日本六十八カ国一宮巡歴記に感動して始めた一ノ宮巡拝の旅

ちょっと町を歩けば神社の鳥居、お寺の山門に当たる日本・・再認識しよう先人の叡智!

無題

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全14ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

地球は病んでいる
一ノ宮巡拝中に、ある国の一ノ宮神社が地元に忘れ去られようとしている現実に直面して・・・一ノ宮の所在場所、名前、ご朱印の入手困難等・・・その姿に日本の国の歴史・文化・伝統(文明力)の荒廃を見て、危機感を持ち、その原因追求のうちに、ここは、元寇の役の怨念がなせる業かと判断して、その怨念を晴らすことで島民の心も、日本人の心も呼び戻すことができるのではないかと発想され「敵味方、鎮魂地球平和祈願」=「壱岐国ルネッサンス」となり、玄界灘に浮かぶ、小さな小さな島から世界に向かって平和のメッセージが発せられた。その余波は今、広がりつつある。

イメージ 1

イメージ 2

奈良一ノ宮シンポジュウム&社業百景展
10月10日(火曜日) 夕刊  読売新聞
「全国を巡るのは大変ですが、必ず、自分と波長の合う神社がありますよ」「全国一の宮巡拝会」。代表世話人で、アートディレクターの関口行弘さん(62)(兵庫県川西市)はそう言って、一の宮巡りを勧める。会員は現在、約230人。四国八+八か所の札所や、西国三十三所の観音霊場を"踏破"したメンバーも加わる。会は1999年に結成された。独自に認定した神社を含む108社を一の宮と定め、旅行会社も巡拝ツアーを組むようになった。参加者の多くは中高年だが、「古事記などの古典や神話を学びたい」と意欲の旺盛な人が多い。会では将来、輪が広がって100万人が巡拝することを目指している。関口さんが一の宮を知ったのは87年、勤務していた製薬会社に、旧大蔵官僚などを務めた斎藤盛之さんが入社したのがきっかけだ。後に同社社長、会長となる斎藤さんは以前から、諸国の一の宮を研究しており、関口さんが編集を担当していた広報誌に6年間、「一宮ノオト」と題する寄稿文を連載。これに触発された関口さんらが中心となって、会を発足させた。宗教に特段の関心はなかったで活力
通とは違う「気」を感じた。祖先は、人体の要所である「ツボ」のように、神の存在や霊気を感じた諸国のツボの地に、神を祭ったのだろう。そんな思いがよぎった。今、活動を続ける中で、「会員が気のあふれる一の宮を参り、元気がない日本に活力を取り戻そう」と考えている。
江戸時代まで68か国に分かれあるが、奈良一鎌倉時代、由緒や時の権力との結びつきの強さなどから、一の宮、二の宮、三の宮……と格付けされていったらしい。歴史書などで確認できる一の宮は97社という。西日本では、最古の神社といわれる大和国のおおみわ大神神杜(奈良県桜井市)、安芸国の厳島神社(広島県廿日市市)などだ。時代の流れで序列庶民がまわるようになったが、次第に廃れてしまったという。
全国一の宮巡拝会は9月17日、奈良市で講演会とシンポジウムを開いた。テーマは「自他共生」。約170人が参加し、関口さんや斎藤さん、埼玉・秩父神社宮司の薗田稔さんらが、講演やパネルディスカッションで、一の宮や神道思想などにつを参拝したフメリカハ、タフラィン・キツドさんは「歴史や地域文化をたくさん学ぶことができた。一神教は視野が狭くなりがちになる。何を信じていても歓迎してくれる神社巡りを続けたい」と体験談を披露した。「何かを感じ、悩みを解消しようと訪れるアメ刃力人参拝者が増えている」一伊勢国の一の宮・椿大神杜(三重県鈴鹿市)を訪れた時に〈神の啓示〉を受け、米・ワシントン州の「アメリガ椿大神社」で神主を務めるコゥイチゲバッリシさんも神道の普遍性について述べた。同会は来年9月アメリカで同様のシンポジウムを開く予定だ。関口さんは米国での開催理由について「共生という言葉に関心が高まっている現代、神道は世界からも、もっと注目されるべきだから」と説明。「最初は観光や森林浴などの目的でも構わない。各地の人々と触れ合ったり、歴史や文化を学んだりする巡拝者が増えればうれしい」と期待しているo

