日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

礼拝説教2009年

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[聖書]使徒言行録2章36〜42節
だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」 人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、ペトロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、わたしたちはどうしたらよいのですか」と言った。 すると、ペトロは彼らに言った。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。 この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いてくださる者ならだれにでも、与えられているものなのです。」 ペトロは、このほかにもいろいろ話をして、力強く証しをし、「邪悪なこの時代から救われなさい」と勧めていた。 ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。 彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。

[序] 菊地兄の死を悼む
教会員菊地敏明兄が、去る10月6日(火)午後1時37分に心筋梗塞で急逝されました。7日(水)にご家族だけで密葬されました。9日(金)午後伊藤三恵子姉と私とで奥様を弔問して参りました。密葬には小久保富成牧師夫妻が福島から駆けつけられた由。教会としては妹さんの遠藤富美子姉とご相談して、しかるべき日時に記念会を守りたいと願っております。

分級に出席されるようになり、月末に10月からの新しい聖書教育をお届けしました。ところが4日、お見えにならなかったので、声をかけようと思っていた矢先です。2日(金)には元気に妹さんの店チイロバを手伝われたのに、翌朝体調が悪くなり、広瀬病院に行き、点滴を受け、少し入院してはということになりました。月曜日には体調も回復し、火曜日の午後1時過ぎに自分で爪を切り、口ひげを整えておられたそうです。奥さんも未だ信じられませんと言っておられました。驚きました。残念です。

昨年の8月17日の礼拝では、敗戦を満州で迎えた証をしてくださいました。引き揚げ後、折角シベリヤ抑留から帰られた父上が病死され、ご苦労なさいました。しかし幼少の折に、父上から特訓を受けた書道に復帰し、創作書道の独自な境地を拓かれました。会堂のこの書「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み。何という喜び」は、私が一昨年1月、川越教会臨時牧師としてご奉仕を始めるに当って、書いていただいたものです。菊地兄弟はこの書と共に、いつも私たちと一緒です。ご遺族の上に、主の慰めをお祈りいたします。

[1] 先ず罪の赦しを
さて使徒言行録の第二回目です。私たち人間にとって何が一番大切でしょうか。やはり命でしょう。菊地さんも腸に難病をもち、苦しんでおられました。しかし自分以上に奥さんの健康状態を心配して、病院に連れて行ったり、散歩に連れ出したりお世話しておられました。奥さんも自分の方が先ではないかと思っておられたようで、「嫌だよ、おれが先だと行ってしまいました」と話して居られました。

やはり何と言っても命が大切です。その命の豊かさを損なうものとして、病気や貧しさが嫌われ、恐れられるのです。ところがイエスさまは罪の赦しこそ、豊かな命に欠かせない。先ず罪の赦しを求めなさいとおっしゃいます。全身が麻痺して動けない病人に向って、開口一番「人よ、あなたの罪は赦された」とおっしゃいました。

私たち人間を苦しめているのは私たちの罪だ。私たち一人一人の罪深さが、私たちの人生を苦しめている。私たちは罪を犯すことで、せっかく与えられている命を損ないながら、他人を苦しめ、また自分を苦しめて生きているということを、先週は北九州市の小学校5年生N君の自殺が担任教師の責任だとする裁判判決を具体例として、考えました。

私たちは、死んだ命を取り戻すことが出来ません。我が子を失った親の悲しみを癒すことも出来ません。また自分を責める自責の念から逃れることもできません。私たちは自分の罪を償うことが出来ないのです。罪は赦されるよりほかないのです。ですから神さまは、すべての人を救う救い主イエス・キリストを、十字架にお付けになることで、私たちの罪の裁きを執行済みにして、無条件で赦して下さいました。 そして、私たちが、罪赦された者として互いに赦し合い、愛し合って生きる救いを備えて下さったのでした。ですから私たちは、何はともあれ、先ずイエス・キリストに、罪の赦しを切実に求めるべきことを、前回学びました。

