日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

[聖書]ヨハネによる福音書15章1〜7章
「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。 わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。 わたしの話した言葉によって、あなたがたは既に清くなっている。 わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。 わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。 わたしにつながっていない人がいれば、枝のように外に投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。 あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる。

[序] 沖縄「命(ぬち)どう宝」の日
先の太平洋戦争の末期、沖縄にアメリカの陸海空軍の大部隊が襲いかかり、日本軍との間に壮絶な地上戦が展開されました。逃げ場を失った大勢の市民が巻き込まれ、軍民併せて約24万人の命が失われたそうです。そこで日本軍司令官が自決して、組織的な地上戦の終結した1945年6月23日が、沖縄慰霊の日として守られるようになりました。

宮腰姉のアッピールにありましたように、日本バプテスト女性連合は2007年の総会で、この慰霊の日を沖縄「命(ぬち)どう宝」の日として、平和のために、知り・祈り・共有する日にしようと決議したそうです。私はうかつにも知りませんでした。女性会から今年からは川越教会でもこの決議を受けとめて、礼拝を守って欲しいと要望が出ましたので、私も聖書教育で定められている聖書の箇所から、平和のメッセージを聞き取って、お取次ぎさせていただきます。

[1] 久米島の惨劇
「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」(15:5) これは有名なお言葉ですね。ユダヤ地方の丘陵地帯は豊かなブドウの栽培地です。ぶどう酒は水の少ない地方に暮す人々にとって、欠かせない飲み物でした。ですから豊かな実を結ぶぶどうの木が、何よりも大事にされ、求められていました。ヨハネ福音書では、イエスさまがまさに救い主であることを現す最初のしるしとして、水を特上のぶどう酒に変えた出来事を紹介しています。

イエスさまがカナの村の結婚式に弟子たちと招待された時のことでした。花婿が精一杯に準備したぶどう酒が祝宴の途中で底をついてしまい、あわや祝宴が中途でお開きになりかかりました。するとイエスさまが、僕たちに井戸から水を汲んでこさせて、大きな水がめ6つの水を全部特上のぶどう酒に変えてしまう奇跡を行なって、祝宴を更に盛り上げ、若者の前途を祝福して下さいました。人々はどんなに喜んだことでしょう。まさに豊かなぶどう酒は、豊かな 神の祝福を表していると言えます。

「人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」とは、わたしにちゃんとつながっている人は、祝福を豊かにもたらす人生を送ることになるという意味に受け取ってよいでしょう。どうしてイエスさまに結びついていないと、祝福の実を豊かに結べないのでしょうか。

昨年7月の女性連合の機関誌「世の光」に、沖縄バプテスト連盟女性会会長野原さんの「沖縄・久米島の記憶より世界を考える」という一文が載っていました。野原さんは、沖縄本島から100キロ離れた小さな久米島の出身ですが、この小島で日本が無条件降伏した8月15日が過ぎても幾つかの家族が日本兵に虐殺されたのだそうです。

明勇さんは陸軍上等兵でしたが、6月初めに沖縄本島の戦闘で捕虜になり収容所へ入れられました。米軍が久米島を攻略する際に道案内人として連れて行かれた時に、久米島は無防備の島であることを説明したので、米軍は総攻撃を取り止めたそうです。明勇さんは米軍と一緒に久米島に上陸し、山の中に避難している住民たちに「米軍は住民に危害を与えないから、安心して家へ帰りなさい」と告げて回りました。すると8月18日に米軍のスパイだとして、日本兵たちから奥さんと1才の子供もろともに虐殺されてしまいました。

8月20日に起った谷川昇さん一家の虐殺はもっと酷いものでした。先ず彼が首にロープをかけられ、数百メートルひきずられて息絶えました。10才の長男は浜辺の小船に投げ込まれ、銃剣で刺し殺されました。奥さんは背負っていた乳児、抱いていた2才の次男をおろすように命じられ、後から首を切られました。泣き叫ぶ乳児・幼児も母親の死体の上に重ねられて、切り殺されました。7才の長女、5才の次女は隠れていた小屋から出てきたところを捕えられて、切り殺されました。夜の10時前後、月の光の下での惨劇でした。

[2] 異常な行動へ駆り立てる戦場の恐ろしさ
このように久米島では、日本が無条件降伏した8月15日以降に住民虐殺が次々と起ったのです。日本兵は戦争が終ってもどうして住民を殺さねばならなかったのでしょうか。当時の陸軍軍曹がこう答えたそうです。「我々の部隊は30名しかいない。相手の住民は1万人もいる。彼らが米軍側についたら、我々はひとたまりもない。だから見せしめのためにやったのだ」

野原さんはこう語っています。「戦争の恐ろしさとは、人間を異常な行動へと駆り立てることです。他者を憐れむ心、命を慈しむ思い等神が与えてくださった美しい心が、存在する余地を与えられません。国家や個人が自分の立場で正義を語り、自分の命を死守するためには、たとえ幼児の命を犠牲にする行為であれ、手段をいとわない。これが戦争によって変えられていく人間の姿ではないでしょうか。この久米島の惨劇は、神から離れることによって全ての人間が陥る自己中心性を、私たちに突きつける出来事だと思います。」

