日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

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[聖書] コリントの信徒への手紙一 7章17〜24節
おのおの主から分け与えられた分に応じ、それぞれ神に召されたときの身分のままで歩みなさい。これは、すべての教会でわたしが命じていることです。 割礼を受けている者が召されたのなら、割礼の跡を無くそうとしてはいけません。割礼を受けていない者が召されたのなら、割礼を受けようとしてはいけません。 割礼の有無は問題ではなく、大切なのは神の掟を守ることです。 おのおの召されたときの身分にとどまっていなさい。召されたときに奴隷であった人も、そのことを気にしてはいけません。自由の身になることができるとしても、むしろそのままでいなさい。 というのは、主によって召された奴隷は、主によって自由の身にされた者だからです。同様に、主によって召された自由な身分の者は、 キリストの奴隷なのです。あなたがたは、身代金を払って買い取られたのです。人の奴隷となってはいけません。兄弟たち、おのおの召されたときの身分のまま、神の前にとどまっていなさい。

[序] パウロの結婚観
今日の主題は、コリントの教会が抱えている結婚生活についての質問に対する パウロの回答です。結婚に対するパウロの考えは消極的です。7章の7〜8節をご覧ください。「わたしとしては、皆がわたしのように独りでいてほしい」と言っています。聖書学者のバークレーによりますと、パウロはどうやら離婚経験者だったようです。

彼は熱心な正統派ユダヤ教徒でした。正統派は18才が結婚適齢期だとしていたそうです。また彼は祭司長たちから権限を与えられて多くのキリスト教徒を牢に入れ、その死刑に賛成投票をしたと言っています。(新改訳使徒26:10)これはユダヤ最高法院の投票でしょうから、彼は議員だった。議員は結婚している者と規定されていますから、パウロは結婚していたのだというのがバークレーの説です。

パウロはユダヤ教の明日を担う期待の星でした。その彼が劇的な回心をしてキリスト教徒になり伝道し始めたのですから、ユダヤ教徒からは裏切り者として、憎しみと怒りが集中しました。奥さんは耐え切れずに彼との縁を断ち切り、去っていったのではないでしょうか。パウロは「キリストのゆえにすべてを失いました、それらを塵あくたと見なしています」(フィリピ3:8)と言っていますが、家庭をも失うという痛ましい犠牲を払ったのでした。

ペトロをはじめ他の使徒たちは夫人同伴で各地を回っていたようですが(汽灰螢鵐硲后5)、パウロは結婚生活とはきっぱり縁を切り、妻や家庭のことに心を遣うことから解放されて、ひたすら世界伝道に専念しました。「結婚する人たちは、その身に苦労を負うことになるでしょう。わたしは、あなたがたにその苦労をさせたくないのです」(28節)「このようにわたしが言うのは、あなたがたのためを思ってのことで‐‐‐ひたすら主に仕えさせるためなのです」(35節)十字架のイエス・キリストを主として、全身全霊をこめて仕えることを第一とするところから、結婚にたいする消極的な思いが生まれたのでした。

[1] 夫婦で主に仕える
私の信仰の親である熊野牧師も「出来るだけ逃げる」とおっしゃいました。パウロと同じですね。その点だけは賛成出来ませんでした。「先生、お言葉ですが、私は嫌です。よく祈って、この人だと思ったら、積極的にプロポーズします」そしてその通り実行しました。熊野先生に結婚式の司式をしていただいてから、この3月で50年になります。

パウロは申します。「独身の男は、どうすれば主に喜ばれるかと主のことに心を遣いますが、 結婚している男は、どうすれば妻に喜ばれるかと世の事に心を遣い、心が二つに分かれてしまいます。」(32〜34)また独身の女の場合も同様だから「ひたすらに主に仕えるためには、結婚しない方がよい」とパウロは申しています。果たしてそうなのでしょうか?

