日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

礼拝説教2009年

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[聖書]使徒言行録15章1〜21節
ある人々がユダヤから下って来て、「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」と兄弟たちに教えていた。 それで、パウロやバルナバとその人たちとの間に、激しい意見の対立と論争が生じた。この件について使徒や長老たちと協議するために、パウロとバルナバ、そのほか数名の者がエルサレムへ上ることに決まった。 さて、一行は教会の人々から送り出されて、フェニキアとサマリア地方を通り、道すがら、兄弟たちに異邦人が改宗した次第を詳しく伝え、皆を大いに喜ばせた。 エルサレムに到着すると、彼らは教会の人々、使徒たち、長老たちに歓迎され、神が自分たちと共にいて行われたことを、ことごとく報告した。 ところが、ファリサイ派から信者になった人が数名立って、「異邦人にも割礼を受けさせて、モーセの律法を守るように命じるべきだ」と言った。 そこで、使徒たちと長老たちは、この問題について協議するために集まった。 議論を重ねた後、ペトロが立って彼らに言った。「兄弟たち、ご存じのとおり、ずっと以前に、神はあなたがたの間でわたしをお選びになりました。それは、異邦人が、わたしの口から福音の言葉を聞いて信じるようになるためです。 人の心をお見通しになる神は、わたしたちに与えてくださったように異邦人にも聖霊を与えて、彼らをも受け入れられたことを証明なさったのです。また、彼らの心を信仰によって清め、わたしたちと彼らとの間に何の差別をもなさいませんでした。 それなのに、なぜ今あなたがたは、先祖もわたしたちも負いきれなかった軛を、あの弟子たちの首に懸けて、神を試みようとするのですか。 わたしたちは、主イエスの恵みによって救われると信じているのですが、これは、彼ら異邦人も同じことです。」 すると全会衆は静かになり、バルナバとパウロが、自分たちを通して神が異邦人の間で行われた、あらゆるしるしと不思議な業について話すのを聞いていた。 二人が話を終えると、ヤコブが答えた。「兄弟たち、聞いてください。 神が初めに心を配られ、異邦人の中から御自分の名を信じる民を選び出そうとなさった次第については、シメオンが話してくれました。 預言者たちの言ったことも、これと一致しています。次のように書いてあるとおりです。 『「その後、わたしは戻って来て、/倒れたダビデの幕屋を建て直す。その破壊された所を建て直して、/元どおりにする。それは、人々のうちの残った者や、/わたしの名で呼ばれる異邦人が皆、/主を求めるようになるためだ。」昔から知らされていたことを行う主は、/こう言われる。』 それで、わたしはこう判断します。神に立ち帰る異邦人を悩ませてはなりません。 ただ、偶像に供えて汚れた肉と、みだらな行いと、絞め殺した動物の肉と、血とを避けるようにと、手紙を書くべきです。 モーセの律法は、昔からどの町にも告げ知らせる人がいて、安息日ごとに会堂で読まれているからです。」

[序]飽食の罪深さ
先週は14日(土)と16日(月)の佐々木和之さんの講演を聞きに仙台に行き、15日(日)の礼拝は大富教会で守りました。川越は淋しい礼拝だったようで申し訳ありませんでした。今後なるべく日曜日を明けないように心掛けます。14日の講演は国連の世界食糧デー仙台大会での講演でした。国連では毎年10月16日を世界食糧デーとしています。シンガポールにいた時は、その前後の日曜礼拝で飢餓に苦しむ世界の現状を覚えて献金を献げていました。またクリスマス礼拝の献金はアフガンで医療診療所と農業用の井戸掘りや潅水路をひいて農業の復興に当っているペシャワール会へ献げました。川越教会も世界伝道献金の他にこの様な献金にも多くを献げるようになりたいものですね。

国連の発表によりますと、今飢えに苦しんでいる人々が世界に10億2000万人、昨年より1億人以上も増え、これまでより最悪の状態だそうです。総人口68億の15%に当たります。そして1分間に17人、年間で9000万人近い人々が飢えが原因で死んでいるそうです。「飢える」とは来る日も来る日も十分に食べられずに何ヶ月も過す状態を言います。私たちが「おなかが空いた」と言うのとは違うのです。

では食糧の生産が不足しているのでしょうか。いいえ、違います。穀物の生産は23億トンもあり、世界総人口が必要とする量の倍近くあるのです。ところがその穀物の40%が世界人口の20%しかない日本も含む先進工業国に集まり、残りの60%を80%の人々が食べているのだそうです。日本は食糧の60%を輸入に頼る世界一の農産物輸入国(5620万トン)です。一方日本で捨てられる食品は一年に2300万トン、輸入した量の約40%、捨てられる食品の半分は家庭で捨てられているのだそうです。私たちは余分に買い過ぎないように、また食べ物を捨てないようにしなければなりません。