[2]聖霊を受けて説教を語りだす
さて墓から復活なさったイエスさまは、40日間にわたり弟子たちに現われ、「聖霊が降ると、あなたがたは力を受けて、地の果てに至るまで、私の証人となる」という任務を与えて、天に上って行かれました。すると神さまは、心を合わせて熱心に祈っている弟子たちに、約束通り聖霊を注いでくださいました。その様子をルカは「激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた」(2:2)と記しています。激しい風とは、神さまの自由自在な働きの現れでしょう。響き渡る物音とは、誰をも驚かせずにはおかない働きを示します。

「そして炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上に留まった」炎はエネルギーを生み出します。火力発電所では轟々と燃える重油が電力を生み、生活全般を支える働きをしています。聖霊が信じる者を動かして、救いのみ業を至る所で繰り広げる原動力として、一人一人にもたらされたのです。
「舌」とは「言葉・国語・異言」とも訳される語です。事実、弟子たちは、聖霊に満たされるや、説教を語り始めました。ユダヤ人を恐れて家の中に閉じこもって祈っているだけだった弟子たちが、外に出て大勢の人々に向って、神さまの偉大な救いのみ業を、堂々と説教し始めたのです。後で議会に引き出されて語った時には、その大胆な態度に、大祭司・議員・学者たちはすっかり驚いてしまったほどでした。

しかも弟子たちの最初の説教を聞いた人たちは、世界各地で生まれ育ちながら、神殿のあるエルサレムに来て暮らし始めていた信心深いユダヤ人たちでした。彼らがガリラヤ出身の弟子たちの説教を、まるで生まれ故郷の言葉を聞くかのように理解出来たので、驚いています。ルカはそれを「霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」と説明しました。これはどういう現象だったのでしょうか。

(1)12人の使徒たちが力を与えられて、それぞれ違う世界各地の言葉で語りだし、聞き手が自分の分かる言葉の説教者を囲んで聞いたというのでしょうか。
(2)聞き手が皆、弟子たちの語るアラム語を理解できる力を与えられたからでしょうか。
(3)使徒たちが聖霊の導くままに不思議な言葉(異言)で語りだし、聞き手もそれを理解する力を与えられて、説教が分かったのでしょうか。

何も説明がありませんので、私たちの理解を超えた現象です。とにかくルカがここで言おうとしたのは、弟子たちの説教が、世界各地から集まった人たち皆に通じたということでしょう。言葉の違いで不自由を覚えている私たちにとって、実に羨ましい現象です。

言葉が違うとは、歴史も文化も、生活習慣も違うことを意味します。そしてその違いが私たちを、どうしても仲良く一つにさせない障害になっています。ところが  聖霊が語らせる言葉、すなわち神さまが力強く働く所では、言葉の違う者同士の間に、一致し合う共通理解が生まれたのでした。これは本当に素晴らしい聖霊の恵みではないでしょうか。


(後半へつづく)

(前半からのつづき)


[3]説教への応答
こうして弟子たちは、聖霊が豊かに注がれることによって、力強く説教をし始めました。その代表としてルカはペトロの説教を紹介しています。その説教の中心は「だからイスラエルの全家ははっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです」(2:36)でありました。

聖書の巻末にある用語解説によりますと、メシアについて「神の決定的な救いをもたらす救い主」「人々は政治的解放をもたらすメシアを待望したが、新約聖書はイエスを十字架の死によって人々を罪から救うメシアであると主張し、イエスにキリストという名称を付けた。」と説明されています。
「十字架刑の判決を下し、死刑を執行したのはローマ総督ですが、すべての人を救う救い主として神さまが送ってくださったお方を十字架につけて殺したのは、あなたがたユダヤ人だ」というペトロの厳しい言葉は、聞く者の心を強く打ちました。彼らは使徒たちに尋ねました。「兄弟たち、わたしたちはどうしたらよいのですか」「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によってバプテスマを受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。」

(1)「悔い改めなさい」これは心の持ち方を全面的に変更することです。あの放蕩息子の姿を思い出して下さい。彼は父から財産分けを受けると、その金を使って自分のしたい放題に生きました。しかし金を使い果たしたらたちどころに行き詰って、生きていけなくなりました。彼は父の家へ戻る決心をしました。息子としてではなく、主人の意向に従って生きる雇い人の一人にしてもらおうと決心したのです。