「私たちうちなんちゅ(沖縄人)が戦争を語る時、それは決して日本やアメリカへの恨み言や憎しみから語るのではありません。ただ憎しみと恐怖の中で、人間は誰でもこのように恐ろしい加害者になり得るという危険性を、沖縄戦を通して皆さんに認識していただきたいのです」
「平和に思える日常生活の中でも、自己中心的生き方をするのなら、私たちの人生も、あの久米島の虐殺事件の延長線上にあると思うと、身が震えます。」「事件を他人事として批判するだけで終らせず、自分自身の中に住む罪の性質に気付き、日々主の前に畏れつつ、心を守っていただくことが大事なのではないかと思うのです」「平和は政治によって実現するのではなく、私たちの心の内に先ず実現されなければならないと思います」

乳児、1才、2才、5才、7才、10才の子供たちを親もろともに銃剣で突き刺し、軍刀で切り捨てていくという残虐な行為を、兵隊たちは自分の故郷で我が子たちにやれるでしょうか。ところが戦場では我が身を守るために、次々とやれてしまう異常さ。それが戦争の恐ろしさなのですね。今年から新しく日本の女性連合会長になられた蛭川さんが、書いています。

「平和とは、幼子たちが温かいまなざしを受けて、安心して生きられる世界、平和とは、すべての命を慈しめる世界、平和とは、他者の幸福を願える世界、平和とは、互いを喜び合い尊重できる世界、その世界の実現のために神さまは私たちを召されたのではないでしょうか。」本当にそうですね。私たちはそのような平和な世界を何としても作り出さねばなりません。

沖縄の野原さんは、久米島の30人の日本兵だけが特別に残虐だったとはみていません。 自分自身の内にひそむ罪深さを見つめて、神さまから離れて自己中心的な生き方をするならば、私たちの人生もあのようになるのではないかと、身震いしておられます。だから神さまはイエスさまという救い主となって、私たちの世界に来て、生きて、十字架に死んで、復活して、天国への道を開いて下さったのでした。

[結] 望むものを何でも願いなさい
私たち夫婦はシンガポールに10年暮して、日本国内にいる人よりは歴史の一端を少しは広く知ることが出来ました。日本から遊びに来た大学生は、体験入学した地元の高校で生徒たちから戦争中の日本軍の残虐行為を聞かされて、泣いてしまいました。日本人がこの美しい国でそんなに酷いことをしたことを知らされたショックと、自分たちが日本で何も教えられずにのん気に生きてきた恥ずかしさ。 私たちは先ず知ることが大事ですね。私は久米島の恐ろしい惨劇を知りませんでした。沖縄についてもっと知ろうとしなければならないと思いました。そして祈ること。そして経験を共有し合い平和を一緒につくり上げていくことの大切さを知りました。

イエスさまはわたしにつながりなさいと呼びかけておられます。そうです。自分の命だけを大事にしているから、いざとなると、赤ん坊であろうと幼児であろうと、幾人でも殺せてしまうのです。人の命を大切にする愛が必要です。自分の命を後回しにしてでも人の命を守ろうとする行動は、自分を十字架にはりつけにした人たちのために、「父よ、彼らをお赦しください」と祈りつつ、その罪を我が身に引き受けて死んで下さったイエスさまに、しっかり結びつくことで与えられるのです。

「わたしを離れては、あなたがたは何もできない」 そうです。イエスさまを離れては、自分を捨てて人に仕えていく愛は、私たちの内からは生まれてこないのです。「わたしにつながり、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる」 私たちは何故聖書を繰り返し読むのでしょうか。それは、イエスさまの言葉を心にいつも蓄えながら祈る時に、その祈りは必ずかなえられるからです。自己中心的な私たちでも、イエスさまの力の助けをいただいて、愛の実、平和の実を結ぶことが出来るようになるというお約束です。何と嬉しいことでしょうか。

我が身第一、何としても自分を守らねばという思いを抱いて生きる限り、この私も久米島の 日本兵になってしまうかもしれないのです。そんな人生からどのような実がなるのでしょうか。「他の人の命を大事にする。自分の命もそのために使うのだ」という心――これが「命(ぬち)どう宝」ではないでしょうか。

イエスさまに結びついて生きる大切さを、周りの方々に証して参りましょう。平和の実を結ぶ人生は、ここにしかないことを、証して参りましょう。   

[聖書]ヨハネによる福音書13章12〜15節
さて、イエスは、弟子たちの足を洗ってしまうと、上着を着て、再び席に着いて言われた。「わたしがあなたがたにしたことが分かるか。 あなたがたは、わたしを『先生』とか『主』とか呼ぶ。そのように言うのは正しい。わたしはそうである。 ところで、主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。 わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。

