日本バプテスト川越キリスト教会 Baptist Kawagoe

加藤享牧師,山下誠也協力牧師の礼拝説教・教会週報のメッセージ、イベント・行事案内

礼拝説教2009年

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(前半からつづき)

[2]種を蒔く人のたとえ
今日の聖書「種を蒔く人のたとえ」は、その後の18節から説明が記されていますから、両方を合わせて読みますと、大体意味がわかります。種は「御言葉」とありますから、神の言葉と理解してよいでしょう。また「御国の言葉」とも言われています。御国とは神の国、すなわち神の支配。つまり、私たち一人ひとりの生活の中で、神さまが生きて働いておられることを現す言葉です。またこの世界の中で、神さまが生きて働いておられることを現す言葉です。そして神さまが語るその言葉に対する私たちの応じ方が問題にされているのです。

a) 神の言葉には命があり、実りがあります。しかし神の言葉が語られても悟らない人が居る。踏み固められた道のような心だからです。それでは神の言葉を聞かせまいとする者によって御言葉は奪い取られてしまいます。神の言葉を悟ろうとせず、受け付けない固い心とは、自分の信念でやっていく。神の支配など認めない。神から学ぶ必要など無いと自信のある人の心でしょうか。それとも、神の言葉を聞くと生き方を変えなければならなくなるだろうと恐れを抱き、聞くまいとする人の心でしょうか。

b) 一方、御言葉を聞くには聞いても、心の中にしっかり根をはるような受け入れ方をしなければ、何か困難に直面すると、こんな筈ではなかったと御言葉に聞き従うことを止めてしまう。そして折角の御言葉を枯らしてしまう聞き方もあります。先週の聖書教育の学びが丁度このケースに当てはまります。パンの奇跡によって、ユダヤ教指導者のイエスさまに対する反撥が非常に強まりました。それは弟子たちの身にも危険が迫ることを意味します。そこで我が身を守って、多くの弟子たちがイエスさまから離れ去ってしまったのでした。(ヨハネ6:66) 

c)また聞いて心に深く受け入れ、御言葉に従おうとして、根をはり、成長し始めるのですが、何を食べようか、着ようかと生活上の思い煩いや、富の誘惑が心に覆いかぶさってきて、御言葉によって成長していく人生が妨げられて、実を結ばずに終ってしまう人も出てきます。残念ですね。マタイ福音書19章の金持ちの青年が、このケースではないでしょうか。

彼は永遠の命を得ようと真剣に生きてきました。旧約聖書を良く読み、教会に通い、神さまの御言葉を実践してきました。しかしなお確信が得られません。イエスさまに助言を求めました。「財産を貧しい人に施して、天に宝を積みなさい。そして私に従ってきなさい」 彼は悲しみながら、立ち去ってしまいました。

折角御言葉を真剣に聞き、その実践に励んできても、絶えずイエスさまに聞き従っていかなければ、世の思い煩いや冨の誘惑に打ち勝って、永遠の命の実を豊かに結ぶに至りません。特に彼のように、この世的には恵まれた境遇にいる人ほど、茨が彼を覆い信仰の成長を妨げるでしょう。イエスさまは悲しんでおっしゃいました。「金持ちが天の国に入るのは難しい」(19:23) 皆さん、私たちはイエスさまのこの嘆きを、よくよく覚えておかなければなりません。

d)では御言葉が良い土地に落ちて、100倍の実を結ぶとは、どういうことでしょうか。御国の言葉、御言葉を聞いて悟ることです。良い土地とはどんな土地なのか、何も述べられていません。ですから道端のように固く踏み固められていない土地、また薄い表土の下に岩盤があって、根を下ろすことができないような土地ではないこと、また御言葉を覆い塞いでしまうような茨の根がはびこっていない土地ということになりましょう。

100倍の実を結ぶのだから、土の質が特別に良かったのだろうとか、肥料をたっぷり施された畑だとか、お百姓さんが特に入念に深く耕したとか、何も説明されていません。としますと、ごく普通の畑ということになります。御言葉という種は、普通の畑でも100倍、60倍、30倍の実を結ぶ豊かな命を備えている種なのだ、聞いて悟りさえすれば、と言う教えです。そこで問題になるのが、「聞いて悟る」とはどういう態度か、ということになります。

[3]分け合う奇跡
ここでヨハネ福音書のパンの奇跡を見ていきましょう。人里離れたガリラヤ湖の向こう岸に大勢の群集が集まってきました。イエスさまが「どこからパンを買ってきて、この人たちに食べさせようか」とおっしゃいました。「200デナリオン分のパンでも足りないでしょう。」とフィリポが答えました。1デナリオンは労働者一日の賃金です。仮に5000円とすれば100万円です。

成人男子だけでも5000人とありますから、女性や子供も数えたら、15000人を超える大群衆でしょう。一人当たり67円分のパン、安い食パンなら1斤で二人分、まあまあでしょう。でもこんな田舎で100万円分の食パンを何処で調達できますか?だいいち弟子たちの財布に 100万円ものお金があったでしょうか?

