日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

礼拝説教2009年

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(前半からつづき)


[2] 救いは主にこそある
それにしてもヨナという人は不思議な人物です。嵐で海が大荒れとなり船が今にも砕けんばかりになりました。この海で生きてきた船乗りたちでさえも恐怖に陥って、それぞれ自分の神の名を叫んでご加護を求めたりして、右往左往しているのに5節をご覧下さい、船底にかくれて横になっていたヨナ独りが、ぐっすり寝込んでいるのです。船長があきれて、「寝ているとは何事だ。せめて起きて自分の神に祈ることぐらいは出来るだろう」と叱っています。どうして彼は、ぐっすり寝て居られたのでしょうか。

ここで同じようなことが、イエスさまにもあったことを、私たちは思い起こします。ガリラヤ湖を船で向う岸に渡ろうとされた時のことです。突風が吹き始め、次第に激しくなりました。ガリラヤ湖で漁師をしていた弟子たちのことです。懸命に舟を操りました。しかしどうしても荒波を乗り切ることができません。イエスさまは艫の方で眠って居られました。弟子たちはイエスさまを起こしました。「主よ、助けてください。おぼれそうです」「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ」風と波をお叱りになり、嵐を鎮めてしまわれました。(マタイ8:23〜27)

「信仰の薄い者たちよ」 イエスさまは、海も陸も創造してご支配しておられる主なる神さまを父として、全幅の信頼を寄せておられたのです。丁度今日も両親と礼拝に出席している小嶋夫妻の赤ちゃん、恵利華ちゃんがお母さんのふところに抱かれているならば、どのような嵐の中でも平安に眠れるのと同じです。としますとヨナにも同じ様な信仰があったからだということが言えてきます。

ヨナは神さまを捨てた、神さまから逃げ出したと思っているのですけれども、彼自身の心と体は、神さまのふところの中にある平安を、依然として持ち続けていたと言えるのではないでしょうか。ですから船乗りたちが皆恐怖に陥ってあたふたしている嵐のなかでも、ぐっすり寝込んでいたのでした。

2章に進みます。ヨナは神さまが送られた巨大な魚の体内の暗黒で、三日三晩を過しました。神さまから与えられた反省の時間です。その時彼の口からは、祈りが出て来たのです。3節。「苦難の中でわたしが叫ぶと、主は答えてくださった。陰府の底から助けを求めると、わたしの声を聞いてくださった」

この聖書の巻末にある「用語解説」には、陰府とは「死者が集められる場所で、地下にあると思われていた」とあります。ヨナは死を体験したのです。死者が集められる陰府のどん底に横たわった自分を自覚したのでした。ところが彼はその陰府のどん底で、神さまに助けを求めて祈り叫んでいるのです。そして自分の祈りを神さまは聞いて、答えてくださったと言っています。

「あなたはわたしを深い海に投げ込まれた」違います。ヨナが言い出して、船乗りたちが投げ込んだのです。しかし神さまによって投げ込まれたと、彼は受け取っています。「わたしは思った。あなたの御前から追放されたのだと」違います。彼が神を捨てた、彼が神を自分から追放したのです。しかし自分が主語になって行動した積りでしたが、主語は神さまだったということがわかったのです。人生、主語は神さま。神さまの御手の中で、私が思い、考え、行動していることがはっきりしたのです。
神さま、あなたは私を深い海に投げ込み、御前から追放されたはずですのに、息絶えようとする時に私がお祈りしますと、あなたは命を滅びの穴から引き上げてくださいました。「救いは主にこそある」(2:10)これは三日間の臨死体験で得たヨナの結論です。すると神さまは魚に命じて、ヨナを陸地にお戻しになったのでした。

[結] 切っても切れない絆
ヨナ書を読んでいますと、ヨナと神さまとの絆の太さを強く覚えます。神さまから逃亡しようとしたヨナを、神さまは決してお見捨てにはなりませんでした。彼が断ち切ったつもりでも、彼は神さまとの絆にしっかり結ばれていたのです。神さまを捨てながら、嵐の中でぐっすり寝込んでいるヨナ。だからこそ、陰府のどん底で祈りの叫びを上げているのですね。

