日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

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                   他人を気遣う日本人気質

 川越ペンクラブが同人誌「武蔵野ペン」を年4回発行しています。6月に出た145号に在日韓国人の洪栄基(ホンヨンキ)さんが東日本大震災について韓国メディアが報じた日本人気質を紹介していました。

 「避難所の生活は言い尽くせない不便が伴います。食料・水・物の不足、混乱・病気・寒い寝床・家族の安否・気になる被害状況・目から消えない悪夢と恐怖・明日への不安、まさにパニックの連鎖です。

 日本人特有の生活文化は他人に迷惑をかけない気遣い――差し出された一杯のうどんをどうぞお先にと隣りの人に勧め、そしてそのうどんが5人先、10人先へと廻されていきます。毛布も一緒にかぶり、横寝をして寝床を譲り合います。給水所やパン配給の長い列にも、我先きにはなく、並んで順番を待ちます。割り込みも、わめきも、怒鳴り声も、争いも起りません。

 子どもを亡くした母、高齢の父を亡くした娘が、静かに涙を拭いています。自分だけが家族を亡くしたのではない、自分が泣くと皆さんがもっと悲しむからと気を配り、声無き涙で悲しみをこらえています。この気遣い文化が、千人、一万人という避難生活の秩序を守っているのです。

 外国人には度が過ぎているのではと映る日本人の気遣い文化――でもそれは他人を思いやる愛、人間愛です。これがマスメディアを通じて全世界へ伝えられ、世界中の人を感動させ、甦れ、日本!と支援の原動力になっているのではないでしょうか」

 韓国の方たちがこのように日本人を見てくれているのですね。有難いことです。しかし私ははっと気がつきました。現在日本には、一世、二世、三世、四世の在日韓国・朝鮮人が80万人以上暮らして居られます。そして今なお様々な差別・偏見を受けて様々な葛藤を味わっておられるのです。どうしてでしょうか。

 敗戦まで35年間、日本は韓国を強制併合し、植民地支配しました。この時の日本人と韓国・朝鮮人との不平等な立場が、優れている――劣っている、貴い――卑しいという差別意識を日本人の心に植え付け、支配者としての優越感に立って、韓国・朝鮮民族の誇りを数々と傷つけました。そしてその時に植え付けられた差別意識が、私たちの心にいまだにあるからではないでしょうか。

 TVや新聞・雑誌でも活躍している東大教授美尚中(カンサンジュン)さんも在日二世です。自分の内面をこう書いています。「ともすると不安にかられやすい精神的弱さ、他者の眼差しに過敏になりやすい心性。在日としての我が身に対するやるせなさと怒りのような感情を吐き出せる友もいない孤立感が、自分を憂鬱にしていた。世界で一番好きな国日本、同時に一番嫌いな日本。」 私たちはこのような苦悩に気付いているでしょうか。

 韓国のメディアが感嘆して報道している日本人の気遣い文化を、私たちは一番身近な隣人の在日の方々にも向けてはいません。私たちの気遣いは、日本人同士すなわち身内の倫理でしかないのです。

 8月13日の新聞に、日本軍がアジア、太平洋地域で行なった15年にわたる戦争で犠牲になったアジア諸国の民間人死者数が報じられていました。中国人1000万人インドネシア人400万人インド人350万人ベトナム人200万人フィリピン人111万人、朝鮮半島人20万人ビルマ人15万人シンガポール・マレーシア人10万人、日本人80万人(広島長崎21万人、沖縄戦9.4万人を含む)総計約2200万人。朝鮮半島人が少ないのは、日本軍の兵士・軍属として戦死している人が多いからでしょう。

 今回の東日本大震災の死者行方不明者は約2万人余です。それでもこれだけの大きな被害を社会全体として受けているのです。としますと、民間人死者総数2200万人とは、社会全体としては
東日本大震災の1000倍に相当する大被害を、日本軍がアジア諸国に与えたということになります。今私たちが味わっている災害の大きな辛さを1000回もアジア各地で惹き起こしたのです。何と大きな罪を犯したことでしょうか。

