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[ 2009/5/10 ] チリを代表する、世界的に有名な詩人 パブロ・ネルーダ。 彼の名前を知ったのは、キューバ革命で有名なチェ・ゲバラの本に度々出てきていたから。 ネルーダもゲバラも今では英雄視され、特に共産主義者たちに崇拝されています。 先日、チリの港町・バルパライソの見晴らしの良い場所にあるネルーダ邸を訪問しました。 そこで見たポストカードの写真があまりにきれいで、どこかと思えばまた別の地にある ネルーダ邸(現在は博物館)でした。世界中から収集した彼のコレクションが見られるネルーダ邸、 情報が少ないので「行けるかな・・?」と思っていましたが、予約の電話を入れてみると、博物館の 方が丁寧に行き方を教えてくださいました。 イスラ・ネグラ、黒い島という意味ですが、実際は島ではありません。 松林があってどこか日本を感じる、海沿いの静かな町です。ネルーダ邸を訪れる 観光客向けに小さなお土産屋さんが数件、通りにあるだけの気取らない町。 博物館になっているネルーダ邸はガイドツアーのみで見学可、目を見張る素晴らしい コレクションが多いのですが、館内での写真撮影は禁止でちょっと残念でした。 美食家で大食漢の太ったネルーダと美しいボトルのコレクション このネルーダ邸、小さな部屋がうなぎの寝床のように長く連なっていて、部屋ごとに ボトル、食器、仮面、鉱石などのコレクションが見られます。なんでこんな変わった 造りなのかと思うとガイドさん「この家の細長い造りはチリの形を現しているんです」 なるほど!南北に細長いチリと一緒、ネルーダの愛国心がうかがえます。 そして何より素敵だったのが寝室!東西に大きな窓があり、頭の方から朝日が差し込み、 夕日が沈むのを見られるようベッドが置かれています。愛を詠った詩人らしい素敵な部屋。 今、ネルーダは彼が愛したイスラ・ネグラの海を見渡す所で静かに眠っています。 外交官としてスペイン赴任中にスペイン内戦を経験、ノーベル賞を受賞した時はフランス駐在大使、 その後ガンに侵されチリに帰国。ここから彼の人生は悲しいものに。初の社会主義アジェンデ政権が 誕生したチリでしたが、1973年のピノチェトのクーデターによりわずか3年で滅ぼされることに。 その際アジェンデ寄りだったネルーダの家も軍事政権により徹底的に破壊されました。 これにより彼の病状は急激に悪化、クーデターからわずか12日で亡くなったのです。 ネルーダはただ病気で亡くなったのではありません。救急車で病院へ向かう途中、軍の執拗な検問で 危篤状態であったにもかかわらずひき摺り下ろされ、病院へ着く前に亡くなったのです。なんてこと! 彼はクーデターにより誕生した軍事政権に殺されたのです。 パブロ・ネルーダ、これからも共産主義者たちのカリスマ的存在であり、
また彼の詩は世界中の人々の心に宿り、つき動かし続けるのだと思います。 |
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