神さまの意向に従って生きるのが人間本来の在り方ですから、悔い改めることを、本心に立ち帰るとか、神に立ち帰ると言います。彼の父は彼の罪を赦していました。帰って来る日を待ち続けていました。彼が父の心に背いて生きた罪に気がついて、父の許に帰って来た時に、父から赦されている自分を見出します。彼が立ち帰らなければ、父の赦しの中で再び生きることは出来ません。ですから罪の赦しを頂くためには、私たちの悔い改めがどうしても必要なのです。

(2)「イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい」神さまは、すべての人を救うためにイエスさまを、十字架にお付けになりました。イエスさまが、肉を裂き、血を流して命を捨て、死んで下さることで、私たちが受けるべき罪の裁きを代りに受けて下さいました。私たちの罪の裁きは、イエスさまの十字架で、執行済みにされたのです。つまり罪は無条件に赦されたのです。そして神さまは、さあ安心して、罪赦された者として生きていきなさいとお告げになっておられるのです。

私たちは、神さまのその恵みを有難く信じて、イエスさまを救い主と告白して、バプテスマを受けます。バプテスマは全身を水の中に沈める礼典です。自分勝手に生きてきた古い自分を水の中に沈めて死んだことを現わし、水の中から出ることによって、罪赦され神の子にされた新しい自分の誕生を表わして、自分の全身の変化を証するのです。

(3)「聖霊をいただく」意志が弱く気の変り易い私が、誘惑の多い世で信仰の決心を持ち続け、神の子としての生涯を全うできるでしょうか。赤ん坊は乳を飲んで育っていきます。私たちを神の子として育ててくれる乳が聖霊です。「わたしたちは皆、栄光から栄光へと、主と同じ姿に造りかえられていきます。これは主の霊の働きによることです」(競灰螢鵐硲魁18)この私が次第にイエスさまと同じ姿に造りかえられていくとは、何と素晴らしいことでしょうか。それは主の霊、すなわち聖霊の働きによります。


[結]教会生活
ペトロの説教を聞いて、心を強く打たれた人々は、悔い改めて、バプテスマを受けました。3000人ほどが信者の仲間に加わりました。素晴らしいですね。聖霊に満たされて、このように力強く説教していきたいものです。皆さん、説教者のために祈ってください。

また聞く人たちも心を打たれて、弟子たちの勧めに素直に聞き従い、悔い改め、バプテスマを受け、聖霊の賜物をいただきました。私たちの間でも、そのように聖霊が力強く働いて下さるように、祈り求めて参りましょう。

信者たちは、「使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった」と記されています。これが教会生活ですね。祈ることに熱心であったとあります。皆さん。水曜日の祈祷会にご出席ください。聖書を学び合い、祈り合う交わりは、とても励まされます。

私たちは、聖書を学び合い、礼拝を守り、祈り合う教会生活を、地上の生涯を閉じるまで送って、天に召されて参りましょう。

[聖書]使徒言行録1章3〜11節
イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。 そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。 ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。」
さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。 イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。 あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。 イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、 言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」

[序] 歴史の主役は?
中国では去る10月1日に建国60周年の大軍事パレードが北京で行なわれました。厳しい警戒体制・報道管制だったようです。世界的な景気低迷のなかで経済回復の牽引力になっている人口13億の大国が、これからアメリカとどのような関係を結んで、世界を リードしていくのでしょうか。日本とはどのような付き合い方をするのでしょうか。注目されています。共産党の一党独裁政権が、組織の腐敗堕落を克服して、国内にどれだけの一致と平和を打ち立てていけるか。大変ですね。民衆の間には、政府公認の教会の他に、非公認の地下教会が無数に増え広がっているようです。聖書が求められています。

