日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

礼拝説教2009年

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[聖書]ヨハネによる福音書6章60〜62節、66〜71節
ところで、弟子たちの多くの者はこれを聞いて言った。「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか」イエスは、弟子たちがこのことについてつぶやいているのに気づいて言われた。「あなたがたはこのことにつまずくのか。それでは、人の子がもといた所に上るのを見るならば――。」
このために、弟子たちの多くが離れ去り、もはやイエスと共に歩まなくなった。そこで、イエスは12人に、「あなたたちも離れて行きたいか」と言われた。シモン・ペトロが答えた。「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。あなたこそ神の聖者であると、わたしは信じ、また知っています。」 すると、イエスは言われた。「あなたがた12人は、わたしが選んだのではないか。ところが、その中の一人が悪魔だ。」イスカリオテのシモンの子ユダのことを言われたのである。このユダは、12人の一人でありながら、イエスを裏切ろうとしていた。

[序]心が離れていく辛さ
私たちはいろいろな人と関係を結んで生きています。そしてそれらの人間関係の影響を受けながら、私という人格が形成されてきました。親子、兄弟、夫婦等の家族のつながり、先生や友人等生徒・学生時代の人間関係、職場や社会生活上で生じた人間関係を通して受けた影響等々、実に様々な人間模様の中で、今日の私があるのですね。人間関係が上手くいっていれば心は平安ですが、上手くいかないと、悩みが生じ、平安が失われます。

シンガポールから帰ってきて、関東で暮らすようになり、小学校・中学・高校時代の友人と旧交を温め合うようになりました。その一人がしみじみ言いました。「加藤、永年連れ添ってきた夫婦が離婚するということは、お互いに大変な痛みを負い合うことだよ。僕はそれまでいた教会に居られなくなって、一時カトリックへ移った。再び戻ったけれども、あの時はどん底のつらさだった」 親密な間柄に食い違いが生じ、次第に疎遠になり、遂には断ち切れてしまうのは、本当にやりきれない苦しさでしょう。

私は牧師10年目頃でしたでしょうか。新聞で腎移植を求めている人の記事を読み、腎臓の一つを提供しようかと喜美子に相談したことがありました。牧師をしているよりもその方が余程人のお役にたつのではないかと思ったのです。大事な信者さんの一人から、「先生にはついて行けない」と言われて落ち込んでしまった時でした。大切な人が離れていく――これは本当に切ないことですね。

今日の聖書は、あのイエスさまのもとから、大勢の弟子たちが離れていった箇所です。イエスさまの心中は如何ばかりだったことでしょうか。ここからメッセージを汲み取って参りましょう。

[1] 根本的な食い違い
パンの奇跡の時には、大勢の人々の喝采を浴びて、イエスさまは王に担ぎ上げられそうになりました。弟子たちはこのようなお方に従っている自分たちにさぞ満足したことでしょう。ところがイエスさまはそれを拒否なさいました。それで論戦が始まりました。

イエスさまはご自分を永遠の命を与える救い主であると繰り返し語られました。すると弟子たちの間から、「実にひどい話だ。だれがこんな話を聞いていられようか」というつぶやきが生まれました。イエスさまがそれに気付いて更に説明されると、弟子たちの多くが離れ去り、もはや共に歩まなくなったのでした。

60節をご覧下さい。弟子たちの多くの者が言ったのです。「実にひどい話だ。だれがこんな話を聞いていられようか」弟子たる者が、先生に向かって言う言葉でしょうか。実にひどい言葉ではありませんか。もし私の説教を聞いた教会員の皆さんから、こんな非難を受けたとしたら、腎臓の一つを提供しようかなどで済む話ではありません。耐えられなくて、辞表を出し、逃げ出すでしょう。皆さん、どうかお手柔らかにお願いします。

しかしイエスさまは違いました。すこしもひるむことなく、臆することなく、そのような弟子たちときちんと向き合って、対応しようとされました。ところが言葉が通じ合わないのですね。これにはユダヤ教指導者たちの意向が強く影響を及ぼし始めたからでしょう。

ヨハネ福音書の5章で、イエスさまは38年も病気で苦しんでいた人をお癒しになりました。その結果ユダヤ人たちはますますイエスを殺そうと狙うようになりました。その理由は、安息日の掟を破るだけでなく、神を自分の父と呼んで、自分を神と等しい者とされたからでした。(5:18)

10章でも、「わたしは彼らに永遠の命を与える」とおっしゃったので、ユダヤ人たちは石で打ち殺そうとしました。「人間なのに自分を神として、神を冒涜したから」(10:33)です。19章でも逮捕したイエスさまをローマ総督のもとに引き立てて行き、「この男は死罪に当たります。神の子と自称したからです」(19:7)と申し立てています。

