日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

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[聖書]コリントの信徒への手紙 1章18〜25節
十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。 それは、こう書いてあるからです。「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さを意味のないものにする。」 知恵のある人はどこにいる。学者はどこにいる。この世の論客はどこにいる。神は世の知恵を愚かなものにされたではないか。 世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。 ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、 わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、 ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。

[序]教会が成長するために
パウロはキリスト教の信仰を世界に広めた立役者の一人です。新約聖書にはパウロの名前で書かれた手紙が13もあります。その全部がパウロの直筆のものではないようですが、初代のキリスト教会の間で、宣教活動と共に、信仰の基本的教理を明らかにしていく上でも、大きな貢献をしたことが分かります。

彼は紀元50年頃アジアからヨーロッパへ渡り、ギリシャの大商業都市コリントに 約2年近く腰を据えて伝道し、教会を建て上げました。このコリント伝道にはアキラとプリスキラ夫婦や弟子のシラスとテモテ、また地元の会堂長クリスポや自分の家を集会に提供したユスト等、有力な働き人の協力がありました。

それでも教会が成長して成熟するには、相当長い年数がかかるものです。2年弱の期間では、いくらパウロをもってしても短か過ぎました。パウロが去った後で、コリント教会に、一致を乱す様々な問題が次々と発生し、生みの親のパウロを悩ませました。パウロは幾度も手紙を書き送ったり、訪問したりして、健全な教会に成長するよう心を砕きました。その貴重な努力がコリントの信徒への手紙一、二に書き記されています。私たちは聖書教育のカリキュラムに従って、その手紙の一部を3月末まで学んでいきます。

[1]十字架の愚かさ
今日の聖書は「十字架の言葉は、信じない人たちには愚かなものに思われている」という言葉で始まります。23節には「わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています」と言っていますから、十字架の言葉とは十字架につけられたキリストのことですね。これはまた十字架の福音とも言われていますから、皆同じだと言って良いでしょう。十字架のキリストの話は、この世の知恵からすると、実に愚かに聞こえて、理解してもらえないとパウロは言っているのです。

コリントに来る前に、パウロは哲学の都アテネで雄弁を振るいましたが、イエス・キリストの死と復活を語ると、人々からのあざ笑いにさらされました。彼は非常に失望しましたが、この経験から、知恵をもって論証しようとはしないで、十字架につけられたキリストにのみ固く立って宣教しようという決心を新たにして、コリント伝道に取り組みました。どうして十字架の言葉、十字架のキリストの話は、この世の知恵からすると愚かに聞こえるのでしょうか。

TVの「水戸黄門」は、皆さんも良く知っている人気番組の一つです。40年たっても今尚毎週続いています。悪人どもとの最後の大立ち回りの最中に、格さんが差し出す印籠。「この紋所が目に入らぬか。ここにおわすお方をどなたと心得る。恐れ多くも先の天下の副将軍水戸光圀公におわすぞ。一同控えおろう」この一喝で一同が平伏し、良民を苦しめる権力者の悪が一瞬にして裁かれていくという、どんでん返しの痛快さがたまらないのですね。

それに比べるとイエス・キリストの十字架のシーンは、また何と対照的でしょうか。十字架にはりつけにしたユダヤ教の権力者たちや、野次馬の民衆たちが叫びました。「他人を救ったのに自分を救えないのか。イスラエルの王なのだろう。それなら今すぐ十字架から降りてこい。そうしたら信じてやろう」

この場面でも、葵の紋所が求められています。そこでイエスさまが十字架から飛び降りて、悪人どもを成敗なさったら、拍手喝采、なるほどこのお方は神さまがお遣わしになった救い主だと誰からも納得されたのではないでしょうか。

しかし実際のイエス・キリストはそうではなかったのです。6時間にわたる断末魔の苦しみの果てに、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と大声で叫びながら死んでいかれたのでした。十字架から飛び降りて、「我こそまさしく神の子キリストなるぞ。一同控おろう」と一喝して、救い主の絶大な力と権威を明らかに示めせば、信じる人が続々と生まれたのではないでしょうか。