一方、昨日2016年のオリンピックの開催地がブラジルのリオデジャネイロに決まりました。国連総会のデヴューで注目を集めた鳩山首相も応援演説に引っ張り出されましたが、マドリードに次ぐ第三位の支持でした。東京都の石原知事は大変な熱の入れ方でしたが、国民の多くはクールだったのではないでしょうか。そんなことにお金やエネルギーを使うより、取り組むべき大切な課題があるという思いが私などにもあります。それにしても今回の招致運動にどれほどのお金が使われたことか。何か勿体ない思いがします。

政治の指導者たちは、それぞれがこうしなければならないと思う事を、叡智と力を尽くして行って歴史を進めていこうとします。しかしなかなか思い通りにはいきませんね。聖書には「人の心には多くの計画があるが、神の御旨のみが実現する」(箴言19:21)という言葉があります。必死になってやるのですけれども、後で振り返って見ると、結局は私たち人間の思いや力を超えて、神さまの御旨が実現されていくことになる。そしてそれでよいのだと、私たちクリスチャンは信じています。歴史には神さまの意志が働いています。

聖書教育は10月から12月末までの三ヶ月間、使徒言行録を学びます。イエスさまが十字架にかかり、墓に葬られ、復活されて弟子たちと40日間を過された後に、天に上っていかれました。それから教会の伝道の歴史が始まったわけです。その働きの主役は  聖霊さまです。今日はその第一回目です。

[1] 世界のすべての民を救う救い主
弟子たちは復活されたイエスさまに尋ねました。「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」選ばれた神の民という選民意識の強いイスラエルの人たちです。紀元前1000年頃のダビデ王とその息子ソロモン王時代が、民族として一番輝いていました。その後国は分裂しアッシリヤやバビロンに滅ぼされ、ペルシャやローマの属国にされてしまいました。神さまは救い主メシヤを送って、国を建て直して下さると人々は待望していました。その期待のなかで誕生されたイエス・キリストです。人々は幾度となく、イエスさまを王として担ぎ上げようとしました。

しかしイエスさまが進まれた道は十字架の死でした。期待をこめてイエスさまに従って来た弟子たちは、失望落胆しました。散り散りになりかかりました。その時に主は復活して弟子たちの前に再び現れて下さったのです。弟子たちは元気を取り戻しました。そしていよいよイスラエル再建に着手して下さると期待したのでした。それに対するお答は、弟子たちの期待とは全く異なるものだったのです。

「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」聖霊をいただき、イエスの証人として地の果てまで出て行くという任務を与えられたのでした。これはどういうことだったのでしょうか。

使徒言行録の著者ルカはその前にルカ福音書を書きました。その福音書の書き出しがイエス・キリストの誕生ですね。誕生後33日の清めの期間が終ると、ヨセフとマリアは 嬰児イエスを連れて、エルサレムの神殿に参詣しました。すると救い主の誕生を祈り待ち望んでいたシメオンとアンナという二人の老人が、聖霊に導かれて嬰児イエスと出会い、抱きかかえて神さまを讃美しました。

「主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を、安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、あなたのイスラエルの誉れです」(ルカ2:29〜32)

シメオンが聖霊に導かれて嬰児イエスに見た救いの光は、世界のすべての民が救われる備えだったのです。私たちの関心事は、先ず自分と身の回りの者たちのことになりがちです。ことに老年になって体が動かなくなり、生活の範囲が狭くなるほど、私たちの祈りの世界は狭く小さくなるものです。しかし聖霊の導きを受けながら日々に祈る老人 シメオンやアンナは、神さまの備える救いが、世界のすべての人に及ぶと示されていたのです。ルカはその信仰に立ってイエス・キリストのご生涯を記していきました。

そしてルカは福音書の最後を、旧約聖書に書かれてある事柄を悟らせるために、復活の  イエスさまが弟子たちの心の目を開いておっしゃった言葉で締めくくっています。「こうしるしてある。キリストは苦しみを受けて、三日目に死人の中からよみがえる。そして、その名によって罪の赦しを得させる悔い改めが、エルサレムから始まってもろもろの国民に宣べ伝えられる。あなたがたはこれらの事の証人である」(口語訳)

