日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

礼拝説教2009年

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

[聖書]イザヤ書6章1〜10節
ウジヤ王が死んだ年のことである。わたしは、高く天にある御座に主が座しておられるのを見た。衣の裾は神殿いっぱいに広がっていた。 上の方にはセラフィムがいて、それぞれ六つの翼を持ち、二つをもって顔を覆い、二つをもって足を覆い、二つをもって飛び交っていた。 彼らは互いに呼び交わし、唱えた。「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。主の栄光は、地をすべて覆う。」 この呼び交わす声によって、神殿の入り口の敷居は揺れ動き、神殿は煙に満たされた。
わたしは言った。「災いだ。わたしは滅ぼされる。わたしは汚れた唇の者。汚れた唇の民の中に住む者。しかも、わたしの目は/王なる万軍の主を仰ぎ見た。」 するとセラフィムのひとりが、わたしのところに飛んで来た。その手には祭壇から火鋏で取った炭火があった。 彼はわたしの口に火を触れさせて言った。「見よ、これがあなたの唇に触れたので/あなたの咎は取り去られ、罪は赦された。」
そのとき、わたしは主の御声を聞いた。「誰を遣わすべきか。誰が我々に代わって行くだろうか。」わたしは言った。「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください。」主は言われた。「行け、この民に言うがよい/よく聞け、しかし理解するな/よく見よ、しかし悟るな、と。 この民の心をかたくなにし/耳を鈍く、目を暗くせよ。目で見ることなく、耳で聞くことなく/その心で理解することなく/悔い改めていやされることのないために。」

[序] 祈る青年イザヤ
南王国のウジヤ王が死にました。ウジヤは父アマツヤが北王国と戦って徹底的に打ちのめされた後を受けて16才で王になりました。彼は井戸を掘り、農業を振興させて豊かさを取り戻し、見事に国を再建しました。ところがやがておごりたかぶり、神殿で礼拝を捧げる際に、祭司に代わって香をたこうとしたのです。神さまの怒りにふれ、たちまち重い皮膚病になってしまいました。人前に出ることができないので息子ヨタムを摂政にして、王位を保ちました。

在位52年間、とにかく強力な指導者が死んだのです。厳しい国際情勢の中で、小さな国の将来はどうなるのでしょうか。青年イザヤは、おごり高ぶりから、神の厳しい怒りにふれて重い皮膚病になった国王の姿を目の当たりに見ています。富む者たちの間に道徳的荒廃が広まっています。貴族の一員として、自分はどのように国家に対する責任を果たして生きていくべきか。イザヤは神殿で祈り続けていたようです。BC740年頃のことでした。

[1]全く質を異にする神さま
イザヤは突然「高く天の御座に座しておられる神さまを見た」という経験をしました。でも見たといっても神さまがどんなお姿なのかについて、彼は何も述べていません。神さまの衣のすそが、神殿いっぱいに広がっていたと述べているだけです。意地の悪い言い方をすれば、彼の見たのは、神さまのお姿ではなくて、神さまの衣のすそに過ぎなかったのです。それでもイザヤは、神さまを見たと言い切っています。

そして彼は、セラフィム(天使でしょう)たちの歌う賛美歌を聞きました。「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。主の栄光は、地をすべて覆う。」 この呼び交わす声によって、神殿の入り口の敷居は揺れ動き、神殿は煙に満たされたと彼は述べています。彼は天使の賛美歌を耳で聞きました。神殿の入り口の敷居が揺れ動くのを、体で感じました。同時に神殿が煙で満たされるのを、目と鼻で確認しました。イザヤは、自分の目や耳や鼻や皮膚や体全体で「神さまを見た」という体験をしたのでした。これは「神さまを見た」と言うよりは「神さまの臨在にふれた」と言った方が分かりやすいでしょう。

「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。主の栄光は、地をすべて覆う。」 「聖」という字は「ひじり」と読み、儒教では「徳の最もすぐれた人」を意味します。私たち以上の世代は天皇を神と崇める教育を受けましたが、当時の日本では、「聖」とは「聖上」といって天皇を表しました。一般には「道をきわめた第一人者」を「楽聖」「剣聖」といいますね。また「清らかで汚れのないこと」「尊くおかしがたいこと」を「神聖」と言っています。

しかし聖書に使われる「聖」は、それらとは全く違う、独特のものです。旧約聖書が書かれているヘブル語では、「分ける」「分離」を意味します。ですから神を「聖なる方」と言えば、「他の一切とは 分離された、質の全く異なるお方」「神さまは私たち人間や他の一切のものとは、全く質の違ったお方」と言うことになります。

ですから、神さまを見るという時には、人間や動物、或いは山や空や海を見るのとは違うのは、当然です。それでイザヤは、「神さまを見た」と言いながら、私が「神さまの臨在にふれた」と言い直したような述べ方しか出来なかったのでした。

私たちはTVの画像を見るように神さまを見、TVの音声を聞くように神さまの声を聞くことは出来ません。でもイザヤが体験したように、神さまが私たちの体に備えて下さっている、いろいろな働きを通して、神さまの存在に触れ、お心を感じ、その思いを知り、神さまの意志と計画を聞き取ることが出来ることを、イザヤは教えてくれているのです。

