ガボンで青年海外協力隊

首都リーブルビルの精神病院で活動していました

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独立記念日

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8月17日はガボンの独立記念日。

各州大通りにて行進が催される日です。9つある州のうち毎年大統領は2つの州を訪れることになっており、今年はオグエ・マリティーム州ポール・ジャンティ、モワイヤン・オグエ州ランバレネが訪問地。

去年まではこの訪問地にて事前に独立記念日ボンゴ大統領の顔プリントT−シャツやパーニュ(布のことです。約6m×2m程が通常の大きさ。これを仕立て屋に持ち込んで好きな服に仕上げる。)が無料配布されて、それを着用してみな職場ごと行進に参加する…のですが。

今年は暫定大統領の年となりまして、この記念パーニュの配布はなかった。各職場で同じ柄のパーニュもしくはオリジナルT−シャツなどを仕立て、代用したらしい。ガボンではイベントするならまずT−シャツ。次に食べ物と飲み物。偶然大統領の出身地ランバレネが訪問地ということで、彼の地は大いに盛り上がったらしい。何せこのために道路が整備されたり、大通りのイベント広場が改装されたりする。普段から整備しようよー、と思うがそれは日本人のこころ。

大統領訪問地でなくとも各州で行進イベントは行われますが、要人がいないとぐだぐだになる可能性大。

わが街リーブルビルはまさにそんな感じで、セレモニーの開始は1時間半近く遅れ(まあ普通か)、行進中私語しまくり、あげくに軍の装甲車(大統領の死後交通整理にこいつらが登場していて物騒だったらありゃしない。撃たないってわかってても銃口は一般市民に向けるなよ、と思う)は道のど真ん中で故障して止まって、何人かに手押しされて退場…平和だなあ、この国。

日本の運動会の練習で先生が横に立って「列が揃ってない!足が違う人がいる!」とか指導するじゃないですか。軍隊や警察に至ってはそれを本番でも実行している。横に教官らしき人が並行して怒鳴りつつ歩いていく。訓練の一環なのか?

独立記念日をはさみ通常4日間程は連続の休日となるので、みなそれなりに楽しんでいるようです。意外にガボンでは公休でこのような連休は他にない。なので、大型連休&イベントありと大いに盛り上がるのです。そのかわり、店や市場はこの期間すべて閉まっているので、ちゃんと買い置きをしていないと大変なことになります(笑)。

行進は自分が歩くのが一番楽しい。じゃなきゃ誰かを見に行く、とかじゃないとかなり楽しめない…と炎天下で4時間ほど過ごした後気づく。連休だーっと地方へ遊びに行くとかしたほうがよかったかなあ…。

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サッカー

ガボンで人気のスポーツと言えば、サッカー。
ま、これは結構想像できますよね。
ボール一つでできる、というのが大きい気がします。

アフリカといえど、なめてはいけない。
意外にも、日本人になじみのある柔道や空手、テコンドーなども盛んなのです。
日本大使館主催の柔道大会も開かれているし。
しかも、北京オリンピックには女性選手が柔道で出場している。48キロ級で、残念ながら一回戦負けしてしまったようですが。

バレーボールやバスケットボール、ハンドボールなどもよく新聞をにぎわせています。フランスからの影響が強いからでしょうか、ハンドボールは日本ではマイナーですが、ヨーロッパではプロリーグがあるほどの人気スポーツ。
もとハンド部だった私には、ガボンでハンドボールが見られるなんて嬉しい限りです。

さてさて、なぜサッカーの話題を出したかというと、なんと、ガボンは今ワールドカップ予選、アフリカAグループのなかで1位なんです。

ガボンはモロッコ・トーゴ・カメルーンと一緒のグループ。
組み合わせを知った時から、ガボン人以外の外国人はみな「ガボンも運がないね〜、絶対無理な組み合わせじゃん」と言ってました。なにせ、出場権を獲得できるのは、グループ内1位のチームのみと聞いたので。