私自身を顧みますと、現在家事一切何も喜美子を手伝っていません。買い物だけは例外で、重い荷物を自転車の前と後の篭に入れて運ぶのは、危険極まりませんから、車で運び役をする程度の手伝いです。殆どの時間は、書斎に閉じこもっているか、健康維持のために剣道の稽古に出かけるかだけです。剣道も気力を充実させて牧師職に専念するために欠かせない鍛錬の時間です。こうして妻から生活の世話を全面的に受けて、ひたすら主の教会に仕えていると言えましょう。

勿論このように言ったとしても、私はカトリック教会の神父さんの独身生活の厳しさを知りませんから、妻帯者の手前勝手な自意識かもしれません。しかし札幌教会時代は、夫婦と両親と子供5人という9人の大世帯なればこそ、人間関係のつながりも豊かに大きく拡がって、地域社会に根ざした教会形成が出来たというメリットがあったと思うのです。現在は老夫婦二人で地域の子供たちとその家庭との接点がありません。淋しい限りです。

独身の身軽さをもってひたすら主に仕えるとは、パウロの様に世界伝旅行に専念する場合には言えることであって、地域社会での教会形成の場合には、家族全員の総和で仕えることの方が、より効果があると言えるのではないでしょうか。

私のプロポーズの言葉は「二人で全力を注いで主の教会にお仕えしたい」でした。そして喜美子もそれを喜んで受けてくれました。喜美子は修道女に憧れを抱いていました。ですから彼女の母は「享さんと出合ってくれたから、喜美子を修道院の内に取られなくて済んだ。私には享さんがキリストさまだよ」とよく言っていました。「修道尼として終生ひたすらお仕えするという願いを、牧師を支えるという脇役に変えさせてしまった。喜美子を犠牲にして牧師加藤が存在し、用いられている」という申し訳なさを、私は生涯の負い目として持ち続けています。

(後半へつづく)

(前半からのつづき)


[2] 夫婦の一体性
「結婚する人たちは、その身に苦労を負うことになるでしょう。わたしは、あなたがたにその苦労をさせたくないのです」(28節)結婚すると独身生活よりもはるかに複雑な人間関係が生じます。夫は常に妻を思いやり、配慮しなければなりません。妻も同じです。

独身時代は自分独りで考え、独りで決断し、独りで解決にあたりました。でも結婚したら、それは許されません。必ず相手に打ち明け、相談し、了承し合って一つの結論を出し、二人で協力して解決に当らなければなりません。これは非常にしんどいことです。つい独身時代の癖が出て、単独行動をしてしまいがちです。喧嘩になります。二人の絆に亀裂が生じます。これでは夫婦失格です。忍耐し、試行錯誤を重ねて、徐々に夫婦一体になっていくのです。「だから苦労させたくないのだ」とパウロが言う通りです。

しかし神さまは、天地創造の初めから、人を男と女に創り、「人が独りでいるのは良くない」とおっしゃって、男と女を結婚させ、一体となる夫と妻に結び合わされました。そこでパウロは、「夫の体は妻のもの、妻の体は夫のものであって、自分勝手は許されない」(7:4)と教えています。これは大変な意識改革を迫られる言葉ではないでしょうか。妻の体に不具合が生じるようでは、夫は失格なのです。夫の体に不具合が生じたら、妻は失格なのです。相手の心身に十分の心配りと労わりとが必要なのです。互いに大事にされ合うことによって、夫婦の一体性が造られていくのです。

夫婦のどちらかが信者になり、相手がバスに乗り遅れて、なかなか一緒に祈り合う一体性が生まれない。よりよく主にお仕えするために別れたらと考える人が出てきました。しかしパウロは「離縁してはいけない」ときっぱり言っています。なぜなら信者でない夫(妻)は、信者である妻(夫)のゆえに聖なる者とされているからです。これもまた大変な言葉ではないでしょうか。

神さまが重んじられるが故に、神さまを重んじない人は退けられるのでしょうか。
パウロは十字架のキリストを重んじましたから、コリント教会を、中身がどのようにお粗末でも、キリストの教会、聖なる神の教会として尊びました。(1:2)

イエスさまのもとに中風の病人を担架にのせて運んで来た4人は、家の入り口が人々で塞がって内に入れないと知るや、屋上に上がって屋根に穴をあけて病人をイエスさまの前に吊り降ろしました。イエスさまはこの4人の信仰を見て、病人に「子よ、あなたの罪は赦される」とおっしゃいました。(マルコ2:5)病む者の悲惨さに身をよせて共に担おうとする信仰を、イエスさまは決して無視なさらず、救いの手を差しのべてくださる。なかなか信仰を言い表せない夫(妻)を持つ家庭も、妻(夫)の信仰のゆえに聖なる家庭とみなして下さる神さまは、信者でない夫(妻)の救いをも全うされるに違いないと、パウロは言ったのでした。