[2] わたしは汚れた唇の者
イザヤが聖なる神さまを見た時、すなわち聖なる神さまの臨在にふれた時に、彼はとても大切な経験をしています。5節をご覧下さい。彼は思わずこう叫びました。「災いだ。わたしは滅ぼされる。わたしは汚れた唇の者。汚れた唇の民の中に住む者。しかも、わたしの目は、王なる万軍の主を仰ぎ見た。」 汚れた唇の者とは、「心の中から汚れた言葉が次々と口に出てくる罪深い者」という意味でしょう。そして彼は、自分が自分自身の罪深さのゆえに滅んでしまうという思いに襲われて、震え上がってしまったのでした。

ウジヤ王は一応南王国ユダを近隣諸国よりは強くて繁栄した国にしました。しかしその繁栄が社会に道徳的な腐敗・堕落をもたらしました。北にアッシリア、南にエジプトという大国にはさまれて、小さな国がこれからどう生き延びていけるでしょうか。イザヤは貴族の一人として、信仰に立って人々を教え、導かなければならないという思いを抱いたに違いありません。

イザヤは、人前をはばかる体になってしまったウジヤ王を身近に知っています。おごりたかぶることが神さまの怒りをかうという恐ろしさを、痛感させられてきたはずです。自分は、よくよく神さまの御心に聞き従って生きて行かねばならないと、自戒していたに違いありません。その彼が「聖なる神さま」の臨在にふれた時に、自分の唇の汚れを痛切に自覚させられたのでした。

彼は社会の腐敗・堕落を見て、人々に悔い改めを迫っていかねばならないとの思いを抱いていました。しかし人々が皆唇の汚れた者であるならば、その中の一人である自分だけは、唇が清いなどと言えるでしょうか。自分もまた同様に、唇の汚れた者ではないか。そこで「災いだ。わたしは滅ぼされる。わたしは汚れた唇の者」という告白に続けて「汚れた唇の民の中に住む者」という自覚が告白されたのではないでしょうか。

聖なる神さまの臨在にふれる時に、私たちは自分自身の罪深さがはっきりと示されます。そしてそれがまた、自分が身を置く社会の罪深さをも、自分の事柄として自覚さてくれるのです。イザヤはこうして自分の中に気付かずに抱いていた、自負心や自信や正義感を打ち砕かれて、徹底的に謙遜にさせられたのでした。

するとセラフィムが犠牲の供え物を捧げる祭壇の炭火を火ばさみにつまんで、イザヤの口に当て、言いました。「見よ、これがあなたの唇に触れたので、あなたの咎は取り去られ、罪は赦された。」 神さまは、自分の汚れを自覚した者に、神さまの火、聖なる霊をもって汚れを清めて下さり、彼を罪赦された預言者として立たせてくださったのでした。

イザヤは後でこう預言しています。「高く、あがめられて、永遠にいまし、その名を聖と唱えられる方がこう言われる。わたしは、高く、聖なる所に住み、打ち砕かれて、へりくだる霊の人と共にあり、へりくだる霊の人に命を得させ、打ち砕かれた心の人に命を得させる。」(57:15)

いと高く、聖なる神さまが、打ち砕かれへりくだった者、心を一番低くされた者の所に降ってきて、一緒に居て下さり、豊かな神の命を与えて下さるというという信仰です。これは何という素晴らしい恵みでしょうか。私たちの世界では、高い者が良い物を手に入れます。 しかし神さまの世界では、低い者が用いられて、豊かな命をいただけるのです。

神さまは、私たちとは全く質が違い、全てから超越しておられます。私が多少自信を持ち、何かやれそうだと思えても、神さまの前に立つと、先ず自分が持ち合わせている自信や自負心が、徹底的に打ち砕かれてしまいます。その上で罪の汚れを清めて下さり、神さまの御用に用いて下さる。そういう神さまをイザヤは聖なる神と表現したのでした。


[結] 罪を清められた者として生きる
私たち日本人の宗教心を、鎌倉時代の歌人西行法師が伊勢神宮で詠んだ歌が端的に表しています。「なにごとの おはしますかは しらねども かたじけなさに なみだこぼるる」
五十鈴川で口と手をすすいで、杉の木立の中の参殿にただずむと、どのような方がいらっしゃるかはわからないけれども、もったいないという思いがしてきて、涙が自然に出てきたという心を詠い上げたものでしょう。神さまがどのようなお方であるかが、はっきりしていません。ただただ「もったいなさ、有難さに、涙のあふれ出てくる心境をもたらす何ものか」なのですね。

イザヤも神さまのお姿を自分の目ではっきりと見ることができませんでした。しかし聖なる神 さまの臨在を体験した時、彼は「私は滅びる。汚れた唇の者だ」と震えおののきました。そしてその罪深さを清めて、神さまの御用へと使命を与えて送り出してくださる神さまとの出会いをはっきりと体験しています。そしてこの聖なる神さまの御前で生きていく信仰を、生涯かけて証し続けたのでした。

先週申し上げましたように、イザヤは、神殿に捧げられる沢山の献げ物が、社会的弱者から搾取された不正の富によるものではないのかと、気付かされました。彼は良心を麻痺させて、地位や身分に安住し、身分や地位に付随する特権に慣れてしまう悪を断ち切る聖なる神 さまの声を聞いて生きることが出来たのです。

私たちも、今日イザヤの信仰を学びました。絶えず自分の罪深さを自覚して、赦しと清めをいただき、へりくだった低い心を与えられて、神さまの御用に生きる信仰の生涯を送っていきたいものです。   