 私は大震災の被害に直面しつつ、戦争の悪の大きさをあらためて心に刻み、非戦・平和への歩みを進めなければと思いました。

“貴方たちは真実と平和を愛さねばならない”  聖書

(前半に続く)
                   わたしは何者でしょう
                                       加藤 享

[2] 神の人

 ここにエジプト人からもヘブライ人からも受け入れられずはじき出されているモーセの姿が、はっきりと浮き彫りにされています。彼は遠く東のシナイ半島を越えた ミディアンの地にたどり着き、祭司エテロのもとに寄留することになりました。娘のツィポラと結婚し、男の子が誕生します。ゲルショムと名付けました。「そこで(シャム)は寄留者(ゲール)」といった意味です。その土地で一切の地位や資格を持たず、現地の人の庇護を受けて、身を寄せて生きるしかない外国人のことをさします。

 「そこで」がエジプトを指すとするならば、モーセが40年間生まれ育った地エジプトが、もはや彼の故郷ではなくなったことを言い表したことになりましょう。40年間王女の子として王宮に育っても、彼はエジプト人にはなれなかったのでした。かといってヘブライ人も彼を同胞とは見てはくれませんでした。結局かれはエジプト人でもヘブライ人でもなかったのです。

 その様なモーセをミディアンの地は温かく迎えてくれました。彼はその地で家族を得ました。羊飼いとしての仕事も得ました。しかし40年後に神さまは彼を再び その地から呼び出して、ヘブライ人の大集団をエジプトから約束の地カナンへと移動させる40年の旅路を送らせて、生涯を閉じさせたのでした。そしてモーセの墓は ヘブライ人の誰もが知らないのです。

 神さまは、モーセが羊の群れを導きながらホレブの山に来た時、不思議な火をもってモーセを御許に呼び寄せられました。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。 それゆえ、わたしは降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出し、この国から、広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む所へ彼らを導き上る。」

 神さまは、エジプトの地で苛酷な労働を強いられて、苦しみ、痛み、叫ぶヘブライ人の所に降って行き、彼ら一人一人の傍らに身を置いてくださる、そして約束の地カナンへと、救い出そうとしておられることを、モーセにお告げになりました。「だからモーセよ、今、行きなさい。わたしは必ずあなたと共にいる」と語りかけたのでした。

 モーセは答ました。「わたしは何者でしょう。エジプト人にもなれず、ヘブライ人としても認められず、今はミディアンの地の寄留者です。一体私は何人として、ヘブライ人の所へ行くのですか。また何人としてエジプト王の前に立つのですか。ヘブライ人が皆、私をヘブライ人の代表者として支持して、エジプト王の前に立たせてくれるでしょうか。或いは、エジプト人の一人として、国王のヘブライ人に対する取り扱いは間違っていると糾弾することが出来るのでしょうか。私は自分が何人なのか、根無し草のような心細さを覚えている者なのです。」

 これに対する神さまの答は、「ヘブライ人としてでもなければ、エジプト人としてでもない。わたしがお前と共にいるという神の人として、わたしに遣わされて、エジプトのヘブライ人のもとに行き、またファラオの前に立つのだ」モーセはかつて  正義感に駆られてエジプト人の監督を殺しました。しかしそれによってはヘブライ人の支持を得ることが出来ず、同胞として受けいれてもらえませんでした。モーセが立つべき所は、神が共にいまし、神に遣わされ、神の御業を為すという神の人としての召命だったのでした。

[結] 歴史を導く神の備え

 ヘブライ人の大集団をエジプト帝国から脱出させる出エジプトは、まさに大きな困難を伴う大変な仕事です。人並みはずれた優れた能力を備え、何よりもヘブライ人の支持を受けている者でなければなりません。ところがモーセはヘブライ人であってヘブライ人ではないのです。彼が尻込みして辞退し続けたのも当然でした。しかし神さまはモーセの上げる理由に一つ一つ答えて、彼を説得してしまわれました。神さまはどうしてこのようなモーセをお召しになったのでしょうか。