私たちも時としてヨナになります。礼拝に出ない。教会の活動から身を引いてしまう。聖書を読まなくなる。祈らなくなる。神さまから遠ざかろうとします。でも、呼吸がまさに止まろうとする時には、「私の主よ、助けてください」との祈りが口から出てくるのではないでしょうか。

ヨナを放さなかった神さま。神さまから逃げ出しても、神さまを否定して暗黒に陥っても、神さまは、私の身近に居て下さる。否、神さまの御手の中で私たちは生きているのです。何と有難いことでしょう。この信仰を大切にして生きて参りましょう。

また子どもたちに、小さい時から、神さまとの絆をしっかり結んで生きていくように、育てて参りましょう。大きくなってしまった息子・娘たちにも、神さまとの絆の大切さを証して参りましょう。

[序] 挨拶
皆さん、お早うございます。2005年1月にシンガポールから帰って参りまして、関西でも一度報告させていただきました。今回は講演のレジメの他に、今年の8月15日の思いを綴った「憩いのみぎわ14号」と、当日福岡新生教会の聖会でさせていただいた説教「神は敵となられた」をお手許にお配りしました。これが戦争責任についての宣教師加藤享の報告のまとめといったものです。後でお読み頂けたらと思います。1995年5月から9年8ヶ月間、私たちを覚えて祈り、献金でお支え下さいましたことを、あらためて心から感謝いたします。

私の後を岡村直子先生が受け継いで下さり、昨年末で任務を終え、1月に帰っていらっしゃいました。そしてこの10月15日には、大井教会の二代目牧師を一昨年9月末で引退された大谷恵護牧師夫妻がシンガポール国際日本語教会第三代の牧師として赴任して下さることになりました。恵護牧師を支えるために宣教師の身分を捨てて結婚し、大井教会に仕えてこられたレニー夫人は、教会音楽専門家としても連盟諸教会のために大きな貢献をなさいました。きっとシンガポールでもお二人で良いお働きをして下さるでしょう。しかしご高齢です。赤道直下の気候に適応して、少しでも長くお働きくださるよう、お祈りをお願いいたします。

[1] リビングバイブル
さて関西地方連合は36の教会・伝書所から成っています。それぞれサイズが違います。抱えている課題も違います。しかしイエス・キリストの福音をすべての人に宣べ伝えるという使命は一つです。現在日本バプテスト連盟は「礼拝」を宣教課題として取り組んでいます。そこでこの関西連合の信徒大会でも、私たちの礼拝生活を再検討するところから、みなさん方がそれぞれにご自分の宣教課題を明確にして、宣教の新たな取り組みを始めていただけたらと思って、今日の講演を用意いたしました。

礼拝といえばパッと浮かぶ聖書、それはローマ人への手紙12章1〜2節ですね。私たちは殆どが新共同訳聖書か口語訳、新改訳聖書で読んでいます。でも今日はリビングバイブルを使って、その箇所を読み直してみようと思いました。読んでみますと新鮮なんです。意訳なんですが的確に大事な意味を伝えてくれます。レジメに記しましたので、ご一緒に読んでみましょう。

「1節:愛する皆さん、そういうわけですから、あなたがたにお願いします。自分の体を、神様にささげてください。それを神様に喜んでいただける、生きた、きよい供え物としてください。神様がしてくださったことを思えば、これは決して無理な注文ではないはずです。」
「それが、あなたがたのなすべき霊的礼拝である」(口語訳)なんて言われると、礼拝がすごく理屈っぽく感じられます。「神様がしてくださったことを思えば、自分の体を神様に喜んでいただける、生きた、きよい供え物としてささげることは、決して無理な注文ではないはずです。」という呼びかけの方が、心にすっと入って来ます。いかがでしょうか。