新聞や雑誌に旅館やホテルの広告が出ていますが、豪華な食事の競い合いです。とても食べ切れる物ではありません。勿体ないなーとつくづく思います。旅には山海の珍味の贅沢が欠かせないのでしょうか。飢えで死ぬ大勢の人々を思う時、飽食の罪深さを覚えます。週に一回は自動販売機の飲み物を募金箱に入れようと呼びかけられていました。

[1]エルサレムの使徒会議
今日の聖書はエルサレム教会で開かれた使徒会議の場面です。紀元48年か49年のことです。使徒言行録28章はここで前半が終わる歴史の転換点になった会議でした。

7章に記されているステファノの殉教の死をきっかけに、目覚しい成長を遂げるエルサレムの教会に対する大迫害が起り、使徒たちを除く信者の多くが地方に散らされました。迫害の先頭に立って暴れ回ったのが青年サウロ、後のパウロです。彼はシリヤのダマスコにまで乗り込んで、クリスチャン狩りをしようとして、その途中で復活の主に出会い、劇的な回心をしました。彼はバルナバの導きを得て、アンティオキアに誕生した初の外人教会で働きます。そしてそこから世界伝道に派遣されました。教会から祈りをもって送り出された世界伝道の始まりです。13〜14章が第一次世界伝道旅行の記事で、彼らの小アジア地方各地での目覚しい働きの一端は、先週学びました。

神さまが小アジア地方に散らされたユダヤ人ばかりでなく、大勢の外国人をも救ってくださった報告を聞いて、エルサレム教会から信者たちがアンティオキアに下って来ました。そして「外国人改宗者も我々と同じ様に割礼を受けるべきだ」と主張したので、割礼をめぐって激しい論争と対立が教会に生じました。そこでパウロとバルナバは使徒・長老たちと協議するために、エルサレムに上り、使徒会議が開かれたのです。

律法を守ることに熱心なファリサイ派から信者になった人が数名立って、「異邦人にも割礼を受けさせて、モーセの律法を守るように命じるべきだ」と主張しました。議論を重ねた後に、ペトロがカイサリアでローマ軍の隊長の家に集まる外国人に伝道した自分の伝道体験(10章)を改めて述べました。ためらう自分が神さまの霊に押されてコルネリウスの家に行き福音を語ると、彼ら外国人にも我々ユダヤ人と同じに聖霊が下ったのです。そこで彼らはイエス・キリストを救い主と告白してバプテスマを受けました。

神さまはユダヤ人と外国人を差別なさらない。「主イエスの恵みによって誰でもが等しく救われる」これが我々の福音信仰だとペトロは述べたのです。全会衆は静かになり、バルナバとパウロが語る異邦人の間で神さまが行なわれた不思議な業の数々に、耳を傾けたのでした。

ここで長老ヤコブが結論を出しました。ユダヤ人と外国人が一緒に食卓を囲めるように、我々ユダヤ人が避けている絞め殺した動物の肉と血を避けることと、不品行を行なわないという約束の下に、外国人信者を割礼なしで受け容れる合意が成立したのでした。

昔イスラエル民族の祖アブラハムに神さまが「あなたを諸国民の父とし、わたしはあなたの子孫の神となる」(創世記17章)と契約を結んでくださいました。その契約のしるしとして、男子はすべてその性器の先端の包皮を切り取る割礼を受けることが定められたのでした。以来ユダヤ人は神の民であるしるしとして、割礼を大事にして来ました。

しかし「割礼を受けよ」すなわち「律法を守れ」と言うことになれば、ユダヤ教と同じになってしまいます。一体律法を守ることで私たちは救われるのでしょうか。律法を完全に守れないから、イエス・キリストが私たちの罪の裁きを我が身に引き受けて、十字架で死んで下さったのです。神さまは割礼の有る無しに拘わらずイエス・キリストの恵みによって救われる福音を与えて下さいました。私たちはイエス・キリストの恵みをただ感謝して受けることで救われる信仰に立つ者となったのです。

律法を守るということは救いの条件では無くなったのです。ですから割礼も最早必要では無くなったのです。割礼を受けていない外国人だという差別は取り除かれたのです。律法は外国人の家を訪問することを禁じています。しかし神さまはペトロをコルネリウスの家にお導きになりました。神さまはユダヤ人と異邦人との間に何の差別もなさらなかった。これはペトロが身をもって体験した証でした。

こうして十字架の福音が、人種の違いから生じる偏見と差別を乗越え、世界中の人々を一つにしていく救いであるあることが、確認されたのでした。そうしてペトロは使徒の筆頭として素晴らしい役割を果たして、使徒言行録から姿を消していきました。 


(後半へつづく)

(前半からのつづき)