一人の少年が自分の弁当を弟子のアンデレに差し出しました。子供の特権でイエスさまのそば近くに居たので、イエスさまと弟子たちとの会話を聞いたのでしょう。少年が無邪気に自分の弁当を差し出しました。アンデレは「これでは何の役にも立たないでしょう」と言いながらも、とにかくイエスさまに、その小さな弁当を取り次ぎました。するとイエスさまは群集を座らせて、少年の弁当のパンを祈ってはちぎり、祈ってはちぎりして、人々に分け与えていかれたのでした。そして人々が満腹して、なお余ったパンが12の籠いっぱいになりました。ここに100倍の実を結んだ畑のとても良い実例が示されています。

皆さん、この奇跡をどう読んでこられましたか。自分がその場の群集の一人になった積りで、想像してみてください。湖の向う岸まで遠出をしたのですから、多くの人がこの少年同様に 弁当を持参したのではないでしょうか。しかし腹が空いたからといって自分たち家族だけが食べるわけにはいきません。「皆さんもどうぞ」と周囲の人たちに差し出したら、食べられてしまいます。ですから皆がそれぞれに自分の弁当を食べるに食べられず、空腹を抱えていたのでなないでしょうか。

その時に小さな弁当をためらわずに差し出した少年と、それをとても喜んでお受けになり、感謝の祈りを捧げて、「さあ、皆で分け合って食べよう」とパンを配り始めたイエスさまの姿に接して、人々は大きな感動を受けたに違いありません。そして「主よ、これもお用いください」「主よ、これもお用いください」と、食べ物が続々と差し出された。そして和気あいあいとした楽しい大食事会になっていったというのが、この出来事のごく常識的なあらすじではなかったでしょうか。でも皆さん、自分の弁当を食べるに食べられず空腹に悩まされていた大群衆から、皆で分け合う楽しい大食事会を生み出させたこの大変化は、まさしくイエスさまならではの、大きな奇跡ではないでしょうか。

イエスさまの時代から2000年たちました。科学・技術は大変進歩しました。しかし世界では 1日に4万人、1年で1300万人以上が飢死にしているのです。農産物の生産は地球全人口の必要量をはるかに上回って、十分に生産されています。しかしその食糧の半分以上が、全人口の20%でしかない先進国、欧米・日本に集まってしまい、先進国以外の80%の人々には十分に食糧がいきわたらないのです。しかも先進国では貴重な食糧が実に無駄に浪費されています。私たちの国日本でも、賞味期限切れで毎日莫大な量の食品が、手付かずの ままに捨てられているそうです。

地球の食糧生産物が貧しい国の人々に、公平に分配されていないことが、毎日飢えて死んでいく人を大勢出している原因なのです。豊かな国に食糧も富もますます集まり、貧しい国は取り残されています。豊かな国々は食糧や富を貧しい国々へ戻していかなければなりません。ところが私たちは、持っている物、集めた物を分け合おうとしません。豊かな者の分け合う心の貧しさが、大勢の餓死者を生む世界の貧しさを造り出しているのです。

[結] 信じて応答する
一粒の種から100倍の実を結ばせた良い畑とは、み言葉を聞いて悟る人だとイエスさまは おっしゃいました。「腹をすかせているこの大勢の人たちにパンをやりたいね」とおっしゃった イエスさまの言葉を聞いて、自分の小さな弁当を差し出した少年――これが聞いて悟る良い土地のような心を表しています。私たちも今日、同じ様にイエスさまの言葉、神さまの口から出たお言葉をご一緒に聞きました。

私たちはそのお言葉に応答を求められています。私たちの分け合う心の貧しさが問われました。私たちが持っている物、また能力はあの少年の弁当と同じに、小さなものでしかありません。しかし何も役に立たないと思わずに、とにかく「お用い下さい」とイエスさまの手にお委ねすることです。イエスさまが必ず祝福の業にお用い下さいます。そして100倍の実りにして下さいます。

私たち一人ひとりの分け合う心が、楽しい食事会を生み出し、イエスさまが世界に広めてくださいます。イエスさまを信じましょう。そしてみ言葉に応答して参りましょう。    

[聖書]ヨハネの黙示録21章22〜27節
わたしは、都の中に神殿を見なかった。全能者である神、主と小羊とが都の神殿だからである。 この都には、それを照らす太陽も月も、必要でない。神の栄光が都を照らしており、小羊が都の明かりだからである。 諸国の民は、都の光の中を歩き、地上の王たちは、自分たちの栄光を携えて、都に来る。 都の門は、一日中決して閉ざされない。そこには夜がないからである。 人々は、諸国の民の栄光と誉れとを携えて都に来る。 しかし、汚れた者、忌まわしいことと偽りを行う者はだれ一人、決して都に入れない。小羊の命の書に名が書いてある者だけが入れる。

[序]アジアの別天地
1995年から2005年1月まで、宣教師としてシンガポールで働かせていただきました。みなさん方の温かいお祈りと貴い献金のお支えを、本当に有難うございました。