十字架のキリストのお姿からは、無残な敗北しか見えてきません。全世界・全宇宙を創造され、支配しておられる全地万物の主である神さまの権威と力は、日本という小さな島国の副将軍とは比べものにならない位、遥かに偉大で栄光に輝くものであるはずです。どうして神さまは十字架から降りて来られなかったのでしょうか。

[2]人を救う神の知恵
21節でパウロは「世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。」 24節で「神の知恵であるキリストを宣べ伝えています」と述べて、パウロはここで、世の知恵・人間の持ち合わせている知恵と神の知恵と、二つの知恵を対比しています。

知恵とは、本来は「物事を正しく判断し、正邪を分別する心の働き」を言いました。
しかし人間の持ち合わせている知恵について、老子はこう言っています。「知恵出でて大偽あり」 人間が素朴であった昔は、人々が自然に従って生きていて平和であった。ところが、なまじ知恵がついてくると嘘をついたり、だまし合ったりしで、世の中が乱れるようになったというのです。

そこで仏教では「真理を洞察し、正邪を分別する知恵の会得」を、解脱に至る大事な修行の一つにしています。この真理の洞察ということを、パウロは「十字架の   キリストに、神の知恵を見る、これすなわち真理の洞察である」としたのです。どうして救い主は十字架の上で栄光を現わさずに、無残な死に方をなさったのか。それが神さまの知恵の現れなのです。神さまはその知恵を、既に700年前にイザヤの有名な「苦難の僕」(イザヤ53章)の預言で、はっきりと示されました。

「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っている。」「 彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに、わたしたちは思っていた、神の手にかかり、打たれたから、彼は苦しんでいるのだと。」

「 彼が刺し貫かれたのは、わたしたちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは、わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。」

「そのわたしたちの罪をすべて、主は彼に負わせられた。」「わたしの僕は、多くの人が正しい者とされるために、彼らの罪を自ら負った。」「彼が自らをなげうち、死んで、罪人のひとりに数えられたからだ。多くの人の過ちを担い、背いた者のために執り成しをしたのは、この人であった。」

神さまは、キリストに私たちの罪のすべてを負わせ、罪人の一人として死なせて、背いた者のための執り成しをおさせになったのです。キリストが打ち砕かれたのは、私たちの咎のためだったのです。キリストの受けた傷によって、私たちは癒されたのです。キリストの十字架の死によって、すべての人の罪が執り成され、赦され、救われる――これが人を救う神の知恵でした。

十字架に現わされたキリストの無力さ、惨めさにこそ神の栄光があり、十字架こそが万民を救う神の力、真の知恵の現れなのです。ところがこの世の知恵が考え出す救いは、十字架から降りて勝利を現わすことでした。葵の紋章を示して天下の副将軍の威光を現わす救いです。神の知恵である十字架の救いを理解できないのです。ですからパウロは「世は自分の知恵で神を知る(神の愛を知る)ことができませんでした」と言ったのでした。

[結]真の救い主
神さまが救い主としてこの世に来てくださったお姿は、ベツレヘムという田舎町の家畜小屋での誕生、貧しいヨセフとマリアの子としてのイエスというお姿でした。そしてその死は、茨の冠をかぶせられ、人々の嘲りの中で、十字架にはりつけになり、絶叫して死んでいく惨めな犯罪者の姿でした。私たちが持ち合わせている知恵をもってしては、救い主とはおよそ結びつかないお姿です。

しかし神さまの霊が働き、自分の弱さ、貧しさ、罪深さを痛切に自覚させられる時に、私たちは知るのです。この方こそ真の救い主、このお方にこそ真実の愛、豊かな命があると。そしてこのお方に結びつくことによって、神の子とされて生きる恵に与かることを。

十字架のキリストこそ、神の知恵・神の力です。この神の知恵である十字架を悟らないこの世の知恵は、真理を洞察出来ない不明、愚かさです。葵の紋所を求める知恵は真の知恵ではないのです。十字架の救いの宣教は、世の知恵からすれば、愚かな手段と見えるでしょう。しかしそれこそが神の知恵にかなっているのです。