[2]人種・宗教の違いを克服する困難さ
佐々木和之さんは今年44歳。鹿児島大学農学部を卒業後、23歳で国際飢餓対策機構に加わり、エチオピアの農村自立支援活動に8年間従事しました。そしてすぐ近くの国ルワンダを訪問して、80万人大虐殺後の国内で、加害者と被害者がどのように共存するかという大変な課題を見せ付けられました。そこで飢餓対策機構を退職して英国に渡り、ブラッドフォード大学で暴力紛争後の平和構築について学びました。そして2005年から日本バプテスト連盟の国際ミッションボランティアとしてルワンダのNGO「REACH」の職員になり、和解と平和のプログラムに当っています。最近の働きの一端は憩いのみぎわ15号に紹介してあります。お読み下さい。

ルワンダは千の丘の国といわれる緑豊かな四国の1.4倍ほどの農業国です。人口840万人の85%がフツ族で15%がツチ族ですが、言葉も共通し、同じキリスト教徒です。両部族が交じり合って暮していました。ベルギーの植民地時代はツチ族が政権を握っていました。1992年に独立して共和制国家になると多数派のフツ族が政権を握り、政権を強化するためにツチ族を弾圧排除し始めました。そして1994年大統領の事故死をきっかけに、ツチの陰謀だとして大虐殺が始まったのでした。100日間で80万人のツチ族と穏和なフツ族が殺されました。身分証明書にツチと記されているというただそれだけで、その場で叩き殺さたのです。

人間の中身は同じで、ただ部族名が違うという唯それだけで殺されてしまうとは何と恐ろしいことでしょうか。人種差別・偏見は誰の心にも根付いている悪です。私たちが10年暮したシンガポールでもそうでした。シンガポールは人口約400万人、淡路島ほどの小さな都市国家です。中国人76%、マレー人14%、インド人7%、その他3%の他民族複合国家です。公用語は英語・中国語・マレー語、タミール語(印度語)です。
言葉も宗教も風俗習慣も気質も違う人種が、違いを超えて一致団結して、日本に次ぐ高い経済水準の豊かな国を作り上げています。

ところが2001年アメリカで9・11のテロ事件が起きました。程なくシンガポールでも JIというイスラム過激派の爆破計画が発覚してグループが逮捕されました。すると英字新聞に4コマの漫画が掲載されました。団地のエレベーターに先に乗っていた中国人のおばあさんが、後からマレー人が乗り込んで来たので気味が悪いといってエレベーターから降りて、階段をフーフーいいながら歩いて上り始めた漫画です。

イスラム教徒に対する嫌悪感と恐怖が、中国人の間に拡がり始めたのでした。政府はすべての大臣を先頭に立てて、中国人よ、マレー人とよく交わろう、食事を共にしよう、モスクに行ってイスラム教を学んでみようという大キャンペーンを始めました。そこで私たち日本語教会もイスラム教の導師を招いて学習会を日曜礼拝の前にしようと計画しました。そして礼拝のためにホールを借りているKayPohRd教会の牧師に了解を求めたところ、「とんでもない。イスラム教徒を教会内に入れたと分かったら大問題になるから絶対にしないで欲しい」と断られました。

毎年12月25日の夕方に、町の中心部にあるイギリス国教会の大聖堂を借りて日本人向けのクリスマス特別礼拝をさせてもらっていました。そこで2001年のクリスマス礼拝では、最初の15分間イスラム教の一番の先生に平和に向けての所信表明と祈りをしていただいてから、自分たちの平和礼拝をしたいと考えました。そしてその教会の牧師に相談したら「そんなことをしたら今後一切貸せなくなる」と言われました。

シンガポール政府は人種・宗教の違いをお互いに理解し合って One People,One Nation の旗を振っています。ところが一般民衆の心の底には、そして教会にも、  マレー人とイスラム教に対する偏見・差別があったのです。私は人種・宗教の違いを克服することの困難さを改めて自覚させられました。 

[結]福音信仰に固く立つ
この使徒会議から4〜5年後に書かれたガラテヤの教会への手紙2章にパウロはこう書いています。「さて、ケファ(ペトロ)がアンティオキアに来たとき、非難すべきところがあったので、わたしは面と向かって反対しました。なぜなら、ケファは、ヤコブのもとからある人々が来るまでは、異邦人と一緒に食事をしていたのに、彼らがやって来ると、割礼を受けている者たちを恐れてしり込みし、身を引こうとしだしたからです。」

皆さん、この言葉をどう理解しますか。使徒の筆頭のペトロが新参者のパウロから会衆の面前で「福音の真理にのっとってまっすぐに歩いていない」と痛烈に批判されているのです。イエス・キリストの十字架の恵みによってのみ救われるという福音には、ユダヤ人・異邦人の差別は全くありません。神さまはどんな人間でも分け隔てなく、受け入れて救いに与らせて下さるのです。ペトロはその事実を身をもって体験しました。そしてあの大事な使徒会議の席上で、皆を導く貴重な発言をしました。ところがその福音信仰に固く立つことが出来ず、揺らいでいるのです。ペトロにしてこの有様でした。