「2節:世間の人々の生活態度や習慣をまねてはいけません。むしろ、すること考えることすべての面で、生き生きとした、全く新しい別人となりなさい。そうすれば、神の道がどんなに自分を満足させてくれるか、わかるようになります。

3節:私は、神様の使者として、あなたがた一人一人に神様の警告を伝えます。自分を正直に評価しなさい。神様からどれだけ信仰が与えられているかを尺度にして、自分の値打ちをはかりなさい。

4〜5節:私たちの体に多くの器官があるのと同様、キリスト様の体にも、多くの器官があります。私たちはみな、キリスト様の体の各器官です。キリスト様の体が完全になるには、私たちが必要です。というのは、それぞれが異なった役目を果たすからです。ですから私たちは互いに依存し合っており、だれもが、ほかのすべての人を必要としているのです。」

いい訳ですね。これに沿って今日は「礼拝」を考えてみたいと思います。


(つづく)

(つづき)

[2] 礼拝の歴史
私は東京で生まれて育ちましたが、両親が北海道出身でしたので、目白ヶ丘教会で16年3ヶ月育てられ、副牧師3年の修行も終えて、札幌教会に赴任し、30年ちょっとお仕えしました。教会の近くの我が家行きつけの八百屋さんが私たち夫婦にこう言っていました。「クリスチャンというのはね、日曜日に必ず教会へ行く人たちなんだよね」「偉いねー」自分たちは日曜日に店をやっているので行けないんだと言うのでしょう。では教会へ何をしに行くのか? 礼拝をしに行くのです。

札幌時代、20年勤めたらボーナスとして一ヶ月間の聖地旅行を頂戴しました。5人の子供を置いて、家内と二人でゆっくり行って参りました。イスラエルに行きましたら、四国位の広さの国の内で、子供たちの通っている学校がイスラム教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒それぞれ別なんですね。子供時代に違う学校に通って大きくなっていくのですから、これでは皆が溶け合って一つの国家を作っていくことは出来ないなあと心配になりました。

どうしてでしょうか。礼拝の日が違うからです。イスラム教徒は金曜日にモスクへ行きます。ユダヤ教徒は土曜日にシナゴグへ行きます。キリスト教徒は日曜日に教会へ行きます。もしも学校を一緒にすると、週三日休みにしなければなりません。宗教によって礼拝を守る日が違うので、一緒の学校で学べないのです。それぞれが大事にしている礼拝が、一つの国家を作りにくくしているのですね。礼拝とは何か。考えていきますと、今日的に大変重い課題にぶち当たります。

でも今日は問題を拡げずに、私たちキリスト教徒の信仰問題に限定して礼拝を考えることにいたします。そこで先ず礼拝の歴史を、聖書からさっと学ぶことにいたしましょう。創世記の3章で人類の祖と言われるアダムとエバ夫婦は楽園を追放されました。彼らはカインとアベル兄弟の親になりました。カインは土を耕す者になりました。アベルは羊を飼う者になりました。カインは土の実りを主のもとに献げ物として持ってきました。アベルは羊の群れの中から肥えた初子を献げました。神さまはアベルの献げ物に目を留めましたが、カインの献げ物には目を留めませんでした。するとカインは激しく怒って、アベルを殺してしまいました。礼拝における不一致、献げ物の献げ方の違いです。礼拝における献げ物が、礼拝者の生き死に関わることが、先ず語られています。

ノアの大洪水の物語。ノアが信仰をもって建造した箱舟の中に避難した人間と生物たちだけが、神さまの裁き、大洪水の中で生き延びました。そこで洪水が引いて箱船から外に出たノアは、何はさておき先ず最初に祭壇を築いて、清い家畜と清い鳥を焼き尽くす献げ物として主に献げたのでした。主は焼き尽くす献げ物が放つ宥めの香りをかいで、こう決心されました。「人に対して大地を呪うことは、二度とすまい。」「わたしはこの度したように、生き物をことごとく打つことは、二度とすまい」