こうしてルカは、弟子たちが約束の聖霊を注がれ、主イエスの証人となり、エルサレムから始まって、ユダヤとサマリアの全土、そして世界の果てにまで至る宣教活動・使徒言行録を書き記したのでした。その宣教内容は「イエス・キリストによる罪の赦しを得させる悔い改め」です。


(後半につづく)

(前半からのつづき)


[2]罪からの救いを切実に求める
多くの教会が掲げている聖書の言葉は「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」(マタイ11:28)ですね。どうして疲れるのでしょうか。罪の重荷にあえいでいるからです。イエスさまは休息を与えると呼びかけて、人々を招いていらっしゃいます。イエスさまから与えるものは何か?罪の赦しです。

医者のルカは、全身が麻痺して寝たきりの人が癒された奇跡を詳しく記しています。病人を運んで来た男たちは、込み合う家の中に玄関から入れないので、屋上に上がり屋根に穴をあけてイエスさまの前に病人をつり降ろしました。「人よ、貴方の罪は赦された」学者やファリサイ派の人々は心に敵意を抱きました。「この男は神を冒涜した。神のほかに罪を赦せる者はいない」「あなたの罪が赦されたと言うのと、起きて歩けと言うのと、どちらが易しいか。人の子が地上で罪を赦す権威をもっていることを知らせよう」そしてイエスさまは病人におっしゃいました。「起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」その人はすぐさま皆の前で立ち上がり、寝ていた台を取り上げ、神を讃美しながら家に帰って行きました。人々は罪を赦す権威をお持ちの方の奇跡を目の当たりにして、恐れに打たれたのでした。(ルカ5:17以下)

私たち人間にとって、何が一番大切かと言えば、やはり命でしょう。でもその命の内容が問題です。そして命を損なう病気の癒しが切実な願いになります。ところがイエスさまは罪の赦しこそ、豊かな命に欠かせないとおっしゃっておられるのです。宗教改革者ルターもこう言っています。「罪の赦しのあるところ、そこにいのちと祝福がある」皆さん、私たち人間を苦しめているのは私たちの罪だ。私たち一人一人の罪深さが、私たちの人生を苦しめているのだということを、私たちはしっかり自覚しているでしょうか。

一昨日の朝刊に、北九州市の小学5年生N君が06年3月16日に自殺したのは担任の女性教諭の体罰が原因だとの判決が出たと報じられていました。当日午後N君が振り回した新聞紙を丸めた棒が女子生徒に当ったと聞き、先生は「謝りなさい」と大声で注意。N君が「謝った」と反論。言い争いになりました。先生は席に座っていたN君の胸ぐらをつかんで体をゆすり、N君は床に倒れ落ちました。N君が「帰る」と言うと先生は「帰りなさい」と大声で言い放ち、教室を飛び出したN君が数分後に戻ってくると「何で戻った」と再び怒鳴りました。飛び出したN君は、午後4時50分ごろ自宅で首をつっているのが見つかった由。判決は5年生になってから約1年間にわたり先生から頻繁にしかられていたと認定して「担任への不満を抱えていたところに、この懲戒を受けて衝動的に自殺に及んだ」と指摘しているそうです。

小学5年生といえば手に負えないやんちゃ坊主だったのでしょう。しかし1年間にわたり頻繁に叱られていたというのですから、先生にとっては余程合性の悪い生徒だったようです。でも担任教諭は自ら進んでその職についた教育者のはずです。親が我が子を虐待するのとは違います。どうして受持ちの生徒を自殺に追い込むような一年間の過し方をしたのでしょうか。N君との関係のこじれをどれほど苦慮し、改善を図ろうとしたのでしょうか。事件後に退職しているようですが、この様な判決が出て、自分の罪の重さに、生きていられない心境に追い詰められているのではないでしょうか。お気の毒です。