このようにご自分が神の子メシアであるという自覚に立って、はっきりと神の言葉を語れば語るほど、ユダヤ教指導者たちを敵に回すことになるわけですから、イエスさまに弟子としてついていくことは、自分たちの身に危険が及ぶことになります。そこで「実にひどい話だ。だれがこんな話を聞いていられようか」と多くの者たちが、離脱し始めたのでした。

しかしこれは、王となってくれたらと期待して弟子になった人たちと、永遠の命を与えるメシアとして立つイエスさまとの、根本的な食い違いですから、イエスさまにとっては、覚悟の上での弟子たちの離反と言えましょう。「霊の命を求める思いを神さまから与えられた人でなければ、結局は私のもとに来ることはできないのだ」(65節)とおっしゃって、離反を受け容れておられます。

[2] まさかわたしのことでは
66節をご覧ください。「弟子たちの多くが離れ去り、もはやイエスと共に歩まなくなった。」 覚悟の上とは言え、イエスさまの心はどんなに淋しかったことでしょう。手許に残った12人の使徒たちにおっしゃいました。「あなたたちも離れて行きたいか」しかし、ペトロは使徒12人を代表して答えました。「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています」

何と嬉しい応答でしょうか。さすがはイエスさまが夜通し祈って選ばれた使徒たちです。イエスさまはどんなに心強かったことでしょう。しかしイエスさまは喜んでおられません。逆に厳しい言葉をお語りになったのでした。「この12人の中に裏切り者・悪魔がいる」どうして12人の特別な使徒の中に、裏切り者のユダが選ばれていたのでしょうか。

最後の晩餐の席上でイエスさまは爆弾宣言をなさいました。「はっきり言っておくが、あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている」(マタイ26:21)この時の弟子たちの反応は、一斉にユダを見つめたとか、「誰だ、そんな不届きな奴は」と互いに仲間をにらみ回したとかいうものではありませんでした。

非常に心を痛めて「主よ、まさかわたしのことでは」と代わる代わる言い始めたのでした。これはまた何と驚くべき反応でしょうか。誰一人として自分ではないと断言できなかったのでした。ダ・ヴィンチの名画「最後の晩餐」はこの時の弟子たちの言いようのない動揺・驚愕・不安をテーマにしているのだそうです。

これは何を物語っているのでしょうか。使徒といっても、ユダに限らず、この程度の信仰の持ち主に過ぎないのだということではないでしょうか。事実、弟子たちはいざとなると、皆イエスさまを見捨てて逃げてしまいました。ペトロは「そんな人は知らない」と三度も嘘をついて我が身を守りました。ユダだけが例外の罪人ではなかったのです。

ではペトロとユダとの違いは? ペトロはイエスさまの予告を思い出して、激しく泣きました。そして「立ち帰れ、立ち帰れ。どうしてお前たちが死んでよいだろうか」(エゼキエル33:11)と呼びかけておられるお方に立ち帰ることが出来たのでした。

イエスさまはユダにもペトロにも他の10人にも、パンと杯をお与えになりました。「取って食べなさい。これはわたしの体である」「これは罪が赦されるように、多くの人のために流される私の血、契約の血である」ユダは裏切り者でありながら、なおパンと杯にあずかっているのです。彼は主のお言葉に留まり続けるべきだったのでした。


(後半へつづく)

(前半からつづき)


[3] 愛の呼びかけ
それにしても「あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている」とイエスさまから言われた時に、一同は皆、非常に心を痛めて「主よ、まさかわたしのことでは」と代わる代わる言い始めたとは、何と情けない弟子たちでしょうか。しかしそれが、私たちの現実の姿なのだということを、私たちはよくよく自覚しておかなければなりません。

ですからイエスさまは、ペトロの立派な答「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。あなたこそ神の聖者であると、わたしは信じ、また知っています。」をお聞きになっても、その信仰が崩れる脆さを皆が持ち合わせていることを忘れないようにと、警告なさったのでした。

私は12人の使徒の中で、トマスに惹かれます。彼は復活の主が皆の前に現れた時、何かの都合でその場に居合わせませんでした。皆が喜び語るのを聞いて、自分一人が取り残された淋しさを覚えて、強く言い放ちました。「君たちは本当に手とわき腹の傷跡を確認したのか。私は目で見るだけでなく、指と手を突っ込んでみないうちは、決して信じない」(ヨハネ20:25)

すると一週間後の日曜日に、集まっていた弟子たちの真ん中に、再びイエスさまが現れて「シャローム」と祝福の挨拶をして下さいました。それからトマスに向かっておっしゃいました。「トマス、私の手の釘あとに指を差し入れてごらん。槍で突き刺されたわき腹の傷跡に、あなたの手を突きこんでごらん。そして信じる者になりなさい」