[序] 新しい掟とは
私たちのキリスト教信仰は旧約聖書を聖典とするユダヤ教信仰の中から生まれてきました。そしてキリスト教会が新約聖書を生み出し、旧約聖書・新約聖書を併せて信仰の規範・聖典として、十字架にかけられたイエスを救い主キリストと信じるキリスト教信仰を確立しました。

旧約聖書の中心的な律法は、「全身全霊をもって主なる神を愛すること」と「自分を愛するように隣人を愛すること」です。神さまと人に対する姿勢の基本的教えです。私たちは様々な人間関係の中で生きています。誰だって自分が一番可愛いものです。自分を愛するその切実さをもって、どんな人であろうと自分の隣りに暮す人を愛し、互いに愛し合う関係を作っていくことは、本当に大切です。対人関係については、この掟でもう十分ではないでしょうか。

ところがイエスさまは、最後の食事の席上で弟子たちにおっしゃいました。「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(ヨハネ13:34) どの点がイエスさまによって初めて教えられる新しい掟なのでしょうか?「わたしがあなたがたを愛したように互いに愛し合う」という点でしょう。ではイエスさまが私たちを愛されたようにとは、具体的にどういう愛し方でしょうか?

[1] 僕となって足を洗うとは
イエスさまは地上のご生涯最後の夕食の食卓に着かれるや、席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとい、たらいに水を汲んで弟子たち一人ひとりの足元にうずくまって、その足をお洗いになりました。足を洗うのはその家の奴隷の仕事です。当然弟子たちはびっくりしてしまいました。恐縮しました。「主よ、あなたが私の足を洗ってくださるのですか」「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後でわかるようになる」 ペトロは申しました。「私の足など、決して洗わないで下さい」「もし私があなたを洗わないなら、あなたは私と何のかかわりもないことになる」

こうして弟子たち皆の足を洗い終わると、イエスさまは上着を着て、席にお戻りになり、こう おっしゃったのでした。「主であり師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。私があなたがたにした通りに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。」

先生と言われる者が自分の弟子たち、生徒たちの足の汚れを、奴隷のように身を低くして洗うなどということが、この世で行なわれるでしょうか。そんなことあり得ないですよね。そんな お手本など誰も見たことがありません。ですから主であり師であるイエスさまは弟子たちの前で、わざわざ模範を示されたのです。これは弟子たちの心に強烈に刻み込まれたに違いありません。

その食事の後で、足を洗っていただいた12人の弟子たちの中からユダが裏切りの行動を起こしました。またその後でペトロもイエスなど知らないと三度も嘘をついて、主を裏切りました。イエスさまは弟子の裏切りをご存知でした。それにもかかわらず自分を裏切る者の足をも、身を低くしてお洗いになったのです。「私のしていることは、今あなたには分かるまいが、後でわかるようになる」とイエスさまがおっしゃったのは、このことを指しています。互いに愛し合うとは、たとえ自分を裏切り、自分を捨て、或いは敵になって襲いかかってくるような人に対しても、自分をよくしてくれる人と同じに、身を低くして、足の汚れを洗って上げることなのです。 どんな人をも愛するとは、このような愛なのですね。

更に次の朝になると、イエスさまは十字架にはりつけにされて、人々の嘲りの中で死んでいかれました。「成し遂げられた」というお言葉を遺して死んでいかれました。天の父なる神さまから与えられた業、信じる者に永遠の命を与える業を成し遂げて死んでいかれたのです。 これが究極の僕の姿にほかなりません。僕となって足を洗うとは、自分の命を捨てて、相手に豊かな本当の命を与えていく愛の行為でもあったのです。

たとえ自分を裏切る人であっても、身を低くしてその人の足を洗う、十字架刑という最も卑しい刑罰を受けてでも、相手に豊かな命を与えるために。自分の命を与えていく――イエスさまが示された僕となって足を洗うとは、何と深くて豊かな愛をこめた行為でしょうか。私があなた方を愛したようにとおっしゃるイエスさまの愛とは、何と大きな愛でしょうか。このような愛を、誰がよく知っていたでしょうか。自分を愛するように隣人を愛するという愛を、はるかにはるかに超えています。ですからイエスさまは、「あなた方に新しい掟を与える。私が愛したように、互いに愛し合いなさい」とお命じになったのでした。

[結] 謙遜な日本人になるには
人という字は二人が互いに支え合って立っています。小さな右側の人が大きな左側の人を下から支えています。大きな左の人の体重が上からのしかかってきて、さぞしんどいことでしょう。支えてもらっている人の方が楽そうです。誰でも楽な役に回りたいものです。でも下から支えている人が、馬鹿らしいからと止めたら、相手ばかりでなく、自分も倒れてしまうのです。ですからこのようにして下から支えながら、自分も支えられて立っていることを喜び感謝できたら、お互いにどんなにか、楽しく一緒に生きていけるでしょうか。
私たち夫婦はシンガポールに10年暮しました。シンガポールは小さな都市国家ですが、日本に次いで経済的に豊かです。日本以上に清潔で安全で、東洋の別天地です。自動車の80%は日本車で、多くの人が日本企業で働いています。日本を抜きにしてはシンガポールの繁栄はありません。ですからともすると日本人は優越感を抱いて、アジア人を見下ろしてしまいがちです。そしてアジアの人たちも、いばる日本人に対して、心の中で反感を抱いています。そのことに日本人は鈍感です。

