日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

礼拝説教2009年

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[聖書]ルカによる福音書2章22〜33節
さて、モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。 それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と書いてあるからである。 また、主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった。
そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。 そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。 シメオンが“霊”に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、幼子のために律法の規定どおりにいけにえを献げようとして、イエスを連れて来た。
シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。 「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり、この僕を安らかに去らせてくださいます。 わたしはこの目であなたの救いを見たからです。 これは万民のために整えてくださった救いで、 異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの誉れです。」 父と母は、幼子についてこのように言われたことに驚いていた。

[序] 老人は夢を見る
明日は敬老の日ですね。一昨日我が家に地区の民生委員がお見えになり、「喜寿おめでとうございます」といって、川越市からのお祝い金を下さいました。以前は75才以上は毎年頂いていたそうですが、財政事情が悪くなったので、この次は米寿にお伺いしますということでした。さてそれまで生きているでしょうか。

昨日坂本牧師に神戸教会では、今日の礼拝で敬老のお祝いをなさるのですかと尋ねましたら、何歳からが該当者かで喧々がくがくとなり、しないことになりましたということでした。車に紅葉マークを何時からつけるか、ひと様々ですよね。

さて老年の役割とは、何でしょうか?以前の日記を開いてみますと、札幌教会時代には、一日に随分いろいろな事を精力的にやっていたのですね。今は小さな川越教会で、ゆっくり毎日を過させていただいています。動き回る仕事の量から言えば、1/10位しかしていないでしょう。でも今は我が勤めは説教と定めて、説教の準備に総てを注いでいます。

教会の誕生は、復活されたイエス・キリストが天に上っていかれた10日後の五旬祭の日に、祈っていた弟子たちに、聖霊が豊かに注がれた時に始まります。聖霊に満たされた弟子たちは、世界各地からエルサレムに集まって来ている人たちに、それぞれが理解できる言葉で、説教を始めました。ペトロは預言者ヨエルの言葉を引用してこう語りました。「わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、若者は幻を見、老人は夢を見る。」老人が見る夢とは、何でしょうか?

[1]シメオンの証・チャン夫人の証
今日の聖書は、嬰児イエスの宮詣での記事です。「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と定められた律法に従い、清めの期間33日が過ぎますと、ヨセフ、マリア夫婦はイエスさまを抱いてエルサレムの神殿にやって参りました。雄羊一頭を焼き尽くす献が物として、山鳩か家鳩一羽を贖罪の献げ物としてささげます。しかし貧しければ、羊の代わりに鳩でもよい。ベツレヘムの馬小屋で出産したヨセフとマリアです。恐らく鳩二羽の献げ物を買って、神殿に進み出たのではないでしょうか。

その神殿にはシメオンという老人がたむろして、イスラエルの救いを待ち望んで、毎日祈りを捧げていました。彼は「主が遣わすメシア(救い主)に会うまでは決して死なない」という聖霊のお告げを受けていました。そのシメオンが聖霊に導かれて神殿の境内に入って来た時に、ヨセフ、マリアに抱かれたイエスさまと出会ったのです。
シメオンは幼子を腕に抱いて、神さまを讃美したのでした。

「神さま、これで私は安心して死ねます。私の目は待ち望んでいたあなたの救いをはっきりと見たのですから。この嬰児にあなたが整えて下さった世界万民の救い、異邦人を照らす光が輝いています。この子はあなたの民イスラエルの誉れです。」

大きな神殿です。お宮参りする嬰児は毎日大勢いたことでしょう。その中でどうしてシメオンは嬰児イエスを抱くことが出来たのでしょうか。まさに神さまの導き、聖霊さまにうながされてと言う以外にありません。神殿にはシメオンの他にも、84歳になった女預言者アンナも祈っていました。彼女もまたシメオンの傍らに導かれて、幼子を見て、神さまを讃美し、人々に証しました。

「もうこれで安心して死ねます」私は未だその様な言葉が口から出てきません。ですからシメオンはアンナ同様に、相当の年配の方でしょう。彼らが嬰児イエスに見た神さまの救いは、世界のすべての民が救われること、それから神の民だと誇るユダヤ人が、救いの外側に居る連中を軽蔑してきた異邦人を照らす光だったのです。

私たちの関心事は、先ず自分と身の回りの者たち、それから自分が暮らす地域社会、自分の国という順で、世界などということは最後の最後ではないでしょうか。しかしシメオンは何はさておき先ず第一に、世界の万民の救いでした。これが老人の見た夢、聖霊に導かれて見た老人の夢だったのです。