学校という教育現場でも、生徒たち同士、生徒と先生、先生たち同士、それに親までが加わって、互いの人格を大切に出来ず、傷つけ合い争う苦悩が、日常的に発生しています。私たちは教育という大事な生活分野でも、罪を犯して毎日を生きている。せっかく与えられている命を損ないながら、他人を苦しめ、また自分を苦しめて生きている。これはおかしい。間違っている。この罪から救われて生きていかなければならないという思いを、私たちは真剣に持つべきではないでしょうか。幸せないのちに生きることを願うならば、私たちは、罪からの救いを切実に求めるべきではないでしょうか。

[結] 十字架の恵み
寝たきりの病人に向ってイエスさまは「人よ、あなたの罪は赦された」とおっしゃいました。直説法完了形の動詞です。「病気を治してあげるけれども、その前に片付けなければならないことがある。あなたの罪だ。自分の罪に気付き、悪かったと謝りなさい」などとはおっしゃっていません。「もう貴方の罪は私が償っているよ。貴方は既に赦しの中にいる」とお告げになったのでした。

皆さん、私たちは自分の罪を償うことが出来るでしょうか。N君を自殺に追い込んだと判定された担任の先生は、その罪をどのようにして償いますか。死んだ命を取り戻すことは出来ません。親に与えた痛手を癒すことも出来ません。また自責の念という自分の心に負ってしまった傷を癒すことも出来ません。たとえ自殺しても、それでお詫びが済むものでもありません。ましてや罪の償いはできません。皆さん、よくよくお考え下さい。私たちには罪を償うことは出来ないのです。罪は赦されるよりほかないのです。

ですから神さまは、すべての人を救う救い主イエスさまを、十字架にお付けになりました。イエスさまが、肉を裂き、血を流して命を捨て、死んで下さることで、私たちが受けるべき罪の裁きを代りに受けて下さいました。私たちの罪の裁きは、イエスさまの十字架で、執行済みにされたのです。つまり罪は無条件に赦されてしまったのです。そして神さまは、さあ安心して、罪赦された者として生きていきなさいとお告げになっておられるのです。ですからイエスさまは、端的に、無条件の赦しを宣言なさるだけだったのでした。
これが聖書が宣べ伝える神の救い、罪の赦しです。

これから私たちは主の晩餐式を守ります。イエスさまは十字架に引き渡される前の晩、地上での最後の食卓で、パンを裂き「これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしを記念してこのように行ないなさい」とお配りになりました。また杯も同じように感謝の祈りと共に、「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、わたしの記念としてこのように行いなさい」とおっしゃいました。

私たちはこの礼典を守る度に、無条件で罪を赦し、神の子にしてくださる契約を結んでくださっている神さまの愛、豊かな恵みを覚える。記念する。そして感謝を新にするのです。一緒にパンと杯をいただく仲間。皆等しく、赦されている同士です。だから互いに赦し合い、受け容れあって、神の子らしくその愛の中で共に生きていこうとの決意を新にするのです。主の晩餐式は、イエス・キリストによる罪の赦しの証です。

私たちはなかなか罪を認めようとしません。しかし私たちを苦しめているのは、私たちの罪です。そして私たちは自分で罪を償うことは出来ません。罪は赦されるよりほかないのです。イエス・キリストの十字架の死による罪の赦しを、神さまの恵みとして、素直に有難く受け容れましょう。神さまに赦され、愛されていることを感謝して、赦されている者同士として、互いに赦し合い、愛し合って生きて参りましょう。ここにしか本当に安らかで豊かな命はないのですから。