時折、中国で反日デモが起こりますが、若者たちは日本を「小日本」(xiao Riben)と呼びますね。「日本人よ、でかい顔するな」という叫びでしょう。日本と中国はお互いを必要としています。先ず日本が身を低くして中国を下から支えることが、今一番求められているのではないでしょうか。威張る日本人は嫌われます。僕の務めを喜んでしていく日本人こそ、和解と友情の絆を強めることが出来ます。アジアの諸国も下から支えてくれる右側の人、右側の日本人を求めています。

では私たちはどうしたら右側の人に徹する謙遜な日本人になれるでしょうか。「わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである」 弟子たちの足を洗われたイエスさまを模範にすることです。そのイエスさまと結びつくことによって、僕となって弟子たちの足を洗われたイエスさまの愛をいただくことです。そういう日本人が増えていくように、私たちが先ず家族や友人たちの足を洗うことです。イエスさまを証しして参りましょう。そして下から支える右側の人を、一人二人と増やしていきましょう。    

[聖書]マタイによる福音書13章1〜9節
その日、イエスは家を出て、湖のほとりに座っておられた。 すると、大勢の群衆がそばに集まって来たので、イエスは舟に乗って腰を下ろされた。群衆は皆岸辺に立っていた。 イエスはたとえを用いて彼らに多くのことを語られた。「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。 蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。 ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。 しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。 ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。 ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。 耳のある者は聞きなさい。」

[序]パンだけでは満足しない心
「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」(マタイ4:4)とは、よく知られているイエスさまの言葉です。子供たちならこう言うでしょう。「そうだよ、パンだけでなく、スープやご飯や味噌汁、おかずも必要だよ」 確かに人は毎日食事をしなければ生きていけません。でもいくら十分な食べ物があっても、それだけでは満足しない心を持っている者です。では私たちの心を本当に満足させてくれるものは、何でしょうか?

イエスさまは、「人は神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」とおっしゃいました。私たちは神さまの言葉を必要としている者なのです。ですから私たちはこのようにして教会に集まり、神さまの言葉を聞こうとしているのではないでしょうか。私たちを本当に生かす神の口からでる一つ一つの言葉を、どのように聞いていくか、神の言葉の聞き方について、ご一緒に学んで行こうと示されました。

[1]命をもたらす言葉
皆さんの田口先生は北海道釧路のご出身ですね。北先生も以前、釧路教会の牧師でした。釧路近郊の大湿原は丹頂鶴の生殖地で有名です。私が札幌に住んでいた頃、丹頂鶴自然公園園長の高橋さんが鶴を育てている貴重な記録をHNKがTVで放映し、大きな反響を呼びました。洪水で巣が水浸しになり、親鳥が抱かなくなってしまった卵を、何とかして雛にかえそうとした実験です。人工孵化器に入れ、親鳥の体温と同じに暖めます。親鳥がやるように卵を時々動かします。しかしいくら条件を変えて工夫しても、卵は雛に孵りません。

とうとう言葉かけの大切さに気付きました。高橋さんは30日目頃から固い殻に包まれた卵に向かって、言葉をかけ始めてみました。すると10日ほどたって殻の内側から応答が始まり、雛が内から殻をつつき始めました。そして遂に殻を破ってくちばしがとび出てくるのです。最後の10日間、言葉をかけない卵は、他の条件をどんなに工夫してみても、雛に孵らないのだそうです。
更に殻を突き破って雛が誕生するのに、6時間かかりますが、可哀想だからだからといって手を貸して時間を短くしてやると、弱い鳥になって、成長がおぼつかない。そこで高橋さんは雛に向かって「ピー子、頑張れよ」「ほらもう少しだぞ。頑張れよ」と、唯ただ言葉をかけて、励まし続けていました。

このように丹頂鶴の命は、科学や技術、機械だけではこの世に生まれてこないのです。命をいとおしみ、何としても育てようとする愛が、言葉となって白い卵の殻に語りかけられているうちに、この言葉に込められた愛が、丹頂鶴の命を固い殻の中から引き出し、育てるのでした。言葉にはこのように素晴らしい命と力が備わっているのですね。

イエスさまは、「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」とおっしゃいました。人間の言葉でも素晴らしい命の業を行なうのです。神さまが、豊かな真実の愛を込めて語りかけて下さる言葉よって、私たちの内に、神の子の姿が形造られて行くのは、当然のことではないでしょうか。

札幌教会に耳の聞こえにくい子供、従ってよくしゃべることが出来ない子供の学校(昔は聾唖学校と言いました)の先生がいました。「僕だって聞こえるよ」という本を出しました。同じ親から生まれた兄弟でも、耳に障害がある子は、耳が聞こえる兄弟よりも、一般的に言ってわがままで自分勝手、また知能も劣るのだそうです。原因は何か?お母さんが「この子はどうせ聞こえないのだから」とあきらめて、その子への言葉かけが少なくなってしまう結果なのだそうです。そこで佐藤先生は「お母さん、諦めないで。聞こえるんだから、他の子以上に話しかけて下さい」と訴えていました。