真実な神さまは、イエス・キリストとの交わりを通して、私たちを最後までしっかりと支えて、非のうちどころのない者にしてくださると、パウロは確信していました。私たちも神さまの霊に導かれて、パウロと同じ信仰の確信に立って、十字架の救いを証して参りましょう。

[聖書]コリントの信徒への手紙1章1〜9節
神の御心によって召されてキリスト・イエスの使徒となったパウロと、兄弟ソステネから、 コリントにある神の教会へ、すなわち、至るところでわたしたちの主イエス・キリストの名を呼び求めているすべての人と共に、キリスト・イエスによって聖なる者とされた人々、召されて聖なる者とされた人々へ。イエス・キリストは、この人たちとわたしたちの主であります。 わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。
わたしは、あなたがたがキリスト・イエスによって神の恵みを受けたことについて、いつもわたしの神に感謝しています。 あなたがたはキリストに結ばれ、あらゆる言葉、あらゆる知識において、すべての点で豊かにされています。 こうして、キリストについての証しがあなたがたの間で確かなものとなったので、 その結果、あなたがたは賜物に何一つ欠けるところがなく、わたしたちの主イエス・キリストの現れを待ち望んでいます。 主も最後まであなたがたをしっかり支えて、わたしたちの主イエス・キリストの日に、非のうちどころのない者にしてくださいます。 神は真実な方です。この神によって、あなたがたは神の子、わたしたちの主イエス・キリストとの交わりに招き入れられたのです。

[序]ニューイヤー・チャペル・コンサート
明けましておめでとうございます。今日は2010年最初の日曜日です。皆さんようこそ、今年第一回の礼拝にご出席下さいました。皆さんが一年を通じて、日曜ごとの礼拝から霊の祝福を豊かにいただいて、良き一年をお過ごしになりますように、お祈りしてやみません。

穏やかな日和に恵まれた年末年始でした。皆さんは、如何お過ごしでしたか。私たち夫婦は31日から昨日まで2泊3日を伊豆の天城山荘で過し、昨日夕方に帰って参りました。天城山荘が「年末年始くつろぎプラン」の目玉として、相模中央教会の石橋史生・香緒里夫婦のジョイントリサイタルを企画したので、そのコンサートを聞きに行ったのです。飯塚夫妻も元日の午後に来て一泊し、コンサートを聞いてくださいました。

丁度一年前、私の不注意で喜美子に腰椎圧迫骨折させ、15日間入院の難儀をかけてしまいました。皆さん大勢にお祈りいただき、他に傷害が及ばず骨折だけで済み、3月末には一応骨も固まり、以前と同じ様に働くことが出来るようになりました。そこで喜美子へのお詫びも兼ねて、3日間の休養をプレゼントした次第です。天城では思いがけず幾人もの古い友人に会い、旧交を温めることも出来ました。

石橋夫婦は小樽の高校から北海道教育大、東京芸大と同級生で学び、結婚してドイツに留学して帰って来ました。史生君は現在東京学芸大学の准教授として後進を指導しながら毎年ピアノリサイタルを開いています。毎年7月のリサイタルを聴いて来ましたが、演奏者として目覚しい成長を遂げています。
一方、香緒里さんは子育てで演奏活動が中断されていました。今回新たなデビューとなったわけです。札幌の隣り小樽教会滝沢牧師の長女で、我が家のかおりとは一才違い。お互いの子供たちを我が子のように思って、成長を楽しみに見守ってきました。この娘の再出発を励ましたかったのです。彼女自身はコンサートの後で、思うように歌うことが出来なかったと落ち込んでいたようです。当然でしょう。でも歌は50才からだと言われています。これにめげずにリサイタルを続けていけば、史生君と同じ様に成長して、豊かに歌えるようになっていくのです。今年の末も再び機会を与えてやって下さいと、天城山荘の所長にお願いして帰ってきました。