水屋神社フランスに分祀
光明院御両分祀祭事によせて フランス水屋神社建立実行委員会        会長 吉住 完
 フランス在住の僧、日本名融快師は妻融仙さんを伴い約30年にわたり繰り返し日本を訪れ、その都度日本中の神社、仏閣を訪れていたようである。三重県松阪市の奥地、美しい谷川に沿って樹齢千年の楠の大木に守られた水屋神社の自然と一つになった姿に感動し自分の住むブルゴーニュに是非持ち帰りたいとの希望を申し出られた0水屋神社宮司久保憲一師は塾考のすえ文化、芸術の中心地であるフランスへはやはり日本文化を代表する形で送りたいと考え、日本側に建設実行委員会設立を呼びかけ組織された。実行委員会には小児科医師、茶道遠州流宗家、宮大工、運送会社社長、映画監督、氏子代表などが賛同して加わり広く一般から浄財を募った。
 日本人の造か祖先は自分たちの生活にかかわる偉大な力、たとえば太陽、豊かな水を麓に施す巨大な山、人間の命を遥かにしのぐ巨大にそびえる木や森に畏敬の気持ちを抱き、その力が常に自分たちを守ってくれることを願い、その力の源が常にそこにとどまることを願って偉大な力、神の居場所を社の形でその場所に作ったに違いありません。
 これは世界の遺跡に共通してみられることです。しかし、木の文化を伝える国では木で作った社は自然の循環にしたがい、いずれは自然にかえってしまう運命にあります。
 国同士の文化の交流はそれぞれの国の誇る文化、芸術などの交流に代表されますが、それぞれの国に生活する人々はほとんどが普通の生活を続け、あたかもその土地の木々や野原に茂る草花にたとえられます。
 私たち日本人はそのような人々の活動を草の根運動と呼んでいます。このたびの活動も、一フランス人の思いから始まったものを日本人が受け止め、実現に向かって着々と準備を進めて参りました。
 現在フランスでは日本の古武道、茶道、華道、等々日本の伝統文化が盛んのようですが、これらはただ単に技術や用の美を磨くだけでなく精神の追求がもっとも大切です。そのような人々にも何らかの印象を与えるはずです。また日本からもたくさんの人がフランスを訪れますが、異国でみる自国の文化を再認識できればこれはまたすばらしいことです。ともあれ、見る人が思うがまま感じていただければ草の根の努力が報われるものと確信しています。

フランス光明院御詞建立祭事によせて
フランス光明院  融快 融仙
この秋に光明院にも小さな詞を建立しお祝いのために皆様がお越し下さいます事を大変楽しみにして御待ちいたしていります。 この嗣は皆様の御好意によって奉納されます事を厚く御礼申し上げます当地では間もなく整地作業をはじめます。
 私どもの、御師青木融光大僧正は自然の生命の力のすばらしさに感動する心が大事であるとよく言われておりました。神様の呼び方儀式は異なっているように見えても、一番大事なことは心で感じることである。清く気高い心があれば無限と通じ合うことが出来るのです。神道と仏教共に重視されることは、土地と心を清めることです。

清められた土地に不浄なものはおきません。ですから宗教と世俗の事事とは混同すべきではありません。私どもは将来フランスに神道が広まると信じております、パリに住む多くの日本人たちにとって祖国の伝統と家庭的な祭事を見出す場が出来るからです。また、フランスの人々はいかに自然を学ぶ事が大切かを知るでしょう、宇宙の生命を守らなければならないと言う責任を持つ必要を感じるでしょう。神道は自然環境保護推進に大きな役割を果たす事が出来ると思います。この大事業を始める意志と勇気を持たれた久保宮司および皆様に深く敬意を表します。 国の文化を広める事はその国民を愛し敬わせしめる最良の道です。

フランス水屋神社奉賛旅行団事務局からの御案内
 フランス光明院 融快師、水屋神社宮司 久保憲一師、フランス水屋神社建立実行委員会会長 吉住 完氏、御三方からの挨拶文にお目を通していただければ、この度の奉賛旅行団の目指すところがご理解いただけるとお思います。
 この奉賛旅行は私たちが一日本人として、それもお祭りを通じて日本の庶民の暮らし、そして世界平和を願う気持ちを世界に向けて伝えて行こうと言う試みであって観光旅行では体験出来ない、大きな意義を持つものであると確信しております。お詞の建立とお祭りの行われるフランス光明院はパリから150キロ程離れたブルゴーニュ地方の森に囲まれた小さな村にあります。いわばフランスの田舎の小さなお寺と言ったところでしょうか。この小さなお寺で皆様のお志を寄せ合って鎮守の森の小さなお祭りをやりましょうとの、お誘いです。
 幼い頃に村祭りに心をときめかした経験をどなたもお持ちの事と思います、それをフランスでやろうじやないかと言う事です。
 現地の村の人達、そしてパリからも、そして現地に滞在している日本人も皆が寄って日本の村祭りの楽しさをフランスの人たちに伝えましょう。
 現在、お祭りにつきものの笛や太鼓の雅楽のグループが三重県から参加してくれます。日本の武道を披露したいと言うフランス人もいます。
 お祭りですから、何でもありです金魚すくい(フランスに金魚はいるのか?)の店を出したいなんて言うのもありです。日本舞踊を奉納してみたい、フランスで野点をやってみたい、それもよしです。
 あるいは、人様に見せる程の芸は無いけれども、そのかわりブルゴーニュのおいしいワインをたくさん飲んでフランスで散財しようと言う奇特な方も大歓迎です。皆様の知恵を寄せ合って御参加ください。事務局にご相談ください。
<旅行への参加お申し込みお問い合わせ>
   フランス水屋神社奉賛旅行団事務局 代表 久野 充敬
   宮崎 和子
三重県津市東丸之内6−13くミヤザキ〉内 059−228−3073
問合せメールアドレス mkuno@poppy.ocn.ne.jp

日本人再発見 まほろば

イメージ 1

日本人の素晴らしさの再発見!

