ガボンで青年海外協力隊

首都リーブルビルの精神病院で活動していました

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最後に

新年度です。
なんか、ヤフーのブログもいろいろなことができるようになってるみたいですが、使いこなせない・・・
そう、それはまるで、携帯電話(日本のやつです)のよう。
 
私の中で、1月に帰国するので、できれば4月から働く、という区切りをつけていました。
運よく自分が希望するやってみたいお仕事に出会いまして、明日より研修に入ります。Yes I can
 
どんな仕事かといえば、語学学校のスタッフです。事務や生徒さんのスケジュール管理などで、自分も語学を中心にスキルアップできたらいいなと思います。
 
青年海外協力隊関連のお仕事といえば、訓練所にいる候補生(2か月の訓練期間中は仮決定なので、まだ隊員とは呼ばれないのです)にガボンてこんな国で、という生活情報を説明する、説明会で協力隊って何?といったことを来場者へ説明する、機会があれば学校や団体にお邪魔し、自分の経験を語る(これはやってみたい)などなどのチャンスがあります。
 
本当に直近ですが、静岡の説明会にお手伝いに行きます。
なんとなくのぞくだけ、資料をもらうだけ、でも大歓迎
4月3日(土)14時〜 新静岡駅近くのペガサート7階で開催されるそうです。
JICAのお知らせサイトはこちら↓
どうぞ、いらしてくださいね。
 
こんな感じで地元静岡に戻りまして、ちょこちょこ協力隊に関するイベントにも参加していけたらいいなと思います。ガボンの日々を大切に、これからの人生に活かし、なにか地域や協力隊にもご恩返しできるように活動していきたいものです。
 
日本に帰って、何が変わっただろうか?と考えますが、欲がなくなったと思います。
物欲やあれしたい、これしたい!という趣味や旅行や外出するより家でのんびり、食事も料理するほうが自分もたくさん食べて健康だなあ、と。生活が少しばかり、シンプルになりました。
 
が、主婦だけ生活もピリオド。
仕事始まったらそんなん言ってらんないじゃんか!とも思いますが。
2年ぶりの日本人流仕事開始となります。
 
ということで、協力隊その後のオチもつき、ガボンで青年海外協力隊終了しようと決心しました。
多少、帰国後引っ張りましたが・・・
2年間、みなさま、どうもありがとうございました
 

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帰国後

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お久しぶりです。

ご無沙汰しております。ちゃんと帰国しまして、只今流行りのニートから抜け出したく、就職活動に励んでおります。

ガボンから帰る時、皆様方のご厚意を多々いただき、2週間ほどはご飯をごちそうになり続けた気が…ああ、幸せ。

そのくせ2年間で風邪では寝込んだことなかったのに、のど風邪をもれなくこれから熱がバンバン出るなあ〜という状態で日本へ持ち帰り、東京研修中に悪化させるという不始末をしでかしました。

遠足は家に帰るまでをいう。

ガボンから実家までの道のりの遠いこと遠いこと。帰るまでが、協力隊。

写真はシャルル・ド・ゴール空港の朝日です。近代的で綺麗な空港ですね。パリでの乗り換え出発まで6Hほどありまして、元気な人ならば、朝っぱらからパリへ繰り出しちゃうぞ!!という感じなんですが、とてもそんな状況でなく、人気のない空港でひたすら待ったのでした。

ガボンのことになると、帰国後2ヶ月近く経った今でも、そしてこれからもですが、テンションあがってきます(笑)。3月末にガボンへ赴任予定の新隊員の講義のために懐かしの訓練所(隊員は語学別に2か所の訓練所に分かれて赴任前に2ヶ月泊まり込みで研修を受けます)に行ってきたり、ガボン紹介のためにHPの取材を受けたり。

日本へ帰ると隊員は逆カルチャーショックを受けるのだそうです。基本的に2年間は日本へは帰国できませんので、浦島太郎状態であります。

私の驚愕したできごと→トイレがおせっかい(すぐ流れちゃうし、ふたは勝手に開く。ボタンがいっぱいで機能がいっぱい。ただ、外出時どこでもトイレに行けることに感動)、マックのてりやきバーガーが塩辛くて美味しく感じなくなっていた(以前から薄味志向だったのが、添加物をあまりとらないガボンでの食生活により、さらに自然派志向な味覚に?!)、男性の流行の髪型って長髪(ガボンでは丸坊主だもの)などなど。