赤ちゃんを育てているお母さんを見てください。何かにつけて我が子に言葉をかけています。「育児とは限りないおしゃべり、言葉かけだ」と言われています。その言葉が赤ちゃんの内に次第に溜まっていって、溢れるようにして口から言葉が出てくるのだそうです。言葉かけが少ないと、なかなか言葉が溜まりませんから、溢れ出てこないのです。また脳が刺激されることが少ないから、知能の発達も遅れるのだそうです。

女性は子育てするのでよくしゃべるようになったのでしょうか。それとも子育てするために、神さまが女性によくしゃべる力をお与えになったのでしょうか。とにかくよくしゃべるおばあちゃんたちは、無口なおじいちゃんたちよりも、生命力があり元気ですよね。言葉が命の力を持っているからでしょう。

また札幌教会で毎週一回、アルコール依存症の人たちの断酒会AAが会合していました。彼らは6箇所の教会をめぐり歩いて毎晩集まり、断酒の誓を唱和し、一人一人が経験や決意を述べ合います。アルコール依存症の怖さは、たとえ20年断酒を続けても、一度酒を飲んでしまうと元の木阿弥、また振り出しに戻ってしまうことだそうです。そこで一日一日決意を口で言い表して、断酒を実行して生きているのでした。

このように言葉が言葉を生み出し、知能を啓発し、人格を作り上げ、意志の力を強くしていくのですね。人間の言葉でも素晴らしい命の業を行なうのです。ましてや神さまが真実の愛を込めて語りかけて下さる言葉によって、私たちの内に神の子の姿が形造られて行くのは、当然ではないでしょうか。まさに「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」のです。

(後半へつづく)

(前半からつづき)

[2]種を蒔く人のたとえ
今日の聖書「種を蒔く人のたとえ」は、その後の18節から説明が記されていますから、両方を合わせて読みますと、大体意味がわかります。種は「御言葉」とありますから、神の言葉と理解してよいでしょう。また「御国の言葉」とも言われています。御国とは神の国、すなわち神の支配。つまり、私たち一人ひとりの生活の中で、神さまが生きて働いておられることを現す言葉です。またこの世界の中で、神さまが生きて働いておられることを現す言葉です。そして神さまが語るその言葉に対する私たちの応じ方が問題にされているのです。

a) 神の言葉には命があり、実りがあります。しかし神の言葉が語られても悟らない人が居る。踏み固められた道のような心だからです。それでは神の言葉を聞かせまいとする者によって御言葉は奪い取られてしまいます。神の言葉を悟ろうとせず、受け付けない固い心とは、自分の信念でやっていく。神の支配など認めない。神から学ぶ必要など無いと自信のある人の心でしょうか。それとも、神の言葉を聞くと生き方を変えなければならなくなるだろうと恐れを抱き、聞くまいとする人の心でしょうか。

b) 一方、御言葉を聞くには聞いても、心の中にしっかり根をはるような受け入れ方をしなければ、何か困難に直面すると、こんな筈ではなかったと御言葉に聞き従うことを止めてしまう。そして折角の御言葉を枯らしてしまう聞き方もあります。先週の聖書教育の学びが丁度このケースに当てはまります。パンの奇跡によって、ユダヤ教指導者のイエスさまに対する反撥が非常に強まりました。それは弟子たちの身にも危険が迫ることを意味します。そこで我が身を守って、多くの弟子たちがイエスさまから離れ去ってしまったのでした。(ヨハネ6:66) 

c)また聞いて心に深く受け入れ、御言葉に従おうとして、根をはり、成長し始めるのですが、何を食べようか、着ようかと生活上の思い煩いや、富の誘惑が心に覆いかぶさってきて、御言葉によって成長していく人生が妨げられて、実を結ばずに終ってしまう人も出てきます。残念ですね。マタイ福音書19章の金持ちの青年が、このケースではないでしょうか。

彼は永遠の命を得ようと真剣に生きてきました。旧約聖書を良く読み、教会に通い、神さまの御言葉を実践してきました。しかしなお確信が得られません。イエスさまに助言を求めました。「財産を貧しい人に施して、天に宝を積みなさい。そして私に従ってきなさい」 彼は悲しみながら、立ち去ってしまいました。

折角御言葉を真剣に聞き、その実践に励んできても、絶えずイエスさまに聞き従っていかなければ、世の思い煩いや冨の誘惑に打ち勝って、永遠の命の実を豊かに結ぶに至りません。特に彼のように、この世的には恵まれた境遇にいる人ほど、茨が彼を覆い信仰の成長を妨げるでしょう。イエスさまは悲しんでおっしゃいました。「金持ちが天の国に入るのは難しい」(19:23) 皆さん、私たちはイエスさまのこの嘆きを、よくよく覚えておかなければなりません。

d)では御言葉が良い土地に落ちて、100倍の実を結ぶとは、どういうことでしょうか。御国の言葉、御言葉を聞いて悟ることです。良い土地とはどんな土地なのか、何も述べられていません。ですから道端のように固く踏み固められていない土地、また薄い表土の下に岩盤があって、根を下ろすことができないような土地ではないこと、また御言葉を覆い塞いでしまうような茨の根がはびこっていない土地ということになりましょう。