[3] 神に召された身分のままで
商業と貿易の大都市コリントは、20万人の自由人と50万人の奴隷から成っていたと言われています。ですからコリント教会には、奴隷の身分の人の方がずっと多数だったのではないでしょうか。奴隷と言われる人でも、商売が出来、また教会に集まり、自由人たちと一緒に活動が出来たのですから、いわゆる家畜同様に働かされる奴隷とは違うようです。ローマ市民権を有する者と市民権を持たない者の違い程度だったのかもしれません。

しかしパウロはこの手紙の1章26節以下で、コリント教会が「地位のある者、家柄のよい者は多くはなく、卑しく見下げられている者、無学で無力な者があえて選ばれた」と言っています。ですから教会の内には、当然奴隷という身分から抜け出し、自由人の仲間入りをしたいという願望が強かったようです。パウロやアポロのように割礼を受けたユダヤ人になりたい、その逆に、割礼の傷跡を消して、ローマ人になりたいという人もいました。

それに対するパウロの基本的態度は、神さまの救いにあずかった時の状態を大事にしなさいでした。「神に召されたときの身分のままで歩みなさい」と3度も繰り返し勧めています。(17、20、24節)「自由人の身分になれる機会があっても、むしろそのままでいなさい」とは、奴隷制度をそのまま認めて、擁護しているのでしょうか。

違います。彼はユダヤ人でありながら、生まれながらローマ市民権を持つ家に生まれました。しかし「わたしは誰に対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました」(9:19)と言っています。彼は自由人とか奴隷を差別として受け取る偏見を超越していたのです。生まれも境遇も、そのまま神さまの定められた賜物だと受けとめていたのです。その賜物を、神さまのみ心に適うように用いることが何よりも大切だと信じていたのです。

それはパウロの結婚観と共通しています。自分が男である、女である、夫となる、妻となることに、身分・役割の上下・差別などありません。男として生まれ、信仰を与えられ、結婚して夫になった。女として生まれ、信仰を与えられ、結婚して妻となった。それは各自に与えられた神さまの定めです。この定めを神さまのみ心として受け容れ、夫婦の一体性を造り上げていこうとすればよいのです。

夫婦の一体性というのが、夫の中に妻が居り、妻の中に夫が居るというものでした。それと同様に、奴隷もキリストに救われて、全く自由な神の子にされたのだから、自分の内に奴隷と自由人を併せ持っている。また自由人も、キリストの奴隷になったのだから、自由人と奴隷とを併せ持っている。違いはないではないかというのです。

だから神さまが奴隷の自分を救って下さったという召された奴隷の私を大切にする。そこに神さまの摂理、私をどのように用いようとなさっておられるのかと、ご計画をたづねて生きていくことだというのです。勿論、自由人も同様です。

[結] 神の目には高価な私
どうしてこのような自分として生まれたのか、どうしてこのような自分として生きなければならないのかと、不平不満を抱いて心が晴れない人が大勢います。「あなたがたは、身代金を払って買い取られたのです。人の奴隷となってはいけません」(23節)イエス・キリストは自ら進んで、十字架に付けられ、命の代価を支払って、この私を滅びの闇から取り戻して下さいました。

私たちはたとえどのような状態であれ、神さまの目には、イエス・キリストの命に相当する、かけがえもなく高価な者なのです。どんなに不満な自分でも、神さまはそのままの私を受け容れ、私なりの有意義な人生を送らせようとされているのです。この私を自分で奴隷にしてはなりません。卑しめてはなりません。神さまが私に与えてくださった賜物を、喜んで十分に活かして、神さまが定めた人生を、精一杯に生きて生きたいものです。

[聖書]コリントの信徒への手紙一 4章6〜13章
兄弟たち、あなたがたのためを思い、わたし自身とアポロとに当てはめて、このように述べてきました。それは、あなたがたがわたしたちの例から、「書かれているもの以上に出ない」ことを学ぶためであり、だれも、一人を持ち上げてほかの一人をないがしろにし、高ぶることがないようにするためです。 あなたをほかの者たちよりも、優れた者としたのは、だれです。いったいあなたの持っているもので、いただかなかったものがあるでしょうか。もしいただいたのなら、なぜいただかなかったような顔をして高ぶるのですか。 あなたがたは既に満足し、既に大金持ちになっており、わたしたちを抜きにして、勝手に王様になっています。いや実際、王様になっていてくれたらと思います。そうしたら、わたしたちも、あなたがたと一緒に王様になれたはずですから。考えてみると、神はわたしたち使徒を、まるで死刑囚のように最後に引き出される者となさいました。わたしたちは世界中に、天使にも人にも、見せ物となったからです。 わたしたちはキリストのために愚か者となっているが、あなたがたはキリストを信じて賢い者となっています。わたしたちは弱いが、あなたがたは強い。あなたがたは尊敬されているが、わたしたちは侮辱されています。 今の今までわたしたちは、飢え、渇き、着る物がなく、虐待され、身を寄せる所もなく、 苦労して自分の手で稼いでいます。侮辱されては祝福し、迫害されては耐え忍び、 ののしられては優しい言葉を返しています。今に至るまで、わたしたちは世の屑、すべてのものの滓とされています。

