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[ 2009/2/27-3/2 ] 「とにかく、行ってみよう。」 ボリビア サンタ・クルスまで来たのは、同じサンタ・クルス州のバジェグランデへ行くためでした。 この旅で、キューバと並ぶ最大の目的地でもあります。ここは1997年、キューバ革命で 知られるエルネスト・“チェ”・ゲバラの遺体が発見された地。ゲバラと仲間のゲリラ兵 たちは30年もの間、秘密裏に、バジェグランデの冷たい土の中に埋められていたのです。 ゲバラがボリビア、そしてラテンアメリカ解放のために、どんな理想を持って戦っていたのか? 革命のために自らの命をもかけて「祖国か死か」と戦った一人のアルゼンチン人。 バジェグランデ、その名前だけでボリビア入り。とにかく情報収集しながら行ってみることに。 サンタ・クルスのバスターミナルでは「ここからはバスは出ない」と言われ、ホテルでも 「この辺からかな…」。聞く人聞く人、みな答えが違うので予想以上に捜査難航? そうこうしているうちに2日が経過。いつまでも人をあてにしていたらサンタ・クルスから 抜け出せない、とりあえず何人かの人が口にした“プラザ・オルーロ”へ行ってみることに。 すると、あっさり見つけました、『VALLEGRANDE』の看板。 足があって口があるなら、自分で動かないとダメですね^^; バジェグランデ行きはミニバスの運行で、3・4社が小さなオフィスを構えています。すぐに出発。 景色の良い山道を行くバスの中、やっとあの地へ行くのだという思いがジワジワこみ上げてきます。 途中工事で通行止めに遭い、バジェグランデ出身のおばさんと話したり、お昼休憩があったり。 バスは家族経営?運転手さんは食堂の奥で愛妻と子供と一緒に食事。さすが、お国柄出てます^^; サンタクルスを出て7時間弱、真っ暗のガタガタ道を進んでいたバスが小さなターミナルに到着。 遂に来ました、念願のバジェグランデ。街灯の明かりは頼りなく道は未舗装、とりあえずホテルへ。 翌日、町の入り口まで40分ほど歩いてみました。町を見守るようにキリスト像が立っています。 乾燥した赤土の道のずっと向こうにバジェグランデの町。本当に、本当に来たんだな…。 この町の第一印象は、なんと言っても 『 乾燥 ・ 土埃 ・ 電線草 』。電線草はもしか するとちゃんとした名前があるのかも知れませんが、こう呼んだ方が「らしい」かな、と。 乾燥した田舎の方に多くある気がしますが、バジェグランデの電線草はかなり生長して ご立派でした。 不思議な絶景かも…?なんて。 町の中心部は予想以上に欧風の建物が多く建ち並びます。カルナバルが終わった直後で、 人影はあまりなく朝も昼も静か。町の中心に居ながら時間を忘れられる、ゆるりとした所です。 中心の広場よりも、数ブロック坂を上がったところにある市場周辺の方が賑わっていました。 これは証拠写真。ラ・パス、オルーロ、コチャバンバからもバスがある?本当ですかい??
