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ニカラグアの古都・レオン。 数々の古い教会が残るこの町はまた、革命の地でもあります。 時の大統領・ソモサの独裁政権とその一族の富の独占に対し立ち上がり、大統領亡命にまで 追い込んだFSLN(サンディニスタ民族解放戦線)の本拠地があるのがここレオンです。 ニカラグアの英雄・サンディーノの意思・理想を継承したFSLNは、キューバ革命の 影響を大いに受けていました。理想を現実のものとするべく「自由か死か」と戦ったサンディーノ、 そして「祖国か死か」と新たな革命に身を投じたチェ・ゲバラ。FSLNのメンバーたちにとって サンディーノやチェの理想を継承して戦うことは革命の青写真を描くようなものだったのでしょう。 町のあちこちで目にする赤と黒のFSLNの旗、そして壁のペイント、 それらを見るたびに、未だこの町に息づく革命の熱を感じます。 ニカラグア革命はソモサの亡命により成功したかのように見えましたが、その先に待っていたのは 米国の反撃。ニカラグアが第二のキューバとなることを恐れた米・レーガン政権は露骨で執拗な嫌がらせ を開始します。経済封鎖、反FSLN組織への資金援助と軍事協力…まさに対キューバ政策のように。 こうして米国の後ろ盾のもと、コントラ(反FSLN武装組織)がホンジュラス国境から進入、 内戦勃発。エル・サルバドルで泥沼の内戦が繰り広げられていたのと同じ時に、ニカラグアでも 多くの人々が亡くなり国は荒廃していきました。 カテドラルと向かい合うように建つ立派な建物は、現在革命博物館になっています。 中では係員のおじさんが時間をかけて熱心に説明してくれました。 見学後、建物の屋根に上らせてくれ、そこから見えるレオンの町は本当に美しかったです。 ソモサ政権時は、ここから民衆へ向け演説などがされていたそうです。 「北米と中米諸国が良い関係を築くのはアメリカの仕事だけど、ニカラグアにも問題はたくさん ある。アメリカの大統領が変わったからといって、直ぐに政治的変化があるとは思えない。」 気持ちの良い風が吹く屋根の上で、係員のおじさんが言った事です。 彼もまたサンディニスタでありながら、冷静に現状を見つめる一国民でもありました。 地理的にも政治・経済的にも、アメリカの足元で、大国の顔色を窺わないといけない中米諸国。
その状況を打破しようとすれば革命〜内戦へと繫がってしまい、格差は広がり国は荒廃するばかり。 こういった状況を繰り返しているのが中米であり、また根本的に解決するのは、この先も本当に 難しいことだと思います。そんなことを感じた、ニカラグア・FSLNの町でした。 |
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2009年01月20日
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ホンジュラスでビールを飲み忘れたことを思い出し、国境近くの“チョルテカ” という町で1泊、しっかりおビールなどいただき、次なる国、ニカラグアへ! 「あ、見慣れた国旗!」日本の援助で建設された橋を渡ると、そこはニカラグアです。 遠く中米で日本の技術・資金援助をこういう形で目にするのはやはり嬉しいものです。 税金の有意義な使い方、その壱。 ニカラグア最初の都市は北部・レオン。国境からはバスを乗り継ぎおよそ3時間で到着です。 かつて首都が置かれていたレオンは数々の古い教会が残る、歴史を感じる町。 中米で最も大きいといわれるカテドラルをはじめ1600〜1700年代に建てられた 教会の頭があちこちに見え、それらに引き寄せられるように町歩き。 誰もいない広場に面してひっそり佇む教会があったり、夕日を受けて黄金に輝いて見える 教会があったり。暑さも忘れて教会巡りを楽しみました! こちらはレオンの劇場、ここもまた素晴らしい建物です 町歩きの途中で白装束の集団発見!近寄ってみると医大生と思われる若者たちが写真撮影。 終業の記念撮影か、今年最後の締めの写真撮影か…女性が多いのは以外でした。 が、この女性が多いというのがポイント、バッチリメイクで決まってる彼女たち、1枚撮るたびに 「あーでもない、こーでもない」の大合唱。これだけいらっしゃると全員が納得のいく写真を 撮るのは相当難しいと思われます…。 30分後、再びこの場所を通るとまだやっていました!いつまで続いたのかは…不明。。。 ちなみにレオンの象徴であるライオン像はカテドラルの四方に置かれているのですが、しょっちゅう
誰かが乗っています。子供から若い子たちまで乗っていて、日本人的な感覚では「ダメダメ」と 言いたくなってしまいます。別に動く訳ではないんですがね、大人気。 何かご利益でもあるのでしょうか、レオンのライオン。 |
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