先ほど家内が、子供メッセージとして、シンガポールバプテスト連盟総主事チャン先生のお母さんの話をしました。熱心なクリスチャンでした。彼女が心血を注いで築いた南洋女子中学校を、日本の占領軍が接収してしまいました。養子として引き取って育てたジョンの生みの父親は占領直後の中国人粛清の大虐殺で殺されました。戦争が終り平和が戻りました。学校を再建したチャン夫人は70歳過ぎまで働いて校長を引退しました。しかし日本人に対する怒りはいつまでも残りました。

牧師になっていたジョンが遂にある日言ったのです。「お母さん、貴方は熱心な信仰者なのに、どうしていつまでも日本人を赦せないのですか。間違っています」お母さんは顔色を変えて自分の部屋に閉じこもってしまいました。二週間たちました。部屋から出てきたお母さんがジョンに言いました。「貴方の言う通りです。お母さんは間違っていました。日本人を赦します。日本へ行ってシンガポールに居る日本人のために宣教師を送ってもらいなさい。日本人が救われなければアジヤに平和は来ません」

そこでチャン先生は日本の連盟に宣教師の派遣を幾度も要請し始めたのでした。一方神さまは1989年8月福岡の西南学院ランキンチャペルで開かれたバプテスト伝道100周年大会の席上で、私に「シンガポールへ行きなさい」とお命じになりました。もっと先輩の牧師夫妻をと交渉して来たのでしたが、よい返事を得られずにきていたのです。「えっ、私がですか?」「その通り」「私でよければ喜んで」と、札幌に帰って辞表を出しました。3年辞表を出し続けてやっと牧師招聘委員会を作っていただきました。

ところが家内が「うん」と言ってくれません。ジャカルタかマニラの町で見かける裸足で物売りをしている子供たちを見て、「どうせ札幌を離れるのなら、あのような子供たちに仕えたい」というのです。するとチャン先生が雪の札幌の我が家に訪ねて来て、家内にお母さんの証を聞かせてくださいました。「お母さんの祈りにお応えしなければ」と家内もシンガポール行を決心してくれたのでした。これが聖霊に導かれた老人の見る夢なのですね。

(後半へつづく)

(前半からつづき)

[2]アイヌの父を生んだ夢
私は札幌で30年余働きました。北海道といえばBoys be ambitious in Christのクラーク博士ですね。でも北海道をよく識る者には、アイヌの父ジョン・バチェラー先生です。先生はクラーク先生と入れ違いの明治10年に函館に来られました。中国伝道を目指してイギリスからはるばる東洋にやって来ましたが、病気になり静養に来られたのです。24歳でした。志が挫折し落胆しましたが気を取り直して「よし、それなら北海道に腰を据えて伝道しよう」と日本語を学び始め、一年で習得。すぐにアイヌ語を学び始めました。

「アイヌ語なんか勉強してどうするのですか?」「アイヌの人たちにキリストの福音を伝えるのです」「とんでもない。彼らは人間じゃない。人間と犬のあいのこです。だからあんなに毛むくじゃらなんです。手・足・胸にまでも熊みたいにもじゃもじゃ毛が生えています。肉だって魚だって生で食べちゃいます。あんな奴らにキリスト様のお話をしたって分かりっこありません」内地から北海道へ移住して来た日本人でもこうだったのですね。

「私はまだアイヌ人を知りませんから、あなた方の言うことをそのまま信じるしかありません。しかしその通りなら、なお更イエス・キリストの愛の福音を伝えなければなりません」先生は札幌に移りアイヌ人のデンベさんからアイヌ語を習い、有珠と平取のコタン(アイヌ部落)を訪ね、伝道を始めました。そして明治・大正・昭和の65年間、アイヌ人一筋に働き続けました。

伝道のために先ずアイヌ語訳新約聖書、アイヌを理解するためにアイヌ語辞典を作り、アイヌの研究書も約50冊著わしました。日本人からアイヌ語辞典や研究書が出たのではなかった!先住民族アイヌの地を支配するようになりながら、アイヌ文化は日本人の学問研究の対象に値しなかったのです。恥ずかしい話です。