[1]コリント教会への手紙の書き出し
さて聖書教育の学びは、今日から3月末まで、コリント教会へ宛てた「パウロの手紙 一」を読んでいきます。パウロの伝道は紀元50年頃アジアからヨーロッパに拡がりました。ギリシャのアテネでの伝道は失望に終わりましたが、次に訪れたコリントは港町で商業の中心地です。人口70万の内、自由市民20万と奴隷といわれる下層階級50万が暮す大都市で、愛と美と豊穣の女神を祀る神殿があり、神殿娼婦が1000人も居たと言われていました。

この地にパウロは2年近くも腰を据えて伝道し、コリント教会を建て上げました。交通の要所の教会として、訪れる伝道者も多く、重要な伝道の拠点の一つになったようです。商業が盛んで、しかも異教的不道徳な町の影響を受けて、教会内に様々な問題が生じました。パウロは教会の生みの親として、幾度も手紙を書き送ったり自分でも訪問したりして、健全な教会として成長するよう心を砕きました。それがコリントの信徒への手紙一、二として遺されています。

一つの教会に宛てた手紙が29章にもわたって遺されているとは、珍しいことです。それらを読んでいきますと、一つの教会内によくもまあこれほど雑多な問題が生じるものだと、驚かされます。でも私たち信仰者を取り囲む社会状況は今日もそれほど変わりませんから、コリントへの手紙に述べられているパウロの考え方は、キリスト教信仰の本質を明らかにしていて、大変学ぶ所の多い手紙です。

今日は第一回目、手紙の書き出しに注目いたします。パウロはコリント教会をどのように呼びかけているでしょうか。内部に分派が生じて争いがあり、教会員の性的不道徳が教会内で容認されている教会。主の晩餐式や礼拝の秩序が乱れているといった教会なのに、パウロは「コリントにある神の教会」「キリスト・イエスによって聖なる者とされた人々」と呼んでいるのです。

更に「あらゆる言葉あらゆる知識において、すべての点で豊かにされている教会」と呼びかけて、手紙を書き始めています。知識が欠けていて信仰が貧弱だから、このようにいろいろな問題を抱え込み、パウロを悩ましているのではないでしょうか。それを神の教会とか、聖なる者とされた人々などと呼べば、神さまの名を汚すことになりはしないでしょうか。パウロは余ほどお世辞上手な人柄だったのでしょうか。

(後半へつづく)

(前半からのつづき)


[2]キリストに結ばれて見えてくる現実
パウロは哲学の都アテネで雄弁を振るいましたが、イエス・キリストの死と復活を語ると、人々からのあざ笑いにさらされました。しかし彼はこの経験からますます、十字架につけられたキリストにのみ固く立とうという決心を新たにして、コリント伝道に取り組んだのでした。(2:1〜4)ですから生みの親として問題だらけのコリント教会に手紙を書くに当っても、パウロは、イエス・キリストに目を注ぐことから始めました。

「わたしは、あなたがたがキリスト・イエスによって神の恵みを受けたことについて、いつもわたしの神に感謝しています。」(1:4) コリント教会の教会員一人ひとりは、皆イエス・キリストを救い主と信じてバプテスマを受けました。ですから、私たちの一切の罪をご自分が身に負い、十字架の裁きを受けて贖いの死を遂げて下さったイエス・キリストによって、神さまから罪の赦しと神の子として生きる命をいただく恵みを、コリント教会の皆も受けたのです。これは何といっても感謝すべきことです。

「あなたがたはキリストに結ばれ、あらゆる言葉、あらゆる知識において、すべての点で豊かにされています。」(1:5) 信仰を言い表してバプテスマを受けることによって、神の子イエス・キリストと一つに結ばれたのですから、私たちも神の子になったのです。私たちに与えられた赤ん坊は、まだ良くしゃべったり、歩き回ることが出来なくても、既に一人の人間として成長して、豊かな人生を送れる可能性を神さまから授かっています。それと同じ様に、コリント教会の信者一人一人の内にも、神の子としての言葉、知識がイエス・キリストと同じ様に豊かに与えられているのです。

コリント教会には、パウロ派、アアポロ派、ケファ(ペトロ)派、キリスト派などのグループが出来て、争っていたようです。聖書教育が指摘するように、パウロは異邦人キリスト者に、アポロは知識人層に、ぺトロはユダヤ人に人気があったのかも知れません。しかし教会員が徒党を組んで争うなど、教会のすることではありませんね。下の下です。