が、なんと!!初戦のモロッコ戦に勝ってしまう!!という奇跡が(●^o^●)
モロッコで行われたにも関わらず、です。
しかも、次のトーゴ戦も勝利。これはガボンで行われました。
生中継は行われず、時間差なので、リアルタイムで会場で見る、もしくはラジオを聴く(フランス語的に私にとって無理)、お金のあるあなたはネットで速報を見る。
試合はたいてい昼間であるので、終わったころの時間に町十でみんなが歌って騒いでいたら勝利した、という消極的な判断の仕方もあり。
現状で全戦勝利はガボンのみ。

カメルーン戦は6月20日の予定でしたが、大統領逝去により、9月5日に延期になりました。
これまた、ガボンでやる予定。
日本のサイトで調べてみたけど、それぞれ2回ずつ試合するんですね。
サッカーには疎いもので…

ともあれ、カメルーン戦に期待。
万が一、ワールドカップに出場なんてなったら、それこそガボンの一番の広報活動になること間違いなし。カメルーン(ガボンの北に位置する国、出稼ぎの人や食べ物や日常生活用品何でもガボンは輸入している)だって、そうして有名になったんだもの。

スポニチ Sponichi Annex
http://www.sponichi.co.jp/soccer_worldcup/2010/yosen/africa/final.html

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まだまだセネガルネタ。

今回はご飯と飲み物編。で、写真は1枚目が『チェブ・ジェン』というセネガルの代表的なお食事、2枚目が『マフェ』。
セネガルの人は米やひえやあわをよく食べるのだそうです。チェブジェンはちょっとした御馳走でもあるらしく、都会や町なら食堂で1000フランくらいで食べられたりするのですが、一般家庭で毎日、とかいうものではないらしい。

トマトで味付けたピリ辛ご飯(チェブはご飯の意、白ご飯タイプもあり())の上ににがなす(トマトの青いやつみたいな小さななすで苦いのです)、きゃべつ・魚(ジェンは魚の意、肉だとチェブ・ヤップになる)、にんじん、大根などがのっています。セネガル隊員曰く「大体、王堂の具はこんな感じ」だそうです。
脂っこいし、よっぽどおなかすいていたら全部食べられるけど、かなりボリュームあり。

次に、マフェ。
これは白ご飯のうえに、ピーナッツソースで煮込んだ肉やら野菜の入ったソースをかけていただく。

このほか、ガボンでもよくセネガル人の方のお店で食べられる、ヤッサという料理があります。
鶏肉や牛肉をピーナッツ(多分)とレモン入れた酸味のあるソースで煮込み、ごはんやマニョック(タロイモから作るねり製品でガボンの主食)と食べる、これがおいしいんです!!
セネガル料理と言えば、チェブ・ジェンかマフェかヤッサか、という。
これは、私の意見ですが(笑)

飲み物編
温かい飲み物がいっぱいあっていいなあ!というのが素直な感想。
ガボンでも高いお金を払えば、エスプレッソとかありますが、あまりおいしくない。
自分でレギュラーコーヒーを淹れたほうが、安くておいしいのです。
バーはジュースかアルコールしかないですし。

アタヤという、お茶にミント・砂糖を加えて注ぐときにときにたっかーい位置から2つのコップを使って交互に注ぎ、泡だてて飲む。砂漠についた時、ホテルのウェルカムドリンクとして出たのがコレ。
砂糖がこれでもかってくらい、入っているのですが、少ないと泡立たないらしい。30−50CC くらいしか入らない小さなコップに入れてます。そのままだと苦みが強いので、味を加えてるんだろうなあ。

このアタヤと同じくらい飲まれているのが、カフェトゥーバ。
紅茶みたいな葉っぱから入れるお茶の一種ですが、大量の砂糖とミルクと混ぜて飲むので、見た目はカフェオレ。熱々でいただきます。
小さな雑貨店でも必ず置いてあり、アパートの門番さんにお土産で買って行ったら(彼はセネガル人)非
常に喜ばれました。

アタヤはおうちで飲むことが多いようで、外でお金を払って飲むよりか、家に遊びに行ってふるまわれたということのほうが多い?
よくよく考えると、ガボンにもセネ人はいっぱいいるため、朝の通勤時間にアタヤ屋さんがいたわ!!と1年過ぎてようやく気付く。見た目が泡立ったコーヒーっぽいので、私はコーヒー屋さんだとずっと思っていたのでした。
このアタヤに対し、カフェトゥーバは食堂とかでも注文できるらしい。