[聖書]イザヤ書1章10〜17節
ソドムの支配者らよ、主の言葉を聞け。ゴモラの民よ/わたしたちの神の教えに耳を傾けよ。 お前たちのささげる多くのいけにえが/わたしにとって何になろうか、と主は言われる。雄羊や肥えた獣の脂肪の献げ物に/わたしは飽いた。雄牛、小羊、雄山羊の血をわたしは喜ばない。 こうしてわたしの顔を仰ぎ見に来るが/誰がお前たちにこれらのものを求めたか/わたしの庭を踏み荒らす者よ。 むなしい献げ物を再び持って来るな。香の煙はわたしの忌み嫌うもの。新月祭、安息日、祝祭など/災いを伴う集いにわたしは耐ええない。 お前たちの新月祭や、定められた日の祭りを/わたしは憎んでやまない。それはわたしにとって、重荷でしかない。それを担うのに疲れ果てた。 お前たちが手を広げて祈っても、わたしは目を覆う。どれほど祈りを繰り返しても、決して聞かない。お前たちの血にまみれた手を洗って、清くせよ。悪い行いをわたしの目の前から取り除け。悪を行うことをやめ 善を行うことを学び/裁きをどこまでも実行して/搾取する者を懲らし、孤児の権利を守り/やもめの訴えを弁護せよ。

[序] 最上の人生
私は日本が戦争に負けて、それまで抱いていた人生の目的を失いました。どう生きていくべきかを必死に模索し、聖書に出会いました。ひとりで読んでもよく分からないので教会に通い始めました。そしてイエス・キリストを救い主と信じて従う人生を選び取りました。以来58年の年月がたちました。

もしも聖書と出会わず、イエス・キリストを信じないままに人生を送ったとしたら、私は今何処でどのように生きていることでしょうか。二つの人生を同時に送って、比較することが出来ません。これまでクリスチャンとして生きてきた自分を、現在どのように受けとめているかをお話することしかできません。

現在私は、自分がクリスチャンになって今日まで生きてこれたことを「本当に良かった。最上の人生を歩んでこれた」と皆さんに申し上げることができます。殊に牧師一筋に生きてくることが出来た−−これほど有難いことはないと感謝しています。もう一度人生を与えられたら、また牧師をさせていただきたいと願っています。

聖書教育のカリキュラムでは、7月から9月の3ヶ月間は、旧約聖書の預言書の中からイザヤ書、エレミヤ書、ヨナ書を学びます。7月4回はイザヤの預言です。イザヤとはどのような預言者だったのでしょうか。今の私がイザヤの預言を読んで聞き取った神さまからのメッセージをお取次ぎさせて頂きます。


[1] 旧約聖書と新約聖書をつなぐ預言者
キリスト教信仰はユダヤ教の中から生まれました。旧約聖書と新約聖書を併せて信仰の規範・正典としていますが、ユダヤ教は旧約聖書のみを正典としています。旧約聖書は救い主メシアを来たりたもうお方と、待ち望む未来形或いは約束として記しています。ですからユダヤ教の人々は今なお、メシヤの来臨を待ち望んでいます。

一方メシアはあのナザレのイエスとなって来たりたもうたと、完了形で記されているのが新約聖書です。ですから新約聖書には、イエスこそ待望されてきたキリスト(メシア)であることを示す旧約聖書の記述が沢山、引用されています。特にイザヤの言葉が一番多く引用されています。ですからイザヤは、旧約聖書と新約聖書をつなぐ最も重要な預言者だと言えましょう。
新約聖書に真っ先に引用されているのも、イザヤの預言です。

新約聖書の書き出しは、イエス・キリストの系図です。これは神に選ばれた民イスラエルの歴史を、代表的族長や王の系図から27人選んで記すことで、旧約聖書の歴史を総括したものです。そしてこの系図の流れから、イエス・キリストがいよいよ誕生されたとして、新約聖書が始まっているのです。この時天使はヨセフに対して、740年前に神さまがイザヤを通して語られた預言がいよいよ実現するのだと言って、受胎告知したのでした。「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる」(マタイ1:23)

このように大事な預言を次々と新約聖書で用いられている預言者イザヤは、BC740年頃 預言者として神さまに召されました。20才頃でしょうか。そして約40年余の間南王国ユダの都イスラエルで預言活動をした後沈黙し、80才頃に殉教の死を遂げたと言われています。国王と会って話が出来る貴族か祭司の一人でした。ちなみに日本書紀によりますと、日本の初代神武天皇はBC660年に即位したとありますから、神武天皇以前の人物ですね。そのような昔の人の言葉が、今日なお大きな影響を私たちに与えているのです。不思議ですね。

[2] 聖なる神さまの厳しい声
イザヤの時代は、北のアッシリア帝国の興隆期で、イスラエルはその厳しい圧迫により、BC 721年には遂に北王国が滅亡し、やがて南王国もアッシリアに従属せざるを得なくなりました。イザヤ書1章では、南王国ユダの惨めな状況が語られています。「お前たちの地は荒廃し、町々は焼き払われ、田畑の実りは異国の民が食い尽くし」「頭から足の裏まで、満足なところのない」状態だとイザヤは申しています。それは聖なる神さまを侮り、背き去ったからにほかなりません。