シンガポールという国は、タイから南に突き出しているマレー半島の先端にある淡路島ほどの小さい島シンガポール島にある都市国家です。赤道直下です。でも周囲が海の島国ですから、タイやインドのような大陸では暑さが40℃を超しますが、シンガポールでは熱い時でも朝が31〜33℃、日中は体感温度がせいぜい35℃で、真夏の東京より暑くありません。

私たちは東京生まれで東京育ち、目白ヶ丘教会で育ちましたが、30年間札幌教会にお仕えしました。雪の都です。今日の天気予報でも北海道の一部は雪が30cmだと言っていました。よくもそんな寒い所に長く暮せたものだと思います。でもあの時は吹雪になると外に飛び出すほど雪が好きでした。札幌からシンガポールへ行くとなったら、教会員が「先生は剣道をしているから大丈夫だろうが、喜美子夫人は一年ともたずに帰ってくる」と折り紙づきで送り出されたのでした。しかし二人とも病気らしい病気をせずに10年を過すことが出来ました。

人口は、私たちが行った時で270万人位、今は400万人を超えています。多民族複合国家で中国人が76%、マレー人が14%、インド人が7%、その他が3%。国語はマレー語です。それは戦後マレーシアの中のシンガポール州としてイギリスから独立し、その後マレーシアから切り離されて、1965年8月9日に独立国家になったからです。国歌はマレー語で歌われます。しかしマレー人以外は日常語としてはマレー語を使いません。そこで公用語としてマレー語の他に英語、中国語(北京語)、タミール語(インド語)が役所の書類や駅名などの表示に使われます。日本人は、私たちが行った時で3万を超えていましたが、現在は景気が悪いので1万人位減っていると言われています。

言語が違うということは、文化が違う、従って宗教も違うということを意味します。中国人の多くは仏教か道教で全人口の約40%、しかし中国人の間にキリスト教が拡がって、全人口の  15%余、シンガポール大学の医学部では、医者・看護師・学生の60%がクリスチャンと言われています。マレー人は皆がイスラム教徒でプラスαの15%、インド人はヒンドゥー教かシーク教かキリスト教です。その他に民間宗教や祈祷所が数多くあります。

しかし政府は人種が違い、文化・宗教が違っても、皆で一つになって、国家の理想を実現していこうと、懸命になってなっています。「我々は中国人でもマレー人でもインド人でもない。我々はシンガポール人なのだ」(OnePeople,OneNation.We are Singaporean)これが国家の合言葉です。政府・役人・警察がアジアでは珍しく賄賂をとらずクリーンで、安心して暮せる清潔(クリーン)で緑豊かな(グリーン)ガーデン都市です。

そして日本に次いで経済的に豊かですから東洋の別天地。アジア諸国に駐在する日本人は医療検査や休息のために運動靴持参でシンガポールに来ます。夜でも独り歩きが安全な散歩を自由に楽しむためです。

[1]シンガポールクリスチャンの偏見
しかし政府の懸命な努力にも拘わらず、人種間に時として不協和音が生じるのです。2001年9月11日、ハイジャックされた航空機による爆破でニューヨークの世界貿易センターが崩れ落ち大勢の人が殺されました。イスラム過激派アルカイーダによるテロだとされました。シンガポールでも爆破計画を立てていたとしてJIというイスラム過激派組織が検挙されました。

すると翌々日の英字新聞朝刊に、漫画が載りました。団地のエレベーターに中国人のおばあさんが乗っていました。そこへマレー人が乗り込んでくるや、おばあさんが「気味が悪い」といってエレベーターから出て、フーフー汗をかきながら階段を上り始めたという4コマ漫画です。「マレー人は気味が悪い。イスラム教はおっかない。何をするか分からないから」という嫌悪感・恐怖心が、中国人の間に拡まり始めたのでした。政府はすぐさま大臣を先頭に立ててキャンペーンを始めました。「中国人はマレー人ともっと仲良く付き合うべきだ」「モスクの礼拝に参加しよう」「コミュニティセンターで食事会をしよう」

私たちの教会も丁度良い機会だからイスラム教について学習しようということになり、イスラム教の教師に来ていただいて勉強会を計画しました。日曜礼拝の前が集まりやすいので、会堂を借りているKay Poh Rd.教会の牧師に了承を求めましたところ、「とんでもない。もし教会の構内にイスラム教徒を入れたとなると大変なことになり、もう日本語教会には貸せなくなる」と言われました。そこで私のアパートで2回会合しました。

また毎年12月25日の夕方に、街の中心にある国宝級の英国国教会を借りて、クリスマス礼拝をさせてもらっていました。すると普段は50人ほどの小さな群れですのに、400人500人の礼拝が出来るのです。やはり場所とか建物が人を集めるのですね。そこで2001年の12月25日のクリスマス礼拝の折りに、最初の15分間イスラム教のトップの導師に、現在イスラム教徒がどのような思いと祈りを抱いているかを述べて、祈って頂いてから、私たちの平和礼拝を守ろうと計画しました。いい計画でしょう。ところがSt.Andrew‘s Cathedralの牧師に了承を求めましたら、「そのような集会をしたとなると、もう日本語教会には一切貸せなくなる」と言われてしまいました。