彼は指や手を傷跡に差し込んで確認しないまま、「私の主、私の神よ」と言うばかりでした。どうして彼は傷口に指や手を突っ込まなくてもよくなったのでしょうか。彼はイエスさまのお声を聞いた瞬間に、その傷跡に指や手を突っ込むことが、あの十字架のすさまじい苦痛をもう一度イエスさまに味あわせることになると、気付いたのでした。

イエスさまは彼が信仰を持つためならば十字架の苦痛をもう一度繰り返してもよいと言って、手を差し出して下さったのでした。ここに神の愛があります。  トマスはこの愛にふれて、信じる者に変えられたのでした。

[結] 十字架の愛に委ねる
私たちは、私たちが抱える信仰の脆さから、「もうついていけません」と言って、イエスさまから離れてしまうことが時として起こることを、自覚しておかなければなりません。しかしその時にトマスに信仰を与えられたイエスさまが、  十字架の傷跡のお体で私の前にも立ち、「信じない者ではなく、信じる者になりなさい」と声をかけてくださるでしょう。

十字架の死から復活されたイエスさまは、トマスばかりでなく、「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか」と言って離れ去って行った弟子たち一人ひとりのところにも行って、十字架の傷跡を示しながら、信じる者になりなさい」と呼びかけておられることでしょう。いや、ご自分を「神を冒涜した」といって逮捕し、十字架に はりつけにしたユダヤ教指導者たち一人ひとりのところにも行って、呼びかけておられることでしょう。

カトリックの森一弘司教が、五木寛之との対談で神の愛・イエスさまの優しさを、こう語っていました。「神さまが天国の門の前に出て、来る人来る人に頭をさげ、『こんなひどい世界と苦しい人生を与えてしまって申し訳なかった』と謝り、『きびしい人生に疲れて戻ってきたのだから、さあゆっくり休みなさい』と言って、抱きしめて迎え入れて下さるにちがいありません」

神さまが、イエスさまを通して与えて下さる救いとは、神さまの愛の手の中に自分を委ねることだと、私は信じています。十字架によって私たちのどんな罪も一切が赦されて、神さまの懐に取り戻された恵みを信じて、神さまの愛の手の中に自分を委ねることだと、私は信じています。

「神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ3:16)

多くの弟子たちが離れて行きました。一時は踏みとどまった12人の使徒たちもやがて裏切ってしまいました。だからこそイエスさまは、十字架について死んで下さいました。人生の道のりで「ついていけません」といって離れることがあっても、そのような私を、 イエスさまはお見捨てにならず、もう一度立ち戻らせて下さると信じましょう。そして十字架の愛に我が身を委ね直して、永遠の命の祝福にあずかる者になりましょう。  

[聖書]ヨハネによる福音書6章48〜56節
わたしは命のパンである。 あなたたちの先祖は荒れ野でマンナを食べたが、死んでしまった。 しかし、これは、天から降って来たパンであり、これを食べる者は死なない。わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである。」 それで、ユダヤ人たちは、「どうしてこの人は自分の肉を我々に食べさせることができるのか」と、互いに激しく議論し始めた。 イエスは言われた。「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。 わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。

[序] 最も大切なもの
1年前の朝日新聞に関西学院大学人間福祉学部でのユニークな死についての授業が紹介されていました。21歳の自分が予期しない重病にかかってしまったと仮定して、どのような思いで死に向かっていくだろうかを、一人ひとりが想像して経験してみるというものです。学生たちはそれぞれ自分にとって「目に見える大切なもの」「大切な活動」「目に見えない大切なもの」と「大切な人」を小さな紙一枚に一つずつ計12枚書きます。

2週間前から胃のあたりが気持悪くなり、病院に行く、食欲が落ち癌ではないかと悩むという状況に我が身を置いて、先ず3枚の紙を選んで捨てます。手術後に更に3枚、季節が変わってまた3枚を破ります。残るは3枚になりました。「今日は恐らく私が日記を書く最後に日になるだろう。いろいろあった私の人生―――」そこで2枚を破ります。

最後に残った大切なものを手にとって、目を閉じます。「さようなら」いよいよ一番大切なものが書かれた紙を破ります。学生たちは擬似体験とは思えないほどの感情を日記に記し、大勢が泣き出すそうです。最後の一枚に書き記された最も大切なもので圧倒的に多いのが「母」でした。

一人の女子学生がこう書いています。「それはただの『母』という一文字が書いてあるだけの紙片なのに、握りしめずにはいられなかったし、なかなか破ることが出来なかった。そして紙を破るだけなのに、頬に涙がつたい、その涙がとても冷たかった」