そして若いパウロからその揺らぎを痛烈に批判されました。ここが教会の素晴らしさですね。この世では、トップに対するこの様な発言は許されません。発言者はたちどころにクビか左遷されるでしょう。皆さん、私は牧師生活48年になろうとしています。ペトロより遥かに劣る土の器です。ペトロ以上に福音の真理を踏み外すことがあるに違いありません。どうか遠慮なく批判してください。

偏見・差別は私たちの心に根深いものであることをよくよく自覚いたしましょう。そしてどんな者をも差別なく受け容れてくださる十字架の恵みによって救われる福音に固く立って、偏見・差別を克服して参りましょう。福音こそ世界中の人々を分け隔てせずに一つにしていく救いなのですから。

[聖書]マルコによる福音書10章13〜16節
イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。 しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。 はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」 そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された

[序]心も体も健やかに
日本では、男の子は3歳と5歳、女の子は3歳と7歳の11月15日に、成長を祝って神社やお寺に参詣する七五三の風習があります。11月は収穫を終えて実りを感謝する月、15日は、鬼宿日と言って鬼が出てこない日なので、11月15日に収穫感謝と子供の成長の感謝とこれからの加護を祈るようになったのだそうです。

昔は医療が貧しく幼い子供の死亡率が高かったので、3歳まで成長することも容易ではありませんでした。「ああ、3歳になれた。何と有難いことだろう」とお祝いしました。更に「5歳・7歳になった、これでひと安心」と喜び祝ったのでした。幼児の健やかな成長は、家族の何よりの願いです。でも体だけでなく、心の健やかさも大切です。次のようなフランスの実話を聞きました。

或る画家が天使の絵のモデルを探していました。「あの家に行って御覧なさい。天使のような子が居ますよ」本当にそうでした。汚れを知らぬつぶらな瞳、可愛い笑顔、紅葉のような手。彼は夢中になって天使の絵を仕上げました。大評判になりました。

月日が経ち画家も老いました。人生の様々な経験から悪魔の誘惑の恐ろしさを味わった彼は、悪魔の絵を画き残そうと思い立ちました。刑務所に通い一番凶悪な囚人を  モデルにしました。この絵も大評判になりました。すると彼が若い時に画いた天使とどこか似ていると言う人が出てきました。調べてみるとあの天使のモデルの成れの果てだったそうです。どこでどう人生が狂ってしまったのでしょうか。恐ろしい話です。

子供の可愛らしさは、小さな弱い者を守るために神さまが与えて下さった保護色です。大きくなるにつれて失せて行きます。保護色に代って、年令とともに輝きを増していく内面の美しさこそを身に着けていかなければならないのではないでしょうか。

[1]天国とは
イエスさまは、子供たちを連れて集まって来た親たちを、叱って追い払おうとした弟子たちを見て、非常に憤慨しておっしゃいました。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。」 憤るという動詞は福音書ではこの箇所でしか使われていません。イエスさまのこの時の怒りが特別だったのです。弟子たちは、どうして子供たちを追い払ったのでしょうか。

イエスさまは、十字架の死を目指してエルサレムの都に向って進んで居られました。弟子たちは8章と9章でイエスさまからその死について予告されていたのですが、その意味がよくわかりませんでした。しかしイエスさまからは、ただならぬ決意の気配が伝わって来ます。「大変な事態が起ろうとしている」ことを感じとりました。ですからイエスさまを煩わせまいとして、「子供たちは邪魔だ。あっちに行った、行った」と追い払ったのでしょう。私たちでも、よくしてしまう行動です。

しかしイエスさまは、十字架の死を目前にするからこそ、大人の都合でつい邪魔者扱いをされてしまう子供たちを大事にすること、また神の国に入る心構えを弟子たちに しっかりと教えておきたかったのでした。

「神の国はこのような者たちのものである。 はっきり言っておく。子供のように神の国を  受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」 子供たちが大人よりも罪穢れのない清い者だから、天国に入れると言われているのではありません。子供の心に既に罪の根はあるのです。イエスさまが見ておられる子供の良さは、何も出来ないこと、良い物・良い業績を差し出すことが出来ない点でした。

大人は少しでも自分をよく見せよう・他人から良い評価を得ようと頑張ります。そして崩れていきます。子供は何も出来ない自分を、それでも良いといって抱いてくれる人の手に自分を委ねます。手を引かれて付いて行くのです。天国に入るにはそれで良いのだ、否、そうでなければ入れないと、イエスさまは弟子たちに強くおっしゃったのでした。

そうです。能力のある者、優れた者が良い地位を占め、無力で弱い者は、みじめな思いをしているのが、この世です。その様な世界は天国ではありません。強かろうと弱かろうと、一人一人が在るがままの自分で大事にされ、皆が平等で差別がない国こそ、天国ではないでしょうか。何も出来ない者、小さくて弱い者がそのままで迎えられてこそ、天国なのです。大人はこの大切な天国の真理を、幼な子から学ばなければならないのです。