100倍の実を結ぶのだから、土の質が特別に良かったのだろうとか、肥料をたっぷり施された畑だとか、お百姓さんが特に入念に深く耕したとか、何も説明されていません。としますと、ごく普通の畑ということになります。御言葉という種は、普通の畑でも100倍、60倍、30倍の実を結ぶ豊かな命を備えている種なのだ、聞いて悟りさえすれば、と言う教えです。そこで問題になるのが、「聞いて悟る」とはどういう態度か、ということになります。

[3]分け合う奇跡
ここでヨハネ福音書のパンの奇跡を見ていきましょう。人里離れたガリラヤ湖の向こう岸に大勢の群集が集まってきました。イエスさまが「どこからパンを買ってきて、この人たちに食べさせようか」とおっしゃいました。「200デナリオン分のパンでも足りないでしょう。」とフィリポが答えました。1デナリオンは労働者一日の賃金です。仮に5000円とすれば100万円です。

成人男子だけでも5000人とありますから、女性や子供も数えたら、15000人を超える大群衆でしょう。一人当たり67円分のパン、安い食パンなら1斤で二人分、まあまあでしょう。でもこんな田舎で100万円分の食パンを何処で調達できますか?だいいち弟子たちの財布に 100万円ものお金があったでしょうか?

一人の少年が自分の弁当を弟子のアンデレに差し出しました。子供の特権でイエスさまのそば近くに居たので、イエスさまと弟子たちとの会話を聞いたのでしょう。少年が無邪気に自分の弁当を差し出しました。アンデレは「これでは何の役にも立たないでしょう」と言いながらも、とにかくイエスさまに、その小さな弁当を取り次ぎました。するとイエスさまは群集を座らせて、少年の弁当のパンを祈ってはちぎり、祈ってはちぎりして、人々に分け与えていかれたのでした。そして人々が満腹して、なお余ったパンが12の籠いっぱいになりました。ここに100倍の実を結んだ畑のとても良い実例が示されています。

皆さん、この奇跡をどう読んでこられましたか。自分がその場の群集の一人になった積りで、想像してみてください。湖の向う岸まで遠出をしたのですから、多くの人がこの少年同様に 弁当を持参したのではないでしょうか。しかし腹が空いたからといって自分たち家族だけが食べるわけにはいきません。「皆さんもどうぞ」と周囲の人たちに差し出したら、食べられてしまいます。ですから皆がそれぞれに自分の弁当を食べるに食べられず、空腹を抱えていたのでなないでしょうか。

その時に小さな弁当をためらわずに差し出した少年と、それをとても喜んでお受けになり、感謝の祈りを捧げて、「さあ、皆で分け合って食べよう」とパンを配り始めたイエスさまの姿に接して、人々は大きな感動を受けたに違いありません。そして「主よ、これもお用いください」「主よ、これもお用いください」と、食べ物が続々と差し出された。そして和気あいあいとした楽しい大食事会になっていったというのが、この出来事のごく常識的なあらすじではなかったでしょうか。でも皆さん、自分の弁当を食べるに食べられず空腹に悩まされていた大群衆から、皆で分け合う楽しい大食事会を生み出させたこの大変化は、まさしくイエスさまならではの、大きな奇跡ではないでしょうか。

イエスさまの時代から2000年たちました。科学・技術は大変進歩しました。しかし世界では 1日に4万人、1年で1300万人以上が飢死にしているのです。農産物の生産は地球全人口の必要量をはるかに上回って、十分に生産されています。しかしその食糧の半分以上が、全人口の20%でしかない先進国、欧米・日本に集まってしまい、先進国以外の80%の人々には十分に食糧がいきわたらないのです。しかも先進国では貴重な食糧が実に無駄に浪費されています。私たちの国日本でも、賞味期限切れで毎日莫大な量の食品が、手付かずの ままに捨てられているそうです。

地球の食糧生産物が貧しい国の人々に、公平に分配されていないことが、毎日飢えて死んでいく人を大勢出している原因なのです。豊かな国に食糧も富もますます集まり、貧しい国は取り残されています。豊かな国々は食糧や富を貧しい国々へ戻していかなければなりません。ところが私たちは、持っている物、集めた物を分け合おうとしません。豊かな者の分け合う心の貧しさが、大勢の餓死者を生む世界の貧しさを造り出しているのです。

[結] 信じて応答する
一粒の種から100倍の実を結ばせた良い畑とは、み言葉を聞いて悟る人だとイエスさまは おっしゃいました。「腹をすかせているこの大勢の人たちにパンをやりたいね」とおっしゃった イエスさまの言葉を聞いて、自分の小さな弁当を差し出した少年――これが聞いて悟る良い土地のような心を表しています。私たちも今日、同じ様にイエスさまの言葉、神さまの口から出たお言葉をご一緒に聞きました。