 誕生からこの時までの80年間の歩みを見てみましょう。第一に、彼は奴隷のように虐げられていたヘブライ人として誕生しながら、王女に拾われ、王宮で40年間教育を受けました。王族の一員として国を治める法律を学んだに違いありませえん。それが、シナイ山で律法を授かり、これを基にして神の民としての細かい法を定めるのに役立ちました。また何よりもイスラエルの脱出にあたってファラオと十回以上も交渉をしなければなりませんでした。彼が国王を恐れず、対等に立ち向かえたのも、王宮生活での生立ちが役に立ったに違いありません。

 第二にミディアンでの40年にわたる羊飼い生活で、シナイ半島からカナン南方の荒野一帯の地理、気候に関する十分な知識を持つことが出来ました。またかよわく迷いやすい羊たちを忍耐と優しさをもって導く修練も身につけることが出来ました。 だからこそ150万を超える大集団を、律法によって整えつつ、40年かかって荒れ野の中を忍耐強く導き抜くことが出来たのでした。

 神さまはイスラエルの民を大いなる民にするために、70人余のヤコブ一族を、ヨセフを用いてエジプトへ移住させて大いなる民に成長させました。次にこの大集団をカナンの地に戻すために、モーセを誕生させて王女と結び付け、40年間を王宮で教育し、ミディアンの地では羊飼いを40年経験させて訓練なさったのでした。神さまは歴史のはるかに先を見て備えをしつつ、救いの御業を進めていかれるお方なのですね。

 あのヨセフは兄たちに繰り返し言いました。「命を救うために、神はわたしをあなたたちよりも先にお遣わしになったのです」「あなたがたはわたしに悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日のようにしてくださったのです」まさに歴史は神さまに導かれて進められていきます。日常の出来事の内に、神さまの御心と御業を見出していく信仰の目をもたなければなりません。

 そして神さまがこの私をお用いになろうとして、お召しになった時には、神さまが共にいて下さり、神さまがお遣わしになっている信仰に立ち、お応えしていきたいものです。

 民主党の代表選挙が明日行なわれ、次の総理大臣が選ばれます。誰がなっても大して変らないのでしょうか。歴史を導く神さまは、人を選んでお用いになるのです。神によって整えられ、御用に召されるという心を持つ人が選ばれて、重責に当たってもらいたいものです。多くの人々の命を救おうとされる神さまの御心が行われますよう、政治家たちのために祈っていかなければなりません。  
                                           完

2011年8月28日川越教会

                   わたしは何者でしょう
                                       加藤 享

[聖書]出エジプト記3章1〜12節

モーセは、しゅうとでありミディアンの祭司であるエトロの羊の群れを飼っていたが、あるとき、その群れを荒れ野の奥へ追って行き、神の山ホレブに来た。 そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。 モーセは言った。「道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」 主は、モーセが道をそれて見に来るのを御覧になった。神は柴の間から声をかけられ、「モーセよ、モーセよ」と言われた。彼が、「はい」と答えると、 神が言われた。「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから。」 神は続けて言われた。「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは、神を見ることを恐れて顔を覆った。 主は言われた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。 それゆえ、わたしは降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出し、この国から、広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む所へ彼らを導き上る。 見よ、イスラエルの人々の叫び声が、今、わたしのもとに届いた。また、エジプト人が彼らを圧迫する有様を見た。 今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。」 モーセは神に言った。「わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか。」 神は言われた。「わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたたちはこの山で神に仕える。」

[序] 拾われた子の不安

 私の恩師熊野牧師が説教の中で幾度か、自分の父親からこんなことを言われたとおっしゃっていました。「清樹、お前は白川の橋の下で泣いていたのを、作爺が拾ってきた子だぞ」勿論お酒に酔った時の冗談話で、お母さんがすぐそばから「また冗談を言って」と否定してくれていました。でも何かの拍子に「自分はこの家の子ではなかったのか」という思いが心を横切ることがあったそうです。