[2]いと小さな者に対する限りない愛
イエスさまは子供たち一人一人を抱き上げて、手を置いて祝福して下さいました。このお姿に何も出来ないいと小さな者に対する、限りない愛が現れています。無力な者を無条件で受け容れて豊かな祝福を注ぐ愛が現れています。もしも私たち大人が、我が身をその様な神さまの愛の手に委ねるならば、私たちの心にも、小さな者・弱い者への惜しみない愛が与えられるのではないでしょうか。

小説家三浦綾子は、1963年朝日新聞が募集した1000万円の懸賞小説に応募して入選した「氷点」で、一躍小説家になりました。それまでは寒い北海道旭川で小さな雑貨屋を営んでいる主婦でした。クリスマスには毎年近所の子供たちを我が家に招いて楽しい集まりをしていました。懸賞小説の締切り日12月31日が迫ってきたクリスマス、原稿は未だ出来上がっていません。それに原稿は二部必要なのです。今のようにコピー機などありません。悪いことには風邪をひき38度も熱が出てきました。

子供クリスマスのためには、プレゼントを買い、お菓子も人数分袋に詰めなければなりません。サンタクロースの衣装を教会に借りに行かなければなりません。部屋の飾りつけもあります。丸二日は完全につぶれます。不可能に思えました。「ねえ光世さん。子供クリスマスを正月に延期しましょう。小説が間に合いません」

夫の光世さんが言下に答えたそうです。「神の喜びたもう事をして落ちてしまう小説なら、書かなくてもよい」何よりも小さな者への祝福を大切にする心を、光世さんは  イエスさまから受け取って居たのでした。こうして子供クリスマスをやり遂げ、締切りぎりぎりに間に合った「氷点」を、神さまは入選させて、お用いになったのでした。

[結]幼な子をイエスさまのもとに
親は食事に気を配ります。子供の好き勝手にさせません。悪い友達と付き合って悪に染まらぬように注意します。子供の好き勝手にさせません。勉強だって同じでしょう。
としますと、真実の愛を育てていくために、神さまの真実の愛に出来る限り触れさせることが、とても大事ではないでしょうか。

札幌教会でもシンガポールでも、子供も大人も皆一緒に礼拝を守りました。子供たちは礼拝を苦にしませんでした。時々いたずらしながらも、説教をちゃんと聞いて、心に受けとめます。そして感動し、その時々に決心を新にしていました。小学4年生のやんちゃ坊主がこんな感想文を書いていました。

「そうがくが始まると、僕の心はしずまります。さんびかがはじまると、きれいな声で歌いたくなります。とくに説教は、神様・イエスさまのすばらしさにかんどうします。聖書がおもしろくなってきました。おいのりは、とても心がしずまります。」
大人たちが大切にして、真剣に守っている礼拝を良さを、子供たちもちゃんと受けとめることが出来るのですね。

詩人八木重吉は、こう歌っています。
「さて あかんぼうは なぜに あんあん あんあん なくんだろう ほんとうにうるせいよ あんあん あんあん あんあん あんあん うるさかないよ うるさかないよ よんでるんだよ かみさまをよんでるんだよ みんなもよびな あんなにしつっこく よびな」

幼児もお祈りが大好きです。神さまを心から信じてお祈りしています。ところが単純に祈れなくなった大人たちが、子供たちの単純な祈り心をおしとどめて、つぶしていないでしょうか。イエスさまは「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。」 とおっしゃっています。一人一人を抱き上げて、手を置いて、祝福しようと招いて居られます。

このイエスさまのもとに、親たちが我が子を連れて来ました。自分では来れない我が子を祝福してくださるようにと連れて来ました。今日、私たちの礼拝で、幼な子に手を置いて祝福のお祈りが出来て、嬉しいですね。幼な子たちすべての上に、神さまの祝福が豊かに在りますよう、心から願います。