私たちにとって矢張り「母」は特別な存在なのですね。「父」はかないません。どうして「母の日」の方がはるかに盛大に祝われるのでしょうか。
[1] 憐れみそのものをあらわす母の胎
イエス・キリストの有名な言葉の一つに山上の説教(マタイ福音書5〜7章)があります。その説教は「心の貧しい人は幸いである。天の国はその人のものである」で始まる八つの祝福からスタートしています。その祝福の五番目は「憐れみ深い人々は幸いである。その人たちは憐れみを受ける」です。この「憐れみ深い」という語は、ギリシャ語ではeleos(エレオス), ヘブル語だとrechem(「レヘム」子宮、胎)の複数形rachamim「ラハミーム」という語が使われています。ユダヤ人は憐れみ深い人を「子宮(胎)を幾つも持っている人」と表現したのでした。

その解説はこうです。「私たちの体内にある臓器のうちで、子宮だけが自分の命ではなく、他の人間の命を育てる唯一の臓器だ。私たちは口から食べ物を取り入れ、胃袋で消化し、腸から血液を通して栄養素を体内に送り出す。肺で呼吸し、心臓で血液を体内に循環させる。その他にも沢山の内臓があるが、どれも皆、私の命を保つために働いている。しかし子宮だけは、自分の命ではなく、他の人間の命を育てる臓器なのだ。しかも子宮は命を選り好みしないで受け容れ、抱き育てる」

そうですね。親には「こんな子供を持ちたい」という思いがあります。丈夫な子、素直な子、優しい子、頭の良い子、器量の良い子等々。でも母の胎は命を宿す時に入学試験をしません。将来どんな人になるか全く見当がつかないまま、無条件に受け入れ、10ヶ月間じっと抱き続け、自分の血と肉とそして命までも分け与えるのです。まさに慈悲そのものを表す素晴らしい臓器なのですね。

私たちが母性に惹かれるのは、憐れみそのものの働きをする母の胎内で育てられ、その憐れみを全身で知っているからではないでしょうか。しかし女性が男性に比べて特別に崇高な心を持っていて、子宮をそのように働かせているのではありません。体が自然にそのように働いているのです。神さまが女性の体をそのように創造なさったのです。

[2] 母性の体と心の不一致
菊地寛賞を受賞した桜井よし子の評論「日本の危機」の中で、「母性の喪失」を日本の危機の一つとして取り上げていました。2歳から3歳の子を持つ母親6000人の調査で、子育てはつらいと思うことがある:90%、子供がかわいいとは思えないことがある:80%とあったそうです。子供の虐待件数も年ごとに増加の一途をたどっています。

結婚前に保育士をしていた2歳の男の子の母親の言葉が紹介されています。「子供をぶつならお尻より下と決めていたのに、そのうちに頬や頭をぶつようになった。隣の部屋に逃げる彼を追いかけて叩き、蹴ったこともある。どこまで叩いたら気がすむのか、出口が見えなくなっていた。私自身が子供を少しずつ嫌いになり始めていたのが、怖ろしかった。」

こうして桜井さんは、「母性愛はすべての女性に備わる本能ではない」という説にたって、母性を育てる必要を説いています。そして母性を育てるためには、男性と社会がもっと育児に参加する必要があると説いています。私も自分の仕事第一で、5人の子育ては殆ど妻にまかせ切りでした。その上牧師の秘書役まで押し付けていました。申し訳なかったと思います。 たしかに男性や社会が育児にもっと参加すれば、母親の負担は軽くなり、わが子への愛も育つことでしょう。

しかしたとえそうであったとしても、わが子を愛せないという問題は容易に解決しないのではないでしょうか。何故なら私たちの心の中には、自分とは違う者を拒む思いがあるからです。違いを受け容れ、折り合っていくことがとてもしんどくなって、嫌になってしまう心があるからです。それでたとえわが子でも、自分の思い通りにならなくなると、我慢できなくなるのです。

子供の自己主張は、親とは違う人格になっていく好ましい現象なのに、親には手前勝手、わがままとしかうつりません。四六時中つきまとわれて世話をしなければならない母親にとっては、わが子が自分の自由を束縛し、犠牲を強いる「我慢の種」としか思えなくなるのでしょう。
かといって我が子が自分の分身のようになってしまいますと、親離れ・子離れできず、お互いに自立した人間になりきれません。

女性は我が子を母胎に受け入れ時に、入学試験をしなかったのです。どんな子になるかを知らぬままに受け入れ、10ヶ月間も自分の血と肉と命まで分け与えて育てて、生み出しました。慈悲そのものといわれる母胎の働きで、今この子を我が子として授かっているのです。それなのに自分の体に備わる母胎に相応しい慈悲の心を持てない体と心のバランスの崩れが、母親の課題ではないでしょうか。