ちょっとしたトラブルにも、すべて「なんとかなるでしょー、ここ日本だし」で済ませること。役所の手続きなんか、1日でいくつ終わっちゃうのかしら。終了時間ぎりぎりに行っても受け付けてくれるうえに、最後までやってくれるってステキ。
そんな当たり前だったことを感謝できるようになりました。

ああ、ガボンにいた時はね…と思い起こすだけでなく、今後の人生につながるように、また自分だけでなく、周りの人々に還元していくにはどうすればよいのか?いろいろ考えています。隊員仲間には進学を志す人・地域に密着した仕事がしたい!と実家へ戻って頑張る人などなど。

今の私は、家事手伝い。ガボンへ行って料理はするようになりました。

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元気です

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もうすぐ2年の任期も終了して日本に帰国します。

帰国前だしな。

働くのにも疲れてきたころだし。

と、私は妹がガボンへ旅行しに来るのをチャンスとばかり、足掛け3週間の最後のバカンスにふみきりまして、北のオイエム、南のムイラ・チバンガ、と3つの地方を旅行してまいりました。

妹ととは、国立公園のロペ、という地方、ガボンのどまんなかへ列車で移動してサファリツアー。

と、遊びまくって、12月頭から再勤務。

同僚のストライキは一旦1月末まで通常業務に戻り、それまでに書類で交渉成立した上がった分の給料が振り込み開始となれば、業務継続。

振り込まれない場合はまたストライキをするそうです。
今は通常に働いていると思いきや。

10月が新年度開始のガボン。毎年省庁から人事異動で新人が派遣されます。
今年も新たに2名が配属されて、メレン精神病院の社会福祉部(ソーシャルワーカー)は11人になりました。

というわけで、事務所が3畳ほどしかスペースがなく、大きな机ひとつと、どう頑張って座っても6人しか座れないわが事務所の環境を考慮した同僚たちは、課長マダム(上司は女性なのです)と相談の上、ガボンによくありがちなフレックス勤務体制を考案。

11人を2グループに分けて1週間交代で勤務する。

給料はみな今までと一緒なんですよ。勤務量を半分にしちゃったんです。

はいはい、きたきた。
12月は帰国準備に充てるため、時間のある日だけ出勤することをすでにJICA事務所・病院と相談済みの私は、そのまま時間のある日は行くのだけれども、同僚たちは月の半分しか来ない計算になるわけです。

1月末まではこれでいくぞ!!と張り切る同僚。

まあ、もう私は12月末までですし。

ということで、お手伝いと業務の引き継ぎに専念することにして、報告書やレポートやらに追われております。ていうか、レポートの神様はなかなか私のもとへ降りてきてくれません。すすまないよう。

そんなぐだぐだな私の近況はここらへんまでで、地方の写真なぞ。

今日はオイエムで毎日見られるという牛の散歩風景。
ちゃんと道路を右側通行守ってます。牛使いの人に聞いたところ「もちろん!食用だよ。」とのこと。

屋台で売られている牛串はこの子たち・・・。

残さず食べなくては。

のんびりしていて、北だからか年間通していつも涼しいオイエム。
カメルーンとの国境に接しており、野菜が豊富に輸入されています。安いし!フルーツ天国!!パイナップルが大きくて甘いです。首都の半額くらいで買えます。

オイエムへは飛行機でもいけますが、隊員はもっぱらバスもしくはワゴンタイプの車にのっかって6-8時間くねくね道を走ってゆきます。車に酔いやすいので、お気を付けアレ。

現在女性隊員4名が活動しております。

簡単オイエム情報でしたー♪

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新大統領

やっと任命式が終了し、新内閣が動き始めました。

先週の金曜日に任命式、夜までお祝いのセレモニーをやっていたようで、昼間は大雨のなか軍隊やらの行進があったようです。何かあるかなーとすぐに動けるように警戒しつつ、仕事に行きましたが、特に何事もありませんでした。街は、平和。

翌日土曜日の夜には20分近く花火が打ち上げられ、隊員仲間と「ガボンでこんなにたくさん花火が見られるなんて嬉しいねえ♪」と堪能。でも、あまりに長く派手にあがっていたので、もし税金だったら、この花火分で何ができるかー?!と思ってしまう…。税金でなければ、ボンゴファミリーの貯え、かと。さあ、どっち??