[聖書]使徒言行録4章32節〜5章11節
信じた人々の群れは心も思いも一つにし、一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく、すべてを共有していた。 使徒たちは、大いなる力をもって主イエスの復活を証しし、皆、人々から非常に好意を持たれていた。 信者の中には、一人も貧しい人がいなかった。土地や家を持っている人が皆、それを売っては代金を持ち寄り、 使徒たちの足もとに置き、その金は必要に応じて、おのおのに分配されたからである。 たとえば、レビ族の人で、使徒たちからバルナバ――「慰めの子」という意味――と呼ばれていた、キプロス島生まれのヨセフも、持っていた畑を売り、その代金を持って来て使徒たちの足もとに置いた。
ところが、アナニアという男は、妻のサフィラと相談して土地を売り、 妻も承知のうえで、代金をごまかし、その一部を持って来て使徒たちの足もとに置いた。すると、ペトロは言った。「アナニア、なぜ、あなたはサタンに心を奪われ、聖霊を欺いて、土地の代金をごまかしたのか。 売らないでおけば、あなたのものだったし、また、売っても、その代金は自分の思いどおりになったのではないか。どうして、こんなことをする気になったのか。あなたは人間を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」 この言葉を聞くと、アナニアは倒れて息が絶えた。そのことを耳にした人々は皆、非常に恐れた。 若者たちが立ち上がって死体を包み、運び出して葬った。 それから三時間ほどたって、アナニアの妻がこの出来事を知らずに入って来た。 ペトロは彼女に話しかけた。「あなたたちは、あの土地をこれこれの値段で売ったのか。言いなさい。」彼女は、「はい、その値段です」と言った。 ペトロは言った。「二人で示し合わせて、主の霊を試すとは、何としたことか。見なさい。あなたの夫を葬りに行った人たちが、もう入り口まで来ている。今度はあなたを担ぎ出すだろう。」 すると、彼女はたちまちペトロの足もとに倒れ、息が絶えた。青年たちは入って来て、彼女の死んでいるのを見ると、運び出し、夫のそばに葬った。 教会全体とこれを聞いた人は皆、非常に恐れた。

[序]初代教会の特色
10月に入り、使徒言行録を学び始めました。主イエスさまが天に戻って行かれてから10日後の五旬祭の日の朝です。心を合わせて祈っていた弟子たちに、約束の聖霊が天から激しく降りました。弟子たちは力強く堂々と説教し始めました。「あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです」心を打たれた人たちは、弟子たちの勧めにしたがって、悔い改めてバプテスマを受け、弟子たちの仲間入りをし始めました。ペトロの説教で3000人ほどが仲間に加わったとあります。キリスト教会の誕生です。

信者たちは毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を讃美したので、民衆全体から好意を寄せられ、救われる人が日々に加えられていきました。素晴らしいですね。この初代教会には、もう一つ特色がありました。それが今日の聖書です。
「信じた人々の群れは心も思いも一つにし、一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく、すべてを共有していた。」 「 信者の中には、一人も貧しい人がいなかった。土地や家を持っている人が皆、それを売っては代金を持ち寄り、 使徒たちの足もとに置き、その金は必要に応じて、おのおのに分配されたからである」(4:32、34〜35) 教会員が皆、自分の財産を教会の共有物だと考え、必要に応じて処分して分配し合ったので、一人も貧しい人がいなかったというのです。

貧しい人が一人もいない社会、そのために持ち物・財産を共有し、皆が仲良く暮していく社会――これは人類の理想ではないでしょうか。教会は発足当初にして、その理想を実現したのでした。ところがこの財産共有という理想が、教会からほどなく消えてしまいました。どうしたことでしょうか。教会という信仰共同体では、何を一番大事にされるべきか、それが今日の学びです。

[1]女性たちが支えた共同体
ヨルダン川でヨハネからバプテスマを受けて、救い主キリストとしての公の生涯を歩み始められたイエスさまは、ペトロはじめ12人を弟子となさり、寝食を共にして、親しく教育訓練なさいました。イエスさまに召し出された弟子たちは、職業や親・財産を捨ててイエスさまに従いました。ルカ福音書8章1〜3節をご覧下さい。

「すぐその後、イエスは神の国を宣べ伝え、その福音を告げ知らせながら、町や村を巡って旅を続けられた。十二人も一緒だった。 悪霊を追い出して病気をいやしていただいた何人かの婦人たち、すなわち、七つの悪霊を追い出していただいたマグダラの女と呼ばれるマリア、 ヘロデの家令クザの妻ヨハナ、それにスサンナ、そのほか多くの婦人たちも一緒であった。彼女たちは、自分の持ち物を出し合って、一行に奉仕していた。」

神の国を宣べ伝えながら弟子たちを訓練していかれたそのイエスさまと12人の弟子たちの日常生活は、イエスさまから病気を癒されて新しい生き甲斐を見出した女性たちが、自分の持ち物を出し合って支えたのでした。五旬祭の朝、弟子たちが約束の聖霊を豊かに受けた会場は、120人が集まって祈ることの出来た広い家です。持ち主はマルコ  福音書を書いたヨハネ・マルコの母マリアだと言われています。このように女性たちが中心になって、持ち物を出し合って日常生活と伝道活動を支えるという信仰が、弟子たちの群れにはごく自然に出来上がっていたことが分かります。

ですから、新しく仲間入りした人たちも、その信仰をごく自然に受け継いで、土地や家を売って代金を持ち寄り、使徒たちの足元に置き、必要に応じて分配されていく教会を形成していったのでしょう。ここにバルナバの例が紹介されていますが、彼は後に、タルソに埋もれていたパウロをアンティオキア教会に引き出して、一緒に世界伝道に出かけた人物です。その時バルナバは従兄弟のマルコを同行させます。伯母のマリアから、マルコの信仰訓練を頼まれていたからでしょう。しかし伝道旅行の途中でマルコは母の家に逃げ帰ってしまいました。そこで第二次伝道旅行では、マルコを再度連れて行くかどうかで、パウロとバルナバが対立し、二人は分かれてしまいました。

