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【トゥール・スレン博物館にて】 1975年〜79年のポル・ポト政権下で”粛清”として凄惨な行為が繰り返された『S21
(Security Office 21)』、トゥール・スレン刑務所。当時の悲惨な、そしてカンボジアを 語る上で避けて通ることのできないこの現場は、現在博物館として公開されています。 元は高校だったというこ博物館に着いたとき、今でも学校かと思いました。偶然通りかかったと したらきっとそう思うはず。しかし、塀の上の張り巡らされた有刺鉄線は、来る者を拒むようで した。見上げれば、私の大好きなカンボジアの青空と真っ白な雲がふわりと浮かんでいるのに… あの時代、ここから見えたのは一体どんな空だったのだろう? 校舎の中に入ると、今も尋問用のベッドが無造作に置かれていました。 鉄ベッドと惨殺の写真が残る尋問室。学びの場であった教室が、何故こんなことに? 建物の外には、反革命分子を吊し上げ拷問した柱が今も。ここには悲しみが溢れているよう。 隣の校舎(B棟)へ行くと、ここに収容された人々の写真が次の部屋も、その次の部屋 からも私を見つめ、今なお悲痛な叫びが浴びせられているようで直視に耐えかねるのでした。 誰の顔も直視できず、ただただ、どうしてこんなことが起きてしまったのか自問して。 暗く重く、よどんだ空気が取り巻く独房と雑居房。重い足取りで、ひとつひとつ確認する ように進みます。あまりの狭さに、入ったら出られなくなるような恐怖感が押し寄せてくる・・。 ここには希望の欠片も残されていなかったに違いありません。 途中、校舎に入る前に掲げられていた注意書き。こんなものが必要なんて… ここで笑っていられたのは、ポル・ポト(サロト・サル)を筆頭とした犯罪者だけだと信じたい。 この刑務所には2万人近くが収容され、生きて還ったのはわずかに6人。その6人の今を 伝える展示がD棟にあります。澄んだ瞳の少女があまりに美しくて、彼女の写真を自分のカメラ に収めました。ポルポト時代を潜り抜けた彼女の顔は、別人のように変わっていたのが印象的。 いま、過去の笑顔を取り戻しただろうか…そんなことを考えていました。 重い足取りでトゥール・スレンを後に。今見た世界に思考がついていかず、頭がぼーっと。 午後5時、プノンペンの街が流されそうな夕立で、なんとなく現実の世界に戻りました。 ホテルの部屋から撮った向かいの建物は廃墟のよう。少し、怖さを覚えた時間です。 3年8ヶ月続いたポル・ポト政権は、カンボジアだけでなく世界中に傷痕を残しました。 暗い過去。それでも今のカンボジアは立派な観光大国として活気付き、明るい未来が 見えています。そんなカンボジアを感じに、クメール人が微笑む国へ行ってみませんか? |
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まだ 記憶に新しい 悲惨な事実ですね。ポルポト政権下に暮らした
(収容された)日本人の教師の方の手記を昔読んだことがあります。
想像を絶する体験を読み、人間の残酷さに打ちのめされ でもそれに
打ち勝つ強さにも感動した記憶があります。
すべての人が平和に暮らせる世界は 来ないのでしょうか。
2008/2/28(木) 午後 3:28
meguさん、ポルポト時代を書いた本は読み続けるのも辛くなって
しまいますよね。人間はどうしてそこまでできるのかと。
どこにいても、いつになっても平和を願う人間でいたいです。
2008/2/28(木) 午後 5:08