[序] 牧師の役割
或る教会で他の教派から移ってきたけれども、会衆主義のバプテスト教会はどうしても馴染めないと言って、去って行かれた方がいました。「神の僕として特別に召された牧師先生も、30年間信仰生活を忠実に送ってきた自分も、昨日バプテスマを受けて教会員になったばかりの人も、教会総会では皆同じ一票で事を決めるのはどうしても納得がいかない。先ず牧師先生が、その次には自分のような信仰暦の長い信者の意見が尊重されて当然ではないか」と言うのです。

また或る教会の牧師就任式で近隣教会の代表が「牧師先生を中心にして教会が発展していきますように」と祝辞を述べておられました。牧師先生の霊的指導の下に教会員が一致協力してというのでしょうか。たしかに牧師のいない教会では、役員同士の意見がばらばらで後任の牧師招聘もスムーズに決まらないという例を耳にします。教会の一致は牧師が要(かなめ)なのでしょうか。「神の僕として特別に選ばれた牧師先生の権威」とは何でしょうか。

[1]  弱さと愚かさの究極に救いを見る信仰
コリント教会では、勝手にパウロを担ぎ上げたり、アポロを担ぎ上げてグループを作り、張り合うことで教会の一致が損なわれていました。そこでパウロは3章では、パウロもアポロも主がお与えになった分に応じて、植える、水を注ぐという働きをした奉仕者に過ぎず、成長させてくださる神こそが大切だと言いました。

そして今日の4章では、先ずパウロは「こういうわけですから、人はわたしたちをキリストに仕える者、神の秘められた計画をゆだねられた管理者と考えるべきです。この場合、管理者に要求されるのは忠実であることです」と述べています。

「仕える者」と訳された語は「下の漕ぎ手」の意味で、二段もしくは三段になった櫓をもつ大きなガレー船の最下段の櫓を漕ぐ人足を指す言葉です。船尾に座をしめるリーダー格の男が太鼓を打つような格好で規則正しく板木を叩くと、奴隷たちがその音に合わせて一せいにオールを漕ぎます。単調でしかも全力を振り絞って漕がなければならない過酷な労働です。この語が後に、人の下で働く者一般を表すようになりました。

パウロはコリント教会を創設した自分もその後に来て奉仕したアポロも、キリストの前では最下位の労働者・奴隷だ。また神の秘められた計画、すなわちこの世の知恵をもってしては悟ることの出来ない神の知恵である十字架のキリストの福音を委ねられた管理人だと述べています。この管理人も主人の家の管理を任された僕で、身分は奴隷です。主人に対して絶対的な忠実さが求められています。

そしてコリントの教会と自分やアポロとを対比させて、あなた方はキリストを信じて優れた者、賢い者、強い者になり尊敬されているが、私たちはキリストのために愚か者となり、弱く、侮辱されている。あなた方は勝手に大金持ち、王様になっているが、神さまは私たち使徒をまるで死刑囚のように、世界中の見世物になさったと言っています。

ローマではネロの迫害の時、大きな円形競技場に集まった見物人の前で、クリスチャンたちは十字架刑にされたり、飢えたライオンの餌食にされて食い殺されました。ペトロもパウロもそのような殉教の死を遂げたと言われています。どうしてパウロは、使徒であり、コリント教会の生みの親である自分を、そのように弱い、惨めな者として強調したのでしょうか。

それはパウロがキリストに仕える者だからなのです。パウロは「イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めて」コリント伝道を始めたと2章で述べました。パウロが絶対の忠実さで仕える主人のイエス・キリストは、十字架につけられて人々の嘲笑のなかで死んでいかれた救い主なのです。