皆さん。シンガポールの諸教会からはアジア諸国に200人以上の宣教師が派遣されています。イスラム圏にも送られているのです。でもその宣教師を送り出している教会の現実がこのようなものなのです。そしてそれがおかしいとは気がつかないのです。日本人が日本国内にどっぷりつかっていると、シンガポール人と同じ様な偏見をアジアからの外国人に対して抱くようになるのではないでしょうか。

[2]イスラム教徒の固い信仰
先ほど野口牧師が大宣教命令について述べておられました。復活された主イエスが、復活を未だよく信じられないでいる弟子たちに向かってお命じになりました。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」これはマルコ福音書の記述ですね。その後10年して記されたマタイ福音書の記述はこうです。「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。」

「福音を宣べ伝えなさい」と「わたしの弟子にしなさい」とは一見、違う命令のように思えます。しかし大宣教命令が二つであるはずがありません。ではこの二つを一つとして受け取るとすれば、どのような理解にたてばよいのでしょうか。

現在の世界の宗教人口は、キリスト教が1/3,イスラム教が1/5で、仏教は6%と言われています。しかしイスラム圏の人々は人口がどんどん増加していますから、やがて逆転して、イスラム教が1/3, キリスト教が1/5になると言われています。インドも現在中国に次ぐ9億の人口大国ですが、やがて中国を抜いて世界一の人口大国になると言われています。するとヒンドゥー教徒も大勢になります。このイスラム教徒とヒンドゥー教徒を全員キリスト教徒に改宗させることが出来るでしょうか。

シンガポールで暮らすイスラム教徒を見ている限り、この人たちは、絶対に変らないだろうという印象を待ちました。マレー人はのんびりしています。才知にたけた中国人に使われる立場になり、社会的に下の地位に甘んじています。中国人の間にはキリスト教が拡っていきますが、しかしマレー人は動きません。シンガポールは信教・学問の自由が保障されていますから、イスラム教とキリスト教の比較を知る機会がいくらでもあるはずです。しかし改宗する人は出ません。金曜日には皆続々とモスクの礼拝に集まります。

床屋さんは殆どマレー人かインドネシア人ですが、職人が3〜4人の店では、お香が漂い、店の片隅にカーテンで仕切られた祈祷のスペースがあって、時間がくると交代でお祈りしています。団地の中の職人一人の店では、午後3時頃になると、きりのよい所で仕事を中断して、礼拝用の帽子をかぶり西の片隅に座布団を敷いて膝まずき、10分から15分祈りを捧げます。その間私たち客はじっと待ちます。やがて床屋さんは立ち上がり、厳粛な顔で再び バリカンをとって働き始めます。臆することなく堂々と自分の信仰生活を貫く姿に、私は思わず拍手を送りたくなります。いいですね。マレー人と結婚する外国人は、イスラム教に改宗しない限り結婚を認められません。ですから日本人男性もみなイスラム教徒になっています。人数からいっても、また経済力や社会的力からいっても、圧倒的に中国人優位の社会にあって、自分たちがイスラム信仰にしっかり立って日常生活を送ることで、マレー人がマレー人になっているのですね。

(後半へつづく)

(前半からつづき)

[3]平和のオアシス
イスラエルでは、イスラエル人とパレスチナ人との紛争が止みません。オバナ大統領の就任式直前にも、イスラエルはガザへの爆撃・砲撃を繰り返し、大勢を殺害しました。双方の憎しみは増幅して、赦し合いの兆しは見られません。

ところがそのパレスチナに平和のオアシスというユダヤ教徒、イスラム教徒、キリスト教徒が一緒に暮らす共同体があるのです。1970年にフサ神父の呼びかけで誕生しました。そこでは大事にされていることが二つあります。一つは同数でという原則です。スタッフはユダヤ人・パレスチナ人が同数で、ヘブライ語とアラビヤ語が併せて使われています。習慣や宗教等の違いで摩擦が生じると、双方同数の者の対等な話し合いで解決を計ります。

第二の原則はお互いの文化・習慣・信仰を尊重し合い、どちらかに同化させないこと。そこで子供への母国語教育を大事にします。そして自分の民族の文化をしっかり学ばせ、自分が本当の自分になっていくこと(アイデンティティの確立)を教育の基本原理にしています。その上で自分たちと違う相手を理解し尊重し合おうというのです。自分が自分になっていくことで、違う民族が一緒に仲良く暮していくようになるという理念です。

キリスト教こそ最高の宗教だという優越感に立って、他を見下しているならば、相互の理解やまして納得や一致は生まれてこないということを、私たちは肝に銘じなければなりません。

[4]日本の栄光と誉れ
さて私たちは歴史の未来に何を見ているでしょうか。神さまが備えて下さっている新しい天と地、神の都の黙示をもって私たちの聖書は終っています。人間、理想を抱き、その実現を目指して生きていかなければなりません。歴史の究極に、理想の世界を見、何とかしてその実現に向かって励む時に、歴史は進歩していくのです。私たち日本人はどのような歴史の究極を見つめて、励んでいるのでしょうか。