[3] 私は命のパンである
死を間近に意識した人には、四つの苦痛が生じると言われています。1)肉体的苦痛:体の痛みや不快感 2)精神的苦痛:愛する人との別れ、やりたいことが出来なくなるストレス、そしてすべてを失うこと 3)社会的苦痛:仕事や職場のこと、家族のこれからの生活のこと等 4)スピリチュアルな苦痛:これは根源的な悩み・苦痛といわれるものです。例えば「自分の人生に意味があったのか?」「何故、今、自分が死ななければならないのか?」「死んだらどうなるのか?」等について答が見つからず苦しむことです。

1)2)3)の苦痛については、医者や家族・友人・ソーシャルワーカー等の助けである程度緩和されるでしょう。しかし4)の苦痛は、本人が自分で納得のいく回答を得て、平安を得るしかありません。私たちはどうでしょうか。死が間近くなった時に襲われるスピリチュアルな苦痛・根源的な悩みに対処できる自分になっているでしょうか。

イエスさまは、成人男子だけでも5000人といわれる大勢の人々を、一人の少年の差し出したお弁当を用いて、満腹させるパンの奇跡をなさいました。人々はこのお方を王に担ぎ出そうと騒ぎ出しました。それに対するイエスさまの答が、「私は命のパンである。私を食べるものは、永遠の命を得る」でした。永遠の命を与えるパンとは、どういうことでしょうか。
大勢の人に食べ物を与える必要が生じました。人里離れた湖畔です。どうしたらよいでしょうか。すると一人の少年が自分の小さな弁当を差し出したのです。弟子のアンデレは「これでは何の役にも立たない」と思いつつも、とにかくイエスさまに渡しました。イエスさまは大変喜んで、感謝の祈りを唱えつつパンをちぎっては与え、ちぎっては与えすると、パンは尽きずに全員が食べ余るほどに増えた奇跡になったのでした。

これは、どんなにわずかでも、とにかくイエスさまに差し出すならば、それを大きな恵みの業に取り込んで用いて下さる奇跡です。今日これだけ科学技術が進歩しているのに、世界では1日に4万人、一年で1300万人以上の人が飢死しています。私たちの分け合う心が弱いからにほかなりません。私たちも自分の小さな力をイエスさまの手に差し出して、神さまの恵みの業として用いていただこうとするならば、世界は変わっていくのではないでしょうか。そしてこんな自分でもお役にたったという、生きる意義と喜びを持てるのではないでしょうか。

誰でもが直面する死がもたらす根源的な問いに、自分なりの納得した答を持ち、今死ぬことを受け容れ、平安に死別して、朽ちない世界へ旅たっていけるか否かは、「私の言葉を命のパンとして食べ、私の言葉に養われて生きた者に信仰の恵みとして与えられるのだよ」との  イエスさまの語りかけを、私は聞きとるのです。女性が抱く体と心のバランスの崩れにしても、イエスさまのみ言葉を信じて養われる時に、自ずと調和のとれた母性愛になっていくのではないでしょうか。

[結] 命のパンを食べて生きる
「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。」
日曜日ごとに礼拝に集い、聖書の説き明かしを聞き、祈り、賛美を捧げます。日ごとに自分で聖書を読み、祈りつつ示される言葉から御心を汲み取ろうとする。そしてみ言葉を行なおうとしてみる。これが「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む」ということでしょう。その時イエスさまと私とが結ばれて一体化していきます。

イエスさまが私の内に生きて下さるのです。私の人生の色々な経験は、神さまに用いられて働いたあのこと、このことだったのです。そう分かると、神さまのお役に少しでもたてた喜びと満足が湧いてきます。先の先まで見通して、すべての人の救いのために進めて行かれる神さまの働きの一端を、担わせていただけた幸せを持てるでしょう。

イエスさまは十字架の上で、「父よ、わたしの霊を御手に委ねます」と言って、死んでいかれました。私たちも「神さま、こんな者をお用い下さって有難うございました。」と感謝しつつ、 手を差し伸べてくださる神さまに我が身を委ねることができるでしょう。