しかし国がこの様な状態に陥っても、エルサレムの都に住む王族と特権階級は、豊かな暮らしが出来たようです。彼らは神殿に沢山の供え物を捧げて、神の加護による我が身の安泰を強く祈り求めました。毎週の安息日礼拝だけでなく、新月祭やいろいろな祝祭を盛大に行ないました。神殿の祭司たちは数多く献げられる雄牛・小羊・雄山羊を処理して神に献げる作業に忙殺されて、手も衣服も血まみれになる毎日を神殿で送っていました。その時イザヤの心に疑問が生じてきたのです。
この様な礼拝を果たして神さまがお喜びになっているのだろうか?神さまのみ声が響いてきました。「お前たちのささげる多くのいけにえが、私にとって何になろうか。」「むなしい献げ物を再び持ってくるな。」「お前たちが手を広げて祈っても、私は目を覆う。どれほど祈りを繰り返しても、決して聞かない」「お前たちの血にまみれた手を洗って、清くせよ。」「悪を行なうことをやめ、善を行なうことを学べ」 

善を行なうとは「正しい裁きを実行すること、搾取する者を懲らしめ、孤児の権利を守り、やもめの訴えを弁護すること」でした。イザヤは特権階級の献げ物が、社会的弱者からの搾取による不正な富によるものではないのか、ということに気付かされたのでした。彼自身、貴族という特権階級に属しています。また彼が祭司だとしますと、神殿の祭りが盛大となり、献げ物が沢山献げられることは、それだけ祭司も社会的に重要、大事にされることになり、申し分なく結構なことではないでしょうか。

しかし目覚めたイザヤは、神さまの裁きと悔い改めを大胆に語り始めました。「支配者らは無慈悲で、盗人の仲間となり/皆、賄賂を喜び、贈り物を強要する。孤児の権利は守られず/やもめの訴えは取り上げられない。それゆえ、主なる万軍の神/イスラエルの力ある方は言われる。災いだ/わたしは逆らう者を必ず罰し/敵対する者に報復する。」(1:23〜24)

彼は良心を麻痺させて、地位や身分に安住する思いを断ち切りました。良心の眼を見開き、悪を見つめて、よくぞ鋭く反省できたものです。断つという字は、左側の偏が本来は米ではなくて、糸が四つからなっていたそうです。細い糸4本位ならば、小さなナイフで十分のように思われるけれども、思いを断つには大きな斧でなければ断ち切れないという意味なのだそうです。身分や地位に付随する特権の悪を断つ――イザヤにとっても大きな斧の一撃が必要だったことでしょう。それを彼にさせたのが、聖なる神さまの声だったのでした。

[結]自分を反省する原点を持つ
シンガポール時代にミャンマーのヤンゴンを訪問した時のことです。飛行機がヤンゴン空港に到着しましたが、機内で私たち一般乗客は長い時間待たされました。窓の外を見ていますと高級軍人の制服を着た人たちやきちんとした身なりの役人と思われる人の一団が、女性と子供を出迎えていました。彼らの車が立ち去ってから、荷物が台車で山ほど運ばれて行きました。軍事政権の幹部の奥さんと子供たちがシンガポールに遊びに行って、沢山の買い物をして帰って来たところだと、隣の席の乗客が説明してくれました。彼らが税関を出るまで、私たち乗客は、機外に出られなかったのです。その後も、軍事政権トップの娘の豪勢な結婚披露宴のニュースが新聞で報じられていました。

一部の特権階級が、当然のこととして贅沢三昧に遊び暮して、何のやましさも感じない。  これがイザヤの時代だけでなく、今日でも世界の至る所で行なわれている現実なのです。これを注意する者、警告する者が彼らの周りには居ないのです。権力にこびる人たちからは、正しい言葉が語られないからです。しかし悪は必ず裁かれます。いくら強力な軍事政権でも、必ず崩壊します。聖なる神さまがお許しにならないからです。
イザヤの偉大さは、特権階級に属しながら、絶えず聖なる神さまの前に我が身を置いて、そのみ言葉を聞き続け、大胆率直に語った点にあります。私たちは、我が身を第一にする思いを断ち切ることが出来ません。殊に弱い者・小さな者の声を無視しがちです。「孤児の権利を守り、やもめの訴えを取り上げよ」という言葉が繰り返し語られています。これが聖なる神さまが求めておられる善なのです。その神さまから背き離れる時に、滅びを招くのです。

私は神さまの言葉を聞くことから離れては生きていけない牧師の立場に我が身を置きました。毎週礼拝を守らねばならない立場に我が身を置きました。有難いことです。自分の誤りは自分では気がつきません。気付いても断ち切ることが非常に難しい。でも私は聖なる神さまの前に身をさらさねばならないことによって、自分の反省の原点を持つことが出来ています。 時々大きな斧の一撃を食らいます。痛烈ですけれども、本当に有難いことです。

こう考えますと、牧師ではない皆さんは、私よりもはるかに難しい立場に身を置いておられるのです。どうぞご用心ください。どうか自分の身を誤らないように、我が身の内に反省の原点をしっかりと据えて、祝福された生涯を全うされますように。聖なる神さまの守りと導きをお祈りしています。

[聖書]ヨハネによる福音書15章1〜7章
「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。 わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。 わたしの話した言葉によって、あなたがたは既に清くなっている。 わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。 わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。 わたしにつながっていない人がいれば、枝のように外に投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。 あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる。

