旅人酒場 〜1杯やってかない?〜

慌ただしく過ぎていく毎日。でも、空は見上げよう。

2009-ARGENTINA-

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日記帳をパラパラめくって思い返せば…

アルゼンチンに最初に入国したのが3月27日、最終的に「戻らぬ出国」をしたのが6月2日、
長かったです。チリ・パラグアイ・ウルグアイなど周辺国を出入りしていたので何度も出たり
入ったりし、イグアスからブラジルに行くまでアルゼンチンのお世話に。この国で外食を重ねると
非常に体にきそうなので(横に大きくなる方)、なるべく自炊。その分ワインを買っていました(^_^; 

さてさて、アルゼンチンと言えばやっぱりお肉。アサードと言われるグリルした
お肉にミラネサ(カツレツ)、イタリアンも多くピザにラビオリにニョッキ…どれも
それなりにおいしいんですが、飽きるんです。重たいんです。量が凄いんです。

本当にお肉しか乗ってない料理。少しはサラダとか乗せてください!見た目も
良くないですよ?そして最南端ウシュアイアで意外に美味しかったチョリソー。
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ランチの定番、どこでも必ずあるミラネサ。そしてどこもジャンボサイズ。
付け合せはサラダ・ライス・ポテトフライから選択できます。ポテトフライはさすがに…
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ランチセットのフライドフィッシュ・ポテト・キッシュ。基本は「揚げる」です(~_~;
手抜きラビオリ?!ラビオリはどうでもよくて、ワインが凄く美味しかったです♪
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中華系レストランでバイキング。なんちゃって海苔巻きなんか取ってみたり(^.^)
見た目以上に、どれも薄味でかなり塩をかけないと物足りない感じです。
バイキングでないとなかなか野菜が摂れないのがアルゼンチンかも知れません。
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スーパーのお惣菜編。見た目にもキレイなツナロールにハムチーズロール。
サンドウィッチをロールにした感じかな…と買って早速食べてみると「甘い!」
お菓子に使うロールカステラをそのまま使っているよう。どうか改善して下さい。
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アルゼンチンの軽食といえばエンパナーダ。どこもたいてい4、5種類ほど
置いてあり、形で中の具が分かります。お気に入りは丸い形のハムチーズ。
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喫茶店ではハムサンドがホットドッグ風、添えられているのはポテチ(~_~;
旅もアルゼンチンからブラジルへバトンタッチ、ビールだって両方買います!
左がアルゼンチンのキルメス、右がブラジルのブラーマ。ビールの共演♪
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アルゼンチン出国前、プエルト・イグアスの町で食べた白身魚のスープ。
自分に甘い旅人は、「最後だから記念にね」と昼間からビールで一人乾杯♪
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長かったアルゼンチンもこれにてお別れ。どこへ行っても誇らしげに
はためくアルゼンチン国旗ともさようならです。いざ、ブラジルへ!
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[ 2009/5/31 ]

世界三大瀑布といったら先ず出てくるのがナイアガラかイグアスのはず。
ナイアガラの滝・イグアスの滝・ヴィクトリアの滝の中でも、ブラジルとアルゼンチンに
またがるイグアスの滝は世界最大!ブラジル・アルゼンチン側共に世界遺産です。

私が行ったとき、アルゼンチン側のプエルト・イグアスの町は毎日天気がぐずつき
肌寒い日々…これで滝の水しぶきを浴びたら間違いなく風邪引くな…と思いつつ
出発。少し晴れ間が見えても、またすぐに厚い雲に覆われてしまいます。
国立公園入口から、観光客みんな震えながら電車でトレイル入口まで移動。
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いくら寒くても、その寒さを忘れるほどの絶景がこのトレイルの先に広がっているはず。
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どひゃぁ〜〜〜!イグアス観光で外せないのがこの【悪魔ののど笛】、凄い迫力!
ただただ その迫力に圧倒され、ポカーンと口を開けて眺めるのみです。
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遊歩道ではこんなかわいい仲間たちにも会えます…と言いたいところですが、
公園事務局側では観光客があげるエサや食べ残しのゴミをあさるハナグマに
手を焼いているよう。ふた付きのゴミ箱だって器用に開けて中をあさっていました。
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アルゼンチン側の特徴は大小無数の滝があり、滝の上からも下からも横からも
見られるように遊歩道が張り巡らされていること。この際だから全部歩きます!
角度や視線の高さが変われば滝も常に違った表情を見せてくれます。
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いつの間にか寒さも忘れてあちこちの遊歩道をチョロチョロ歩きまわっていました。
更に汗ばんできちゃったりして…青空の下で大瀑布の写真が撮れなかったのは
残念、それでもさすがは世界のイグアス、見る者を飽きさせません。
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アルゼンチン側を観光したら、もちろんお次はブラジル側からアクセス。
言葉も食事も人も大きく変るブラジル、期待と、ちょっとばかしの不安を持って。
[ 2009/5/19-21 ]

アルゼンチン・ロサリオ ― ここもまた、南米大陸の旅で外せない場所でした。
ここはチェ・ゲバラが生まれた町。ゲバラゆかりの地を回ってきて、最後に生誕の
地へ行くのは「逆じゃない?」という感じもしますが…メキシコから旅を始めたので
やっぱりアルゼンチンは最後になってしまいます。

