元寇に際してカミカゼを吹かせ国難を救った風日祈宮さん・・・・壱岐国ルネッサンス:http://members.jcom.home.ne.jp/ochozt-t/ikirena.htm午前4時、払暁を待たずして、伊勢神宮(三重県伊勢市)は開門となる。内宮(皇大=ないくうこうたい神宮)では、聖と俗の境界をなすといわれる五十鈴川を渡れば、2000年の時を超えて神宮の森が見続けてきただろう静謐(せいひつ)な時間が今も流れている。 人けのない参道をしばらく進むと.火除橋(ひよけばし)となり、ここから先が神域。第一鳥居が、目の前に厳かな姿を現す。かつて東京の二重橋からこの橋までが国道1号とされたと、門前の人たちは古いいわれを矜持を込めて口にする。 川の流れで身を清める御手洗(みたらし)場を過ぎると参道は左に折れ、第二鳥居へと続くが、日中は大勢の参拝客でにぎわう本道を離れて小径を行けぱ右手に写真のような小さな橋が静けさの中に美しい姿を横たえている。 内宮の表玄関として五十鈴川にかかる宇治橋は、神々の住まいとなる社殿とともに、装束や神宝をすべて 新調する遷宮に合わぜ、掛け替えのまっただ中。しかし、風日祈宮橋(かざひのみのみやぱし)と呼ばれる橋は、宇治橋をそっくりそのまま写したかのような緩やかな曲線を描いている。新緑の季節も、燃えるような紅葉の秋にも、格別の眺めを楽しむことができる。 シカなどが住む神宮の広大な森林地帯を流れる島路川(しまじがわ)を渡れば、右手に内宮の別宮(べつぐう)の一つ、風日祈宮が鎮まつている。祭神はイザナギの尊の2柱の御子神(みこかみ)。風雨の平安、豊かな秋の実りを祈願する神事が現在も行われるが、元冠に際して神風を吹かせたと伝えられ、国難を救ったことで正応6(1239)年に、末社格から正宮(しようぐう)に次いで尊いとされる別宮に昇格した。 |
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言い古されてあなたほどの方に言うのもおこがましいですが、
日本の深甚・深遠の真を久しぶり感じさせてもらいました。
日本人はらしさの何か?を失いながら明日へ向かって歩いています。
さてどうするべきなのでしょうか?
ご訪問ありがとうございます。
2009/6/5(金) 午前 9:26 [ 天空 ]
天空001さんへ
ご訪問コメント本当にありがとうございます。日本の近代史150年(ペリー来航以来)を見て、日本人の真摯に西欧文明を受け入れ、謙虚に見習い、若き武士の子孫たちが刀を捨てて、立ち上がった姿があまりにも粗末にされている戦後の姿に愕然としています。
そんなとき、ふるさとを振り返り見たときに故郷の元寇の役の傷の深さ、&原爆の酷さを見れば・・・西欧人の野蛮さ、人種差別、傲慢さが理解できるかと思った次第です。
北条時宗と円覚寺、高野山の奥の院に眠る、敵味方のお墓などを見れば、日本人の信仰心(仏心)の深さをも感じた次第です。
つい最近、白洲次郎の「風の男 白洲次郎、青柳慶介著」を読み、日本人の心の奥に持つ、実に清々しい、武士道に培われた魂を見ています。彼が存在しなかったら日本文明は本当に叩き潰されていたでしょうと。GHQ、マッカーサーの存在も世界史的に見ても…今日ある日本の伝統・文化の偉大さを再認識するときと実感する名著でした。
黒人大統領の誕生が真に人類の共存共栄の走りとなるかもしれない、日本人の出番のときが来たとも期待している次第です。
2009/6/13(土) 午前 8:06 [ barbaroi2nd ]