コタンが洪水に見舞われると金を集めて米を送りました。病人のために診療所や家を建て、学校や孤児たちの寮を建てました。度々の寄付集めに悪口を言われました。しかし「アイヌの人たちのためなら、どんなに悪口をいわれてもかまわない」とへこたれませんでした。88歳の時に太平洋戦争勃発、イギリスへ強制送還され、1944年91歳で亡くなりました。

何故バチェラー先生はアイヌ伝道にこれほどまで執念を燃やしたのでしょうか。その原点は雪の降る函館の町での出来事です。アイヌの子供が雪に滑った拍子に、木の皮で作った靴を飛ばしてしまいました。通りかかった男の子がその靴を拾うと、「わーい、アイヌのおかしな靴」と叫んで遠くに投げました。近所の子供たちが集まってきて、皆でいじめ始めました。

アイヌの子はじっとこらえています。彼の母親もまるで自分たちが悪いことをしたかのように、小さくなっています。自らの誇りや自信を失い、差別されるままになっている姿を目の当たりにして、「こんなありさまではアイヌの人ばかりか、日本人にとっても良くない。両方の民族のために仕えていかなければ」と決意したのだそうです。

しかしそれ以前に、先生にはもっと深い原点がありました。ジョンが12歳の時、田舎の90歳の曾ばあちゃんをお見舞いに行った時のことです。ジョンの頭に手を置いて彼の顔を穴のあくほど見つめながら、曾おばあちゃんがこう言って祈ってくれたそうです。「この子は大きくなったら、どこか遠い国へ行って、不思議な二つの民族のために働くようになるだろうよ」

イギリスの片田舎に暮す90歳のおばあちゃんが、曾孫の活躍する舞台を「どこか遠い国へ行って」と、世界という広がりの中で民族と民族をつなぐ働きをすると見ているのです。そして祈ってくれたのです。何と素晴らしいことでしょうか。日本の私たちの教会の内に、このようなスピリットが活き活きと働いているでしょうか?
[結] 80歳の夢
神さまは、全世界をお造りになりました。すべての人をご自分に似せて造られました。どの人をも大事に大事にされて、豊かな命をもって生きるようにと望まれました。そして救い主イエス・キリストをお送りくださったのでした。神さまの目は全世界、すべての人に注がれています。ですからその神さまの御霊が働くならば、私たちの思いが、自分と自分の一族だけなどという小さな範囲に留まるはずはありません。

皆さん、私たちの思いが自分と自分の一族のことだけならば、私たちには神さまの霊、聖霊さまは働いていません。どうか聖霊さまをいただいて、聖霊さまの導きのもとに聖書を読み、お祈りしてください。若い人たちは自分の子育てと自分の生活を立てていくことにあくせくしています。その役割から解放された年寄りは、もっと広い大きな夢を見て、自分のことに捉われる若い人たちに、孫たちに、曾孫たちに世界を救おうとしていらっしゃる神さまの夢を語っていこうではありませんか。

私は80歳までは川越教会にお仕えしなければいけないと思っています。そしたら再びシンガポールへ戻りたいです。どうしてですか。日本の親は我が子を自分の周りに置いておきたがります。海外に出て行ったり、国際結婚したりすることは反対なのです。遠く海外に暮すことをとても心配します。ですからシンガポールの国際結婚組は孤独です。問題が生じて苦しんでも、親に言えません。それ見たことか、帰って来い、と言われてしまうからです。丁度私たちの年配が、その人たちのお父さん、お母さんに当たります。教会が実家になります。何かあると私たちの所に来て下さいます。

ですから根を下ろして暮していく人たちはこうおっしゃいます。「先生、ずーっと此処に居て!此処で死んでください。ちゃんとお世話しますから」死ぬ世話までさせるのはどうかと思いますが、居るだけでよいのなら、剣道しながら、じじ・ばば役をさせていただこうかなと思っています。私は63歳でシンガポールへ行きました。80歳になったら再びと願っています。どうぞお年寄りの皆さん。年をとって何も出来なくなったなどとおっしゃらずに、聖霊さまをいただいて、大きな祈りを、若い人たちや孫たちのために、なさってください。