「わたしは命のパンである」とおっしゃるイエスさまを、すべての母が信じて、神さまからの  祝福を豊かにいただいて下さるよう、願ってやみません。  

[聖書] ヨハネによる福音書4章6〜30節
そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。正午ごろのことである。 サマリアの女が水をくみに来た。イエスは、「水を飲ませてください」と言われた。 弟子たちは食べ物を買うために町に行っていた。 すると、サマリアの女は、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と言った。ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである。 イエスは答えて言われた。「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」 女は言った。「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。 あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです。」 イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。 しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」 女は言った。「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」
イエスが、「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」と言われると、 女は答えて、「わたしには夫はいません」と言った。イエスは言われた。「『夫はいません』とは、まさにそのとおりだ。 あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたは、ありのままを言ったわけだ。」 女は言った。「主よ、あなたは預言者だとお見受けします。 わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。」 イエスは言われた。「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。 あなたがたは知らないものを礼拝しているが、わたしたちは知っているものを礼拝している。救いはユダヤ人から来るからだ。 しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。 神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」 女が言った。「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られるとき、わたしたちに一切のことを知らせてくださいます。」 イエスは言われた。「それは、あなたと話をしているこのわたしである。」
ちょうどそのとき、弟子たちが帰って来て、イエスが女の人と話をしておられるのに驚いた。しかし、「何か御用ですか」とか、「何をこの人と話しておられるのですか」と言う者はいなかった。 女は、水がめをそこに置いたまま町に行き、人々に言った。 「さあ、見に来てください。わたしが行ったことをすべて、言い当てた人がいます。もしかしたら、この方がメシアかもしれません。」人々は町を出て、イエスのもとへやって来た。

[序] ユダヤ人とサマリア人の確執の中で
私たちはどうして仲良く暮せないのでしょうか。家族の中でも、争いの悲劇が日常的に起こります。まして人種が違い、宗教、文化が違いますと、仲良く暮すことが、本当に難しいですね。私たちがシンガポールで暮していた時のことです。お隣の国マレーシアの首都クアラルンプールでマレー人とインド人との間に、あわや民族紛争が勃発しかけたことがありました。

同じ長屋で隣同士永年暮してきた片方のインド人の家で結婚式が行なわれ、路地が宴会の会場になりました。ところが隣のマレー人の家で急にお葬式となったのです。しかし結婚の宴会のために、葬式に来た人が路地に入って来れません。両家の間でいさかいが起こり、喧嘩が人々を巻き込んで大きくなってしまいました。そしてマレー人とインド人の大喧嘩が始まったというニュースが町に広まるや、市内のあちこちでマレー人とインド人が喧嘩を始めたのです。政府が警察を総動員して早目に鎮圧して、大事になるのを防ぎました。普段は一緒に暮していながら、何かのことで対立すると、大きな殺し合いになってしまうのです。お互いの心の底のどこかに、この野郎・こん畜生という思いが秘められているのですね。

今日の聖書の箇所は、ユダヤ人のイエスさまとサマリア人の女性との出会いから、イエスさまの福音がサマリア人の間にも広まったお話です。ユダヤ人とサマリア人の間も犬とサルの関係でした。同じ先祖アブラハム、イサク、ヤコブを持ち、またエジプトから一緒に脱出したイスラエル12部族の一員でありながらどうしたことでしょうか。それはソロモン王の死んだ後で紀元前922年に北10部族と南2部族に分裂し、北王国はサマリアを都にし、エルサレムは南 2部族の都になってしまったことに端を発しています。

北王国は紀元前721年にアッシリア帝国に滅ぼされ、サマリアから27000人以上の人々が捕囚として連れ去られ、代わりにバビロンやアラビヤから移住民が送り込まれました。残留した民は結婚によって移住民と混じり合い、彼らが持ち込んだ宗教・文化の影響を強く受けるようになりました。それをイスラエル民族の純粋性を汚したと南のユダヤ人が非難し軽蔑したので、お互いに反撥し合い憎み合って、絶交状態になってしまったのでした。サマリア人はモーセ五書のみを聖書として、 エルサレムに対抗してゲリジム山に神殿を建てて礼拝するようになりました。そこでユダヤ人の多くは、南のユダヤ地方と北のガリラヤ地方との行き来には、中間にあるサマリア領内を通行せず、ヨルダン川の東岸を遠回りしていました。

しかしイエスさまには、サマリア人に対する偏見や差別が全くありませんでした。強盗に襲われたユダヤ人の旅人を救ったサマリア人を、隣人愛のお手本として称えました。重い皮膚病にかかり村から追放されていた10人をお癒しになった時も、その中にサマリヤ人がいました。そして彼だけがイエスさまのもとに戻ってきて、ひれ伏して感謝したのでした。このような人柄のイエスさまが、ヤコブの井戸辺でサマリア人の女性に「水を飲ませてください」と声をおかけになったのでした。

[1] 愛の渇き
「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」
当然のことながら、彼女は驚いて答えました。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。 しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」 禅問答のようですね。

水といえば、私たちの体は、大部分が水で成りたっているそうです。私たちの体は無数の細胞から成りたっていますが、その細胞は温かい体液にどっぷりつかって機能しているのだそうです。体内の水分は、生まれた時は体重の約80%、それが65歳頃になると50%に減少します。そこでギリシャの哲学者アリストテレスは「老化とは乾燥への過程である」という有名な言葉を遺しました。剣道でも高齢者ほど水分の補給を充分にするよう注意されています。