モーセの代になりました。エジプトの奴隷の境遇から解放されたイスラエルの民は、荒野で40年さまよう中で、律法を与えられ神の民として少しずつ整えられていきました。臨在の幕屋を作り、宿営する度に幕屋を張り、入り口に祭壇を設けて、牛や羊や鳩などの焼き尽くす献げ物と穀物の献げ物をささげました。特に丹精こめて育てた動物のなかから傷や汚れのない清いものを選んで、焼き尽くすいけにえとしてささげることが、礼拝の中心だったのです。

ダビデの代になります。あの有名な詩編51編18節をご覧下さい。「もしいけにえがあなたに喜ばれ、焼き尽くす献げ物が御旨にかなうのなら、わたしはそれをささげます。 しかし、神の求めるいけにえは打ち砕かれた霊。打ち砕かれ悔いる心を、神よ、あなたは侮られません」ここでいけにえの動物よりも、私たちの心が大事だ、神さまは心をお求めになるという信仰がはっきりしてきます。

預言者イザヤになります。1章11節以下。「お前たちのささげる多くのいけにえが、わたしにとって何になろうか、と主は言われる。雄羊や肥えた獣の脂肪の献げ物に、わたしは飽いた」「 むなしい献げ物を再び持って来るな」「お前たちが手を広げて祈っても、わたしは目を覆う。どれほど祈りを繰り返しても、決して聞かない」豪壮な  神殿が建てられ、礼拝が形式化していきました。豪華ないけにえは次々とささげられて、焼き尽くすささげ物の煙と香りはどんどんと天に上っていきますが、神さまはその様ないけにえのささげ物には飽いたと、おっしゃっています。「誰が喜ぶものか。
お前たちが手を広げてどんなに仰々しく祈っても、私は聞かない。」とイザヤを通しておっしゃっています。

そして預言者ホセアになります。6章6節。「わたしが喜ぶのは、愛(慈しみ)であっていけにえではなく、神を知ることであって、焼き尽くす献げ物ではない」

イエスさまになります。十字架におかかりになるためにエルサレムに入城した時に先ずなさったのは宮清めでした。両替商人の屋台をひっくり返し、いけにえの動物を売り買いしている人たちを追い出して「祈りの家を強盗の巣にしてしまった」とおっしゃいました。そして神の御心に従って十字架にかかり、神の子であるご自身を私たちすべての者の罪を贖う唯一回限りの完全ないけにえとして、おささげになったのでした。

そして使徒たちの代になり、今日の聖書の箇所になるわけです。もう一度リビングバイブルを読んでみましょう。「1節:愛する皆さん、そういうわけですから、あなたがたにお願いします。自分の体を、神様にささげてください。それを神様に喜んでいただける、生きた、きよい供え物としてください。神様がしてくださったことを思えば、これは決して無理な注文ではないはずです。」

神さまは、ご自身をいけにえとして献げて十字架に付け、礼拝を確立なさったのでした。そのことを思えば、私たちが私たち自身を神さまに献げて礼拝することは、決して無理な注文ではないというのが、今私たちが受け継いでいる聖書の信仰であります。

[3] 自分の体をささげる
では自分の体を神さまに献げるとは、具体的にいうとどういうことなのでしょうか。
イエスさまが徴税人のマタイを弟子になさった時、また弟子たちが安息日の掟をきちんと守らないのを見て、ファリサイ派の人々が非難した時に「わたしが求めるのは、憐れみであって、いけにえではない」(マタイ9:13、12:7)とお答えになっています。神さまがイザヤを通して「お前たちのささげるいけにえには飽いた」、ホセアを通して「わたしが喜ぶのは愛(慈しみ)であり、いけにえではない」とおっしゃった通りのお言葉です。そしてこの憐れみ・慈しみが私たちの生活で具体的にどのように現れるかを、善いサマリヤ人のたとえ(ルカ10章)でお示しになりました。