イエス・キリスの命に働いた霊・聖霊をいただいて、罪の赦しの福音の証をして参りましょう。私たちの使徒言行録を書き綴ってまいりましょう。  

[聖書] ヨナ書1:1〜2:1
主の言葉がアミタイの子ヨナに臨んだ。 「さあ、大いなる都ニネベに行ってこれに呼びかけよ。彼らの悪はわたしの前に届いている。」しかしヨナは主から逃れようとして出発し、タルシシュに向かった。ヤッファに下ると、折よくタルシシュ行きの船が見つかったので、船賃を払って乗り込み、人々に紛れ込んで主から逃れようと、タルシシュに向かった。
主は大風を海に向かって放たれたので、海は大荒れとなり、船は今にも砕けんばかりとなった。 船乗りたちは恐怖に陥り、それぞれ自分の神に助けを求めて叫びをあげ、積み荷を海に投げ捨て、船を少しでも軽くしようとした。しかし、ヨナは船底に降りて横になり、ぐっすりと寝込んでいた。 船長はヨナのところに来て言った。「寝ているとは何事か。さあ、起きてあなたの神を呼べ。神が気づいて助けてくれるかもしれない。」 さて人々は互いに言った。「さあ、くじを引こう。誰のせいで、我々にこの災難がふりかかったのか、はっきりさせよう。」そこで、くじを引くとヨナに当たった。 人々は彼に詰め寄って、「さあ、話してくれ。この災難が我々にふりかかったのは、誰のせいか。あなたは何の仕事で行くのか。どこから来たのか。国はどこで、どの民族の出身なのか」と言った。ヨナは彼らに言った。「わたしはヘブライ人だ。海と陸とを創造された天の神、主を畏れる者だ。」 人々は非常に恐れ、ヨナに言った。「なんという事をしたのだ。」人々はヨナが、主の前から逃げて来たことを知った。彼が白状したからである。 彼らはヨナに言った。「あなたをどうしたら、海が静まるのだろうか。」海は荒れる一方だった。 ヨナは彼らに言った。「わたしの手足を捕らえて海にほうり込むがよい。そうすれば、海は穏やかになる。わたしのせいで、この大嵐があなたたちを見舞ったことは、わたしが知っている。」
乗組員は船を漕いで陸に戻そうとしたが、できなかった。海がますます荒れて、襲いかかってきたからである。ついに、彼らは主に向かって叫んだ。「ああ、主よ、この男の命のゆえに、滅ぼさないでください。無実の者を殺したといって責めないでください。主よ、すべてはあなたの御心のままなのですから。」 彼らがヨナの手足を捕らえて海へほうり込むと、荒れ狂っていた海は静まった。 人々は大いに主を畏れ、いけにえをささげ、誓いを立てた。
さて、主は巨大な魚に命じて、ヨナを呑み込ませられた。ヨナは三日三晩魚の腹の中にいた。

[序] ヨナに示された神の言葉
今日から3回は、預言者ヨナの活動を学びます。3頁半の短い預言書です。すぐ読み終えることが出来ます。3回に分けなくても、1回の説教で語れます。さあその第一回目、何に焦点を絞ってメッセージにするか、大変苦慮いたしました。やっと今朝になって、自分なりにまとまりました。原稿の仕上げが間に合いませんでしたので、後日印刷してお配りします。

ヨナは北王国の中興の祖と言われたヤロブアム鏡ぁBC790〜749)の時代に北王国で預言活動をしたと言われています。北王国の北隣りの国シリヤは、ヤロブアムが死んで17年後のBC732年にアッシリアに滅ぼされました。そして北王国もまたそれから11年後のBC721年にアッシリアに滅ぼされました。ですからヨナの時代は、北からのアッシリアの圧迫が次第に強くなりつつあった時代です。

私たちは7月から、イザヤとエレミヤの預言を読んで参りました。イザヤ書は66章、エレミヤ書は52章の預言書です。イザヤもエレミヤも神さまから数々の言葉を語るように示され、それを全身全霊こめて忠実に取り次いだのでした。ところがヨナが神さまから語れと命じられた言葉は、「二ネベの悪はわたしの前に届いている」「あと40日すれば、二ネベの都は滅びる」たったそれだけなのです。あとはヨナの祈りとヨナと神さまとの問答だけです。さあ、3回にわたって何を語ったらよいのでしょうか。

今朝のテーマは、神さまから逃亡しても逃げ切れなかったヨナと神さまとの、切っても切れない絆です。

[1] 神さまから逃げ出したヨナ
神さまの言葉がヨナに臨みました。「さあ、大いなる都ニネベに行ってこれに呼びかけよ。彼らの悪はわたしの前に届いている。」するとヨナは神さまと縁を切って逃げ出したのです。港へ行き、タルシシュ行の船に乗り込みました。パレスチナは地中海の東、タルシシュは地中海をはさんで西、今のスペイン領です。地中海を囲む地域一帯が当時の世界だと思われていましたから、世界の西の果てに逃亡しようとしたのでしょう。