都市なら喫茶店がいっぱいあって、おいしいコーヒーがすぐ飲めるし、いいなあ、セネガル。

飲み物は飲んだ場所が雑多なマルシェ内食堂であったりしてカメラを出す勇気がなく、アタヤはすぐ飲み終えてしまい写真を撮り忘れる。

さてさて、変わり種として、バオバブの種を粉にした『ブエ』というジュースもありました。
これは自分で試飲する機会がなく、お土産として買ってきてあるのを今度知人と試飲しよう!というところ。どんな味かしら〜?

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セネガルで砂漠

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10日間に及ぶセネガル旅行、写真を意外に撮ってない!?ということで、そんななかでも選んでみました。砂漠のなかで泊まったテント、そして、宿泊者のレジャー用に待機していたらくだ。この子たちにまたがり、砂漠一周ツアーができる。もちろん、元気なあなたには、自分の足で歩き回り、砂山を登って滑るという砂漠アスレチックも可能。
砂漠って歩いていて思ったんですけど、大きさを比べるものがないから、遠近感が狂うんですね。テントの大きさと自分の位置から見て、普段と同じ距離の測り方ができない。歩いてきたはずで、時間も何分くらいしか経っていないのに、何メートル離れているかはわからない。

あ!
でも、これって、私が方向音痴だからかもしれません。
見る人が見たらわかるのかも。
ちょっと歩いて山を越えるとテントは見えないし、方向音痴な私には悲しいほど目印がなく、一人じゃ散歩もできないぜ、砂漠!!てな感じでした。
知らない土地では、無理をしない。いつも以上に、大切。

さて。砂漠を歩くらくだ。優雅ですね。
たしか、五頭くらいいたような。
このらくだたち、ジープでテントに到着したとき、座って休んでいたのです。
目の前を通り過ぎた私たちに興味を示したらしく、こちらをみんなで凝視。

らくだの真正面の顔をあんなにマジマジと見たのは、初めてだな。
無表情なんですけど、口はもにゃもにゃ動いてる。
あの瞬間を写真に撮りたかったけど、自分が落ちないようにつかまっているのがやっとであったうえ、風がごうごうふいて寒いし、自分のことで精いっぱいでした。

素人は一番いい瞬間を自分の眼で見てしまうからなあ、カメラマンてすごい。そして、あの反射神経。
急いで撮ろうものならぶれるし、たまに接写モードにするとまたぶれるし。

大概私はカメラに疎く、でも、絶対!ニコン(といっても普通の小さなデジカメ、1眼レフなんて無理無理。ただニコンのカメラを持ちかったんです(>_<))と買ったはいいものの、何でもないときに落して少し壊れ気味だったり、使い始めて1年半経ってからセルフタイマーを覚えたり、多機能なカメラを使いこなせず、初めて触る友人のほうから教わったりすることが多々ある(笑)

どこかへでかけても、取る写真は同行している友人や景色が主流。今回は、それでも案内してくれた友人が気を使ってくれ、かなり自分の移っている写真が多いほう。でも、初めての土地だし、アフリカだし、とびびってあまり写真を撮れず、全部で40枚くらいしかなかったですね。

今日の3枚目は、世界遺産のゴレ島です。
昔ここから奴隷が輸出されていたのだそうで、建物は植民地時代のものがそのまま残っています。博物館などがありますが、お昼休みにぶつかってしまい、あまりゆっくり見られなかった…。
ゴレ島の博物館と侮るなかれ、セネガル全土から出土した(ゴレ島ではなくよそから持ってきた)考古学的価値のある品々が歴史順に展示され、猿が人になって黒人の先住民が侵略されて植民地になって今のセネガルができるとこまで、展示されちゃっている(笑)

他にもサンリュイとか、街ごと世界遺産という場所があったりするのですけど、そこの所縁のものが平然とゴレ島に。
ご当地もので攻めようという気迫、一切感じず。ある意味、ダカールから船で15分でこられるこのゴレ島で全部見れちゃいますよ、というサービス精神なのだろうか…?