 もしもそれが事実だったとしたら、熊野清樹少年はどんな大人になっていたことでしょうか。兄や妹と比べて、だから自分はこんな自分なのだとか、ホントの親はどんな人だろうか、今何処でどう暮らしているのだろう等々、独りで思い悩んで成長したのではないでしょうか。ひょっとしたら親を探しに家出したかも知れません。
 あの熊野先生にして子ども時代に抱いた小さな不安が、老年になっても、説教に出てくるほどに、心に残っているのですね。

[1] 生き方を変えようとしたモーセ

 モーセは王女に拾われて、その子としてエジプトの王宮で育ちました。モーセという名はヘブライ語の動詞「マーシャー」(引き上げた)に由来すると2章10節に説明されています。しかし命名したのは王女ですから、ヘブライ語ではなくエジプトの言葉で付けたはずです。エジプト王の名には○○メス、○○メセス、例えばラメセス、アメンメセス等がいます。このメス、メセスとは、「生んだもの」という意味です。「ラー(太陽神)が生んだ者」だから「ラメセス」なのです。

 モーセも王族の一人にみなされたとすれば○○メスというエジプト名を持っていたでしょう。しかし後にユダヤ人たちは自分たちの大指導者として活躍した彼を、エジプト風名前の前半である異教の神の名○○を取り去って、残りのメスをヘブライ語のマーシャーに読み替えて呼んだのではないかと、日高先生は解説しています。とにかくモーセはヘブライ人でありながら、王女の子としてエジプト名で呼ばれて王宮で育ったことは、当然でした。

 では誰が彼にヘブライ人だと教えたのでしょうか。王女に乳母として仕えて、モーセに自分の乳を飲ませて大きくした生みの母親でしょうか。或いは籠の蓋を開けてひと目みただけで「これはきっとヘブライ人の子です」と言いながら、それでもふびんに思って養子にした王女自身が、彼に語り聞かせたのでしょうか。

 いずれにしてもモーセは、自分がヘブライ人でありながら、ヘブライ人から切り離されて、エジプト人として育てられているという一つにならない二つの人種を抱えて、自分をどう理解し、どう確立していくべきか、大いに悩みながら成長していったのではないでしょうか。

 私は丁度一年前にも、在日二世韓国人で東大教授としてTVや新聞・雑誌でも活躍している美尚中(カン・サンジュン)さんの著書にしるされた在日の悩みをご紹介しました。「在日であること自体が潜在的に犯罪者であるかのような、目に見えない雰囲気が社会に充満していた。ともすると不安に駆られやすい精神的弱さ、他者の眼差しに過敏になりやすい心性。なぜ在日として生まれてきたのか、在日としての我が身に対するやるせなさと怒りのような感情を吐き出せる友もいない孤立感が、自分を憂鬱にしていた。

 世界で一番好きな国日本、同時に一番嫌いな日本、この両方が自分の内にある分裂した感覚。その中で両親の生まれ故郷韓国を訪ねた後、それまで自分自身で抑圧してきた自分を積極的に現していこうという意欲が湧き上がってきて、私は永野鉄男という日本名を捨て、美尚中を名乗ることにしたのでした。日本とも南北朝鮮とも折り合いがつけられないまま、在日として生きてきた。しかしこの折り合いの悪さ、落着きの悪さが、逆に東北アジアと共に生きる新しい可能性に通じているのではないかと思うようになったのです。」
 私は日本という国で在日二世として苦悩しながら、自己を確立してこられた美尚中さんの告白を読んで、エジプトの王宮でヘブライ人として成長したモーセの苦悩を思いやりました。彼は十分に成人した40才の時に、同胞ヘブライ人が重労働に服している現場を見に行きました。そして監督のエジプト人がヘブライ人を打っているのを見ると、辺りを見回して誰もいないのを確かめてから、監督官を打ち殺して砂に埋めたのでした。そして翌日もまた現場に出かけています。