お祈りします。
神さま、日本は小さな島国です。日本人は大勢海外旅行しますけれども、観光旅行で終っています。観光して帰ったら、小さな日本の国内でのあくせくした暮しを続けます。アジアの人たちは日本人に期待を寄せています。日本人が救われなければアジアに平和が来ないと、祈っています。福音を伝える宣教師を求めています。どうぞ日本の諸教会の内からアジアにどんどん出て行って、神さまの大きな恵みを一緒に分かち合う働き人を沢山起こしてください。日本の教会のお年寄りたちが若い人たちを励まして、世界に出て行くようにと祈り、自分たちが持っている財産を献げて下さるように、聖霊さま、力強く働いて下さい。神戸教会が宣教師を送り出す教会になりますように。このお祈りをイエスさまのお名前によって、おささげします。アーメン

[聖書]エレミヤ書32章6〜15節
さて、エレミヤは言った。「主の言葉がわたしに臨んだ。 見よ、お前の伯父シャルムの子ハナムエルが、お前のところに来て、『アナトトにあるわたしの畑を買い取ってください。あなたが、親族として買い取り、所有する権利があるのです』と言うであろう。」 主の言葉どおり、いとこのハナムエルが獄舎にいるわたしのところに来て言った。「ベニヤミン族の所領に属する、 アナトトの畑を買い取ってください。あなたに親族として相続し所有する権利があるのですから、どうか買い取ってください。」
わたしは、これが主の言葉によることを知っていた。 そこで、わたしはいとこのハナムエルからアナトトにある畑を買い取り、銀十七シェケルを量って支払った。 わたしは、証書を作成して、封印し、証人を立て、銀を秤で量った。 そしてわたしは、定められた慣習どおり、封印した購入証書と、封印されていない写しを取って、 マフセヤの孫であり、ネリヤの子であるバルクにそれを手渡した。いとこのハナムエルと、購入証書に署名した証人たちと、獄舎にいたユダの人々全員がそれを見ていた。 そして、彼らの見ている前でバルクに命じた。
「イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。これらの証書、すなわち、封印した購入証書と、その写しを取り、素焼きの器に納めて長く保存せよ。 イスラエルの神、万軍の主が、『この国で家、畑、ぶどう園を再び買い取る時が来る』と言われるからだ。」

[序] 孤立無援のつらい生涯
皆さん、「自分なんか生まれてこなければよかった」と思ったことがありますか。私は一度あります。戦争中の小学校時代に肺結核にかかり1年間休学しました。敗戦後の東京の中学では、教科書も食糧も不足で、午後は授業がありません。運動場で野球ばかりやって暇をつぶしました。過激な運動は控えるように医者から注意されていたのですが、体は丈夫だと過信して、野球部に入りました。そして高校1年の終わりに遂に喀血して、6年半の療養生活を余儀なくされました。学校の友人たちに取り残され、弟も大学を卒業して働き出しているのに、家で母に厄介をかけて毎日を送る惨めさ。自分の我がまま勝手さに自分で嫌気がさして、「生まれてこなければよかった、死んでしまいたい」と思いつめたのでした。

しかし私の場合、人生のトンネルは7年半でしかありませんでしたが、エレミヤは、40年以上にわたる預言者生活のすべてが、多くの人々から非難を浴び、嫌われ、孤立無援の日々でした。神さまは彼に「妻をめとってはならない。息子や娘を得てはならない」(16:1)と命じました。ですから失意の中で優しく慰めてくれる妻もいなければ、未来に希望を託す子供もいませんでした。また「酒宴の家に入るな。彼らと共に座って飲み食いしてはならない」(16:8)とも命じました。酒を飲みながらグチを聞き合い、励まし合う仲間もいなければ、近所付き合いもなかったのです。どうして神さまはエレミヤに、このように孤独な生涯を送らせたのでしょうか。
それはエレミヤが生きた時代というのが、国家が滅亡するという激動の時代だったからです。そしてエレミヤの任務というのが、このままでは北からの脅威で国が滅びるという滅亡の預言を語り続けることだったからです。先週も偽預言者ハナンヤとエレミヤとの対決を学びました。ハナンヤは、バビロンに連れ去られた第一次捕囚が二年以内にすべて帰還すると預言しました。エレミヤの預言はバビロンのくびきはもっと厳しく70年に及ぶというものでした。

人々は厳しい言葉よりも甘い言葉を求めます。手軽な平和を歓迎し、深く悔い改めることを嫌います。人々に迎合したハナンヤは、神の裁きにあって二ヶ月後に急死してしまいました。しかしゼデキヤ王も人々もエレミヤの言葉に聞き従って、悔い改めようとはしませんでした。だから国が滅亡したのです。エレミヤはこのように呻いています。

