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【歴史に翻弄された真実のドキュメンタリー】 昨年10月、沖縄からのキューバ移民が100周年を迎えた。 美しい海とサトウキビ畑、のんびりとした生活に独特の音楽。キューバと沖縄、 遠く離れた地でありながら重なるイメージが多い。 しかしこの隔てられた土地の大きく異なるところは、波多野監督のメッセージを引用すると― その決定的な違いは、キューバが先住民の絶滅した国、すなわちすべてが外部からやってきた 支配者と被支配者(スペイン人とアフリカ人)によって作られた国であるのに対して、琉球=沖縄が 先住民を主体に形成され、しかしつねに外部の大国(明、清、日本、アメリカなど)の圧倒的な力の 支配下の置かれてきた国であるという事実である。日本は20世紀初頭から、中南米をはじめとする世界各地に移民を送り出してきた。 特に戦後の日本は、人口の急激な増加に頭を抱え、解決策として海外への移住計画を奨励した。 しかしごくわずかな成功者を除き、ほとんどが不遇の生涯を送ることになった。 土地を売り、あるいは借金をして渡航費を調達し、長く辛い航海の末にようやく現地に到着して みると、手のつけられない荒地での農作業や、劣悪な労働条件での仕事が待ち受けていたのだ。 (ドミニカ政府などは、日本の移住者を使い不毛な土地の開発をさせた。しかし反対を押し切り、 夢の国と信じて渡っていった人たちにとって、日本に戻ることなどできなかった。) そもそも、なぜ沖縄からのキューバ移民が多かったのか? そこには当時沖縄が抱えていた問題、とりわけ貧困・出稼ぎ・琉球王国が諸外国との交流を続けていた ことからくる「移民観」の本土との違いなどがある。 フィルムには第二次大戦中、日系男子が強制的に収容された監獄跡(パノプティコン)の映像もあり衝撃的だ。
(ここはフィデル・カストロ元議長が最初の武装蜂起に失敗したときに幽閉されたところでもある。) 「乞食のようでした」という1世の宮澤さんに、「すべてにグラシァス(ありがとう)です」と語る 同じく1世の島津さん。その対照的なキューバへの思いにも、同じ移民として何か重みを感じる。 過酷な運命と、移住地での革命、まさに歴史に翻弄された人々。 今もたくましく生きる移民・日系人が世界各地に居ること、そしてその歴史を忘れてはいけないと思わせる映画だった。 |

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