 モーセは国王がヘブライ人に過酷な労働をさせて痛めつけていることを、知るようになったのです。自分ひとり王宮で安閑としては居られない思いが激しく燃え上がってきて、じっとしていられなくなったのでしょう。彼は考えに考えた末に、  ヘブライ人と全く隔離していた生き方を変えようと決心して王宮の外に出ました。そして同胞と共に生き、その苦しみを少しでも軽くしようとしたのです。

 翌日、ヘブライ人同士がけんかしているのを見て、仲裁に入りました。「誰がお前を我々の監督や裁判官にしたのか。お前はあのエジプト人を殺したように、このわたしを殺すつもりか」ヘブライ人は自分を。同胞を救ってくれた仲間とは見てくれてはいない。敵側エジプト人の仲間と見ている。すると自分を守ってくれるよりも、自分をお節介者として、当局に知らせるに違いありません。モーセは逃亡しました。そして王の逮捕を危うくまぬがれたのでした。
                                      (後半に続く)

(前半に続く)
                    心の闇との戦い
                                       加藤 享

 小アジアから追われて東部地帯に住み着いたセム系住民からヒクソス王朝が出現したのですから、大飢饉を逃れて東のカナンから移住して強大になってきたセム系のイスラエル人を、ハム系王朝が警戒して弾圧し始めたのは歴史の教訓として当然でした。国王はイスラエル人の人口増加を食い止め、弱体化しようとやっきになりました。そして遂に「生まれた男の子は一人残らずナイル川にほうり込め」と命じたのでした。

 この時にレビの家にも男の子が誕生しました。3ヶ月間隠して育てましたが、隠しきれなくなりました。パピルスの籠に防水加工してその子を入れ、蓋をしてナイル河の葦の茂みの間に置きました。やがて流されて波間に沈むでしょう。エジプト人に見つかれば、河に沈められる。わにに食われる。しかし万が一の可能性に賭けて、川辺の葦の茂みの間に籠を置いたのでした。

 するとそこへ、何と王女が水浴びに下りてきて、籠を見つけたのです。下女に拾わせて開けてみると、男の赤ん坊が泣いています。「これはきっとヘブライ人の子です」
 王女は国王の命令を知っていました。この時遠くから見張っていたその子の姉が王女に走り寄って言いました。「この子に乳を飲ませるヘブライ人の乳母を呼んで参りましょうか」「そうしておくれ」と、王女が頼んだので、娘は早速母を連れて来ました。 王女は命じます。「この子を連れて行って、わたしに代わって乳を飲ませておやり。手当てはわたしが出しますから」

 母親はその子を引き取って乳を飲ませ、その子が大きくなると、王女のもとへ連れて行きました。王女は彼をモーセと名付けました。「水の中からわたしが引き上げた(マーシャー)のですから。」 こうしてモーセは40年間王宮で育てられ、最高の教育を受けたのでした。


 それにしてもエジプトの王女ともあろう人が、父の国王から弾圧され、奴隷のように扱われているヘブライ人の赤ん坊を、どうして自分の子として王宮で育てたのでしょうか。権力者にとって娘は、王権の拡張と安定のために大きな価値がありました。NHKの大河ドラマ「江」では、織田信長が京都を目指す備えとして妹お市を近江の浅井長政と結婚させ、彼の死後、彼女を重臣柴田勝家の妻にしています。お市の長女の淀は豊臣秀吉の跡継ぎ秀頼の母、三女の江は徳川秀忠の妻。このようにお市は信長、秀吉、家康という戦国時代の最高権力者を結ぶ絆でした。

 こうした昔の歴史的背景を考えますと、モーセを引き取ったファラオの王女も、 本来なら宮廷の重臣や軍人、あるいは他国の王子に嫁ぐことになっていたはずです。とすれば結婚前の王女が自分の立場や将来をわきまえずに、勝手に他人の子を養子にすること、ましてやヘブライ人の子を養子にするなど、考えられないことです。  逆に言えば、この王女にはよくよくの事情があったに違いありません。