「ああ、わたしは災いだ。わが母よ、どうしてわたしを産んだのか。国中でわたしは、争いの絶えぬ男、いさかいの絶えぬ男とされている」(15:10)「わたしには聞こえます。多くの人の非難が」(20:10)「わたしは一日中笑い者にされ、人は皆わたしをあざけります」(15:7)しかし神さまは、何としても神の民を救いたかったのです。そしてエレミヤを特に選んで、つらい役割をおさせになったのでした。

誰しもが、ハッピーな人生を送りたいものです。でもエレミヤのような人生もあるということを、よくよく覚えておきたいものです。

[1] それにもかかわらず
さて今日は、エルサレムの都がバビロン帝国の大軍に包囲されて1年程経過していた時のことです。半年後には落城して国が滅ぼされます。エレミヤは獄舎に拘留されていました。この都は占領されるなどということを言いふらされては、国民の気持が沈んで、戦えません。そこでゼデキヤ王が拘留したのでした。戦争中の日本でも「一億一心」絶対に勝つという心で一つでなければなりませんでした。戦況が不利だなどと言おうものなら、非国民と罵られ、憲兵隊や特高警察につかまりました。

そのエレミヤの許に従兄弟のハナムエルがやってきて、アナトト村の畑を買い取って欲しいと願いました。土地はその一族が神さまから授かったものだから、誰かが土地を手放さなければならなくなった場合は、親戚同士で買い取って、土地を守らなければならないとされていたからです。エレミヤは定められた慣習通りに、獄舎の中で証人を立ち会わせて証書を作り、銀17シュケルを支払いました。

しかしエルサレムは包囲されていたのです。城の外のアナトト村は当然敵軍の占領下にあったことでしょう。エレミヤは国の滅亡を確信していました。そのような状態で畑を買い取るとは、一体どういうことなのでしょうか。お金をどぶに捨てるようなものではないでしょうか。今日の聖書箇所の先を読み進めると、事情が分かってきます。エレミヤも契約を交わした後では、こう祈っています。
「今や、この都を攻め落とそうとして、城攻めの土塁が築かれています。間もなくこの都は剣、飢饉、疫病のゆえに、攻め囲んでいるカルデア人の手に落ちようとしています。あなたの御言葉どおりになっていることは、御覧のとおりです。 それにもかかわらず、主なる神よ、あなたはわたしに、『銀で畑を買い、証人を立てよ』と言われました。」(32:24〜25)

これに対する神さまのお答はこうでした。「かつてわたしが大いに怒り、憤り、激怒して、追い払った国々から彼らを集め、この場所に帰らせ、安らかに住まわせる。 彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。 わたしは彼らに一つの心、一つの道を与えて常にわたしに従わせる。それが、彼ら自身とその子孫にとって幸いとなる。 わたしは、彼らと永遠の契約を結び、彼らの子孫に恵みを与えてやまない。

またわたしに従う心を彼らに与え、わたしから離れることのないようにする。 わたしは彼らに恵みを与えることを喜びとし、心と思いを込めて確かに彼らをこの土地に植える。 まことに、主はこう言われる。かつて、この民にこの大きな災いをくだしたが、今や、彼らに約束したとおり、あらゆる恵みを与える。この国で、人々はまた畑を買うようになる。それは今、カルデア人の手に渡って人も獣も住まない荒れ地になる、とお前たちが言っているこの国においてである」(32:37〜43)

イスラエルを愛する神さまの熱い思いは変らないのです。イスラエルの民を大いに怒り、追い払うけれども、彼らに恵みを与えることを喜びとするから、再び畑を売買出来る平和な国にする。その約束として、エレミヤよ、あなたが先ずアナトトの畑を買い取りなさいと、おっしゃったのでした。

(後半へつづく)

(前半からつづき)


[2] 血の代価による契約
エレミヤが生涯を通して、滅亡という神の裁きを警告しても、聞こうとしない人々のかたくなさ。そのためにエレミヤは生まれてこなかったほうがよかったとうめき通しました。そんなイスラエルの民なのに「彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる」というお心は全く変らないのです。そして「わたしは彼らに一つの心、一つの道を与えて常にわたしに従わせる」という期待と希望を持ち続けて居られるのです。彼らにあらゆる恵みを与える―――何と言う神さまの愛でしょうか。