使徒言行録の著者ルカは、パウロの主治医として第二次世界伝道から参加しますが、先輩のバルナバに対して特別な思い入れがあってので、初代エルサレム教会を支えたうるわしい献金者の一人として、紹介しておきたかったのでしょう。

[2]神を欺いた献金
しかしこの様なうるわしい財産の共有が、どうして教会から消えていったのでしょうか。そのきっかけがアナニアとサフィラ夫婦の事件です。彼らも自分たちの土地を売って、その一部を教会に献金しました。しかし彼らの行動には重大な罪があったので、ペトロから厳しく咎められました。

「あなたは人間を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」 アナニアはその言葉を聞くと、ショックのあまりその場に倒れて息が絶えてしまいました。三時間後に妻のサフィラが教会にやって来ました。ペトロは彼女にも質問しました。「あなたたちはあの土地をこれこれの値段で売ったのか」「ハイ、その値段です」 ペトロは彼女をも厳しく咎めました。「二人で示し合わせて主の霊を試すとは何としたことか」 彼女も倒れて息が絶えてしまいました。

二人は恐らく売った代金の一部を自分の手許に残しておきながら、あたかも全額を献げたかのように体裁を取り繕ったのでしょう。もしかしたら私でも、軽率にやったかも知れません。土地の代金ですから、一部分であったとしても多額の献金だったことは間違いありません。ペトロを始め教会の皆から感謝され、褒められても良かったのではないでしょうか。どうして命を失うほどの罪を犯したことになったのでしょうか。

イエスさまは或る時、神殿の賽銭箱に人々が献金を入れている様子を見ておられました。そして金持ちが沢山のお金を入れているよりも、貧しい未亡人の銅貨二枚の方を高く評価なさいました。「この貧しいやもめは、誰よりも沢山入れた。なぜなら貧しい中から、自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからである」(マルコ12:41〜44)

アナニアとサフィラ夫婦は、皆が沢山献金しているのに自分たちが余りしていないことで、肩身が狭くなってきて、自分たちも土地を売ることにしたのでしょう。しかし全部を献げることが出来ませんでした。全部を献げた人が皆から称賛されています。 そこで「これは代金の一部ですが」と正直に言う代わりに、「売った金の全部です」と言って献金しようと、二人で話し合ったのでした。

一部を全部だと言うのは、不正直で偽りです。でもせっかく多額の献金をするからには、皆から大いに評価され、自分たちも大きな顔をしたいと思ったのでしょう。しかしその思いが、神の教会を破壊する罪であって、決して小さな罪ではなかったのです。

ペトロはアナニアにこう言いました。「(土地を)売らないでおけば、あなたの物だったし、また売ったとしても、その代金は自分の思い通りに使ってよいのではないか」自分の財産をどう使うかについてアナニアは完全な自由を持っていたと、ペトロは認めているのです。教会員の財産を献げる規則や誓約など教会には、全く無いのです。

しかしどんなに自発的な献金であっても、一旦神さまに献げられた献金は、その瞬間から、神さまの物となり、もはや私たちの物ではなくなるのです。そして献げ物は、神さまのご意志に従って用いられるものなのです。自分の金と献金とのこの違いを、私たちははっきりと自覚していなければなりません。献金を利用して自分の名誉を謀り、見栄を飾ろうとするならば、神さまのお金を自分の金として使うことになるのです。


(後半へつづく)

(前半からのつづき)


[3]教会が負担になる心
献金は、会費や税金とは全く違います。会費を人よりも沢山払う人は特別会員として、その会のなかでは特別待遇を受けます。税金も、多額納税者は、国から褒章を授与されるという名誉を受けます。もしも多額な献金者が、教会の中で同じ様な優遇を受け、大きな顔をするようになったら、教会は他の会や国と同じになり、教会ではなくなっていく―――これは教会破壊です。

サタン(悪魔)とは、神の救いの御業を破壊しようとする力を言います。ペトロがアナ二アに「あなたはサタンに心を奪われた」と厳しく言ったのは、このことなのでした。

献金は自分の意志で自由に決め、喜んで献げるものです。献金しないと救いを失うというものではありません。私たちはイエス・キリストを信じる信仰によって救われました。救いは無料でいただいた神さまからの贈り物なのです。献金額の多少で天国の席順や教会内の地位が決まることなど決してありません。

救いは恵みによって頂いた神さまの贈り物ですから、信者の間で自分を誇ることも出来ないし、その反対に自己卑下してもいけないのです。ですからアナ二アとサフィラは、気がすすまないのに無理して土地を売る必要などありませんでした。また売った代金の99%を手許に残して、1%だけ献金してもよかったのです。