私は1月10日の説教で、40年続いて今なおTVの人気番組である水戸黄門と対比させて、この十字架につけられたキリストと見つめました。悪人どもとの最後の大立ち回りの最中に、格さんが指し出す葵の紋所・天下の副将軍の威光で一同を平伏させて悪を成敗する痛快さ、これこそまさに正義だと、この世の皆は納得するのですね。

人々はキリストにも「救い主なら今十字架から降りてこい」と葵の紋所を求めました。ところがイエス・キリストは「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫びながら、人々の嘲笑の中で死んでいかれました。水戸黄門と比べるならば、無残な敗北者にしか見えません。しかし死刑を執行したローマ兵の隊長は、その敗北者を目の当たりにして「本当に、この人は神の子だった」とつぶやいたのでした。(マルコ15:39)

越後のちりめん問屋のご隠居さんに身を隠していた天下の副将軍が葵の紋所とともにその威光を現わす水戸黄門、十字架の上で絶叫しながら息を引き取っていかれた惨めな敗北者のままで、神の子であることを示したイエス・キリスト。十字架のキリストは、弱さと愚かさの究極に、神さまの無限に深い憐れみと救いを見ていく信仰なのです。ですからパウロは、十字架のキリストと同様に、自分が弱い者、愚かな者、侮辱される者であって当然だと思っていたのでした。

ところがコリント教会の人々は、パウロとアポロを比べて、どちらがより優れているかを自分たちで判定して、片方を持ち上げ、片方をないがしろにして、徒党を組みました。これに対してパウロは、コリント教会の人たちは、親分を選んで担ぎ上げようとしているのだから、自分たちは子分だと思っているのだろうが、それは違う、逆だと言っているのです。

そうです。入社試験の例を考えて下さい。応募者と、その優劣を判定する試験官とどちらが上でしょうか。合格者がどんなに優れているとしても、そういう彼を選んだ試験官の方が経験・知識が上なのです。ですからパウロをアポロより優れた牧師だと判定する、或いはその逆にアポロをパウロより優れた教師だと判定するあなた方は、パウロやアポロよりも信仰が豊かになったのであり、勝手に信仰の大金持ち気分、王様気取りを演じていることになるのだと、指摘したのでした。

(後半へつづく)

(前半からのつづき)


[2]  世の屑、すべてのものの滓
パウロは「今の今までわたしたちは、飢え、渇き、着る物がなく、虐待され、身を寄せる所もなく、苦労して自分の手で稼いでいます。侮辱されては祝福し、迫害されては耐え忍び、 ののしられては優しい言葉を返しています。今に至るまで、わたしたちは世の屑、すべてのものの滓とされています」と述べています。随分ひどい生活を送っていたのですね。

私は神学校を卒業してこの3月で47年になります。目白ヶ丘教会で約3年副牧師をしてから、札幌で30年3ヶ月、シンガポールで約10年、全国巡回報告を約2年半、そして現在はここ川越でお仕えさせていただいています。パウロ先生の伝道生活と比べるならば、私の牧師生活は、まるで大金持ちのような豊かな生活でした。恥ずかしくなります。

パウロ先生は「今に至るまで、わたしたちは世の屑、すべてのものの滓とされています」と言っています。随分ひどい表現ですね。私などちょっとでもそのような扱いを受けたら、打ちのめされて、とうの昔に牧師を辞めてしまったことでしょう。多少なりとも世の中のお役に立つ人間と認められるようにと励んできて、今ここにこのように居るのではないかと思わされます。パウロ先生だって、キリスト教信仰をローマ世界に広く伝えた大きくて有意義な働きをしたのではなかったでしょうか。それでもどうして自分を世の屑、滓と言うのでしょうか。

それは十字架のキリストの僕という徹底した自覚が言わせている言葉だと思います。そうです。十字架刑とは、この世の屑と言われる最悪の犯罪者が受ける刑罰だからです。ですからキリストの使徒パウロは、世の屑・滓扱いを受けたお方の僕に徹しなければと、自分に言い聞かせて、十字架のキリストを宣べ伝え続けたのでしょう。

今日の週報の4頁コラムの欄に飯塚光君が、ハッとさせる文を書いて下さっています。要旨を手短にご紹介します。「殉教――信仰の証として強烈なインパクトを与える。しかし天邪鬼な私にとっては、自己顕示欲の一つに思えるのである。指導者の殉教によって人々は散らされ、結果的に伝道が進む。しかし散らされた人々は、聖人の意志をしっかり受け継いだ熱意のある人々ばかりだったのだろうか。世をあざむくために、毎年一回の踏み絵を役人たちの前で踏み、村に戻ると“おテンペンシャ”と呼ばれる鞭で自分の体を打ち、こうして生きる悲しさを神に訴え、罪の赦しを乞う隠れキリシタンの悲哀を、遠藤周作は書いているが、この人々が生き抜いたからこそ、今日の私たちに繋がっていると思うのである」