あてになりません、週1便・日曜に出ていると言うスクレへのダイレクト便も「ないわよ」 だったのですから。ここもまた電線草が、かわいらしい演出をしてくれています^^ バジェグランデの夕暮れ。遠くに見える山の上の方だけ夕日に照らし出され素敵な夕暮れでした。 バジェグランデに到着したのは金曜の夜。土日と博物館が休みになってしまうので町をあちこち 歩き回り『念願の地』での滞在を楽しみました。田舎はやっぱり、人があったかくて親切です。 |
2009-BOLIVIA-
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[ 2009/2/23-26 ] ほどよく控えめで、ほどよくあったかく、絶妙な距離感を持って接してくれたラ・パスの宿の 人たちに別れを告げ向かったのはボリビア中部・コチャバンバ。ボリビア第3の都市で標高約 2,600mに位置します。この時期、ボリビア各地でカルナバルが盛り上がるため、バスもしっかり カルナバル仕様にデコレーションされていました。 険しい山々と土埃を巻き上げながら飛ばすバス、コチャバンバに到着したときにはせっかく オメカシした風船やリボンが全て吹っ飛んでなくなっていました。あーぁ、残念。 そしてここコチャバンバは、あまり印象の良くない町となってしまいました。何となく感じる 治安の悪さ。チェックインしたホテルでも、外を歩くときは持ち物に十分注意するよう言われました。 首都同様、先住民率が高く観光地というよりはかなり庶民的な町です。朝食は屋台が主流のよう。 印象が良くない理由の一つに、カルナバルの時期に訪れてしまったということがあります。 どこを歩いても水鉄砲や水風船で水をかけられ、時には建物の上からバケツで水が降ってきます。 これがボリビア流の楽しみ方だと理解しないといけないのは分かっているつもりでした。でも、 力いっぱい水風船を投げつけられたり、顔に向かって投げられるとやっぱりムッときてしまいます。 カメラはほぼ出せず、丘の上に立つ高さ40mの有名なキリスト像にも辿り着けませんでした。 地元の人にも、警察が少なく危険だと言われたので、小さく見えるキリスト像を拝むだけ。 町は水浸し、あちこちに割られたビール瓶の破片、バスターミナルも一時封鎖、メチャクチャでした。 残念ながら1泊でコチャバンバを後にし、向かったのは中東部サンタ・クルス。こちらはボリビア 第2の都市で標高は一気に下がります。温暖な気候で泊まった宿にはミニプールまで。ボリビアに 来て初めて、一日中半袖で過ごせる都市。欧風の町並み、広々とした道路・公園、スペイン系の 色白の人々…ここ、ボリビア? (写真右下はサンタ・クルスの日本領事館。ちょっとリッチな人のお宅のようでした。) ボリビアに入ってから、ずっと続いてきた緊張感から一気に開放され、のーんびり。 人も町も明るいと、こちらの気持ちまで明るくなります。シャワー後の冷えたビールがまた…クゥ〜 首都ラ・パスやコチャバンバと全く異なる印象のサンタ・クルスの間にはちょっとした
対抗意識があるよう。どちらもボリビア、先入観でこの国を見ていた私に新たな一面を 見せてくれた対照的な2都市でした。 |
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[ 2009/2/22 ] ボリビアを代表する遺跡ティワナク。プレ・インカ期の遺跡で、ティティカカ湖畔に住む先住民族 アイマラ族の先祖が建設したと考えられていますが様々な説があり、そのどれもが定かではありません。 また風化や破壊がひどく復元されていない部分もかなり多いため 謎に満ちた古代文明でもあります。 首都ラ・パスからは72キロ。バスに乗ること1時間強で、ペルー国境に近いティワナク村の 入り口に到着します。ドライバーの隣の車掌席に座らせてもらい、存分に車窓からの景色を 楽しんで幹線道路沿いに巨大な岩がぶら下がる不思議なオブジェ(?)が3つ見えたら下車、 そこから遺跡までは2・3キロ歩きます。 ラテンアメリカの多くの国で廃線になりつつある鉄道、ここティワナクでも鉄道の跡が見られます。 さっそく散在する遺跡巡りへ。変わりやすい天気の中、あちこち見て歩きます。 半地下神殿はティワナク遺跡の中でもきれいに修復・復元されている所。モノリートと呼ばれる 石造の彫像が立ち、ぐるりと石頭が取り囲みます。表情はそれぞれ違っていて、じーっと見つめ られると「…そんなに見ないでよ(^.^)」。なんだか恥ずかしい。 カラササヤといわれる正方形に近い、遺跡の中心となる建物の石壁。ここは1970年代に復元された もので、現在までの調査結果では、残念なが本来の姿とはかなり違って復元されているそうです。 カラササヤにある『太陽の門』。ティワナク遺跡で最も有名なものでボリビアの象徴でも。 そしてもう一つ、この遺跡で有名なのが『モノリート』といわれる立像。 よーく見ると、彫刻が施された柄物のパンツをはいています。プレ・インカ式オシャレ? ティワナクの地を静かに見続けてきたモノリートたち、彼らが真実を語ることはあるのかな… 標高4,000m近い厳しい自然条件の中で栄えた巨大文明・ティワナク。
