了し、自分は使命を果たしたという明確な自覚を示す、キリストならではの言葉です。
 
[3] 十字架上の言葉 Ⅱ
 ところが一番最初に書かれたマルコ福音書、それを下敷きにして二番目に書かれたマタイ福音書は、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という言葉のみを記しています。そしてこのように大声で叫んで死んでいかれた方こそ、「本当に神の子だった」と、十字架刑を執行したローマ兵の隊長が言ったと証しています。どうしてでしょうか?
 
 イエス・キリストは、弟子たちの信仰が深まり「あなたは、生ける神の子です」と言えるようになると、ご自分が祭司長や律法学者に引き渡されて侮辱され鞭打たれて殺されることを、弟子達に繰り返し予告されました。弟子達は当然驚き、当惑しました。
 
弟子達と最後の晩餐をとられた後では、いつも祈る場所に行き、「出来ることなら、この杯を取りのけてください」「しかし御心に適うことが行なわれますように」と祈られました。そして逮捕されていかれたのです。十字架の死を神の御心として受け容れ、いわば覚悟の死を迎えたのでした。それなのに最期に至って、どうしてこのように叫ばれたのでしょうか。 
 
 私の牧師熊野(ュャ)清樹先生は熊本の郷士の家の出でした。宮本武蔵の手造りの木刀を家宝としてお持ちでした。先生が話された宮本武蔵の逸話を忘れません。武蔵は晩年を熊本藩細川候に仕えました。ある日細川候が尋ねました。「そちの言う剣道の極意『巌(いわお)の実』とは、いかなるものか」彼は一人の若侍を呼び出しました。「寺尾粂之介、殿の仰せである。切腹を申しつける」「はっ。承知つかまりました。仕度の儀もあり、しばらくご猶予のほどを願い上げます」静かに退席して行く後姿を指差して、武蔵が申しました。「殿、あれが巌の実でございます」
 
 佐賀の鍋島藩の武道修行書「葉隠れ」にも有名な言葉が記されています。「武士道とは死ぬこととみつけたり」武士たる者、何時いかなる時にも、見事に死ねるように心掛けるべしというのです。死に際に見苦しく取り乱さず、従容として死に臨む――これが私たち日本人の心にある一つの美意識ではないでしょうか。
 
 ところがマルコ、マタイ福音書が記す十字架上のイエス・キリストのお姿は、日本人が期待する立派な死に方に反するものでありました。そこで芥川龍之介は作品の中で、武士の妻おしのにこのイエスを「見下げ果てた臆病者」と言わせています。「なぜお見捨てになったのですか」と大声で叫んで息を引き取られた死に方が、どうして、それこそまさに神の子に相応しい死なのでしょうか。(後半へ)
 

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