[序] 沖縄「命(ぬち)どう宝」の日
先の太平洋戦争の末期、沖縄にアメリカの陸海空軍の大部隊が襲いかかり、日本軍との間に壮絶な地上戦が展開されました。逃げ場を失った大勢の市民が巻き込まれ、軍民併せて約24万人の命が失われたそうです。そこで日本軍司令官が自決して、組織的な地上戦の終結した1945年6月23日が、沖縄慰霊の日として守られるようになりました。

宮腰姉のアッピールにありましたように、日本バプテスト女性連合は2007年の総会で、この慰霊の日を沖縄「命(ぬち)どう宝」の日として、平和のために、知り・祈り・共有する日にしようと決議したそうです。私はうかつにも知りませんでした。女性会から今年からは川越教会でもこの決議を受けとめて、礼拝を守って欲しいと要望が出ましたので、私も聖書教育で定められている聖書の箇所から、平和のメッセージを聞き取って、お取次ぎさせていただきます。

[1] 久米島の惨劇
「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」(15:5) これは有名なお言葉ですね。ユダヤ地方の丘陵地帯は豊かなブドウの栽培地です。ぶどう酒は水の少ない地方に暮す人々にとって、欠かせない飲み物でした。ですから豊かな実を結ぶぶどうの木が、何よりも大事にされ、求められていました。ヨハネ福音書では、イエスさまがまさに救い主であることを現す最初のしるしとして、水を特上のぶどう酒に変えた出来事を紹介しています。

イエスさまがカナの村の結婚式に弟子たちと招待された時のことでした。花婿が精一杯に準備したぶどう酒が祝宴の途中で底をついてしまい、あわや祝宴が中途でお開きになりかかりました。するとイエスさまが、僕たちに井戸から水を汲んでこさせて、大きな水がめ6つの水を全部特上のぶどう酒に変えてしまう奇跡を行なって、祝宴を更に盛り上げ、若者の前途を祝福して下さいました。人々はどんなに喜んだことでしょう。まさに豊かなぶどう酒は、豊かな 神の祝福を表していると言えます。

「人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」とは、わたしにちゃんとつながっている人は、祝福を豊かにもたらす人生を送ることになるという意味に受け取ってよいでしょう。どうしてイエスさまに結びついていないと、祝福の実を豊かに結べないのでしょうか。

昨年7月の女性連合の機関誌「世の光」に、沖縄バプテスト連盟女性会会長野原さんの「沖縄・久米島の記憶より世界を考える」という一文が載っていました。野原さんは、沖縄本島から100キロ離れた小さな久米島の出身ですが、この小島で日本が無条件降伏した8月15日が過ぎても幾つかの家族が日本兵に虐殺されたのだそうです。

明勇さんは陸軍上等兵でしたが、6月初めに沖縄本島の戦闘で捕虜になり収容所へ入れられました。米軍が久米島を攻略する際に道案内人として連れて行かれた時に、久米島は無防備の島であることを説明したので、米軍は総攻撃を取り止めたそうです。明勇さんは米軍と一緒に久米島に上陸し、山の中に避難している住民たちに「米軍は住民に危害を与えないから、安心して家へ帰りなさい」と告げて回りました。すると8月18日に米軍のスパイだとして、日本兵たちから奥さんと1才の子供もろともに虐殺されてしまいました。

8月20日に起った谷川昇さん一家の虐殺はもっと酷いものでした。先ず彼が首にロープをかけられ、数百メートルひきずられて息絶えました。10才の長男は浜辺の小船に投げ込まれ、銃剣で刺し殺されました。奥さんは背負っていた乳児、抱いていた2才の次男をおろすように命じられ、後から首を切られました。泣き叫ぶ乳児・幼児も母親の死体の上に重ねられて、切り殺されました。7才の長女、5才の次女は隠れていた小屋から出てきたところを捕えられて、切り殺されました。夜の10時前後、月の光の下での惨劇でした。

[2] 異常な行動へ駆り立てる戦場の恐ろしさ
このように久米島では、日本が無条件降伏した8月15日以降に住民虐殺が次々と起ったのです。日本兵は戦争が終ってもどうして住民を殺さねばならなかったのでしょうか。当時の陸軍軍曹がこう答えたそうです。「我々の部隊は30名しかいない。相手の住民は1万人もいる。彼らが米軍側についたら、我々はひとたまりもない。だから見せしめのためにやったのだ」

野原さんはこう語っています。「戦争の恐ろしさとは、人間を異常な行動へと駆り立てることです。他者を憐れむ心、命を慈しむ思い等神が与えてくださった美しい心が、存在する余地を与えられません。国家や個人が自分の立場で正義を語り、自分の命を死守するためには、たとえ幼児の命を犠牲にする行為であれ、手段をいとわない。これが戦争によって変えられていく人間の姿ではないでしょうか。この久米島の惨劇は、神から離れることによって全ての人間が陥る自己中心性を、私たちに突きつける出来事だと思います。」

「私たちうちなんちゅ(沖縄人)が戦争を語る時、それは決して日本やアメリカへの恨み言や憎しみから語るのではありません。ただ憎しみと恐怖の中で、人間は誰でもこのように恐ろしい加害者になり得るという危険性を、沖縄戦を通して皆さんに認識していただきたいのです」
「平和に思える日常生活の中でも、自己中心的生き方をするのなら、私たちの人生も、あの久米島の虐殺事件の延長線上にあると思うと、身が震えます。」「事件を他人事として批判するだけで終らせず、自分自身の中に住む罪の性質に気付き、日々主の前に畏れつつ、心を守っていただくことが大事なのではないかと思うのです」「平和は政治によって実現するのではなく、私たちの心の内に先ず実現されなければならないと思います」