エレミヤの従兄弟が、獄舎に拘留されているエレミヤに頼みました。「ベニヤミン族の所領に属するアナトトの畑を買い取ってください。あなたに親族として相続し所有する権利があるのですから、どうか買い取ってください。」  新共同訳の「相続し所有する権利」を、口語訳は  「あがなう権利」、 新改訳は「買い戻す権利」と訳しています。どういう事情で売らなければならなくなったのか分かりませんが、とにかく畑が他人の手に渡らないように、一族として買い戻さなければなりません。本人に代って金を支払い、取り戻すことをあがなうというのです。

シンガポールではショッピングセンターで買い物をした時に、駐車券の裏に店が判を捺してくれます。すると駐車料金が無料になります。Redeemed(あがなわれた)という判でした。「料金が代りに支払われている駐車券」という意味です。神さまは、神さまに聞き従わず、バビロンに滅ぼされてしまうご自分の民イスラエルを、代償を支払って取り戻すという決意を、エレミヤに従兄弟の畑を買い取らせることによって、お示しになったのでした。

国が滅んでしまうという絶望的な状況の中で、イスラエルがどんなに背き続けても、神さまの愛は変らず、イスラエルを回復させるという御心をお示しになりました。 そのために「神さまに従う心を与え、神さまから離れることがないようにする」とおっしゃいました。エレミヤが40年も預言し続けて来たのに、聞き従わなかったイスラエルです。神さまは一体どうやって聞き従う民になさるというのでしょうか。

エレミヤは畑を買った契約書を「素焼きの器に納めて長く保存せよ」(32:14)と命じられましたから、イスラエルが神の民に回復する時が、ずっと先の将来であることが暗示されています。でもかたくなな民が神の全き民になる日が、果たして来るのでしょうか。

その答えが、イエス・キリストです。十字架にはりつけにされ、「自分を救ってみろ」という嘲りを受けながら「父よ、彼らをお赦しください」と祈りつつ死んでいかれたイエス・キリストです。エレミヤに40年余も滅亡の預言を語り続けさせ、いざ滅亡の日が来ると、アナトトの畑を買い取らせて、回復を語らせた神さま。滅亡を滅亡に終らせず、その向うに永遠の契約を結び、子孫に恵みを与えると約束なさった愛。その神の愛は、かたくなな民の罪をあがなうために神の御子イエス・キリストを十字架におつけになることで、完全に実現されたのでした。

[結] 神の愛に生きる民
イエス・キリストは、十字架で肉を裂き血を流して「彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる」という、あのエレミヤを通して約束された神さまの契約をしっかりと結んで下さいました。神さまが、神の子イエス・キリストの命という代価を一方的に支払って、滅びの中から私たちを買い戻して下さったのです。ですから私たちは毎月第一日曜日の礼拝で、十字架の死を記念する晩餐式を守り続けているのです。

愛は命を持っています。愛は人を変えます。真の愛は真実に応答する愛を生み出します。「神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。 愛する者たち、神がこのようにわたしたちを愛されたのですから、わたしたちも互いに愛し合うべきです。」(汽茱魯佑亮蟷罍粥10〜11)十字架の愛は、互いに愛し合う愛を生み出すのです。私たちを愛の神の民、愛し合う民にして下さるのです。

パンと盃を共にいただきながら、愛の神さまに買い取られた神の民として生きて参りましょう。あらゆる恵みを与えるとおっしゃる神の愛に生きて参りましょう。

[聖書]エレミヤ書28章1〜11節
その同じ年、ユダの王ゼデキヤの治世の初め、第四年の五月に、主の神殿において、ギブオン出身の預言者、アズルの子ハナンヤが、祭司とすべての民の前でわたしに言った。 「イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。わたしはバビロンの王の軛を打ち砕く。 二年のうちに、わたしはバビロンの王ネブカドネツァルがこの場所から奪って行った主の神殿の祭具をすべてこの場所に持ち帰らせる。 また、バビロンへ連行されたユダの王、ヨヤキムの子エコンヤおよびバビロンへ行ったユダの捕囚の民をすべて、わたしはこの場所へ連れ帰る、と主は言われる。なぜなら、わたしがバビロンの王の軛を打ち砕くからである。」 そこで、預言者エレミヤは主の神殿に立っていた祭司たちとすべての民の前で、預言者ハナンヤに言った。 預言者エレミヤは言った。「アーメン、どうか主がそのとおりにしてくださるように。どうか主があなたの預言の言葉を実現し、主の神殿の祭具と捕囚の民すべてをバビロンからこの場所に戻してくださるように。 だが、わたしがあなたと民すべての耳に告げるこの言葉をよく聞け。 あなたやわたしに先立つ昔の預言者たちは、多くの国、強大な王国に対して、戦争や災害や疫病を預言した。 平和を預言する者は、その言葉が成就するとき初めて、まことに主が遣わされた預言者であることが分かる。」 すると預言者ハナンヤは、預言者エレミヤの首から軛をはずして打ち砕いた。 そして、ハナンヤは民すべての前で言った。「主はこう言われる。わたしはこのように、二年のうちに、あらゆる国々の首にはめられているバビロンの王ネブカドネツァルの軛を打ち砕く。」そこで、預言者エレミヤは立ち去った。

