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[ 2009/7/23 ] スリナムの首都・パラマリボ。意外にも、この首都の歴史地区はユネスコの世界遺産に 指定されています。そんな歴史地区を歩き始める前に立ち寄りたいのがスリナム博物館。 ここはスリナムの歴史を見守ってきたような要塞で、フランス・イギリス支配を経て 1667年、オランダ植民地時代に『ゼーランディア要塞』という名前が付けられました。 見た目はかわいらしいレンガ造りの建物ですが、中は複雑でどっしりした頑丈なつくりです。
そしてスリナム川に面した建物のひとつ、焼き物が展示されている辺りは何故か臭う・・(゜o゜) 要塞の中の一室で。オランダのお土産で有名な木靴を思わせます。南米にいながらオランダ? ちなみにスリナムはつい34年前までオランダの植民地だったわけですが、その前は イギリスに植民されていました。面白いのは、英蘭戦争でオランダはニューアムステルダム (現在のニューヨーク)をイギリスへ譲り、代わりにスリナムを手に入れたという事実。 後にニューヨークが今みたいになるとは、思っても見なかったのでしょうね(^_^; 当時スリナムを手にしたオランダはその後どう思ったかな〜?なんて考えてしまいます。 |
2009-SURINAME-
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[ 2009/7/22-24 ] 南米大陸最小の独立国が、スリナム共和国。日本のニュースに登場する事は皆無とも言える ほどで、そこにどんな人が暮らし何が産出されているのかなんて全く知りませんでした。 仏領ギアナのクールーから国境の町・サンローランドゥマロニーまで行く乗合タクシーはナント朝の 4時発のみ!たった2時間の睡眠で乗ったタクシーは真っ暗闇のギアナを走ります。途中ひどい凸凹 道もあり眠れない国境行き。到着は、朝の7時過ぎ。なのにタクシーはあっという間に黒人の大男 たちに囲まれます。結構な迫力ですこと(^_^; 彼らは渡し船の客引き。 交渉は朝から精神的にも元気でないと、負けてしまいます。対岸は、いよいよスリナム。 船を降りる前から、またしても凄い人数の男たちが獲物を狙ってる!荷物を持っていかれたら終わりだ、 キュキュッと気を引き締めないと。案の定、囲まれるわ引っ張られるわ…この状況で写真は無理です。 とりあえず入国スタンプを貰いにイミグレへ…「君ねぇ、あっちから入ってこないとスタンプは あげられないんだよ」けち〜!ぐるっと回って別の入り口から同じ部屋に入るナンセンスな行為。 すると「入ってきた場所はいいけど、船はそこの桟橋に付けて貰わないと正式な入国じゃないんだよ」 はぁー?どうやらパスポートにスタンプが必要な人に限り、イミグレ前の桟橋から上陸しないと いけないとか。まだ桟橋にいた船の兄ちゃんに「ここじゃないってよ、知らなかったの!」と 詰め寄り“正式な”入国をし直す、無駄な時間…。 ここまでで、ぐったり(-_-; 乗合白タクは穴ぼこだらけの道を猛スピードで行くから、お尻は 弾むし車もかわいそう。うだるような暑さ+爆音のレゲエにノリノリで運転してる隣の男に拍手(+_+) スリナムの首都はパラマリボ。今朝までいた仏領ギアナとは違って、ものすごい活気とお店の数! 入国で手こずってイライラした出だしとなりましたが、市内に入ってからは喧噪にすらワクワク♪ まずはホテルに落ち着きます。素敵な部屋に見えますが、蒸し風呂!一日中エアコン稼働です。 とりあえず町をふらっと。お昼に終わった学校の前では、子供たちがお迎えを待ちます。 空の色からもお察しつくと思いますが…ものすごい暑さです、ここも。なんだか、痛い暑さ。 イスラム教徒が多いのもまた、スリナムの特徴のひとつ。立派なイスラム教のモスクがあちこちに。 人種構成・宗教共にかなり複雑なスリナムの興味深い所は、イスラム教・ユダヤ教・キリスト教の 礼拝所や教会などが隣接しており、『宗教の自由』を感じられる事。宗教戦争国に見て頂きたいです。 こちらがスリナム川。奥に見える橋を渡って市街地に入って来たのですが、素敵なデザインの 立派な橋に感動しました!渡りきった所でスリナムの大きな国旗が出迎えてくれます。 非常に残念なのは・・・実はこの橋、自殺の名所らしいです。オランダ語がサッパリの私を 助けてくれたシンガポール人のバイヤーさんの話では、ニュースや新聞にかなりの頻度で この橋からの自殺が伝えられているとか。「数日前も2人。生きていたけどね。」(゜o゜)やだぁ 暗い気持ちで締めくくりたくないので、ちょっと微笑ましいスリナム便りを♪ ここは今から34年前の1975年にオランダから独立した若い国。きっと住民は独立を
待ち望んでいたのでしょう、パラマリボ市内にはスリナムグッズを扱うお店がたくさん。 国旗・ステッカー・Tシャツ・バッグ・ボールペン…あらゆる品にスリナムの国旗が。最初はただの お土産屋さんだと思ったのに、買っていくのは皆地元民のよう。どこか元気のないフランス植民地 (正確には海外県ですが…)を見た後だっただけに、独立国の素晴らしい愛国心にジーンとしました。 |