地球の温暖化で水不足が深刻化しています。毎日何キロも歩いて、家庭用の水を汲んでくる婦人や子供たちの姿をTVで見かけます。どこででも水道の蛇口をひねればきれいな水がふんだんに使える私たちの日常生活は、何と恵まれていることでしょうか。シンガポールのようなアジアで一番の近代的都市ですら、日本人の子供たちは水筒を持って幼稚園や小学校に通っています。親は水道の水をそのまま子供には飲ませません。水がその国の文化水準を現す指標の一つなのです。

「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」 
本当にそうですね。水汲みの労苦から解放されたらどんなに助かることでしょうか。「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」「わたしには夫はいません」「『夫はいません』とは、まさにそのとおりだ。 あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたは、ありのままを言ったわけだ。」 初対面の女性に対して、また何と言う言葉でしょうか。しかしイエスさまは単刀直入に語りかけておられます。

時刻は正午ごろでした。多くの人々は夕涼み時になってから水を汲みに家から出て来るのに、この女性は日差しの強い昼さがりに、人目を避けるようにして水を汲みに来ました。5人の夫と別れ、6人目と同棲中という私生活が、皆から白い目で見られて、肩身の狭い思いで毎日を送っていたのではないでしょうか。律法では妻から離婚を申し出ることは禁じられています。全く男性中心の社会の中で、彼女は一体どのような事情で結婚を繰り返したのでしょうか。イエスさまは彼女の心に秘められた深い愛の渇きを見抜いて下さったのです。

「わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」 私を信じて、愛の泉を心に持ちなさい。そしたらあなたはもう決して渇くことがなくなりますよという優しい呼びかけが響いてきます。


(後半へつづく)

(前半からつづき)


[2] 映画「おくりびと」が語りかける心
アメリカでアカデミー賞を受賞した映画「おくりびと」を先日観てきました。主人公は小さい時から父親のすすめでチェロを弾き始めました。その父が女をつくって姿をくらまし、母親の手で育ちます。オーケストラのメンバーにやっとなれたのも束の間、楽団がつぶれて失業してしまいます。妻と二人で故郷に戻って来ました。死んだ母が営んでいた空家の喫茶店で暮らし始めます。食うために就職したのが何と納棺師の助手の仕事。辞めるに辞められないままに、迷いながら色々な家庭の葬儀に立会い、死をめぐる人間模様を学んでいきました。

学校友達からは、もっとまともな仕事につけと軽蔑されます。妻も実家に帰ってしまいますが、子供を胎内に授かったのに気付いて、戻ってきました。わが子が将来いじめに会わないためにも、転職してと訴えます。その時、父の死と遺体を引き取るようにとの電話が舞い込んで来ました。近くの漁村の漁業組合事務所で独り暮しをして、ひっそりと息を引き取ったのです。

「自分と母を捨てたような人の遺体を引き取りになど行くものか」と怒る彼に、納棺師の事務所に働く同僚のおばさんが涙ながらに訴えました。「お願いだから、行ってあげて頂戴」彼女も6歳の我が娘を北海道の帯広に捨てて、男と家出した痛みを持っていたのです。「今さら母だとわが子の前に顔を出せない自分。貴方のお父さんもきっと同じ痛みを抱いて、独り近くの漁村で働いていたのだろう」というのです。

彼の妻も一緒に行くと言ってくれました。彼は遂に店にある最上の棺おけを選んで車に積み込んでかけつけ、妻の前で父の遺体の納棺をしました。父の手の中に、小さな小石がしっかりと握られていました。幼い彼がお父さんに上げた小石です。小石にこめられた父の心を読み取って、彼は父を赦し、和解することが出来ました。そういえば父が大切にしていたレコードとプレーヤーが、喫茶店の店先に大切に保管されてありました。レコードを二人で聴いた時、妻がぽつんと言いました。「お母さんは、お父さんの帰りをずっと待っていたのよね」 

私たちは、大切な絆をほころばせてしまう弱さ・罪深さを、持ち合わせています。そしてそのほころびを、器用に修復することが出来ず、苦しみや悔いを独り抱え込んで生きている人が多いのではないでしょうか。また捨てられた側も、本人の悔いている心を汲み取れぬままに、恨み続けてずっと生きていく人も多いのではないでしょうか。人生の悲しい現実です。

「主よ、渇くことがないように、その水をください。」 とイエスさまに訴えたサマリアのこの女性は、どのような飢え乾きと悲しみを心に抱えて、生きてきたのでしょうか。「おくりびと」の主人公は、周囲の説得で父の納棺をしたので、小石を見つけることが出来ました。彼を説得してくれる優しい人々に囲まれていて本当によかった。彼が納棺師の助手になっていて本当によかった。