ヨハネ黙示録21章24節をご覧下さい。「諸国の民は、都の光の中を歩き、地上の王たちは、自分たちの栄光を携えて、都に来る。」26節をご覧下さい。「 都の門は、一日中決して閉ざされない。人々は、諸国の民の栄光と誉れとを携えて都に来る。」

地上の王たちも、諸国の民も、それぞれの栄光とほまれとを携えて集まって来るのが、歴史の究極・神の都だと記されています。自分たちの栄光と誉れです。日本人がアメリカの栄光と誉れとを携えて行くのではありません。日本人は日本の栄光と誉れを携えて神の都に入るのです。では私たちはどのような栄光と誉れを携えて行くのでしょうか。

シンガポールの有名なお寺のお祭りに行った時のことです。バスの停留所を降りて、多分この道だろうと思いながら、念のために中国系の人に尋ねました。すると彼は私の顔をまじまじと見てこう言いました。「日本人か?僕は去年日本を訪ねた。京都・奈良の神社仏閣を見て回った。本当に素晴らしかった。それに比べたら、シンガポールのお寺はケバケバしていて玩具同然だ。恥ずかしいよ。がっかりするから行くな、行くな」とそれは真剣に私たちを引き止めようとしました。本当にそうでした。仏教国といわれるタイもミャンマーもそうですが、仏像がやたらに大きくて金ぴかです。それに比べると、日本の古い神社仏閣は、周囲の美しいし自然と一体になり、調和しながら歴史の年月を経た静かな美しいただずまいです。

建物といい、そこに安置されている像をはじめ数々の芸術的調度品、それを創り出していった職人の技能、行なわれてきた伝統的祀りや行事等といい、世界中から集まる人々を感動させています。私は日本人が神の都に携えていく栄光と誉れの大事な部分として、このような神社仏閣を創り上げてきた文化・伝統があると思っています。

私は剣道を続けて来ましたが、シンガポールでも日本人学校の道場で週二回稽古をしていましたら、シンガポール人が少しずつ増えてきて、学生たちが自分の大学や高専に剣道部を作りたいというので応援しました。週5回250人位のシンガポール人に教えるようになったでしょうか。湿度の高い暑い国で、面をかぶり胴・小手等の防具をつけて汗まみれになる剣道の稽古にどうして惹かれるのでしょうか。「日本の文化を知りたい。日本人の心にふれたい。」日本の心というとサムライなのです。映画を観てチャンバラのかっこよさもあるでしょうが、やはり日本文化がもっている礼儀作法、命を投げ出して信義に生きる真心を形に現した剣道の美しさに惹かれるのですね。

クリスマスにシンガポールの銀座通りオーチャードで、キリスト教諸団体が参加するパレードが行なわれるようになりました。私たちの教会は浴衣姿で賛美歌を歌いましたが、何分人数が少ないので剣道の女子生徒たちに加勢してもらいました。彼女たちは剣道着姿もりりしく防具を着けて、日本人グループの周りを囲んで、木刀による剣道形の演技をして、大好評を拍しました。私はアジアの剣道仲間と剣道着姿で神の都を行進したいなと思っています。

[5]神の都に入る唯一の条件
それぞれの民族が自分たちの国の歴史の中で育てた栄光と誉れを携えて集って来ます。世界の様々な文化を携えて集まって来るのです。文化と共に様々な宗教も携えられて来ます。それでいて宗教の違いから生じるあつれきや紛争が起こらない所が、神の都なのです。
そのためには、大切な条件が必要です。それが27節です。

「しかし、汚れた者、忌まわしいことと偽りを行う者はだれ一人、決して都に入れない。小羊の命の書に名が書いてある者だけが入れる。」
神さまが備えて下さっている新しい天と地、神の都には、悪が一切ないのです。汚れた者・忌まわしいしいことと偽りを行なう者とは、だれ一人決してはいれないのです。一人でも泥棒が入り込んだら、もう安全ではなくなります。妬み争いを惹き起したり、頭にきたといって殺人を犯す者が出たら、血が流されて、この世と同じになってしまいます。

ですからイエスさまがこの世に来てくださって、十字架にかかり「神さま、私が罪の一切を引き受けて死にますから、全ての者の罪を赦し、取り除いて下さい。私の流す血によってこの者たちを罪なき者として迎え入れてください」と祈って、死んで下さったのでした。ですから私たちは世界の友たちにこう訴えていかねばなりません。

「清くなっていますか? ガンジス川に身を沈めて、心まで清くなりましたか?日本人の皆さん、白装束で滝に打たれたり、水ごりをしただけで、心の中が清められましたか?イエス・キリストはあなたのために十字架で血を流して死んでくださいました。天の入り口で、主イエスが待ち受けてくださっています。もしも汚れていて入城を拒まれたら、「主イエスよ,ありがとうございます。どうぞよろしく」と言って、清めの言葉を頂いて、お入りください。主イエスはどんな人でも喜んで命の書に名を書き記して、迎えてくださいますから」と伝えていけばよいのではないでしょうか。