[序] 預言者を立てて
私たちは神さまを、選挙カーから手を振る候補者を見たり、握手したり、スピーカーから流れる演説を聞くようには、確認できません。しかし聖書は「神さまご自身が私たちに言葉をもって語りかけて、ご自分を明らかに示して下さる」という信仰に固く立っています。

神さまはモーセにこう約束なさいました。「わたしは彼らのために同胞の中から、あなたのような預言者を立てて、その口にわたしの言葉を授ける。彼がわたしの命じることを、すべて告げるであろう」(申命記18:18)

こうして神さまは、預言者を次々とお立てになり、彼らを通して御心を明らかに示して下さるようになりました。ですから旧約聖書には、多くの預言者の言葉が記されています。そしてその言葉が歴史の出来事としてどのように具体的に現わされたかを、記しています。
神さまは最後に、イエス・キリストによって御心を完全に決定的に現わして下さいました。イエス・キリストは、言葉や業だけでなく、その生き様と死に様のすべて、すなわち全存在をもって、神さまの言葉を明らかに語って下さいました。このイエス・キリストによって語って下さっている、神の愛と救いの言葉に応答して生きていく信仰が、私たちの信仰です。

先日私は航空券を電話で予約購入しました。空港で本人であることを証明するものを提示して、航空券をもらうようにと言われました。「私は本当に本人なのだ」との  証明が必要なのです。預言者にしても、神さまが本当にその人を立てたのかどうか、どこで分かるのでしょうか。

エレミヤは南王朝ユダがバビロン帝国に滅ぼされる激動の時代に、紀元前626年頃から約50年にわたって預言活動をしました。神さまは「あなたが生まれる前から諸国民、諸王国の預言者として決めていたのだよ」とおっしゃって、青年エレミヤを預言者にお召しなりました。しかし彼は任命書なるものをいただいていません。預言者として本物か贋物かの区別が、今日の主題です。

[1] 歴史から正しく学ぶ大切さ
エレミヤ書の26章をご覧下さい。ヨヤキム王の治世の初めに、彼はエルサレムの神殿の庭で、主に命じられた言葉を語りました。するとエレミヤはたちどころに逮捕され、裁判にかけられました。その理由は「この神殿がシロのようになり、この都は荒れ果てて住む者もなくなる」と主の名によって預言したからです。

シロはカナンの地に定住したイスラエル共同体が、神の幕屋を据え、後に神の宮を建てた地です。その神の宮で少年サムエルが大祭司エリに育てられました。しかし後にペリシテ軍によってシロの神の宮は破壊され、神の箱は奪われました。BC1050年頃のことです。

ダビデ王の時代になって神の箱はエルサレムに戻り、息子のソロモン王が豪壮な神殿を建てて、その聖所に安置されました。BC958年のことです。そしてエレミヤの時代まで約360年間、神殿はその威容を誇ってきたのでした。

その間に北王朝はBC722年にアッシリヤ帝国によって滅ぼされました。そしてBC688年アッシリヤの大軍が攻めてきてエルサレムは包囲されました。ヒゼキヤ王は預言者イザヤに祈りの助けを要請すると共に、自分自身も粗布をまとって神殿に入り懸命に祈りました。すると突如18万5千の大軍が混乱に陥り、アッシリア王は引き揚げていきました。小さな南王国が奇跡的に救われたのです。

そこで人々は「この神殿がある限り自分たちの国は大丈夫だ、神の民は護られる」という思いを強く持つようになりました。その神殿の庭でエレミヤが「わたしはこの神殿をシロのようにし、この都を地上のすべての国々の呪いの的とする」と主の名による預言をしたのでした。ヒゼキヤ王時代の奇跡から100年程後のことです。人々が激しく怒ったのは当然でしょう。