ともあれ、昔の建物そのままに、奴隷輸出時代の負の遺産を白人やアジア人が見る。
これって…。

お土産物屋、レストラン(特に魚介類が格安で食べられます)も豊富ですっかり観光地。
住んでいる人も小奇麗だったし、それはそれ、これはこれ、なのでしょうね。

ゴレ島は首都の市街地から船乗り場もすぐ、船も1時間ごとに朝から夕方まであるので、ダカールに行く方は一見の価値、アリ?!

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セネガル

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セネガルへ行ってきましたー♪
写真はあっちこっちに生えてたバオバブの木。

青年海外協力隊員は2年間の活動期間のうち、職場の許可を取って休暇中に近隣諸国(国ごとに行っても良い国が決められていて、ガボンの場合:モロッコ・セネガル・ニジェール・ブルキナファソ・ベナン)へ旅行できます。期間は合計20日間まで。

今回は10日間の日程で、飛行機はマリ航空を利用。ガボンのリーブルビルを出発してから、途中トーゴのロメ、マリのバマコを経由し(乗り換えず乗客やCAさんたちとおしゃべりしながら飛行機の中で待っている)6h−8hで到着。なぜ2時間の幅があるかというと、トランジットの荷積み・乗客搭乗時間に差があるから。機内食、というより、コーヒーがすっごく美味しかった。

セネガルのダカールには、同期の隊員2名が迎えに来てくれており、10日間の旅行をコーディネートしてくれました。移動移動…の旅だったのですけど、日程は以下の通り↓

3月12日 夜中12時にダカール着。寒いし、フランス語も微妙に違って聞き取れないし通じないし、おまけにセネガルはウォルフ語が主流ときており、空港で迎えに来てくれるセネガル隊員の到着を待つ間30分くらい、かなりビビって待っていた。ガボンの隊員仲間からもらった携帯電話のSIMカードを入れ替え、携帯電話が使えるようになって連絡がとれ、ひと安心。

3月13日 JICA事務所で安全ブリーフィング(身元引き受け先であるので、行かなきゃいけないんです。ダカールの高層ビルの2フロア。ガボン事務所よりはるかに大きい!都会だぜ!!ダカール(-。-)y-゜゜゜)午後はラック・ローズへ移動。パリ・ダカのゴール地点ですが、塩分濃度が濃く水がピンク色に見えることから、この名前が付いているのだそうです。ここで1泊。

3月14日 ラック・ローズからロンプールへ移動。砂漠の中のテントで一泊。砂漠の中なのに、モンゴルのゲル風オシャレテント。シャワーも水洗トイレもある。ちなみに下水以外は砂に垂れ流しになってましたが・・・。夕食は宿泊者みんなでビュッフェ。羊1匹丸焼き&クスクス。ワインもありましたよ〜。ここのホスト役のセネ人のおっちゃんと話していて「セネガル名が無い?!じゃあ、これから名前を聞かれたら“セイナブ・フェイ”と名乗るといいよ」と名前をもらう。これはセーレー族の名前だそうな。日本名を言うより、はるかに喜ばれ、すぐ覚えてもらえるようになる。

3月15日 ロンプールから、同期隊員の任地ンブールへ。ここはビーチリゾート地であったようで、小奇麗な建物がいっぱい。彼女の配属先は漁港。所税グループの加工生産品の収入アップ、漁港の衛生管理などを活動内容としています。時期によってはカツオが水揚げされるそうで、新鮮なものが手に入ると刺身にして食べているとか。夕食に出かけた際、街中停電だったのですが、おもいがけず北極星からオリオン座、それらにまたがる星の河が見えてすごく感動。なぜなら、私の視力は裸眼で0.03程度、眼鏡で矯正しても0.7くらい。その私でこれだけ見えたら、眼が良い人ならさぞかし…(*^_^*)暗いとこんな楽しみ方も。