イスラム教徒は善い行いを積もうと実によく励みます。死んだ時に運動会の玉入れみたいに、一生の間になした善い・悪いを一つ二つと数え上げられます。そして善い業が尽きて一つでも悪の業が多ければ、地獄行きになるのです。ですから死んでみなければ、天国行きか地獄行きか分からないのです。但し殉教の死を遂げるならば、本人ばかりでなく一族が天国行きを保証されるので、自爆テロの志願者が絶えないし、家族も殉教者が出ることを歓迎するのだそうです。でも神の都に入った後で、自分の信仰のために自爆テロをされたのでは、天国が地獄になってしまいます。自分ひとりを善しとして、他を否定してしまう悪は、決して持ち込んでもらっては困ります。その悪をどうしても清めてもらわなければならないのではないでしょうか。

[結]インドネシアの大切さ
私が連盟の国外伝道委員長時代に、アジア諸国に日本から宣教師を送り出すためにアンケートを出しました。そして宣教師を希望すると返事があった国を訪問して派遣地を絞り、最後にインドネシアの連盟と宣教協約を結んで、浅見夫妻、続いて木村一家を送り出しました。

インドネシアは人口2億人、その80%はイスラム教徒、10%がキリスト教徒でした。一つの国に1億6000万人ものイスラム教徒が居る国は、他にありません。世界最大のイスラム国です。しかもイラン、イラクのシーア派とは違い、スンニ派で温和な信仰なのです。またキリスト教徒も2000万人以上もいるのです。これまた大変な人数です。浅見さんはスマトラ島ランポンの農村地域で伝道しました。木村夫妻はジャワ本島の東部セマランの神学校で牧師養成の働きと、イスラム教徒と手を取り合って平和な国つくりを目指す働きをしました。浅見さんは健康を害して引き揚げて来ました。木村さんはインドネシアの保守的な一部の牧師に嫌われ、 日本の連盟は解任してしまいました。インドネシアは東南アジア第一の大国です。そして 世界で一番のイスラム大国です。クリスチャンも大勢いるのですから、ここでの共存・共生が世界のこれからに大きな指針を与えるに違いありません。日本からの宣教師が複数送られるべき国だと、私は信じています。

もしも野口牧師一家が行ってくださったら大いに喜ばれるでしょう。博士号を持つ神学校教師が強く求められているからです。セマランの神学校は、将来指導的な働きを期待されている牧師を養成していますから、インドネシアのバプテスト教会に大きく貢献できます。木村先生のために建てた住宅がそのまま残っています。野口先生が早く聖学院大学の博士論文を仕上げて下さるよう、どうか多摩川教会の皆さんもご協力下さいますよう、切にお願いします。彼は西南の神学部からアメリカの神学校に転校して卒業しました。将来宣教師として働く召命を受けたので、その備えとして英語圏に出て行ったのだそうです。私も野口牧師の召命の実現に、微力を尽くしたいと願っております。

マザー・テレサはカルカッタの路上に倒れて死んでいく貧しい人たちを修道院の施設に運び込み、体を洗い、食べ物を与え、祈りをこめてお世話しました。そしてその人の宗教で葬式を営んで、天国へ送り出しました。彼女はこの人たちが皆天国に迎えられると信じて送り出しました。この最も小さい者と一体になってくださっているイエスさまを彼らの内に、はっきりと見ていたからです。イエスさまの弟子になるとは、この信仰にたって、イエスさまの業をしていくことではないでしょうか。この世での宗教が違っても、このイエスさまの心を持ち、イエスさまにならって、愛の業に励む者がイエスさまの弟子なのだと、私は信じています。  

[聖書]使徒言行録2章1〜13節
五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、 突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。 そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。 すると、一同は聖霊に満たされ、"霊"が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。
さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、 この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。 人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。 どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。 わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、 フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、 ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」 人々は皆驚き、とまどい、「いったい、これはどういうことなのか」と互いに言った。 しかし、「あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ」と言って、あざける者もいた。

[序] 沈黙の観音さま
日本人の間に最も親しまれている仏は観音さま、観世音菩薩でしょう。観世音とは人々の救いを求める音声を聞くと、直ちに現れて救済するという意味だそうです。極楽往生を願う者の臨終には、阿弥陀如来のお伴をして、両手に蓮台をささげ持って迎えに来てくださるそうです。神戸在住の画家丸山寿美さんは、観世音菩薩の絵を一心に画き続けておられます。展覧会を二度、三度と観に行きました。この仏の包み込んでくれるふくよかな笑みと眼差しは、どうみても女性です。命を育む母性の限りない優しさと結びついて、仏の慈悲が表現されているのでしょう。丸山さんの詩を二つ紹介します。

仏さま 貴方と会っていたら 元気が生まれます 心の悲しみが うすらぎます
感謝の言葉  つぶやきました

悩みもあり 哀しみもあり 幸せも 喜びも 数々あれど
 仏はいつも 私のまわりを ただ 静々と 通り過ぎてゆき
  何をか語らん   何をか告げん
   知りたくて 悟りたくて ただ一心(ひたすら)で またも 仏の後を追う