しかしこの時南王国には、まだ公正な判決を下す裁判官と、それを支持する人々がいました。そして「エレミヤには死に当たる罪はない。彼は我々の神、主の名によって語ったのだ」という判決を下したのでした(26:16)。その理由は「あの奇跡的にエルサレムが護られた時代にも、預言者ミカが、今日のエレミヤと同じ預言をした。しかしヒゼキヤ王は、ミカを殺さなかった。かえってミカの預言を聞き入れて主なる神に恵みと憐れみを祈り求めた。もしもエレミヤを偽預言者だとして殺せば、神の裁きを我が身にもたらすことになる」というものでした。

こうしてエレミヤの預言は本物と判定されました。裁判官が、時流や人心に惑わされず、過去の歴史から正しく学んだからです。しかし裁判がどれも真実に行なわれるものではありません。26章の終りには、エレミヤと全く同じ預言をしていながら、預言者ウリヤは殺されたと記されています。

命をかけて真実を語る本物、歴史に学ぶことによって本物と贋物とを見分けることの出来た少数者。26章は今日の私たちに、とても大切なことを教えてくれています。

[2] ハナンヤとの対決
次はエレミヤ書28章、ハナンヤとの対決です。これは26章から10年以上も後のことです。この10年の間にヨヤキム王からその子のヨヤキンに代かわりして3ヶ月後、王以下貴族たちがバビロンに捕えられて連れて行かれました。第一次捕囚(BC597年)です。そして南王朝最後の王ゼデキヤの代になっていました。

預言者ハナンヤが神殿で語りました。「イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。わたしはバビロンの王の軛を打ち砕く」(28:2)そして2年のうちに捕囚となってバビロンに連れて行かれた前の王ヨヤキン(エコンヤ)以下のすべてを帰還させるというのです。人々は喜びに沸き立ったことでしょう。

しかしエレミヤは直ちに反論しました。「アーメン、そうなったらどんなによいことだろう。だが違う。主はこうおっしゃっておられる。」「わたしがあなたと民すべての耳に告げるこの言葉をよく聞け。 あなたやわたしに先立つ昔の預言者たちは、多くの国、強大な王国に対して、戦争や災害や疫病を預言した。平和を預言する者は、その言葉が成就するとき初めて、まことに主が遣わされた預言者であることが分かる。」(28:7〜9)

その時エレミヤは主のご命令で、木の軛を作って自分の首にはめ、それに綱をつける格好をしていました。エレミヤの反論にハナンヤは感情が激したのでしょう。エレミヤの首から軛をはずし、力一杯に打ち砕いて人々に言いました。「主はこう言われる。わたしはこのように、二年のうちにあらゆる国々の首にはめられているバビロンの王ネブカトネツァルの軛を打ち砕く」エレミヤは何も言わず沈黙したまま、その場を立ち去りました。

首に木の軛をつけたおかしな格好のエレミヤと、その頑丈な軛を手で打ち砕いて見せたハナンヤ。ハナンヤの方が力強くていかにも頼もしい本物の預言者のように人々の目に映ったのではないでしょうか。しかし主は言葉なく引き下がって来たエレミヤに、再び言葉をお与えになりました。そこでエレミヤはもう一度ハナンヤと対決したのです。そして最後にこう言いました。

「ハナンヤよ、よく聞け。主はお前を遣わされていない。お前はこの民を安心させようとしているが、それは偽りだ。 それゆえ、主はこう言われる。『わたしはお前を地の面から追い払う』と。お前は今年のうちに死ぬ。主に逆らって語ったからだ。」(28:15〜16) 預言者ハナンヤは、2ヶ月もしないうちに、死んでしまいました。

昔神さまがモーセに「預言者を立てて、その口にわたしの言葉を授ける」とお約束なさった時に「わたしの命じてないことをわたしの名で勝手に語る預言者は死なねばならない」(申命記18:20)とおっしゃいました。そのお言葉通りになったのでした。

神の名で自分勝手に語ることは死に値する重い罪だと言われています。恐ろしいことです。その意味からいって、神さまの名によって語るということは、命懸けのことなのですね。ハナンヤも預言者の自覚を持っていました。その責任の重大さは、よく承知していたはずです。それがどこでどう誤ってこのような厳しい裁きを招く結果になってしまったのでしょうか。


(後半へつづく)


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