「神さま、ごめんなさい。私たちは未だ喜んで全部を献金出来ません。」「主よ、今はこれで精一杯です。このささやかな献金をお受け取り下さい」とお祈りするなら、神さまは微笑みながら「それで良いのだよ」とお受け下さるでしょう。

他の人のように献金が出来ないことを、どうして恥ずかしいと思うのでしょうか。また全部献げたら誇れるなどと、どうして考えるのでしょうか。ペトロはアナ二アに言いました。「どうして、こんなことをする気になったのか」しかし悲しいことですが、アナ二アとサフィラの心は、私たちの内にも時として起ります。それは献金や奉仕が重荷になって教会に足が向かなくなる現象です。
もしも献金や奉仕が重荷になってきたら、無理して頑張らずに、「出来なくなって来ました。少し減らします」と神さまに申し上げて、軽くすればそれで済むことです。それが気軽に言えないのは、恥ずかしいとか、皆に悪いからと思うからではないでしょうか。人の目が気になって、神さまの心が忘れられてしまいました。イエス・キリストに現わされている神さまの絶大な愛が、忘れられてしまいました。これは、献金で評判をよくしようとしたアナ二アとサフィラ夫婦に通じる心ではないでしょうか。

この心が、霊の家・教会からクリスチャンを引離し、霊的な死をもたらします。このようなマイナスの証が、人をつまずかせ、教会を壊していくことになります。神さまは、私たちを在るがままの姿で受け容れて下さいました。献金・奉仕で受けを良くしなければと考える必要など全くないのです。また、良く出来ないと神さまから冷たくされるなど全くないのです。

[結]弱さを担う決断
財産の共有というエルサレムの初代教会の素晴らしい証は、結局永続きしませんでした。この美しい証は、修道院、宣教会、ある種の団体等でだけに受け継がれて、今日に至っています。一般の教会では、見られなくなりました。何故でしょうか。

理由の第一は、初代教会が、生産手段を持たなかったからで、信者の財産が売り尽くされてしまったら、この共同生活を継続できなかったからです。第二は、教会がアナ二アとサフィラの心を教会から取り除くことがどうしても出来なかったからだと思います。

ペトロはアナ二アに「あなたは、サタンに心を奪われた」と言いました。そうです。   献金や奉仕て誇りたかぶろうとしたり、良く出来ないので恥ずかしくて教会に行くのを止めてしまう思いを起こさせるのは、サタンの仕業です。キリスト教会は、神の教会を破壊するこのサタンと戦い続けて来ました。

初代教会では、一人として持ち物を自分のものだと思う者が居らず、すべてを共有していました。しかしその思いについていけない人の出て来ました。そしてサタンの餌食になってしまったのでした。沢山の献金を献げながら、心臓が止まって死んでしまったアナ二アとサフィラの姿に、サタンの仕業の恐ろしさを見せつけられて、教会は愕然とさせられました。

ではアナ二アとサフィラの二人を墓に葬ったら、それで事態は解決したのでしょうか。弱い人を切り捨てることで、悪魔のパン種を一掃し、二度と起らないようにできたのでしょうか。あれほど聖霊が力強く働いた教会でも、否それだからこそ、多くの人の熱心な働きがプレッシャーとして受けとめられ、苦しくなってくる人が生まれるという現実を、教会は深く自覚させられたのです。

後に教会は、食べ物の問題で同じ様な事態に直面しました。「何を食べても良い」「否、汚れる物を食べてはならない」という見解の違いで、教会内に裁き合いが生じました。そこで パウロはこう言っています。「食物のことがわたしの兄弟をつまずかせるくらいなら、兄弟をつまずかせないために、わたしは今後決して肉を口にしません」(汽灰螢鵐硲検13)「信仰の弱いひとを受け入れなさい。その考えを批判してはなりません」(ローマ14:1)「わたしたち強い者は、強くない者の弱さを担うべきであり」(ローマ15:1)

初代教会は、弱い者を切り捨てることによっては、問題が解決しないこと、むしろ強くない者の弱さを担って共に生きることを何よりも大切にしようと決断したのです。そうです。私たちの目的は財産共有の理想的な生活スタイルをこの世に実現していくことではありません。弱さを共に担い合うことによって、世界のすべての人と一緒に神の国に入ることです。イエスさまも、この世でその様に生きられたのでした。

私たちの川越教会も、どんな人とも一緒にイエス・キリストを礼拝し続けて行くことに最善を尽くす教会にして参りましょう。私たちの信仰が成長していくにつれて、他の人に対するいたわりが深められ、互いに喜び合い、豊かな命に生きる者になっていく教会にして参りましょう。聖霊が満ち溢れる教会になるよう、心を注いで祈って参りましょう。


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