起源も名前の由来も領域もはっきり分かっていない… ただ、これだけの彫刻技術を持ち 壮大な建造物をつくり上げたのだから、今は静かなこの村に大規模国家があったのだろうな。。 |
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[ 2009/2/21 ] ボリビア・オルーロ。標高およそ3,700mに位置する鉱山の町として知られています。 町を通る鉄道はここオルーロで採掘されたスズ・銀などを運ぶために施設されたもの。 そんな鉱山の町を有名にしているのが、毎年2・3月の『灰の水曜日』の前に行われる カルナバル(カーニバル)。意外に知られていませんが、ブラジル『リオのカーニバル』、 ペルー・クスコの『インティ・ライミ』と並ぶ南米3大祭りのひとつなのです。 カルナバルというと派手な衣装で踊りまくる、というリオのイメージが強いですが、先住民色の 強いボリビアは踊りや衣装もちょっと違います。特に珍しいのが“ ディアブラーダ ”と呼ばれる 悪魔の踊り。金銀の装飾が施された仮面をかぶり、その重みに耐えながら踊り続けるのです。 このオルーロのカルナバルを見に行くのは、日本を発つ前から予定していました。 無計画に見えて(?)「この日はここへ」という計画を持ちつつ旅していたりもします。 9月のメキシコ・独立記念日をメキシコシティで 10月のチェ・ゲバラの命日はキューバ・サンタクララの霊廟で 2月のボリビア・カルナバルはオルーロで、 というふうに。 オルーロのカルナバルは…音楽・踊り・衣装・演奏・観客の興奮、どれをとっても最高でした! もう他に言葉がありません。感動という言葉に尽きます。その感激が写真で、伝わるでしょうか? ビールもカルナバル仕様!大興奮で昼間からススムススム(^o^) カルナバルといえば水鉄砲と水風船、それに泡スプレーも飛ぶように売れるアイテム。 ラパスから美人な娘さんと見に来ていたお父さん、見事に泡化粧されてました。なんでもアリ? パレードの終着地点、みんな最後の力を振り絞って最高の踊り・演奏を披露! ラ・パスの町を朝4時出発、戻ってきたのは夜11時。ものすごく疲れたのは事実、 でもそれ以上に興奮して感動して「また絶対に見に行く!」と思ったのも事実。 オルーロのカルナバル、機会があれば皆様是非お出かけください♪
日本から行く時間と費用を考えても十分に価値のある素晴らしいカルナバルです!! |
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[ 2009/2/19-23 ] コパカバーナからのバスはなんとも危なっかしい、ご老体と思われるバス。 エンジンの調子が悪いようで、何度となくフェイドアウトするかのように「ヒュ〜」とストップ。 そして車掌役の兄ちゃんが忙しそうにグルグル何やら動かしている…「手動?ゼンマイ式?」 サイドミラー越しに見えるのは、車体から出ている白い煙、大丈夫なの??? 道のど真ん中で止まったり、迷惑この上ないバスでしたが、1時間以上遅れて首都ラ・パスに到着。 『ラ・パス=平和』。強盗やら泥棒、盗難の話をよく聞くラ・パス、いったいどんな首都なんだろう? 週末からカルナバルが始まるとあって、露天で賑わう大渋滞のラ・パス。 見た目はかなり立派なバスターミナルから、まずはタクシーでホテルまで。 ホテル周辺は古い建物とお土産屋さんが並ぶ石畳の路地。都会的な明るさとは全然違います。 先住民色が強いせいか、独特の雰囲気が漂う路地。観光客を狙った犯罪が絶えないエリアでも。 大統領官邸・国会議事堂・カテドラル、重要な建物に囲まれたムリリョ広場は市民の憩いの場 でもあります。それにしてもすごい鳩、人の数より明らかに多いです。ちょっと…コワイ(~_~; インディヘナ人口の高いボリビア西部、こんな先住民族の姿を見ていると「ボリビアらしさ」を 感じます。長い三つ編みの女性に帽子の似合う男性、鮮やかな織物と衣装が晴れの空に似合う! 標高3,650mに位置するラ・パス、それよりはるかに高い山々に囲まれたすり鉢状の首都は、
上から下まで家がびっしり。こんなすごい密度の首都、他にあるのかな・・・? 家というよりモザイクを見ているような気分、この町を知るには途方もない時間がかかりそうです。 |