2008年にチェの生誕80周年を記念して立てられた像、そしてこの像がある
芝生の広場は“エルネスト・チェ・ゲバラ広場”という名前が付けられました。
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ロサリオのゲバラ家は町の中心に程近く、その前には“ホステル・ゲバラ”なんて
ものが。なんか…どういう考えで名づけてホステル経営を始めたのか分かりませんが
どうも納得いきません。軽いファッションと一緒で、外見だけ、中身は無い気がして。
ゲバラ信者がやってきて儲かればいいと思っているのか、なんて捉えてしまいます。
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ゲバラ広場と、ゲバラ家の前の看板。ロサリオで彼を知る場所はそのくらいで、
博物館を訪ねるならやはりアルタ・グラシアやボリビアの方が良いようです。
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ゲバラ生誕の地しか知らずに行ったロサリオ、それがこの町の雰囲気と美しさ、
居心地のよさにすっかりとらわれ、気分的には「足が棒」になるまで歩いてました。
[ 2009/5/19-21 ]

アルゼンチン第三の都市・ロサリオは首都ブエノス・アイレスから北西に約300キロ。

ロサリオへ向かうバスは夜行でもないのになかなか立派、今度こそ一人用席で
ゆったり!昼だろうが夜だろうが、もう私のバス移動タイムを邪魔する者は許さない!
途中の町のバスターミナルでランチ用サンドウィッチ購入、コーヒーはバス内で無料
サービスです。途中ストップが多くて時間がかかったけど、無事ロサリオへ着きました。
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ここはアルゼンチンの穀倉地帯、そして重要な商業都市でもあります。
赤茶色の水が流れるパラナ川沿いを市内地図片手に歩き回ります。
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国が変われば放置された蔦の這った家すら素敵に見えちゃいます。
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ロサリオで一番重要なのがこちら 『モヌメント・デ・ラ・バンデーラ』、国旗の記念碑です。
そう、ロサリオはアルゼンチン国旗の一番最初の掲揚地なのです!立派な記念碑の
周辺にはアルゼンチン国旗がズラリ。地元の学生さんも大勢来ていました。
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あまりに立派で、「こっちが首都かも?」なんて思ってしまうほどです。
第二の都市、コルドバに敵対心を持つブエノス人でも、ロサリオの町の落ち着きと
美しさは認めるよう。観光中、学生さんに囲まれ「どっから来たの?ロサリオどお?」
と聞かれ「ブエノスよりいいね♪」と言うと「そりゃそうよ!!」と誇らしげ。

ロサリオ人が誇るのも納得、コロニアル建築にショッピングセンターに緑豊かな公園、
現代人の生活に必要なもの、残しておきたいものがしっかり同居している町でした。
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現在鉄道は貨物が主なようですが、立派な駅舎が2箇所にありました。セントラル駅の
駅舎は子供たちのための施設として使われていました。素敵なレンガ造りです。
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アジアンチックなことをしてくれるPC屋さんに、野菜をキレイに木箱に入れて売る八百屋
さん、見せ方一つで買いたくなるものですね。
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「もしかしたらアルゼンチンでここが一番居心地いいかも…」そんなふうに思うほど
ロサリオの町歩きは楽しく、ここで3泊、毎日朝から夜まで出歩いていました(^o^)
[ 2009/5/16 ]

コルドバ近郊に広がるコルドバ高原には美しい森や湖を持つ町が多く点在し、夏になるとアルゼンチン内外からの観光客で賑わいます。避暑地・別荘地として有名なだけあり、町から見える景色はどこも美しく絵になる風景です。
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私が向かった先はコルドバからおよそ40キロの“アルタ・グラシア”という町。ここもまたコルドバと同じくイエズス会により造られた町で、中心部には石造りの立派な建物が。
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目的はキューバ革命で知られるチェ・ゲバラが育った家へ行くこと。現在博物館として公開されており、国内からかなりの観光客が来ていました。喘息持ちだった息子の体を気遣い、気候の良い場所を選んでは引越しを繰り返したゲバラ家、ここアルタ・グラシアにはゲバラが16才になるまで住んでいました。学生生活をこの地で送ったゲバラ、読んでいた本や学校の卒業証書などを見て「この頃から他の少年とはちょっと違う、強い信念を持っていたのかな?」なんて思いました。
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もちろん、キューバ革命の同志・カストロ元議長や
ヴェネズエラのウゴ・チャベス大統領も訪問しています。
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ひとつひとつの写真・展示品をじっくり見ては、今まで訪れたゲバラゆかりの地を思い出していました。革命の地・キューバ、新たなるラテンアメリカ解放を求めて闘い、散ったボリビア、革命家になる前に活動していたグアテマラ、南米大陸放浪で訪れたペルーのマチュピチュやエクアドルのグアヤキル、チリのチュキカマタ鉱山…私をラテンアメリカの旅に導いたのは紛れもなくチェ・ゲバラという人物で、時に何十年も前に彼が歩いた場所を辿るように旅をすることも。旅行者ながら少しでも垣間見ることが出来たキューバやラテンアメリカの現状、問題点…彼が何を目指していたのか少しずつ理解できるように。
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アルタ・グラシア ― 美しい自然に囲まれた高原の町で、旅に出る前
抱いていた熱い気持ちや旅先でのことを思い出していました。

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