3月16日 ンブールからもう一人の同期の任地、プロハンへ向けて出発。途中、ダカールに次ぐ第二の都市カオラックを経由し、地方都市ニオロへ。このカオラック−ニオロ間が赤土の道を乗用車で3−4h近く走るため、上から下まで真っ赤に。同期隊員の助言をもとにストールを頭にひっかぶり、サングラスでガードするも。途中からうっかり爆睡して台無し。シャワーの水が赤く染まっていく・・・。ニオロから10km ほど離れたところがプロハン。洗濯して服を干していると、いつも勝手に侵入して庭の草を食べているというやぎっちに遭遇。しかも、親子。

3月17日 プロハンからニオロへ、セネガル隊員の方々に昼食を御馳走になる。ちょこっとマルシェに行ってみるも、暑くてへろへろになるうえ、埃っぽさに咳が止まらなくなってしまい、やむなく撤収。カオラックを経由し、ダカールへ戻る。行き以上に赤く染まる。シャンプーは二回やっても足りなーい!!夕食は韓国風焼き肉。

3月18日 ダカールでのんびり1日を過ごす。メレン精神病院で以前働いていた看護師さんがダカールの病院の精神科で研修中。お土産に持って行って!と無理やり渡された5kg近いバナナ(フルーツじゃないほう。ゆでたりあげたりして主食とする)を届けにゆくも、彼女はすでに帰宅しており、優しい同僚さんたちへ預ける。ソーシャルワーカーだというと、身寄りがなくて退院先がない人がいて、ガボンの病院が無料なら連れて帰って頂戴!と絡まれる(笑)市場へ行ってアフリカンな模様の布を買い(ガボンの衣料は大抵セネガルからの輸入物。質は同じで値段は半分から3分の1。でも実はセネガルでも中国からの輸入らしいですよ)夕食はタイ料理レストラン。トムヤムクン、グリーンカレーが滅茶苦茶おいしい。

3月19日 お昼に豪華フィレ肉ステーキ(レアですよ、レア)を食べまくり、近々帰国予定の隊員の最終報告会に便乗参加。国によっていろいろ違って勉強になりました。世界遺産のゴレ島へ。昔ここから奴隷が輸出されていたのだそうです。社会の教科書に載っていた船の中の奴隷の並べ方の図(人が頭と足を交互にしてぎゅうぎゅう詰になっている図)などが展示されている博物館、建物は植民地時代のものがそのまま残っています。完璧な観光地。夜ともなると、ジャンベ(アフリカの太鼓)の音が聞こえてきます。

3月20日 ダカールへ戻り、隊員の宿泊施設へお邪魔。実はスーツケースを置かせてもらっていたのでした。私はリュックで移動。夜は近々帰国する隊員の方たちの送別会に参加させてもらいました。思い出写真集DVDがよかったなあ…。40名近い隊員の方とも会えて互いの同期隊員の近況報告。
3月21日 朝の6時にチェックインし、8時に飛行機が無事出発。リーブルビルへ戻ったら暑かった…。

と、こんな感じ。
また写真を整理してご報告しますね。

帰ってきた途端、自宅が原因不明の完全断水。これの原因究明に1週間近くかかり、結局家の裏の水道管が壊れていたようで、修理してもらって人間らしい生活に戻りました。庭の水まき用のホースからの給水では、お腹の弱い私は飲み水に使う勇気もなく、事務所との往復の日々。ああ、バケツ1杯の水で体は洗えちゃうのね、とか、水洗トイレを流すのになんてたくさんの水を使うのかしら?!と発見も多いですが、水がある生活から無くなってしまうと慣れるのに苦労するものです。

そうそう!セネガルでは帰国直前の隊員イベントに参加しましたが、私も2年間の任期のうち残すは9ヶ月あまり。4月1日から青年海外協力隊、シニアボランティアと春募集が始まっていますが、私の後任要請も出ています。ガボン、リーブルビル、メレン精神病院、ソーシャルワーカー。ガボンは他に14件の要請が出ています。興味のある方は是非!ガボン隊一同、お待ちしております(●^o^●)

ガボン要請についてはこちら
http://jocv-info.jica.go.jp/jv/index.php?m=List&cID=609&n=y

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