先週の第3章で、パウロはキリストという土台の上に、金・銀・宝石・木・草・わらで各自が教会という神殿、礼拝共同体を建てていくと言っています。キリストが再び来られる終わりの日に火をもって仕事が吟味されます。だから火に焼かれ、燃え尽きて残らないような仕事をしないようにと警告しています。では試練にあって燃え尽きてしまう仕事、木や草やわらで家を建てるは、何を意味するのでしょうか?

飯塚兄のコラムを読んで、一年に一度役人の前で踏み絵を踏み、家に戻って鞭で自分の体を打ち叩きながら、自分の弱さの赦しを乞いつつ、秘かに信仰を守り通した隠れキリシタンのような信仰者を指すのかなと、私は思い至ったのです。しかしパウロは、そのような人でも「火の中をくぐり抜けて来た者のように、救われます」(3:15)と言ったのではないで  しょうか。火で燃え尽きて残らないような仕事、証にならないような信仰生活を送った者でも、キリストという土台の上に営まれた信仰生活ならば、神さまに受け容れられる。十字架のキリストならそうなさると、パウロは言っているのではないでしょうか。

マタイ福音書20章に「ぶどう園の労働者のたとえ」があります。主人が夜明け、多分6時頃、町の広場で労働者を雇いました。9時、12時、3時にも広場に行って、立ちんぼしている人を雇いました。午後5時にも仕事にありつけなかった人を雇いました。日暮れの6時、夕方の1時間しか働かなかった人から順繰りに、皆同じ1デナリの賃金が渡されました。当然12時間働いた者たちから不満が出ました。実に不合理な話です。こんなことが毎日行なわれたら、朝早くから働きにくる労働者など居なくなるでしょう。ぶどう園はつぶれてしまいます。

しかしこの主人は5時まで仕事を待ち続けた人の辛さ、悲しさを知っていたのです。彼も家族を食べさせるお金が必要なのですから。夜明けから暑い中を辛抱強く12時間も働いた人たちは勿論立派です。彼らのおかげでぶどう園の仕事がはかどりました。パウロの言葉で言えば、金・銀・宝石にたとえられる仕事をやったのです。でもイエス・キリストは、わらの仕事しか出来なかった人にも目を注ぎ、心を寄せて、受けとめくださる神さまの姿をお示しになったのでした。

一番弱い者、一番惨めな低い者を見過ごしにせず、寄り添って下さる神さまの愛、それをそのままキリストの十字架が現わして下さったのでした。だからパウロはコリント教会の人たちにこう書き送ったのでした。「だれかが弱っているなら、わたしは弱らないでいられるでしょうか。だれかがつまずくなら、わたしが心を燃やさないでいられるでしょうか。 誇る必要があるなら、わたしの弱さにかかわる事柄を誇りましょう」(競灰螢鵐11:29〜30)

[結] キリストの教会で大切にされる心
日曜礼拝を最優先にして守って下さる教会員が核になって、真剣で豊かな礼拝共同体が建て上げられていきます。役員として役割を担って下さる、或いは様々な伝道活動を担って下さる教会員がいなければ、教会の証は社会に拡がっていきません。また献金によって財政を支えることがあって、牧師・スタッフの給料、建物の維持管理、集会や活動が実施出来るのです。このような教会員の働きがあって、川越教会という神の神殿、礼拝共同体が、建て上げられ、活動が拡大していきます。

しかし私たちは、教会の土台であるイエス・キリストが、世の屑・滓といわれる十字架につけられたキリストであることを、しっかりと心に留めておく必要があります。 キリストは世の屑・滓といわれる者に身を寄せ、心を寄せて生きられましたから、十字架で死なれたのでした。

私たちが生きているこの社会では、夕方に1時間しか働かなかった者に12時間働いた者と同じ賃金を払うなどという事は通用しません。しかしキリストの教会は、12時間働けた者が、1時間しか働けなかった者に寄り添って、悲しみや喜びを共有することを、何よりも大切にする神の神殿でありたいものです。