私は目白ヶ丘教会で熊野牧師の指導を16年半も受けて育てられました。本当に有難い恵みでした。先生が一番嫌ったのが、徒党を組み、衆にたのむことでした。人は人、我はわが道を独りゆくと、よくおっしゃいました。さすがのアポロもアポロ党が出来てうんざりして、パウロがどんなに説得しても、コリント教会に二度と行かなくなっています。(16:12)

それでもパウロはキリスト・イエスを信じてこう言っています。「主も最後まであなたがたをしっかり支えて、わたしたちの主イエス・キリストの日に、非のうちどころのない者にしてくださいます。」 (1:8) 私たちと一つに結ばれて下さっているイエス・キリストは、コリント教会を見捨てることなく、再び来られて天の御国に迎え入れて下さる時には、非のうちどころのない者にして下さると、パウロは確信していたのでした。
もう一度繰り返します。パウロは感謝からコリント教会に語りかけ始めました。「わたしは、あなたがたがキリスト・イエスによって神の恵みを受けたことについて、いつもわたしの神に感謝しています。」 感謝は神さまから恵みを豊かにいただいているという事実から生まれます。コリント教会の現在の姿がどんなに破れの多いものであっても、イエス・キリストによって神さまの豊かな恵みをいただいているという根源的な現実を、パウロは見ているからに他なりません。十字架を通して見えてくる恵みを数える時に、相手の現実がどのように惨めであっても、惑わされることなく恵みを数えて、深い感謝が生まれて来るのです。

[結]感謝から生まれる祈り
札幌の教育相談所の久野さんというカウンセラーの著書を喜美子から借りて読みました。「だめ!」「だめ!」という禁止の言葉が、親の口、殊に母親から我が子に向ってどれほど飛び出しているでしょうか。毎日の生活で、子供にとって危険なこと、良くないことが沢山あります。我が子を守るために「だめ!」が次々と出て来るのです。

人生の進路についても、大学を何処と定めて、高校、中学、小学校という通過地点が決められます。進路をきちんと進むように、指導監督が親の仕事になります。道からはずれると「だめ!」と引き戻す。子供にはそのようなプランはありませんから、親は「だめ!」を多発します。でもこの「だめ!」「だめ!」が、「お前はだめ人間だ」と伝わって、我が子をだめ人間にしていきます。

良いところを見つけて褒めること、自信を持たせることの方がどれほど大切でしょうか。しかしそうは分かっていても、この世の現実、我が子の現実を見ていると、不安でならなくなるのです。

パウロはコリント教会を「コリントにある神の教会」(1:2)と言っています。「神は真実な方です。この神によって、あなたがたは神の子、わたしたちの主イエス・キリストとの交わりに招き入れられたのです。」(1:9)と言っています。神さまは真実なお方です。いい加減な言葉・いい加減な振る舞いをなさるお方ではありません。その神さまがご自分の教会として下さっているコリント教会、川越教会なのですね。

ご自分の子供として救い上げ、キリストとの交わりの中で、育み育ててくださっているという神の恵みの御業を、パウロはしっかりと見つめていました。私たちも目の前の現実ではなく、もう一つの現実、根源的な恵みの現実を、信仰の目をもって見つつ、教会を見、我が子を見、また自分の人生を見て、先ず感謝から出発したいものです。
 
祈ります: 神さま、いつも感謝から祈りが始まりますように。感謝から、人への言葉が出てきますように。感謝から恵みを見出しつつ、共に生きていくことができますようにお導き下さい。この一年をそのようにして、信仰の歩みを続けさせて下さい。川越教会を、あなたから豊かな恵みをいただいている教会として感謝して受け取り、手を取り合って輝かせていくことができますように。イエス・キリストの御名によってお祈りします。 アーメン

[聖書]ルカによる福音書2章8〜20節
その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。 すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。 天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。 あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」 すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。 「いと高きところには栄光、神にあれ、/地には平和、御心に適う人にあれ。」
天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。 そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。 その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。 聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。 しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。 羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