でもって、新内閣は大幅改革されておりまして、なんと、大臣の人数は半分近くまで減らされました。予算削減の意味もあるようです。その削られた予算はさかんに行われているストライキ交渉の給料上昇分に充てられるらしいです。
私の同僚の場合、これまで平均18−20万Fだった月給が一気に2倍近くに跳ね上がります。
すでに大臣の承認を得ており、あとは月末に振り込まれるのを待つのみ。で、最小限業務をしているわけですが、大方の予想は「2倍になった給料をすぐ用意できないだろうから、また給料日の後から自宅待機ストやろうぜ!」と決意を新たにして…続く。

教育省も給料あげてのスト、保健省もやろうかな、と匂わせておりますが、どうやら新大統領は「働かない人には給料をあげないので、ストを辞めること!」という趣旨の発言をしたらしい。その発言に同僚は「ストは労働者の権利だ!!こんな圧政はよくない!!」と憤る。続く。

さあ、今後どうなるでしょうか、新アリー・ボンゴ大統領。
最近見つけました、よく写真を借りてるガボンの新聞『ユニオン』のHP。これでホットなガボン情報をゲットできるかも。
http://union.sonapresse.com/

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大統領選

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8月30日にガボン全国で投票が行われました。日本のように即日開票速報が流れるわけはなく、正式に発表があったのは3日後の9月2日午前中でした。投票日前後はそれほど街が荒れるということもなく、様子を見ながら職場へ行っていました。

ガボン人が心配していたのは投票結果の発表日。

23人いる立候補者のうち、ほぼ3人に絞られていたのですけど、要は資金力があって派手に選挙活動していたのがほぼ3人、という理由です。なかでもすごかったのは、前ボンゴ大統領長男アリー・ボンゴさん。リーブルビルの中心街はほぼ彼のポスターしかないのでは?という状態でした。

日本と違って枚数や大きさ、貼る場所の制限などは全くなし。財力がものをいうようです。街頭演説には有名ミュージシャンを引き連れ、関連グッズを配るのは当たり前。Tシャツや立候補者の顔のプリントされた布(これを仕立て屋さんに持っていき洋服を作ります)、ボールペンやUSB、バッグなど、あらゆるグッズが登場します。これらは無料で配られるため、それをもらいたい人々が自動的に演説会場に集まるというわけです。演説会というよりほぼコンサートになっていましたが…。

2枚ある写真のうち、1枚は投票所の様子。長蛇の列で指定の投票所に行ったところ「ここいっぱいだからあっち行って」とたらいまわしにされた、と怒っている同僚も。もう1枚は投票日翌日の新聞です。誰が勝った?!という見出しとともに、左からアリー・ボンゴさん、ピエール・マンブンドュさん、アンドレ・ンバ・オバムさん。

新聞ですらこの3人の誰か、以上の確定情報は持っていなかったようです。

誰が勝ったって、それを伝えるのが新聞じゃんか…と心でつぶやきつつ、ニュースだけでは聞き取れないので頑張って新聞を毎日買う。発表がまだなのをいいことに、しかも、3人ともが「私が勝った」宣言。いやいやそんなはずは。しかもその情報はどこから?本当に謎ばかり。

結果から言いますと、水曜日の発表で故ボンゴ大統領長男アリー・ボンゴさんの当選が確定。

この発表も事前の予定では火曜日夕方と言われており、街から人が姿を消してましたねえ。道路脇にいる屋台のおばちゃんたちも軒並み閉店、タクシーの運ちゃんも仕事せずに自宅待機。発表時に何か起こるのでは?という恐怖があるようで、危ないから家にいなきゃダメ!とのこと。発表前日スーパーは人でごった返し、まとめ買いのためにフランスパンが買えないほど。

遅れに遅れた発表はテレビ放映で立候補者ごと23人の得票数延々読み上げていく、という方式。
ガボン国内9州、他在外投票の各国の結果と1時間以上続いてたのですが、その最中リーブルビル(私が住んでいるガボンの首都です)は停電。これまた結果に怒った立候補者の誰かが怒って何かやらかしたか?!とみんな不安になりつつ、家でじっとしておりました。幸いに1時間ほどで復旧。放送は終了しているし…。

本当に当選したアリーさんはおいといて、勝った!宣言をした残り2人のうち、激しく反発したのがピエールさん。デモをやって自身も負傷した模様。穏やかでないなあ。

この発表後、最高裁判所の任命があって正式に大統領となるのですが、9月20日現在まだこの任命式は行われておりません。伝え聞いたところでは、19日までに選挙結果の異議申し立てができるようで、その結果を待って任命するということのようです。ということで、現大統領、と言えば、依然、暫定大統領となった元国会議長のマダム・ローズさんなのです。そんななか、気分はすっかり大統領のアリーさん、すでにコンゴやカメルーンにご挨拶に行ってたり…。

また何か起こるとするなら、任命式前後のようで、まだちょびっと緊張感の残るガボンなのです。

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