 日高先生は、この謎を解く鍵として、5節についての次のような解釈を紹介しています。「そこへ、ファラオの王女が水浴びをしようと川に下りて来た。その間侍女たちは川岸を行き来していた。」 王女は川に下りていて、侍女たちは川岸の道を行き来しています。つまり侍女たちは王女から離れた位置に居て、しかもじっと王女を見守るのではなく、川岸の道を行き来しているのです。王女の傍近くにいつも侍っているのが侍女の務めではないでしょうか。そこで王女の身体に何らかの病か瑕があり、侍女たちはそれを見ることをはばかっていたのではないかというのです。もしそうなら、王女たちに期待されていた結婚の道が、彼女には閉ざされていたので、養子をもらって育てようとした理由も理解できます。それにしても何故、ヘブライ人の子を養子にしたのでしょうか。

 「開けてみると赤ん坊がおり、しかも男の子で、泣いていた。王女はふびんに思い、『これは、きっと、ヘブライ人の子です』と言った。」(6節) この言葉から王女が、ヘブライ人が虐待され、嫌われ、奴隷のようにこき使われており、父の王の命令で男の子が川に捨てられたことを知っていたと推察できます。また「ふびんに思い」とは、苦しみを共有する(have compassion)という意味です。彼女は、王女として、父から役に立たない娘と見られている我が身と重ね合わせて、親から捨てられたこの赤ん坊を受けとめ、結ばれる絆を感じとって、思わず手を差しのべたのではないかと日高先生は解説しています。

 「王女は彼をモーセと名付けて言った。『水の中からわたしが引き上げた(マーシャー)のですから。』」(10節) この子は川に漂う無力な赤ん坊でした。ただ無意味に死を待つだけの運命でした。王女自身も、たとえ王宮に身を置くとはいえ、この赤ん坊と同じ様に、無力に漂い、無意味に死を待つだけの運命でした。しかし赤ん坊を川から引き上げ、その命を慈しみ養うことによって、彼女は自分自身の命の役割と価値を見出して、生きる喜びを持つことが出来たのでした。彼女が水の中から引き上げた赤ん坊によって、彼女自身もまた、無意味な命から引き上げられたのです。人の絆とは、このように互いに命を与え合う不思議な絆なのですね。

[結] 万事を益としてくださる神

 私たちは、ヨセフ物語を通して、神さまが多くの民の命を救うために、人間の犯す悪をも善に変えて、歴史を導いて下さっているお方であることを学びました。兄たちの妬み憎しみが、ヨセフをエジプトに導きました。侍従長の妻の不貞が、ヨセフに獄中生活を送らせ、人格を育ててエジプト国王と結びつけました。ヨセフは与えられた任務を見事に果たして、大飢饉のさなかに国王の権威を確立させ、ヤコブ一族をカナンからエジプトに移住させて、アブラハムへの神の約束通りの強大な民族へと成長させました。ヨセフは歴史に働き、また自分の内に働いて下さる神さまに、いつも目を注いで生き抜いたのです。

 今日の箇所からは、エジプト王朝の交代からイスラエル人が弾圧される中で、川に捨てられた赤ん坊が王女に拾われて、エジプトの王宮で育つ不思議なドラマを学びました。このドラマで神に用いられた人は、モーセを生んだ母、川に捨てられた子を拾った王女、彼女に赤ん坊の母を乳母として引き合わせた姉と、皆女性です。

 彼女たちはそれぞれの役割を精一杯に果たしました。母親はぎりぎりまで手許で乳を飲ませて育てました。パピルスの籠に丹念に防水加工してナイル河畔の葦の茂みに置きました。姉は遠くから見張り続け、王女に拾われると、すぐさま母を乳母として紹介しています。そして王女は我が身と重ね合わせてこの赤ん坊に手を差しのべ、父の国王の命令に逆らう決断をしました。