[1]救い主の貧しい誕生
クリスマス、おめでとうございます。ようこそご来会下さいました。島田もと子先生と初雁女声コーラスの皆さんのご協力を感謝いたします。

世界の救い主イエス・キリストのお誕生を最初に祝って礼拝したのは、先ほどお読みした聖書にありますように、夜の野原で羊の番をしていた貧しい羊飼いたちでした。多くの人々が温かい家の内で眠っているのに、寒い野原で寝ないで働かなければならない貧しい労働者たちでした。

その羊飼いたちに夜の闇をついて天使が現れ、救い主の誕生を告げ知らせました。
救い主のしるしは「布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子」です。飼い葉桶の中に寝ているというのですから、牛やロバ、羊などの家畜小屋で生まれた赤ん坊ということになります。世界の救い主が家畜小屋の中で誕生されたなどというそんな不思議なことがあるのでしょうか。

しかし天使の大合唱が天から聞こえてきました。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」羊飼いたちはこの天使の大合唱に背を押されて、ベツレヘムの家畜小屋を探して、マリア、ヨセフと飼い葉桶に寝かされている乳飲み子を、探し当てたのでした。

もしも救い主がお城の中で誕生していたならば、貧しい羊飼いたちは近寄ることが出来ませんでした。救い主がむさ苦しい家畜小屋で生まれて下さって本当によかった。このような所ならば貧しい人たちばかりでなく、金持ちだって身分の高い人たちだって、心がけ次第で誕生をお祝いに集まることが出来ます。立派な御殿ならば、皆は集まれません。貧しい家畜小屋だからこそ、どんな人でも集まれるのですね。
 
それにしてもマリアはよくもまあ、最初の赤ちゃんを牛やロバや羊の暮すむさくるしい小屋で、産むことが出来たものです。設備の整った清潔な病院で安心して出産したいとは、誰しもが願うのではないでしょうか。

マリアは幼くして両親を失い、親戚の家で育てられたと言われています。16才になり、ヨセフという村大工と婚約しました。愛する夫とやっと自分の家庭を持って幸せに暮せると、胸をふくらませていたことでしょう。ところが天使から驚くべきお告げを受けました。「神さまから恵みをいただき、身ごもって男の子を産む。その子は神の子と言われ、神の民を治める方になる」

そんなことになったらヨセフとの結婚はどうなるのでしょうか。しかし彼女は答えました。「私は主のはした女です。お言葉通りこの身に成りますように」はした女とは召使、女中です。マリアは自分の貧しさを十分に自覚していたのです。ですから「神さまがそうおっしゃるのなら、お従いします」という従順な心を持てたのでしょう。

都の城に暮す王女だったら貧しい家畜小屋での出産など絶対に受け入れないことでした。貧しいからこそ、神さまのお役にたったのですね。貧しいからこそ、他の人の救いのお役にたつのですね。その意味で、貧しいことは大事ですね。人を幸せにするのです。そうしみじみ思うのですが、如何でしょうか?

[2]小さなもみの木に惹かれる心
ベルギーの絵本作家ガブリエル・バンサンの「くまのアーネストおじさん」シリーズに「小さなもみの木」という絵本があります。ご覧になりましたか?熊のアーネストおじさんの家に身寄りのない小さなセレスティーヌが引き取られて来ました。セレスティーヌと迎える最初のクリスマスです。アーネストはサンタを迎える準備をするために、セレスティーヌを連れて森にもみの木を探しに出かけました。すると小さな曲った木が一本雪の中に残されているだけでした。誰もがこんな木ではクリスマスツリーの役にたたないと思ったのでしょう。

ところが小さなセレスティーヌは、森のなかにぽつんと取り残されたこのもみの木に心が惹かれました。「この小さな木の傍に自分たちがやって来て、雪の中のクリスマスをしたい」と思いました。アーネストおじさんは、セレスティーヌのために大勢の友だちを招いて、にぎやかなクリスマスパーティーをして上げようと思っていました。でもおじさんがどんなに説得しても、セレスティーヌの心は変りません。