何もおっしゃらない仏さまから 感性を静かに研ぎ澄ませて、一人一人が慈悲を感じ取っていく世界なのですね。 一方私たちの信じる神さまは、はっきりとご自分の心を語り告げて下さいます。聖書に記された神の言葉、とりわけイエス・キリストの全生涯を通してはっきりと語って下さる命の言葉を読み、聞き取り、応答していくことが出来ます。有難いことです。

[1] イエス・キリストに於ける神の自己啓示
神さまはこの世界を創造されたお方です。全知全能のお方です。永遠なるお方です。一方私たちは、ごく限られた時間しか生きられず、ごく限られたことしか出来ないものです。明日のことも何が起こるかを知らない者です。私たち夫婦には5人の子供が居ますが、5人の家を同時に訪ねることはできません。しかし神さまは、世界中の人が同時に祈っても、どの一人の傍らにも居て、祈りにちゃんと答えて下さるお方です。世界の何処に居ても、其処に神さまは居て下さるのです。このようなお方を、私たちはどのようなイメージで表現できるでしょうか。

イエスさまの弟子たちは「主よ、私たちに神さまをお示しください」と尋ねています。「フィリポ、こんなに長い間一緒に居るのに、わたしが分かっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのだ」(ヨハネ14:8〜9) 神さまのお姿は、私たちの理解を超えていて、表現できません。
そこで神さまは、ローマ皇帝アウグストゥスの時代に、ベツレヘムの馬小屋で生まれ、エルサレムで十字架刑で死んだユダヤ人イエスという人物となって歴史の中に、ご自分を現して「私を見た者は父を見たのだ」とおっしゃったのでした。

確かに有限な人間の姿をとることで、神本来のお姿のある部分が犠牲になりました。でも暴風に襲われて沈没しかかった時に、波風を鎮めて弟子たちを救って下さった奇跡で、人生の嵐に悲鳴を上げる者を助け励まして、乗り切らせてくださる神さまを示して下さいました。 小さな弁当で大勢の群集の空腹を満たす奇跡を通して、互いに分け合えばほらこの通り皆が満腹するよと、大事なことを気付かせて下さいました。悪霊を追い出して人格の分裂を癒してくださる恵み、様々な障害者や重い病人や死人すらも癒して下さる奇跡の数々によって、私たちの苦しみや悲しみを憐れみ、救いの手を差し伸べてくださる愛の神さまのお姿を現して下さいました。

更に、この世の最も重い刑罰である十字架刑に自らついて、全ての人の罪を一身に引き受けて死に、罪を贖って、天の御国に迎えられる道を開いて下さいました。十字架刑で死ぬ囚人となって究極の愛を現すなどということは、「人の心に思い浮かびもしなかったこと」です。多くの人が、この点でつまずきました。旧約聖書を信じるユダヤ教徒も、イエスさまに従う弟子たちですら理解できませんでした。日本でも創価学会の信者さんたちは、「十字架で死刑になるような人物が、どうして救い主と言えようか」と言っています。

しかしこれこそが神さまの尊い本質、真実の愛を現すキリスト教信仰の核心なのです。ですからイエスさまは、十字架の死が身近に迫るや、「真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる」(16:13)と、聖霊について教え始められたのでした。

イエスさまが逮捕されるや、真理を十分に悟らない弟子たちは、我が身を守って逃げ隠れてしまいました。すると神さまはイエスさまを墓から復活させて、弟子たちの前に現れ、十字架の死が神の敗北ではなく、人間を罪から救う、その救いの完成を現すことを、お示しになったのでした。そしてイエスさまは「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。あなた方は間もなく聖霊によるバプテスマを授けられるからである」(使徒1:4〜5)と命じて、天に戻って行かれたのでした。


(後半につづく)

(前半よりつづき)


[2] 聖霊の降臨
弟子たちはマルコの母マリアの家に集まって、心を合わせて熱心に祈りながら、聖霊の降臨を待ちました。10日がたちました。過越しの祭から50日たった五旬祭の日のことです。一同が一つになって祈っていると、 突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響きました。 そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまったのです。 そして一同は聖霊に満たされ、"霊"が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話し出したのでした。

使徒言行録の著者はルカ福音書を書いた医者のルカです。福音を世界に広めたパウロの主治医として、病弱な体のパウロを支えて世界伝道に従った信仰者です。彼は聖霊が、待ち受けていた弟子たちに最初に注がれた様子を、「激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた」と記しています。激しい風とは、神さまの強力で自由自在な働きの現れでしょう。響き渡る物音とは、誰をも驚かせずにはおかない働きを示します。聖霊として弟子たちと一緒に生きて下さる神さまは、弟子たちの心の中に、誰にも気付かれずひっそりと住んで、それで終わりという神さまではありません。たとえその人が無力で弱々しくても、多くの人の驚きを惹き起す力強い働きを、自由自在にお進めになるお方なのです。

「そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上に留まった」 炎は先ず、神さまの臨在を表します。モーセは同胞のユダヤ人を救おうとして失敗し、エジプトの王宮から逃げ出し、荒れ野で羊飼いをしていました。すると神さまは燃える柴の炎の中から臨み、モーセに語りかけて、エジプトに戻ってユダヤ人を救い出す務めへと、召し出されました。