私は「おくりびと」を観て、主人公と、父の遺体の手にしっかりと握られていた小石とを結び合わせた天の配剤、神さまの導きに感動しました。またお互いに、心の奥に秘められた愛を思いやること、またその愛を知り合うことの大切さをしみじみと考えさせられた。そして孤独な   サマリアの女性に手を差し伸べて下さるイエスさまの優しさにも、あらためて感動しました。                                   

[3] 自由自在に働く神さま
妻が息子を育て上げ、独りで喫茶店を営んで死んでいった町からほど遠くない漁村に戻ってきて、独り黙々と働き、わが子がくれた白い小石をしっかり握り締めて、ひっそりと死んでいった男。「お父さん、貴方の僕たちへの愛は変らなかったのだね。分かったよ。帰ってきて一緒に暮そうよ」 お互いに生きている間に、こんな呼びかけが通じ合えたらどんなによかったことでしょうか。私たちはそのような心の絆を、何としても持ちたいものですね。

それには相手を赦す心、受け容れる心、和解する心が必要です。相手をどこまでも信じ続けることが必要です。神さまはその愛を下さるために、イエスさまとなって私たちの所に来て下さいました。「父よ、彼らをお赦しください」と祈りつつ、十字架で死んで下さったイエスさまに込められた愛をいただく時に、私たちのほころんでしまった愛の絆は、修復されるのです。

このヤコブの井戸辺での出会いの前の3章では、イエスさまがニコデモにこう語っておられます。「風は思いのままに吹く。霊から生まれた者も皆そのとおりである」(3:8) これは神さまの働きの自由自在さをおっしゃった言葉です。神さまは絶対的な愛の真理をもって、私たちの心に自由自在に働いてくださるお方だというのです。

ユダヤ人でなければダメだとか、礼拝の場所はエルサレムだ、いやゲリジム山だとか、汚れた者は清めの儀式をちゃんとしなければダメだとか、あんな奴は赦せない、こんな罪は赦してもらえない等々、私たちは様々な思い込みに捉えられています。しかし真の神さまはそれらの思い込みを皆吹き飛ばして、自由自在に私たちの礼拝を受け容れ、祈りを聞き、応えてくださるお方なのです。

もしこの神さまを信じて祈るならば、「おくりびと」の父と息子を結びつけて下さったように、弱さ故に迷い出てしまった失敗を、後になって深く悔いている者の心を、そのことで傷つけられた者の心に、必ず届けてくださるに違いありません。恨みや怒りや誤解を溶かし、赦して受け容れる和解を創り出して下さるに違いありません。イエスさまはこの女性にも「私の愛を信じなさい。そうすれば、貴方の愛の渇きは癒されるのだよ。この恵みを頂く礼拝をするようにと、私は貴方のところに来たのだよ」と、語りかけて下さったのだと思います。

彼女は水がめをそこに置いたまま、町に戻って行きました。そして隣り近所の一軒一軒を訪ねて告げて回りました。「さあ、見に来てください。わたしが行ったことをすべて、言い当てた人がいます。もしかしたら、この方がメシアかもしれません。」 このお方は、私のすべてをご存知の神さまがお遣わしになったメシア(救い主)ではないかと言うのです。神さまは自分のすべてをご存知のお方だとは、また何と素晴らしい言葉でしょうか。

年をとって来ますと、やはりこの先がどうなるのか不安になるものです。いや老人でなくても、将来に対する様々な不安を、皆さんもお持ちでしょう。でも私のすべてをご存知の神さまは、どんな人をも命にかけて愛して下さっているお方なのです。神さまに信頼を寄せることで、 不安から自由にされるのです。

[結] 生き生きと
「さあ、見に来てください。わたしが行ったことをすべて、言い当てた人がいます」人々が彼女の呼びかけを聞いて、イエスさまのもとに集まってきました。人を避けていた人の、何と言う変り方でしょうか。明るく生き生きしています。自由にされたのです。まさに心の中に、命の泉が湧き出したのです。イエスさまにつながる限り、もう愛の渇きにあえぐことはなくなるでしょう。

毎日の飲み水を得て生きていくために、人はどれ程の労苦を費やして生涯を送るのでしょうか。私たちはまた、愛し合って生きる人間として創られました。私たちを人として生きる者にする愛。私たちの心も愛の体液をたっぷり必要としているのです。

イエスさまを信じて神さまとしっかり結びつき、愛を絶えず補給して、生きていきたいものです。人を信じ、愛していく命の水が、汲めども尽きない泉となって、いつも我が心を潤す私となって、生きていきたいものです。

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