追いはぎに襲われて半殺しにされて倒れている旅人を見て、祭司とレビ人は道の向こう側を通り過ぎて行きました。しかしユダヤ人からは蔑まれているサマリヤ人は憐れに思って近寄り、介抱をして助けました。彼は普通の人間にはとても出来そうもない立派なことを特別にしたわけではありません。自分で出来るごく当り前のことをしただけです。旅の途中ですから油やぶどう酒や包帯を持っていましたから、それで傷の手当をしました。ロバを連れていましたから乗せて、自分も行く宿屋に連れて行きました。夜同じ部屋に寝ましたから、介抱出来ました。朝出かける時に、持ち合わせの銀貨を二枚主人に渡しました。彼にその様な行動をとらせたのは、倒れている旅人を見て憐れに思ったからでした。

ということは、道の向こう側を通り過ぎて行った祭司は、倒れている旅人を見ても、憐れに思う心が湧いてこなかったということです。レビ人の心にも湧いてこなかったのです。どんなに神殿や教会で立派な儀式を行い、朗々と聖書を読み説教をし、また役員として、教会の仕事を忠実に果たして居るとしても、その心の中には、神さまが求めていらっしゃる憐れむ心がなかった。ですから死にかけて倒れている人を見ても、助けようとしなかったのです。

しかし私たちも祭司やレビ人と同じ心の持ち主ではないでしょうか。ですから私たちは、日曜日に教会に来て礼拝を捧げる時に、自分自身を神さまに捧げながら、いつもお祈りするのです。「神さま、どうぞあのサマリヤ人の心を与えて下さい。つい自分の義務、責任、仕事を第一にして懸命になってしまっているうちに、貴方が一番求めていらっしゃる隣人への憐れみ、いたわり、愛をおざなりにする自分になってしまいました。どうか私の心を清めて、憐れみの心を満たしてください」これが自分の体を捧げて礼拝することではないでしょうか。

私たちにとって、このように自分の体をささげて礼拝することは決して無理な注文でなないはずです。なぜならば十字架のイエス・キリストを仰ぎ見るからです。十字架のイエス・キリストを仰ぎ見ない限り、どんなに力強く賛美歌を歌っても、朗々とお祈りしても、説教聞いても何もならない。神さまが命を懸けて注いでくださっている慈しみ・愛を十字架のイエスさまからいただこうとしない限りは、あなたがたの祈りは聞かない、あなたたちの献げ物に飽いたと吐き捨てられてしまうのではないでしょうか。

(つづく)

(つづき)

2節に、「世間の人々の生活態度や習慣をまねてはいけません。むしろ、すること考えることすべての面で、生き生きとした、全く新しい別人となりなさい。そうすれば、神の道がどんなに自分を満足させてくれるか、わかるようになります」とあります。

世の中には、いろいろな組織・集団があります。でも教会ほど種々雑多な人間の集団はないのではないでしょうか。小学校は6才から12才位といった年令の子供たちの集団です。大学は入学試験に合格する学力を有する者たちで構成されています。会社だって入社試験で吟味されて、わが社に必要な者と選ばれた社員による組織です。いろいろな趣味のサークルにしても、趣味を同じくするが故のサークルです。

ところが教会は、赤ん坊から年寄りまで、男女、人種、社会的地位、貧富、学力、能力、趣味、性格等々皆違う者たちが、唯々「イエスさまを救い主として信じます」と告白しさえすれば、アーメンと言って迎えられます。世の中にはこんなに種々雑多でやりにくい集団はないでしょう。ごたごたが起って当然の集団ではないでしょうか。

ですからパウロはここで、「世間の人々の生活態度や習慣をまねてはいけません」といっているのです。私たちが日常生活でやっているやり方を教会に持ち込んではダメだよ。教会がバラバラになるよ。この世の生活態度や習慣を全部捨てて、全く新しい
別人にならなければ、やっていけないよと、私たちに呼びかけているのではないでしょうか。

