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[ 2008/10/11-13 ] 1515年に築かれ、33年間という短い間ながらキューバの首都が置かれていた場所です。 現在はキューバ第2の都市で、キューバ革命も『モンカダ兵営襲撃』があったここから 始まりました。革命前は町中を列車が走っていたのか、線路の跡があちこちに。 広場からは音楽が響き、買物や食事を楽しむ人で賑わう通りを歩けば「ここどこの国だったっけ?」 なんて思ってしまいます。特に週末の夜は音楽と踊りで盛り上がります。 ◆ラム博物館◆ 「きっと飲ませてくれるよね…」なんて期待しつつ、朝一で向かってしまいました。 ひっそり佇む博物館ながら、サンチアゴ・デ・クーバのラムや、今やプエル・トリコのラムとして 有名なバカルディに関する展示など、非常に興味深いです!バカルディはここ、サンチアゴの初代 市長、革命後に亡命したためキューバのラムは現在の『ハバナ・クラブ』になったそうです。 ラム酒も革命と共にあるんですね。見学中「セニョリータどうぞ」とラム酒登場、待ってました♪ ◆7月26日・モンカダ兵営博物館◆ キューバ革命の奔り、カストロを筆頭としたモンカダ兵営襲撃。建物の銃弾痕は当時のまま。 ◆サンタ・イフィヘニア墓地◆ 中心部から約3キロ、炎天下の中歩くのは結構きついですが、それなりに散策を楽しみながら 往復歩いちゃいました(^O^) 途中エアコンの効いたお店に入って涼んだり、片道1時間かけて のんびり向かいます。この墓地にはラム酒で有名なエミリオ・バカルディの墓、そしてモンカダ 兵営襲撃で亡くなった革命軍の墓などがあります。 キューバ建国の父、ホセ・マルティの墓は特別警戒。30分おきに衛兵交替が見られます。 さらに3分前に音楽で知らせてくれるのがありがたい!5分程で終わってしまいますが、30分 おきなので見学していると2、3回は見られます。それにしても、足がつりそうな角度…; 帰りの散策中に見つけた扉の飾り。近付くと…空き缶で出来ていました。 切って広げただけなのに、こんなにステキ!うまいなぁ〜! ◆カーニバル博物館◆ カーニバルで使う楽器や過去のサンチアゴでのカーニバル・ポスターが展示されています。 16時から中庭で音楽と踊りが見られました。 サンチアゴでは隣の部屋にイスラエルからの旅行者、なんと彼女日本語が話せました! 1年間日本で勉強していたそうで「めっちゃ好きやねん。関西の男格好いい」とか何とかヽ(^o^)丿 翌朝、私の部屋をノックする音。「すいませーん」、彼女です。 「昨日、カサ・デ・ラ・トローバに行ったら、酔っ払いにカメラひったくられそうになった。 必死で抑えたら怪我した。だから十分気をつけてね。」実は昨夜、彼女にトローバを聞きに行か ないかと誘われていたのですが、12時間バスで移動してきた直後だったので「今日は休むね」と。 夜遅くまで家の外に出て話したり涼んだりする人が多いキューバ、治安の良さを
感じて少し気が緩みがちの所、わざわざ知らせに来てくれた彼女に感謝です。 酔っ払いが多くなる時間は避け、トローバは昼間聞きに行きました。 |
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2008年10月23日
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[ 2008/10/8-10 ] 「サンタ・クララだよ、本当に、サンタ・クララに来たんだよ!」 バスがターミナルに着いたとき、平静を装っていましたが内心かなりの興奮でした。 この地へは、41年前ボリビアで亡くなったエルネスト・”チェ”・ゲバラに逢いにに来たのです。 没後40年目にあたる去年は、東京で開催された写真展に行きました。「来年はきっとキューバで」と思いつつ。 近代的な町並み、カフェやバーの並ぶ通り、セントロにはいくつもの花屋さんのワゴン。 そんな光景を目にすると、何となくここの人たちの『余裕』と『誇り』のようなものを感じます。 ◆チェ・ゲバラ像と霊廟◆ キューバ革命時、コマンダンテとしてチェが指揮していた中部の町、サンタクララにある霊廟。 チェがボリビアで銃殺されてから20年目にあたる1987年に建てられ、1997年に遺体が 発見・移送されたときには革命同志のフィデル・カストロによってこの霊廟に埋葬されました。 チェの人生、その強すぎるほどの意志、私を惹きつけここまで連れて来た 人物に、やっと逢えたんだという思いでずっと、ずっと眺めていました。 ここには革命で命を落とした38名のゲリラ兵たちが眠っています。 『エルネスト・ゲバラ司令官死去の日』で10月8日はキューバの祝日。学生さんたちが次々と 霊廟に来ていました。通りの向こう側でこちらを見ている子たち、先生に許可を得て写真を撮ら せてもらうと、みんな誇らしげに配られたチェのカードを掲げたのが印象的です。 興味津々だったそのカードに釘付けの私、先生が一枚下さいました^^ 嬉しくて生ビール1杯♪ ◆共産党オフィス前のゲバラ像◆ 霊廟とは反対に、中心地から1キロ強歩くと子供を抱いたゲバラ像が。命日とあり、こちらも いくつか花束がありました。今にも歩き出しそうな、魂の入った体に力強い眼をしたゲバラ像です。 ◆列車襲撃跡(博物館)◆ ゲバラの指揮のもと、バティスタ軍の乗っていた列車を爆破した時の展示。 この襲撃がバティスタ軍にかなりの打撃を与えました。 スコールが上がって歩き出すと、向こうのほうから群衆が。どんどん近づいてくる叫び声。やっぱりだ!
チェの命日、何かあると思っていました。 世界中の、チェを敬愛する人々、若者がサンタクララの 中心地へと進んでいきます。静かに後を追いかけ「写真撮ってもいい?」皆快く承諾してくれました。 雨上がりのサンタクララで。美しい町です。 チェのことばかりで偏ってしまいましたが、ここでの滞在は本当に素晴らしいものでした。 特に、私を受け入れてくれた家族が愛情たっぷりでもてなしてくれたのです。出かけるとき、 戻ったとき、食事のとき、常に気にかけてくれ…過保護すぎるホームステイといった感じ。 大人になるとこういう事って殆どないので、適度に甘えて満喫させてもらいました。 サンタクララ出発の日、お世話になったレティシア家に2色のバラが入った花束を贈りました。 この世の終わりかと思うような声を上げ喜んでくれたので、それはこちらも嬉しかったです。 |
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