乳児、1才、2才、5才、7才、10才の子供たちを親もろともに銃剣で突き刺し、軍刀で切り捨てていくという残虐な行為を、兵隊たちは自分の故郷で我が子たちにやれるでしょうか。ところが戦場では我が身を守るために、次々とやれてしまう異常さ。それが戦争の恐ろしさなのですね。今年から新しく日本の女性連合会長になられた蛭川さんが、書いています。

「平和とは、幼子たちが温かいまなざしを受けて、安心して生きられる世界、平和とは、すべての命を慈しめる世界、平和とは、他者の幸福を願える世界、平和とは、互いを喜び合い尊重できる世界、その世界の実現のために神さまは私たちを召されたのではないでしょうか。」本当にそうですね。私たちはそのような平和な世界を何としても作り出さねばなりません。

沖縄の野原さんは、久米島の30人の日本兵だけが特別に残虐だったとはみていません。 自分自身の内にひそむ罪深さを見つめて、神さまから離れて自己中心的な生き方をするならば、私たちの人生もあのようになるのではないかと、身震いしておられます。だから神さまはイエスさまという救い主となって、私たちの世界に来て、生きて、十字架に死んで、復活して、天国への道を開いて下さったのでした。

[結] 望むものを何でも願いなさい
私たち夫婦はシンガポールに10年暮して、日本国内にいる人よりは歴史の一端を少しは広く知ることが出来ました。日本から遊びに来た大学生は、体験入学した地元の高校で生徒たちから戦争中の日本軍の残虐行為を聞かされて、泣いてしまいました。日本人がこの美しい国でそんなに酷いことをしたことを知らされたショックと、自分たちが日本で何も教えられずにのん気に生きてきた恥ずかしさ。 私たちは先ず知ることが大事ですね。私は久米島の恐ろしい惨劇を知りませんでした。沖縄についてもっと知ろうとしなければならないと思いました。そして祈ること。そして経験を共有し合い平和を一緒につくり上げていくことの大切さを知りました。

イエスさまはわたしにつながりなさいと呼びかけておられます。そうです。自分の命だけを大事にしているから、いざとなると、赤ん坊であろうと幼児であろうと、幾人でも殺せてしまうのです。人の命を大切にする愛が必要です。自分の命を後回しにしてでも人の命を守ろうとする行動は、自分を十字架にはりつけにした人たちのために、「父よ、彼らをお赦しください」と祈りつつ、その罪を我が身に引き受けて死んで下さったイエスさまに、しっかり結びつくことで与えられるのです。

「わたしを離れては、あなたがたは何もできない」 そうです。イエスさまを離れては、自分を捨てて人に仕えていく愛は、私たちの内からは生まれてこないのです。「わたしにつながり、わたしの言葉があなたがたの内にいつもあるならば、望むものを何でも願いなさい。そうすればかなえられる」 私たちは何故聖書を繰り返し読むのでしょうか。それは、イエスさまの言葉を心にいつも蓄えながら祈る時に、その祈りは必ずかなえられるからです。自己中心的な私たちでも、イエスさまの力の助けをいただいて、愛の実、平和の実を結ぶことが出来るようになるというお約束です。何と嬉しいことでしょうか。

我が身第一、何としても自分を守らねばという思いを抱いて生きる限り、この私も久米島の 日本兵になってしまうかもしれないのです。そんな人生からどのような実がなるのでしょうか。「他の人の命を大事にする。自分の命もそのために使うのだ」という心――これが「命(ぬち)どう宝」ではないでしょうか。

イエスさまに結びついて生きる大切さを、周りの方々に証して参りましょう。平和の実を結ぶ人生は、ここにしかないことを、証して参りましょう。   

[聖書]ヨハネによる福音書13章12〜15節
さて、イエスは、弟子たちの足を洗ってしまうと、上着を着て、再び席に着いて言われた。「わたしがあなたがたにしたことが分かるか。 あなたがたは、わたしを『先生』とか『主』とか呼ぶ。そのように言うのは正しい。わたしはそうである。 ところで、主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。 わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。

[序] 新しい掟とは
私たちのキリスト教信仰は旧約聖書を聖典とするユダヤ教信仰の中から生まれてきました。そしてキリスト教会が新約聖書を生み出し、旧約聖書・新約聖書を併せて信仰の規範・聖典として、十字架にかけられたイエスを救い主キリストと信じるキリスト教信仰を確立しました。

旧約聖書の中心的な律法は、「全身全霊をもって主なる神を愛すること」と「自分を愛するように隣人を愛すること」です。神さまと人に対する姿勢の基本的教えです。私たちは様々な人間関係の中で生きています。誰だって自分が一番可愛いものです。自分を愛するその切実さをもって、どんな人であろうと自分の隣りに暮す人を愛し、互いに愛し合う関係を作っていくことは、本当に大切です。対人関係については、この掟でもう十分ではないでしょうか。

ところがイエスさまは、最後の食事の席上で弟子たちにおっしゃいました。「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(ヨハネ13:34) どの点がイエスさまによって初めて教えられる新しい掟なのでしょうか?「わたしがあなたがたを愛したように互いに愛し合う」という点でしょう。ではイエスさまが私たちを愛されたようにとは、具体的にどういう愛し方でしょうか?