教会内でごたごたが起るとすれば、私たちがこの世のやり方を持ち込んでいるからなのです。ですからその度に十字架のイエスさまを仰ぎ見なければなりませんね。十字架のイエスによってのみ、私たちは新しい人間になれるのです。この世の中には十字架のイエスは居ません。教会にしか十字架のイエスが主として仰がれている所はないのです。ですから私たちはその原点に帰って、一週間の旅路の中で身につけてしまったこの世のやり方・考え方・感情を整え直さなければなりません。

パウロは私たちが全く新しい別人になるために、「先ず各自が自分を正直に評価して、威張らないこと、謙遜になること」と言っています。3節です。自分を誇ると言う時ぱっと心に浮かぶのは、ファリサイ派の人々の姿です。神殿に礼拝に来ながら、彼らが何と言ってお祈りしたでしょうか。隣りで礼拝している徴税人を横目で見ながら「神様、この徴税人のような者でないことを感謝します」(ルカ18:11)と祈っています。だから人を排除していくんですよね。せっかくイエスさまが救って集めてくださった教会員を切り捨て、排除していくのが、この心です。だから一人一人が自分を主イエスの前で正直に評価して、威張らない・謙遜にならなければならないのです。

私たちの長男誠は、ここ神戸教会で育てていただきました。誠と泉夫婦はドイツの  テゼーにあるプロテスタントの修道会に行かせていただきました。世界各地から集まって来たヒッピーと言われる若者たちが、この兄弟会に暮すようになって得た一番の恵みは、喜びだったそうです。一人の若者がこう書いています。

「それまではひどい自己嫌悪と劣等感のために、喜びがありませんでした。此処に来て他人が自分と違うこと、そして自分より優れていることが、かえって良いことだということがわかったのです」「ありのままの自分でいいんだと、他人から受け容れられることがわかり、自分でも自分を受け容れることが出来ると、自分に優しくなりました。他人にも優しくなれました。他人が自分より優れていることを素直に喜べるようになりました。だからいつも微笑むことが出来ます。人の身になって思うことも、少しずつ出来てきました。優しい微笑みが、私たちを美しくしてくれるようです」

ファリサイ派の人たちは、劣等感の裏返しの優越感で他人を見下して満足しようとして、冷たい心、頑なな心になり、他人を傷つけていくようになっていったのでしょう。
遂にはイエスさますら十字架に磔にして、「俺たちは正しいのだ。あいつは神を冒涜したのだから」と自己主張を貫いたのでした。

あの放蕩息子の譬えに登場する兄と弟。カインとアベル同様にあの兄も弟を拒否しました。彼は夕方遅くまで野良で働いて帰って来ました。すると家の中ではにぎやかな宴会が始まっています。「やー、楽しそうだこと。何事ですか?えっつ、弟よ、お前帰って来たの!よかった、本当によかった。お父さん、よかったねー!」と言って乾杯の輪に加わったとしたら、父も家族一同の喜びも一段と盛り上がったことでしょう。

マルタとマリア姉妹の話にしてもそうです。イエスさまと弟子たち一行を我が家にお迎えしました。マルタはさっと台所に立って13人分の食事の準備にとりかかりました。彼女の頭には料理の品数がぱっと浮かんだことでしょう。さあ大変です。しかしその時にマルタが5皿の料理を一皿で我慢して、「イエスさま、私もお話を聞かせて下さい」と手を拭きふきマリアの横に座ったならば、イエスさまの喜びは如何ばかりだったことでしょうか。

どうして働き者の兄が劣っている弟の横に座れないのでしょうか。どうして働き者の姉さんが、自分よりも劣っている妹の横に座って、一緒にイエスさまのお話を聞けないのでしょうか。「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び」(詩編133:1)やはり私たちは何時も、十字架のイエスさまを仰ぎ見上げながら「イエスさま、愛を下さい。イエスさま、慈しみをください。一人一人の違いを喜び合える心を下さい」とお願いして自分をささげていかなければならないのではないでしょうか。