私たちはそのお言葉に応答を求められています。私たちの分け合う心の貧しさが問われました。私たちが持っている物、また能力はあの少年の弁当と同じに、小さなものでしかありません。しかし何も役に立たないと思わずに、とにかく「お用い下さい」とイエスさまの手にお委ねすることです。イエスさまが必ず祝福の業にお用い下さいます。そして100倍の実りにして下さいます。

私たち一人ひとりの分け合う心が、楽しい食事会を生み出し、イエスさまが世界に広めてくださいます。イエスさまを信じましょう。そしてみ言葉に応答して参りましょう。    

[聖書]ヨハネの黙示録21章22〜27節
わたしは、都の中に神殿を見なかった。全能者である神、主と小羊とが都の神殿だからである。 この都には、それを照らす太陽も月も、必要でない。神の栄光が都を照らしており、小羊が都の明かりだからである。 諸国の民は、都の光の中を歩き、地上の王たちは、自分たちの栄光を携えて、都に来る。 都の門は、一日中決して閉ざされない。そこには夜がないからである。 人々は、諸国の民の栄光と誉れとを携えて都に来る。 しかし、汚れた者、忌まわしいことと偽りを行う者はだれ一人、決して都に入れない。小羊の命の書に名が書いてある者だけが入れる。

[序]アジアの別天地
1995年から2005年1月まで、宣教師としてシンガポールで働かせていただきました。みなさん方の温かいお祈りと貴い献金のお支えを、本当に有難うございました。

シンガポールという国は、タイから南に突き出しているマレー半島の先端にある淡路島ほどの小さい島シンガポール島にある都市国家です。赤道直下です。でも周囲が海の島国ですから、タイやインドのような大陸では暑さが40℃を超しますが、シンガポールでは熱い時でも朝が31〜33℃、日中は体感温度がせいぜい35℃で、真夏の東京より暑くありません。

私たちは東京生まれで東京育ち、目白ヶ丘教会で育ちましたが、30年間札幌教会にお仕えしました。雪の都です。今日の天気予報でも北海道の一部は雪が30cmだと言っていました。よくもそんな寒い所に長く暮せたものだと思います。でもあの時は吹雪になると外に飛び出すほど雪が好きでした。札幌からシンガポールへ行くとなったら、教会員が「先生は剣道をしているから大丈夫だろうが、喜美子夫人は一年ともたずに帰ってくる」と折り紙づきで送り出されたのでした。しかし二人とも病気らしい病気をせずに10年を過すことが出来ました。

人口は、私たちが行った時で270万人位、今は400万人を超えています。多民族複合国家で中国人が76%、マレー人が14%、インド人が7%、その他が3%。国語はマレー語です。それは戦後マレーシアの中のシンガポール州としてイギリスから独立し、その後マレーシアから切り離されて、1965年8月9日に独立国家になったからです。国歌はマレー語で歌われます。しかしマレー人以外は日常語としてはマレー語を使いません。そこで公用語としてマレー語の他に英語、中国語(北京語)、タミール語(インド語)が役所の書類や駅名などの表示に使われます。日本人は、私たちが行った時で3万を超えていましたが、現在は景気が悪いので1万人位減っていると言われています。

言語が違うということは、文化が違う、従って宗教も違うということを意味します。中国人の多くは仏教か道教で全人口の約40%、しかし中国人の間にキリスト教が拡がって、全人口の  15%余、シンガポール大学の医学部では、医者・看護師・学生の60%がクリスチャンと言われています。マレー人は皆がイスラム教徒でプラスαの15%、インド人はヒンドゥー教かシーク教かキリスト教です。その他に民間宗教や祈祷所が数多くあります。

しかし政府は人種が違い、文化・宗教が違っても、皆で一つになって、国家の理想を実現していこうと、懸命になってなっています。「我々は中国人でもマレー人でもインド人でもない。我々はシンガポール人なのだ」(OnePeople,OneNation.We are Singaporean)これが国家の合言葉です。政府・役人・警察がアジアでは珍しく賄賂をとらずクリーンで、安心して暮せる清潔(クリーン)で緑豊かな(グリーン)ガーデン都市です。

そして日本に次いで経済的に豊かですから東洋の別天地。アジア諸国に駐在する日本人は医療検査や休息のために運動靴持参でシンガポールに来ます。夜でも独り歩きが安全な散歩を自由に楽しむためです。

[1]シンガポールクリスチャンの偏見
しかし政府の懸命な努力にも拘わらず、人種間に時として不協和音が生じるのです。2001年9月11日、ハイジャックされた航空機による爆破でニューヨークの世界貿易センターが崩れ落ち大勢の人が殺されました。イスラム過激派アルカイーダによるテロだとされました。シンガポールでも爆破計画を立てていたとしてJIというイスラム過激派組織が検挙されました。