そのために牧師としての私も、パウロと同じように、自分が弱い者、愚かな者、侮辱される者であって当然だという自覚をもって、教会にお仕えしなければと改めて反省させられました。「だれかが弱っているなら、わたしは弱らないでいられるでしょうか。だれかがつまずくなら、わたしが心を燃やさないでいられるでしょうか」教会内ばかりでなく、私たちが暮す社会ででも、この心が何よりも大切にされなければと思います。そしてそれがキリストを信じる私たちの責任ではないでしょうか。

[聖書]コリントの信徒への手紙一 2:1〜5
兄弟たち、わたしもそちらに行ったとき、神の秘められた計画を宣べ伝えるのに優れた言葉や知恵を用いませんでした。 なぜなら、わたしはあなたがたの間で、イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていたからです。 そちらに行ったとき、わたしは衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした。 わたしの言葉もわたしの宣教も、知恵にあふれた言葉によらず、“霊”と力の証明によるものでした。 それは、あなたがたが人の知恵によってではなく、神の力によって信じるようになるためでした。

[序]神の知恵であるキリスト
パウロが有力な協力者たちと共に、2年近く腰を据えて伝道し、コリント教会が誕生しました。しかしコリント教会には、パウロが去った後で、一致を乱す様々な問題が発生しました。パウロは、生みの親として幾度も手紙を書き送ったり訪問して、健全な教会に成長するよう心を砕きました。

パウロは、コリント教会が現在どれほど問題を抱えていても、イエス・キリストによって召されて聖なる者とされた人々の群れ、神の教会であること、したがって神さまがしっかり支えて、非のうちどころのない教会にしてくださることを信じて、先ず感謝しています。その上で教会内の一致を勧めるにあたってパウロは、神の力、神の知恵である十字架のキリストを指し示しました。

TVの「水戸黄門」は40年経っても今なお毎週続いている人気番組です。悪人どもとの最後の大立ち回りの最中に、格さんが差し出す印籠に輝く葵の紋所。天下の副将軍水戸光圀公の前に一同がひれ伏して、良民を苦しめる権力者の悪が裁かれるどんでん返しの痛快さが、人気の秘密です。

ところがイエス・キリストの十字架は全く対照的です。ユダヤ教の権力者や野次馬たちが叫びました。「他人を救ったのに自分を救えないのか。イスラエルの王なのだろう。それなら今すぐ十字架から降りてこい。そうしたら信じてやろう」この場面でも、葵の紋所が求められています。しかしイエス・キリストは6時間にわたる断末魔の苦しみの果てに、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と大声で叫びながら死んでいかれたのでした。ところが死刑を執行したローマ兵の隊長は思わず言いました。「本当にこの人は神の子だった」

水戸黄門が、副将軍の権威と栄光を現わすことによって、正義を打ちたてると考えるこの世の知恵。無残な敗北にしか見えない十字架のキリストから救いをもたらすとする神の知恵、神の力。十字架の死を愚かと見るこの世の知恵は、神を知ることが出来ないと、パウロは言いました。そして、十字架のキリストから、コリント教会の抱える問題の解決を、共に考えていこうとしたのでした。

[1]病弱を身に負いながら
パウロはギリシャの大商業都市コリントで伝道を開始した時の自分の状況をこう語ります。「そちらに行ったとき、わたしは衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした。」(2:3)パウロは気力・体力ともに充実した状態でコリント伝道を開始したのではなかったと言っています。しかし心身が衰弱状態だったからこそ、「十字架につけられたイエス・キリスト以外、何も知るまいと心に決めて」宣教に打ち込んだのでした。

コリント教会への手紙兇諒では、パウロは自分の心身の状態について、このように語っています。「わたしの身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです。 この使いについて、離れ去らせてくださるように、わたしは三度主に願いました。」(12:7〜8) 「とげ」とは杭とか鋭く尖った木の槍を指す語だそうです。激しい痛みを与える持病ではないかと言われていますが、病名ははっきりしません。サタンは人間を苦しめる働きをします。神さまの仕事をする上で、妨げになる苦痛にパウロは悩まされていたと言っています。

彼はその苦痛を去らせてくださいと、幾度も祈りました。しかし神さまの答えは「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」でした。彼は身のとげを取り除いていただけなかったのです。その苦痛を生涯背負って生きたのでした。しかしその病弱さの故に、十字架のキリストをしっかりと宣べ伝えることができたと言っているのです。