リビングバイブルの4〜5節に進みます。「私たちの体に多くの器官があるのと同様、キリスト様の体にも、多くの器官があります。私たちはみな、キリスト様の体の各器官です。キリスト様の体が完全になるには、私たちが必要です。というのは、それぞれが異なった役目を果たすからです。ですから私たちは互いに依存し合っており、だれもが、ほかのすべての人を必要としているのです。」

コリント第一の12章の方では、目が手に向って、頭が足に向って「お前はいらない」とは言えないとあります。お互いに「お前なんかいらない」「お前なんか必要ない」などとどうして言えるでしょうか。

川越教会は50人まで成長した教会でした。それが小さな群れになってしまいました。私が帰国すると決まったら川越教会からシンガポールに、牧師招聘状が来ました。どうして私が?とびっくりしましたが、教会員の名前の中に目白時代の私のクラスの生徒の名前がありました。「あっ覚えてくださっていたの?」でも帰国後1年半か2年は全国巡回報告があります。責任を果たすことが出来ません。お断わりしました。しかし気になりますので、空白の日曜日には川越教会の礼拝に出席するようにしました。クリスマス・イヴ礼拝が8人でした。クリスマス位は近所の人でも来て下さるはずですのにと、悲しくなりました。若い牧師さんが病弱で任に耐えられないで辞任、無牧師になるというので、2007年の一年間、臨時牧師をお引き受けしました。

直ぐにこれはと思う方に牧師招聘状をお出ししました。しかし9月末になって断られてしまいました。さあどうしよう。年末にはシンガポールに戻る積りでした。でも教会は他に当てがありません。このまましばらく牧師を続けて欲しいとの決議を受けて、祈りましたら「今は川越に仕えなさい」という御声です。「では何時シンガポールへ帰れますか?」「今は川越に仕えなさい」そこで2008年1月から、今は川越の再建にお仕えすることにして、4月に牧師館に引っ越しました。

50人の群れになれば献金も1000万円位になり、教育盛りの子供を持つ牧師さんでも支えることが出来るでしょう。でも50人の群れになるまではとても生きていられないでしょうから、50人を目指す勢いを持つ30人の群れを目標に皆さんと一緒に励み始めました。ところが嬉しいことに、私たち夫婦を含めて年寄り・年配者ばかりの小さな群れに、若い人がポツリポツリと加わって礼拝が20人になって来たのです。先日赤ちゃんが誕生、礼拝に赤ん坊の泣き声が聞かれるようになりました。若い世代が集まれば、その成長と共に教会が成長していきます。明るい将来が見えてきました。

でも当分はこれまで担って来られた年配の方々8人が中心です。いろいろなごたごたの中で多くの会員が去って行き、残られた方たちです。つらい悲しい思いで傷を持って居られますね。皆が過去から癒されて、暖かく溶け合って前向きに一つになるのにも、時間が必要ですね。私たちは互いに依存し合っています。だから互いに影響を受けて傷つくのです。放蕩息子がしたい放題をすると、兄も傷を負います。マリアが独り瞑想にふけってばかりいますと、姉のマルタも傷ついてきます。でも私たちは互いに相手を必要とし合っているのです。「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び」といわれていますが、そう心から歌えるようになるのは、本当に難しいですね。だからこそ十字架のイエスさまを見上げて、自分自身をささげて、この世の中とは全く違う新しい人間になっていくのだという思いを礼拝の度に新にしていく必要があるのではないでしょうか。

(つづく)

(つづき)


[結] 教会再生への提案
時間がきましたので、終わりに提案を二つさせていただきます。第一は世界宣教への祈りです。2008年度の連盟の教勢報告が出ました。幾つかの教会は伸びていますが、多くは停滞しているか、弱くなってきています。川越が礼拝20人なのでそれよりも小さい教会・伝道所を数えたら99ありました。20人以上30人までが77で、176、53.5%が礼拝30人以下なのです。これが40人以下となりますと、217で66%。2/3なのですね。