また炎は燃えさかる火を表します。世界に誇る日本刀は、良質の鋼を火で真っ赤に熱して、ハンマーで何千回となく打ち叩いて不純物を取り除きながら、造られていきます。同じ様に神さまは、私たちの中から一切の汚れを取り除き、清い器にしてくださるお方として、私たちに臨んでくださることを表しています。

更に炎はエネルギーを生み出します。蒸気機関車は石炭を燃やし、水を蒸気に変え、長い列車を動かします。火力発電所も、轟々と燃える重油が電力を生み、生活全般を支える働きをしています。聖霊は、信じる者を動かして、救いの業を至る所で繰り広げていく原動力として、一人一人にもたらされたのです。

最後に舌という言葉に注目しなければなりません。この語は聖書の別の所では「言葉」「国語」「異言」とも訳されて使われています。事実弟子たちは、聖霊に満たされるや、説教を語り始めました。ユダヤ人を怖れて、家の中に閉じこもって祈っているだけだった弟子たちが、家の外に出て、大勢の人々に向かって、神さまの偉大な救いのみ業を堂々と説教し始めたのです。後で議会に引き出されて語った時には、その大胆な態度に、大祭司・議員・学者たちは、すっかり驚いてしまったほどでした。

しかも普通のガリラヤ人でしかない弟子たちが、物音を聞きつけて集まって来た世界各地の人々に、皆が理解できる言葉で語ったので、人々は驚いたり戸惑ったりしたのでした。「霊が語らせるままに、いろいろな国々の言葉で話し出した」とはどういう現象でしょうか。

(1) 弟子たちがそれまで使ったこともない他の国々の言葉を語り始め、聞き手が自分たちの国の言葉を語る弟子の周りに集まって、その説教を聞いたのでしょうか。
(2) 聞く人々の側に、弟子たちの語るアラム語の説教が自分の国の言葉のように聞こえて、分かったのでしょうか。
(3) 弟子たちが聖霊の導くままに不思議な言葉を語り出し、聞き手もまたそれを理解する力が与えられて、説教が分かったのでしょうか。

言語の違いで不自由を覚えている私たちにとっては、実に羨ましい現象です。これについてはいろいろな説明がされていますが、とにかく弟子たちの説教が、世界各地から集まった人たちに通じたのです。言葉が違うことは、歴史も文化も生活習慣も違うことを意味します。そしてその違いが、私たちをどうしても仲良く一つにさせない障害になっています。ところが聖霊が語らせる言葉、すなわち神さまが力強く働く所では、言葉の違う者同士の間に、一致し合う共通理解が生まれたのでした。これは本当に素晴らしい聖霊の恵みではないでしょうか。

[結] 伝道する教会の誕生
「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった」ヨハネ福音書の書き出しです。神さまは言葉を持って語りかけ、意志を伝え、言葉をもって救いの業を進めておられるお方、私たちと言葉で命のつながりを持とうとしておられるお方―――これが聖書の信仰です。  言葉でつながる関係では、聞く自由と同時に、聞かない自由が含まれています。従う自由と共に、従わない自由が認められているのです。神さまは私たちの人格をこの上なく大切にしてくださっているからに他なりません。その上で神さまは、イエス・キリストという人格を通して、愛を込めて語りかけられたのです。

角川漢和辞典は「言」を「口から表現される心」と解説しています。十字架に架けられながら、罵る人々のために「父よ、彼らをお赦しください」と祈りつつ、すべての者の救いのために死んでいかれたイエス・キリストこそ、神の心・神の愛を完全に現しておられます。 ですから  イエス・キリストは神の言なのです、

こう考えてきますと、イエス・キリストに代わって天から私たちの所に来てくださった聖霊が、言葉を語らせる炎のような舌と言い表されているのは、実に適切な捉え方だと分かります。ですから聖霊を受けた弟子たちは語り始めたのでした。何を語り始めたのでしょうか。11節に「神の偉大な業」とあります。14節以下のペトロの説教では「イエス・キリストの十字架を通してなされた神の偉大な救いの業」が語られました。

十字架の救いを語ったら、言葉の違いを超えて色々な国から集まった人々に分かってもらえた――これは神さまの真実な愛が真剣に語られると、語る者と聞く者の間に共感し合う心が生まれることを現しています。そうです。人を自分に従わせようとするから争いが生まれます。人の救いのために命を捨てて仕えるならば、共に生きる喜びが生まれてこないはずがありません。世界が最も必要としているのは、この愛です。

愛の神さまは、すべての人が豊かな命に生きるようにと、十字架の救いをもたらしました。そして信じる者に十字架の愛を語らせるために、聖霊を注がれました。イエスさまは弟子たちにおっしゃいました。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして――地の果てまで、わたしの証人となる」(使徒1:8) キリストの証人となり、世界に通じ合う心を生み出していくのです。

弟子たちが力強く福音を語った結果、3000人ほどの人々が信じてバプテスマを受け、弟子たちの仲間に加わりました。伝道する教会の誕生です。私たちも聖霊の力強い注ぎを祈り求めましょう。そして十字架の愛を証して参りましょう。   


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