すると翌々日の英字新聞朝刊に、漫画が載りました。団地のエレベーターに中国人のおばあさんが乗っていました。そこへマレー人が乗り込んでくるや、おばあさんが「気味が悪い」といってエレベーターから出て、フーフー汗をかきながら階段を上り始めたという4コマ漫画です。「マレー人は気味が悪い。イスラム教はおっかない。何をするか分からないから」という嫌悪感・恐怖心が、中国人の間に拡まり始めたのでした。政府はすぐさま大臣を先頭に立ててキャンペーンを始めました。「中国人はマレー人ともっと仲良く付き合うべきだ」「モスクの礼拝に参加しよう」「コミュニティセンターで食事会をしよう」

私たちの教会も丁度良い機会だからイスラム教について学習しようということになり、イスラム教の教師に来ていただいて勉強会を計画しました。日曜礼拝の前が集まりやすいので、会堂を借りているKay Poh Rd.教会の牧師に了承を求めましたところ、「とんでもない。もし教会の構内にイスラム教徒を入れたとなると大変なことになり、もう日本語教会には貸せなくなる」と言われました。そこで私のアパートで2回会合しました。

また毎年12月25日の夕方に、街の中心にある国宝級の英国国教会を借りて、クリスマス礼拝をさせてもらっていました。すると普段は50人ほどの小さな群れですのに、400人500人の礼拝が出来るのです。やはり場所とか建物が人を集めるのですね。そこで2001年の12月25日のクリスマス礼拝の折りに、最初の15分間イスラム教のトップの導師に、現在イスラム教徒がどのような思いと祈りを抱いているかを述べて、祈って頂いてから、私たちの平和礼拝を守ろうと計画しました。いい計画でしょう。ところがSt.Andrew‘s Cathedralの牧師に了承を求めましたら、「そのような集会をしたとなると、もう日本語教会には一切貸せなくなる」と言われてしまいました。

皆さん。シンガポールの諸教会からはアジア諸国に200人以上の宣教師が派遣されています。イスラム圏にも送られているのです。でもその宣教師を送り出している教会の現実がこのようなものなのです。そしてそれがおかしいとは気がつかないのです。日本人が日本国内にどっぷりつかっていると、シンガポール人と同じ様な偏見をアジアからの外国人に対して抱くようになるのではないでしょうか。

[2]イスラム教徒の固い信仰
先ほど野口牧師が大宣教命令について述べておられました。復活された主イエスが、復活を未だよく信じられないでいる弟子たちに向かってお命じになりました。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」これはマルコ福音書の記述ですね。その後10年して記されたマタイ福音書の記述はこうです。「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。」

「福音を宣べ伝えなさい」と「わたしの弟子にしなさい」とは一見、違う命令のように思えます。しかし大宣教命令が二つであるはずがありません。ではこの二つを一つとして受け取るとすれば、どのような理解にたてばよいのでしょうか。

現在の世界の宗教人口は、キリスト教が1/3,イスラム教が1/5で、仏教は6%と言われています。しかしイスラム圏の人々は人口がどんどん増加していますから、やがて逆転して、イスラム教が1/3, キリスト教が1/5になると言われています。インドも現在中国に次ぐ9億の人口大国ですが、やがて中国を抜いて世界一の人口大国になると言われています。するとヒンドゥー教徒も大勢になります。このイスラム教徒とヒンドゥー教徒を全員キリスト教徒に改宗させることが出来るでしょうか。

シンガポールで暮らすイスラム教徒を見ている限り、この人たちは、絶対に変らないだろうという印象を待ちました。マレー人はのんびりしています。才知にたけた中国人に使われる立場になり、社会的に下の地位に甘んじています。中国人の間にはキリスト教が拡っていきますが、しかしマレー人は動きません。シンガポールは信教・学問の自由が保障されていますから、イスラム教とキリスト教の比較を知る機会がいくらでもあるはずです。しかし改宗する人は出ません。金曜日には皆続々とモスクの礼拝に集まります。

床屋さんは殆どマレー人かインドネシア人ですが、職人が3〜4人の店では、お香が漂い、店の片隅にカーテンで仕切られた祈祷のスペースがあって、時間がくると交代でお祈りしています。団地の中の職人一人の店では、午後3時頃になると、きりのよい所で仕事を中断して、礼拝用の帽子をかぶり西の片隅に座布団を敷いて膝まずき、10分から15分祈りを捧げます。その間私たち客はじっと待ちます。やがて床屋さんは立ち上がり、厳粛な顔で再び バリカンをとって働き始めます。臆することなく堂々と自分の信仰生活を貫く姿に、私は思わず拍手を送りたくなります。いいですね。マレー人と結婚する外国人は、イスラム教に改宗しない限り結婚を認められません。ですから日本人男性もみなイスラム教徒になっています。人数からいっても、また経済力や社会的力からいっても、圧倒的に中国人優位の社会にあって、自分たちがイスラム信仰にしっかり立って日常生活を送ることで、マレー人がマレー人になっているのですね。

(後半へつづく)

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事