どうして教会の元気がなくなってきているのでしょうか。大きな原因の一つに、宣教師を世界に送り出さなくなっているからだと思うのです。復活のイエスさまは弟子たちに向かって、何とおっしゃったでしょうか。「さあ、しっかりとした教会を作りなさい。多くの信徒を集め、信徒訓練をして強い群れを育てなさい。」とおっしゃったのでしょうか。いいえ。復活も信じられない弟子たちに「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」(マルコ16:15)とお命じになったのでした。

そのために聖霊さまを祈り求めなさいといわれて、集まって熱心に祈っていましたら10日後の五旬節に、聖霊様が一人一人の上に力強く下ったのでした。臆病な弟子たちが立ち上がり、世界各地から集まった人たちがそれぞれに理解できる言葉で、福音を語り始めたのでした。そして世界伝道が始まったのでした。

皆さん、今328教会伝道所から成る日本バプテスト連盟から、タイに日高先生一家、ルワンダに佐々木先生一家のたった二家族の宣教師だけした送り出されていないのです。これじゃ御霊が働きませんよ。福岡の新生教会が独自で中国に李先生一家、張先生一家、韓国との橋渡しに安先生一家、タイの学生センターに山田先生の4組の宣教師を毎月60万円の献金を献げて送り出しておられます。一つの教会で4組もの宣教師を送り支えて居る一方で、327の教会伝道所からは2組しか送り出していないのです。

皆さん、「全世界に行ってすべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」とおっしゃる主のご命令を第一にして、何はともあれ自分たちの教会から宣教師を送り出そう、関西連合から宣教師を送り出そうと祈ってください。献げてください。そうしたらそれぞれの教会が聖霊によって元気になります。先ず大きくなって、強くなって、牧師給をきちんと支給できて、会堂もきちんとして、それからというのは、この世の中のやり方です。この世の中のやり方にならってはダメです。

それからもう一つ。有意義な働きをしているNPOなどの団体が資金不足で、四苦八苦している状況を憂い、もっと寄付をする機運が盛り上がるようにと訴える新聞の記事をよくみかけます。「日本人は寄付をしたがらない。特に個人による社会貢献のための寄付が少ない。一家庭当りの寄付額が年に3000円という統計もある。ちなみに米国は17万円だ」とコラムにありました。

以前にバプテスト誌に関西連合の祈祷課題として、「年間予算500万以下、会員20名以下の教会・伝道所の課題を丁寧に聞き取り、協力伝道を推進したい」とありました。もしこれを一つのモデルとしますと、1教会員当りの献金が年25万円、夫婦なら50万円の献金額となります。米国の3倍です。日本の世間一般の家庭の167倍もの寄付をしていることになります。この点では、私たちは既に、世間の人々の生活態度や習慣とは全く違う別人になっているのです。嬉しいことです。

そこで私はもう一歩進めて、皆さんに訴えます。皆さんが天に召される時には、遺産をそっくり教会にお献げになりませんか。子供たちにはこれまで教育をし、それぞれで暮していけるようにしたのですから、遺産を受け取らなくてもやっていけます。世間の考え方は、「我が子たちに財産を」ですね。でも私たちは、全く新しい別人にされたのです。
恵みにあずかり、信仰の生涯を全う出来たのです。手許にお預かりした物をそっくり教会に献げて御許に召されたらどうでしょうか。教会は祈りを合わせて最善の使い道を考えます。そして主のご栄光を現わそうとするでしょう。霊の炎が燃え上がります。教会の内に次々とそのような献げ物が続くとしたら、皆さんの教会がどのように変わっていくか想像してみてください。

どうか全く新しい別人にされた証をもって、信仰の生涯を閉じ、天に旅たっていただきたいものです。これこそが私たちの礼拝生活の相応しい閉じ方だと信じます。 


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