平成21年(2009年)9月29日、火曜日 産経新聞、From Editorから
新し物好きの神々
さびてぼろぼろになった刀が13,世紀のものだと書かれているのを見て、紀元前でもないのに、どうしてこんなに保存状態が悪いのだろうと思った。大阪市中央区の大阪歴史博物館で開かれている「伊勢神宮と神々の美術」(11月9日まで)の展示品のひとつだ。20年ごとに社殿を造り替える式年遷宮を記念して弊社などが主催しているのだから、こんなものを展示するのは、なおさら情けない。
ところが、この「玉纏横刀=たままきのたち」、一度埋めたものを後年発掘したのだと知って半ば納得し、社殿とともに1500点におよぶ神宝や装束を新調する式年遷宮では、神が使った神宝や装束が人目に触れるのは恐れ多いと、すべて燃やしたり土に返してきたと知って感服させられた。
漆工、金工、木工、染織など当代一の技術と、ぜいたくな材料で作られた神宝や装束は、式年遷宮が7世紀に始まったことを考えると、おびただしい数になる。それを惜しげもなく無に帰してきた潔さに、ああもったいないという声が漏れそうになる。神々はなんと新し物好きなのか。これに対して、その近くに展示してある昭和4年新調の「玉纏御太刀=たままきのおんたち」はどうか。奈良の藤ノ木古墳などから出土した刀のような優美な形は前述のものと同じなのに、水晶、瑠璃、現珀など、ふんだんに使われた宝石や金銅が新品同様に輝き、現代人はなんと強欲なと嘆かされる。
ところが、これも無知のなせる誤解で、実は技術の伝承のため例外的に保存してあるという。式年遷宮は、社殿の部材となるヒノキの確保も大変だが、人間には実用性のない神宝を作る技術の伝承は、近年さちに困難となっている。日本には法隆寺のように世界最古の木造建築もある。神宮も、もっと頑丈な社殿を建てれば式年遷宮などしなくてもいいのに、なぜそんな面倒なことをするのか。清浄を求める神道精神によるものとも考えられているが、真相はわかっていないという。
物は保存することができるが、技術は金庫に入れられない。磨かれ続けながら人から人へと伝わっていく。有力なもう一つの説として、式年遷宮は技術や建築様式の保存のために始まったとも考えられている。
それが本当なら、古代人はなんとぜいたくな技術の伝承を思いついたのだろう。そして神宮は、技術を時間ごと保存している数少ない金庫といえるのではないか。(大阪文化部長真鍋秀典)
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