 使徒パウロは「神を愛する者たち、つまり、ご計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています」(ローマ8:28)と言っています。まさに神さまが万事を益となるように、共に働かせてくださって、救いがもたらされていくのです。それにしても、大勢いる王女のなかで、特別な事情を抱えているこの王女が,籠の置かれた川岸に水浴びに来るとは、何と不思議なドラマでしょうか。神さまの御業は、私たちの思いを超えています。

 ですから私たちは簡単に絶望してはなりません。自分の最善を尽くして、神さまにお委ねし、不思議なドラマを信じて待ちましょう。神のなされることは、皆その時
にかなって美しいのです。      
                                          完    

2011年8月21日川越教会
                   不思議なドラマ
                                         加藤 享

[聖書] 出エジプト記2章1〜10節

 レビの家の出のある男が同じレビ人の娘をめとった。 彼女は身ごもり、男の子を産んだが、その子がかわいかったのを見て、三か月の間隠しておいた。 しかし、もはや隠しきれなくなったので、パピルスの籠を用意し、アスファルトとピッチで防水し、その中に男の子を入れ、ナイル河畔の葦の茂みの間に置いた。 その子の姉が遠くに立って、どうなることかと様子を見ていると、 そこへ、ファラオの王女が水浴びをしようと川に下りて来た。その間侍女たちは川岸を行き来していた。王女は、葦の茂みの間に籠を見つけたので、仕え女をやって取って来させた。 開けてみると赤ん坊がおり、しかも男の子で、泣いていた。王女はふびんに思い、「これは、きっと、ヘブライ人の子です」と言った。 そのとき、その子の姉がファラオの王女に申し出た。「この子に乳を飲ませるヘブライ人の乳母を呼んで参りましょうか。」 「そうしておくれ」と、王女が頼んだので、娘は早速その子の母を連れて来た。 王女が、「この子を連れて行って、わたしに代わって乳を飲ませておやり。手当てはわたしが出しますから」と言ったので、母親はその子を引き取って乳を飲ませ、その子が大きくなると、王女のもとへ連れて行った。その子はこうして、王女の子となった。王女は彼をモーセと名付けて言った。「水の中からわたしが引き上げた(マーシャー)のですから。」

[序] 他人を気遣う日本人気質

 先週の礼拝説教では、小山禎さんが敗戦体験を証されました。小山さんは北満州の鉄嶺近くの長野県農業開拓団入植地で学校長をしておられたお父さんの許で暮らしていて、小学校1年生の時に敗戦を迎えました。お父さんを亡くし、大変な抑留生活を経験し、翌年6月に帰国されました。そして敗戦後の日本のどん底で成長されたのですね。戦後66年、戦争を知らない世代が圧倒的に多くなりました。でも私たちは戦争経験を風化させてはならないと思います。

 私は先週の福岡の聖会で、川越ペンクラブの同人誌「武蔵野ペン」に載った在日韓国人の洪栄基(ホン・ヨンキ)さんの文を紹介して、今年の敗戦記念日メッセージを語りました。韓国メディアが報じた東日本大震災での日本人の気質についてです。

 「避難所の生活は言い尽くせない不便が伴います。食料・水・物の不足、混乱・病気・寒い寝床・家族の安否・気になる被害状況・目から消えない悪夢と恐怖・明日への不安、まさにパニックの連鎖です。日本人特有の生活文化は他人に迷惑をかけない気遣い――差し出された一杯のうどんをどうぞお先にと隣りの人に勧め、そしてそのうどんが5人先、10人先へと廻されていきます。毛布も一緒にかぶり、横寝をして寝床を譲り合います。給水所やパン配給の長い列にも、我先きにはなく、並んで順番を待ちます。割り込みも、わめきも、怒鳴り声も、争いも起りません。

 子どもを亡くした母、高齢の父を亡くした娘が、静かに涙を拭いています。自分だけが家族を亡くしたのではない、自分が泣くと皆さんがもっと悲しむからと気を配り、声無き涙で悲しみをこらえています。この気遣い文化が、千人、一万人という避難生活の秩序を守っているのです。外国人には度が過ぎているのではと映る日本人の気遣い文化――でもそれは他人を思いやる愛、人間愛です。これがマスメディアを通じて全世界へ伝えられ、世界中の人を感動させ、甦れ、日本!と支援の原動力になっているのではないでしょうか」