ところが海が大荒れとなり、船は難破の危機にさらされました。船乗りたちにとって地中海はいわば自分の家の庭のようなものです。彼らは積荷を海に投げ捨て、船を少しでも軽くしようとしました。しかし嵐の強さは異常です。船が今にも砕けんばかりになりました。船乗りたちは恐怖に陥り、それぞれ自分の神に助けを求めて叫びをあげました。そしてこの様な天罰をもたらす犯人がこの船に乗っているに違いないと、くじ引きで犯人探しをしました。

くじはヨナに当たりました。「一体お前はどんな悪事をしでかして、神さまを怒らせたのか」「わたしはヘブライ人だ。海と陸とを創造された天の神、主を畏れる者だ。」海と陸を創造され、支配しておられる神さまを信じ畏れる者だなどと、よく言えたものです。その神さまに反抗して逃げ出したのですから。それにしても神さまは海を支配しておられるのに船に乗って逃げるとは誤算でした。神さまが風を起こせば、たちまち船は難破してしまうのです。
神さまと縁を切って逃げ出したと白状したヨナは、船乗りたちに申し出ました。「私を海に放り込んで下さい。そうすれば海は穏やかになります」船乗りたちは矢張り海の男です。「そうか、それならそうしよう」とは言わず、なお懸命に船を操りました。しかし万策尽きて、遂にヨナに言われるまま、彼を海に放り込みました。たちどころに海は静まりました。船乗りたちはヨナの語った海と陸を創造してご支配しておられる主なる神さまへの畏れを抱き、信じて拝む誓いを立てました。ヨナは死に際して、捨てたはずの信仰の証をしたのでした。皮肉ですね。

神さまは巨大な魚に命じてヨナを呑み込ませ、三日三晩魚の腹の中の闇に留め置かれました。反省の時を与えられたのです。

どうしてヨナは神さまから逃げ出そうとしたのでしょうか。考えられる理由が三つ あります。第一は、先にエレミヤで学びましたように、神の裁きが下るという滅びの預言をすることは、人々の反撥を買い、嫌われる役目だからです。エレミヤは結婚出来ませんでした。友だちとお酒を飲んで楽しむ機会も持てませんでした。孤独な生涯を余儀なくされたのです。そして幾度も投獄されました。ヨナも人々が聞きたくない裁きと滅びの預言をする役割の厳しさを、充分承知していたのでしょう。そしてそんな役目を命じる神さまなど、御免こうむりたいと思ったのでしょう。

第二の理由は、ヨナがやがてはアッシリアに滅ぼされる弱小国の人間だからです。世界に領土を広げている帝国の都ニネベで、ユダヤ人のヨナが「この都に神の裁きが下り滅びる。悔い改めて悪の道から離れよ」などと叫んだら、世界の大国意識を持つアッシリア人たちから、俺たちを侮辱するのかと、殺されてしまうでしょう。ユダヤ人の自分にやらせる仕事ではありませんと、彼は言いたかったのでしょう。

第三の理由は、アッシリアの都ニネベに神の裁きが下れば、アッシリアの圧迫が弱まり、北王国にとっては願ってもない好都合です。悔い改めないように放っておくべきです。万に一つ、自分の警告で二ネベの人々が悔い改めたら、憐れみ深い神さまのことですから、裁きを取り止めるでしょう。それでは敵に塩を送ることになります。そんな役割など真っ平御免。逃げ出して身を隠した方が、国のためになろうというものです。

こうしてヨナは、神さまの許から、地の果てへの逃亡を企てたのでした。しかし神さまの愛は普遍です。アッシリアがどのような国であろうとも、イスラエルの民と同様に、悔い改めて悪の道から離れることを、神さまは強く願って、ヨナを選び、お用いになろうとしたのでした。

(後半へつづく)


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