[1] 僕となって足を洗うとは
イエスさまは地上のご生涯最後の夕食の食卓に着かれるや、席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとい、たらいに水を汲んで弟子たち一人ひとりの足元にうずくまって、その足をお洗いになりました。足を洗うのはその家の奴隷の仕事です。当然弟子たちはびっくりしてしまいました。恐縮しました。「主よ、あなたが私の足を洗ってくださるのですか」「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後でわかるようになる」 ペトロは申しました。「私の足など、決して洗わないで下さい」「もし私があなたを洗わないなら、あなたは私と何のかかわりもないことになる」

こうして弟子たち皆の足を洗い終わると、イエスさまは上着を着て、席にお戻りになり、こう おっしゃったのでした。「主であり師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。私があなたがたにした通りに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。」

先生と言われる者が自分の弟子たち、生徒たちの足の汚れを、奴隷のように身を低くして洗うなどということが、この世で行なわれるでしょうか。そんなことあり得ないですよね。そんな お手本など誰も見たことがありません。ですから主であり師であるイエスさまは弟子たちの前で、わざわざ模範を示されたのです。これは弟子たちの心に強烈に刻み込まれたに違いありません。

その食事の後で、足を洗っていただいた12人の弟子たちの中からユダが裏切りの行動を起こしました。またその後でペトロもイエスなど知らないと三度も嘘をついて、主を裏切りました。イエスさまは弟子の裏切りをご存知でした。それにもかかわらず自分を裏切る者の足をも、身を低くしてお洗いになったのです。「私のしていることは、今あなたには分かるまいが、後でわかるようになる」とイエスさまがおっしゃったのは、このことを指しています。互いに愛し合うとは、たとえ自分を裏切り、自分を捨て、或いは敵になって襲いかかってくるような人に対しても、自分をよくしてくれる人と同じに、身を低くして、足の汚れを洗って上げることなのです。 どんな人をも愛するとは、このような愛なのですね。

更に次の朝になると、イエスさまは十字架にはりつけにされて、人々の嘲りの中で死んでいかれました。「成し遂げられた」というお言葉を遺して死んでいかれました。天の父なる神さまから与えられた業、信じる者に永遠の命を与える業を成し遂げて死んでいかれたのです。 これが究極の僕の姿にほかなりません。僕となって足を洗うとは、自分の命を捨てて、相手に豊かな本当の命を与えていく愛の行為でもあったのです。

たとえ自分を裏切る人であっても、身を低くしてその人の足を洗う、十字架刑という最も卑しい刑罰を受けてでも、相手に豊かな命を与えるために。自分の命を与えていく――イエスさまが示された僕となって足を洗うとは、何と深くて豊かな愛をこめた行為でしょうか。私があなた方を愛したようにとおっしゃるイエスさまの愛とは、何と大きな愛でしょうか。このような愛を、誰がよく知っていたでしょうか。自分を愛するように隣人を愛するという愛を、はるかにはるかに超えています。ですからイエスさまは、「あなた方に新しい掟を与える。私が愛したように、互いに愛し合いなさい」とお命じになったのでした。

[結] 謙遜な日本人になるには
人という字は二人が互いに支え合って立っています。小さな右側の人が大きな左側の人を下から支えています。大きな左の人の体重が上からのしかかってきて、さぞしんどいことでしょう。支えてもらっている人の方が楽そうです。誰でも楽な役に回りたいものです。でも下から支えている人が、馬鹿らしいからと止めたら、相手ばかりでなく、自分も倒れてしまうのです。ですからこのようにして下から支えながら、自分も支えられて立っていることを喜び感謝できたら、お互いにどんなにか、楽しく一緒に生きていけるでしょうか。
私たち夫婦はシンガポールに10年暮しました。シンガポールは小さな都市国家ですが、日本に次いで経済的に豊かです。日本以上に清潔で安全で、東洋の別天地です。自動車の80%は日本車で、多くの人が日本企業で働いています。日本を抜きにしてはシンガポールの繁栄はありません。ですからともすると日本人は優越感を抱いて、アジア人を見下ろしてしまいがちです。そしてアジアの人たちも、いばる日本人に対して、心の中で反感を抱いています。そのことに日本人は鈍感です。

時折、中国で反日デモが起こりますが、若者たちは日本を「小日本」(xiao Riben)と呼びますね。「日本人よ、でかい顔するな」という叫びでしょう。日本と中国はお互いを必要としています。先ず日本が身を低くして中国を下から支えることが、今一番求められているのではないでしょうか。威張る日本人は嫌われます。僕の務めを喜んでしていく日本人こそ、和解と友情の絆を強めることが出来ます。アジアの諸国も下から支えてくれる右側の人、右側の日本人を求めています。

では私たちはどうしたら右側の人に徹する謙遜な日本人になれるでしょうか。「わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである」 弟子たちの足を洗われたイエスさまを模範にすることです。そのイエスさまと結びつくことによって、僕となって弟子たちの足を洗われたイエスさまの愛をいただくことです。そういう日本人が増えていくように、私たちが先ず家族や友人たちの足を洗うことです。イエスさまを証しして参りましょう。そして下から支える右側の人を、一人二人と増やしていきましょう。    

[聖書]マタイによる福音書13章1〜9節
その日、イエスは家を出て、湖のほとりに座っておられた。 すると、大勢の群衆がそばに集まって来たので、イエスは舟に乗って腰を下ろされた。群衆は皆岸辺に立っていた。 イエスはたとえを用いて彼らに多くのことを語られた。「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。 蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。 ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。 しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。 ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。 ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。 耳のある者は聞きなさい。」

[序]パンだけでは満足しない心
「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」(マタイ4:4)とは、よく知られているイエスさまの言葉です。子供たちならこう言うでしょう。「そうだよ、パンだけでなく、スープやご飯や味噌汁、おかずも必要だよ」 確かに人は毎日食事をしなければ生きていけません。でもいくら十分な食べ物があっても、それだけでは満足しない心を持っている者です。では私たちの心を本当に満足させてくれるものは、何でしょうか?