「アーネストおじさん。私は雪の中でクリスマスのお祝いをしたいの。おじさんと二人きりでね。私は二人だけでいいの。ローソクに火を灯して、空には本物のお星さま」どうしてでしょうか。セレスティーヌは、独りぽっちで過してきた自分と、この取り残された小さな曲がったもみの木を重ね合わせて、離れられなくなったのでしょう。だから優しいアーネストおじさんと二人きりで、この木のそばに居てクリスマスをお祝いできたら、それで十分幸せだと願ったのでした。

小さな家畜小屋にひっそりとお生まれになった救い主。このイエスさまも、取り残されて誰からも顧みられない小さなもみの木と重なります。多くの人はそれに気が付きません。でもセレスティーヌは気付きました。小さな乳飲み子が漂わせている平安、その笑顔から輝く平和の光、それは飼い葉桶の中から静かに溢れてくるのです。この小さなもみの木と飼い葉桶の救い主は一つなのです。だからセレスティーヌは、この木の傍で優しいおじさんと一緒にクリスマスを祝いたいを願ったのでした。曲っていてまっすぐに立っていられないこと、貧しいこと、取り残されていることも、人を優しく慰める大事な役割を果たすのですね。

多くの人は、大きなもの、力強さや華やかさに心を惹かれます。でもそこに長続きする本当の喜びや人の心を安らかにする優しさがあるのでしょうか。貧しい家畜小屋にそっと身を置いて、静かに招いて下さる神さまの愛、世界の救いはここから始まるとクリスマスは、教えてくれているのです。

[3]闇に光をもたらすクリスマス
私の友人の一人、彼は年老いた父を永年介護しました。本当に良くやりました。排尿・排便の世話がことのほか大変でした。彼がこう書いていました。『「したくなったら、声をかけてね」「うん、うん」しかし一向に教えてくれない。介護の疲れに苛立って、父のお腹に手を置いて、辛い思いで、「どうして知らせてくれなかったの!」と責めてしまう。自分で自分を制することが出来ないのだ。優しさと愛が無いのに「何と優しい息子さん」といわれて、内心の辛さ、惨めさが一層つのる。

マザー・テレサの言葉が響いて来た。「人の面倒をみるよりも、その人を愛することが大切です」本当にそうですね。人は愛を求めているのです。面倒はみれても、心から愛することは難しいのです。親ですら本当に愛せない心の闇、罪深さ。でも神さまは汚れた飼い葉桶に身を横たえて、静かに微笑んでくださっている。「それでいいんだよ。大丈夫。私が一緒に居るからね。お父さんの体の中にも、貴方の心の内にも、私は居るからね。」闇の中に灯る明日の光。幾たび慰められ、支えられたことだろう。』

クリスマスの舞台は夜ですね。私たちの心にも闇があります。不安という闇。死という闇。私も次第に高齢に向いつつあります。何処でどのように介護されて、死ぬのでしょうか。なるべく迷惑をかけたくないですね。あれこれ考えますと不安になっていきます。病気の不安、経済的不安。仕事、家族、子育て等々、不安になり出したら、底なしの泥沼です。そして死が例外なしにやって来ます。皆さん。死の備えは出来ていますか。更に人を心から愛し得ない闇。妬みや憎しみ、偽りや不義の闇――罪という闇です。

でも神さまは、私の家畜小屋のような心の内に、救い主を生まれさせて下さる――これがクリスマスの恵みです。どうぞ皆さん、クリスマスに神さまが語りかけて下さる貧しさの中にもたらされる救い、ひっそりとした本当に温かな愛の光を見出して下さい。

お祈りします。「神さま、互いに優しくいたわり合えたら、どんなに幸せでしょうか。平安を与えられるでしょうか。その様な愛の中で死を迎えられたら、死を恐れなくなると思います。神さま、私たちの心の闇に、光を当ててくださる貴方の愛を、救いを、一人一人が豊かにいただくことが出来ますように。貧しいマリアが貧しさの故に、従順に神さまのなさる事を受け容れたように、私たちもまた神さまのなさる事を受け容れ、恵みを分かち合う役割を少しでもさせて下さい。この祈りをイエス・キリストの御名によってお捧げいたします。 アーメン

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