そうです。十字架のキリストは、イザヤの預言そのものの苦難の僕だったからです。
「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っている。」「 彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに、わたしたちは思っていた、神の手にかかり、打たれたから、彼は苦しんでいるのだと。」

「 彼が刺し貫かれたのは、わたしたちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは、わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。」

「そのわたしたちの罪をすべて、主は彼に負わせられた。」「わたしの僕は、多くの人が正しい者とされるために、彼らの罪を自ら負った。」「彼が自らをなげうち、死んで、罪人のひとりに数えられたからだ。多くの人の過ちを担い、背いた者のために執り成しをしたのは、この人であった。」
パウロはコリントの町に入って行った時の「衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安な自分の心身の状態」を、苦難の僕と重ね合わせて受け取り、十字架上のイエス・キリストを、この自分と共に居て下さるお方として、身近に覚えることが出来たのではないでしょうか。

神さまは、キリストに私たちの罪のすべてを負わせ、罪人の一人として死なせて、背いた者のための執り成しをおさせになりました。キリストが打ち砕かれたのは、私たちの咎のためでした。キリストの受けた傷によって、私たちは癒されました。そこでパウロは、「わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです」(コリント12:10)と語ることができたのです。

[結]十字架の弱さの中に働く恵み
民主党の小沢幹事長の秘書を勤めた3人が、政治資金規正法違反で逮捕されました。鳩山政権の屋台骨を背負って立つ実力者。自分にはやましい点はないと検察側と全面対決の姿勢です。彼の家には民主党の議員166名が新年の挨拶に集まったそうです。余ほどの能力のある人物なのですね。政治は力で動きます。力は人数、資金、頭脳、心身の強さ等の優れている者が生み出します。強さが鍵となる世界でしょう。

コリント教会の内にも、パウロ派・アポロ派・ペトロ派・キリスト派等と言う派閥が生まれて、互いに張り合い、一つに結ばれた交わりが崩れていきました。矢張り力のある人の名前を掲げて徒党を組み、強くなろうと競う動きが教会にも出てきたのです。そこで教会生みの親であるパウロは、十字架につけられたキリストに帰れと叫んだのでした。

人々の嘲りのなかで、激しい死の苦痛に耐えておられるイエス・キリスト。弟子たちは逃げ散ってしまいました。大勢の子分を従えて戦う勇ましさなど、微塵もありません。弱さと低さの極みにお立ちです。でもそれが、すべての人を差別なしに真実に愛し、赦し、受け入れる神さまの愛のお姿だったのです。このお方だけは、どんなことがあっても私を見捨てず、最後まで一緒に居て下さるのです。

医者になったTさんの経験を読みました。難病におかされて死を待つばかりのおばあさんが、診療にやってきて「私の介護のために仕事をやめた息子に申し訳ない」と涙を流し「死ぬのが怖くて仕方がない」と訴えました。Tさんは一瞬言葉を失い、「私も死ぬのが怖い。私だって同じなんです」と言葉を振り絞るように答えました。ところがその後で、おばあさんに大きな変化が起りました。

しばらくしてTさんが老女のもとを訪ねると、おばあさんが「死ぬのは仕方がないと思うようになりました」「今は私の世話をしてくれる息子や貴方への感謝の気持ちでいっぱいです」と答えたのでした。死を目前にしているおばあさんが感謝を口にしたのでした。新しい薬を飲んだわけでもなく、体調が急に良くなったわけでもなく、何一つ変わっていないのに、Tさんの共感の言葉が「死」でさえも受け入れる心を生み出したのでした。

十字架にかかり苦しむキリストは、体に刺さるとげの痛み、パウロの病弱を一緒に苦しみ、その痛みを耐えて下さっています。もっと良く働ける体になりたいと強く願うパウロの耳に「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ、十分に発揮されるのだ」という声が聞こえてきます。

パウロは悟りました。「あなたの力がわたしの病弱さの内に宿るために、大いに喜んで自分の病弱さを誇りましょう」「わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、行き詰まりを、あなたのために喜びます」これが霊と力の証明と言われるものです。

コリント教会の中にも、また川越教会の中にも、パウロが霊と力によって聞きとり、懸命に宣べ伝えている十字架のつけられたキリストの言葉が、はっきりと聞き取られていくならば、弱さの中に働く恵みを感謝し、「弱さ、侮辱、窮乏、迫害、行き詰まりを、あなたのために喜びます」という言葉が聞かれるようになるに違いありません。十字架のキリストのこの恵みを証する信仰生活を送って参りましょう。

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