 韓国の方たちがこのように日本人を見てくれているのですね。有難いことです。しかし私ははっと気がつきました。現在日本には、一世、二世、三世、四世の在日韓国・朝鮮人が80万人以上暮らして居られます。そして今なお様々な差別・偏見を受けて様々な葛藤を味わっておられるのです。どうしてでしょうか。

 敗戦まで35年間、日本が韓国を強制併合し、植民地支配したからです。この時の日本人と韓国・朝鮮人との不平等な立場が、優れている――劣っている、貴い――卑しいという差別意識を日本人の心に植え付け、支配者としての優越感に立って、韓国・朝鮮民族の誇りを数々、傷つけました。そしてその時に植え付けられた差別意識が、私たちの心にいまだにあるからではないでしょうか。韓国のメディアが感嘆して報道している日本人の他人を気遣う心を、私たちは一番身近な隣人の在日の方々には向けていません。私たちの気遣いは、日本人同士、すなわち身内の倫理でしかないのではないでしょうか。

 8月13日の新聞に、日本軍がアジア、太平洋地域で行なった15年にわたる戦争で犠牲になったアジア諸国の民間人死者数が報じられていました。中国人1000万人インドネシア人400万人インド人350万人ベトナム人200万人フィリピン人111万人、  朝鮮半島人20万人ビルマ人15万人シンガポール・マレーシア人10万人日本人80万人(広島長崎21万人、沖縄戦9.4万人を含む)総計約2200万人。朝鮮半島人が少ないのは、日本軍の兵士・軍属として戦死している人が多いからでしょう。

 今回の東日本大震災の死者行方不明者は約2万人余です。それでもこれだけの大きな被害を社会全体として受けているのです。としますと民間人死者総数2200万人とは、社会全体としては東日本大震災の1000倍に相当する大被害を、日本軍がアジア諸国に与えたということになります。この大きな辛さを1000回もアジア各地で惹き起こしたのです。何と大きな罪を犯したことでしょうか。私は大震災の被害に直面しつつ、新たな思いで今年の敗戦記念日を迎えました。

[1] ヘブライ人弾圧のさなかで

 さて旧約聖書の学びは、創世記を終えて、出エジプト記に入りました。ヨセフが活躍した時代から250年程の年月が過ぎ、時代はガラッと変っていました。今日の学びでは、聖書教育の教案よりも女性連合の機関誌「世の光」4〜5月号の日高嘉彦宣教師の聖書研究の方が示唆に富み、参考になります。

 聖書の舞台となった世界では、ノアの大洪水の後、人類はセム系とハム系の人種がそれぞれの地域に住みついて拡がっていきました。エジプトは紀元前3100年からハム系の古代王朝の歴史が始まります。この古代王朝3000年間に、前1710年から1550年にかけての約200年間だけ、セム系のヒクソス王朝が出現します。彼らは小アジア地方から非セム系人種に追われてエジプトに侵入して、デルタ地帯東部に住み着きました。そしてやがて全エジプトに勢力を拡大して、ハム系エジプト人の支配権を奪ったのです。

 セム系人種のヨセフが総理大臣に抜擢されて輝かしい業績をあげたのも、わずか70人余のヤコブ一族がエジプト東部に移住して強大な民族に成長したのも、セム系のヒクソス王朝時代だったからです。ヨセフは大飢饉の中で食料と引換えに農地・農民を国王のものにしてヒクソス王朝の支配権を確立していきました。(創世記47章)しかしハム系エジプト人が再び勢力を盛り返し、セム系王朝は駆逐されます。こうして「ヨセフのことを知らない新しい王」のもとで出エジプト記の歴史が始まったのでした。モーセが対決したエジプト王はラメセス鏡ぁ柄1290〜1224年)ではないかと言われています。
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