イエスさまは、「人は神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」とおっしゃいました。私たちは神さまの言葉を必要としている者なのです。ですから私たちはこのようにして教会に集まり、神さまの言葉を聞こうとしているのではないでしょうか。私たちを本当に生かす神の口からでる一つ一つの言葉を、どのように聞いていくか、神の言葉の聞き方について、ご一緒に学んで行こうと示されました。

[1]命をもたらす言葉
皆さんの田口先生は北海道釧路のご出身ですね。北先生も以前、釧路教会の牧師でした。釧路近郊の大湿原は丹頂鶴の生殖地で有名です。私が札幌に住んでいた頃、丹頂鶴自然公園園長の高橋さんが鶴を育てている貴重な記録をHNKがTVで放映し、大きな反響を呼びました。洪水で巣が水浸しになり、親鳥が抱かなくなってしまった卵を、何とかして雛にかえそうとした実験です。人工孵化器に入れ、親鳥の体温と同じに暖めます。親鳥がやるように卵を時々動かします。しかしいくら条件を変えて工夫しても、卵は雛に孵りません。

とうとう言葉かけの大切さに気付きました。高橋さんは30日目頃から固い殻に包まれた卵に向かって、言葉をかけ始めてみました。すると10日ほどたって殻の内側から応答が始まり、雛が内から殻をつつき始めました。そして遂に殻を破ってくちばしがとび出てくるのです。最後の10日間、言葉をかけない卵は、他の条件をどんなに工夫してみても、雛に孵らないのだそうです。
更に殻を突き破って雛が誕生するのに、6時間かかりますが、可哀想だからだからといって手を貸して時間を短くしてやると、弱い鳥になって、成長がおぼつかない。そこで高橋さんは雛に向かって「ピー子、頑張れよ」「ほらもう少しだぞ。頑張れよ」と、唯ただ言葉をかけて、励まし続けていました。

このように丹頂鶴の命は、科学や技術、機械だけではこの世に生まれてこないのです。命をいとおしみ、何としても育てようとする愛が、言葉となって白い卵の殻に語りかけられているうちに、この言葉に込められた愛が、丹頂鶴の命を固い殻の中から引き出し、育てるのでした。言葉にはこのように素晴らしい命と力が備わっているのですね。

イエスさまは、「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」とおっしゃいました。人間の言葉でも素晴らしい命の業を行なうのです。神さまが、豊かな真実の愛を込めて語りかけて下さる言葉よって、私たちの内に、神の子の姿が形造られて行くのは、当然のことではないでしょうか。

札幌教会に耳の聞こえにくい子供、従ってよくしゃべることが出来ない子供の学校(昔は聾唖学校と言いました)の先生がいました。「僕だって聞こえるよ」という本を出しました。同じ親から生まれた兄弟でも、耳に障害がある子は、耳が聞こえる兄弟よりも、一般的に言ってわがままで自分勝手、また知能も劣るのだそうです。原因は何か?お母さんが「この子はどうせ聞こえないのだから」とあきらめて、その子への言葉かけが少なくなってしまう結果なのだそうです。そこで佐藤先生は「お母さん、諦めないで。聞こえるんだから、他の子以上に話しかけて下さい」と訴えていました。

赤ちゃんを育てているお母さんを見てください。何かにつけて我が子に言葉をかけています。「育児とは限りないおしゃべり、言葉かけだ」と言われています。その言葉が赤ちゃんの内に次第に溜まっていって、溢れるようにして口から言葉が出てくるのだそうです。言葉かけが少ないと、なかなか言葉が溜まりませんから、溢れ出てこないのです。また脳が刺激されることが少ないから、知能の発達も遅れるのだそうです。

女性は子育てするのでよくしゃべるようになったのでしょうか。それとも子育てするために、神さまが女性によくしゃべる力をお与えになったのでしょうか。とにかくよくしゃべるおばあちゃんたちは、無口なおじいちゃんたちよりも、生命力があり元気ですよね。言葉が命の力を持っているからでしょう。

また札幌教会で毎週一回、アルコール依存症の人たちの断酒会AAが会合していました。彼らは6箇所の教会をめぐり歩いて毎晩集まり、断酒の誓を唱和し、一人一人が経験や決意を述べ合います。アルコール依存症の怖さは、たとえ20年断酒を続けても、一度酒を飲んでしまうと元の木阿弥、また振り出しに戻ってしまうことだそうです。そこで一日一日決意を口で言い表して、断酒を実行して生きているのでした。

このように言葉が言葉を生み出し、知能を啓発し、人格を作り上げ、意志の力を強くしていくのですね。人間の言葉でも素晴らしい命の業を行なうのです。ましてや神さまが真実の愛を込めて語りかけて下さる言葉によって、私たちの内に神の子の姿が形造られて行くのは、当然ではないでしょうか。まさに「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」のです。

(後半へつづく)


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事