総論
今こそ見直そう「日本人の真の素晴らしさ」これでいいのか、日本人!
著者『日本人はなぜ日本を愛せないのか』という刺激的なタイトルで、国を愛する真の心について説いた言語学者の鈴木孝夫さん。スリリングな「日本論」はまず否定から始まった。

「日本がこれまで発展してこられたのは、神様の”えこひいき”みたいなものです。 豊かな自然に恵まれ、美しい風景があり、自給自足できる温暖な気候風土がある。島国だから千数百年もの間、他国から侵略されることなく、独裁者が支配することもなかった。言語も変わることなく、一国の歴史が今日まで続いた。こんなに恵まれた国は、世界のどこを探してもありません。

 明治以後、国際社会に引きずり出されて戦争をしましたが、日清・日露戦争と運よく勝ち続け、先の戦争で初めて負けを経験しました。しかし朝鮮戦争が勃発したことで東西の冷戦時代が始まり、戦後の身の処し方を模索する間もなくアメリカの傘下に入り、その庇護のもとにぬくぬくと経済成長を遂げた。経済的に成功すると、再び世界から叩かれました」 今、ODA(政府開発援助) で開発途上国に施しをするように金をばらまいているが、そんな品のない振る舞いは経済大国としては見苦しい。大国としての自覚が薄いのではないか、   と鈴木さんの舌鋒は鋭い。「わが国は資源も乏しく、国土も狭い。唯一の資源は人材でした。幸せを願って、皆が懸命に働いて国を盛りたててきた。ところが今、その人間が一番ダメになっている。古代ローマ人のいう『パンとサーカス』、つまりそこそこ食べられて、安易で低劣な娯楽を与えられて満足してしまっている」

内なる″日本人″に目覚めよう
 そんなにわれわれ日本人はダメなのか、と悲観しかかるが、決してそんなことはないと鈴木さん。「一度も侵略をされたことのない日本は”世間知らず”なだけで、”すれっからし”ではないのです。 日本人には本来、いろいろな美点がありました。質素・倹約の暮らし方。恥を知る、分を知る心。無益な殺生をしない。年長者を敬い、他を思いやる心などです」

 例えば「質素な暮らしを豊かさに変える力」。実は江戸時代は、ゴミも糞尿もすべて利用しつくす完全な循環型社会だった。しかし、今は、アメリカ型の消費社会となってしまい、物を大切にせず、まだ使えるものも捨ててゴミにして環境を破壊する悪循環社会に陥っている。その現状を回復するためには、知恵者に学べばいいという。「古老たちは、そういう社会を復元する知恵を今も持っています。ただ、その数が日を追って少なくなっている。でも、周辺地域、例えばかなりの田舎に行けば、そこにはまだ古い日本の美質を保っているお年寄りがいます」私たちはそういう知恵者の言葉を聞き、再び自らの血肉としていかなければ、実にもったいない。悪しき「使い捨て思想」は外から来たもの、もあともと日本にあった「物を大切にする思想」は私たちの内側にまだ存在しているはずである。

 地球のために日本の叡智を
これから私たちはどこへ向かへばいいのか。これから進むべき道を、鈴木さんは次のように話す。「安全で平和な社会、豊かな暮らし・・人類の歴史の中で、どの時代のどこの国の人も必死で手に入れたいと願ってきたものを、日本はほとんど手に入れてしまった。それなのに、まだ、米国文化のほうが素晴らしいと、かの地をうらやんでいる。しかし今のアメリカには山ほど問題があるのです。
 わが国は石油をイスラーム諸国からの輸入に依存しているにもかかわらず、アラブ世界に無知でありすぎる。本気で平和な社会を守りたいなら、米国にばかり傾くのではなく、アラブ圏やそれ以外の国の言語、文化をもっと知ることが最重要です。そうしたことが真の国際交流となるばかりか、ひいては経済的な結びつきを強固にするでしょう。
 軍事に頼らずに、平和大国として世界で生き続けたいなら、『牙のない兎は大きな耳を持つ』 の言葉のように、情報収集を怠ってはいけません。武器を捨てた私たちは、もっと言語を大切にすべきです。周りの人に挨拶を欠かさない。メールではなく血の通った言葉を交わすことで人と人との距離をつか、む能力が養われ、人間理解が深まります。これは、外交にも役立つことです。そして、地球全体のことを考えるなら、かっての日本人の暮らし方、地球に優しい生活を取り戻す努力をしていかなければなりません。
 神様が”えこひいき”したと思われるほど恵まれた国、日本。栄えてこられたのは、祖先や先人たちが
懸命に働いてきたお陰である。社会の恩、歴史の恩、大自然の恵みの恩、・・有形無数の恩に囲まれ、私たちは今、こうして生きている。これからの私たちはどこへ向かえばいいか、どんな生き方をすべきか。「世界の中の日本、そこに住む自分」を傍観的に見つめ、日本人のさまざまな美質を見直して生かすことから、自ずと答えが見えてくるのではないだろうか。(情報源:倫風8月号 総論・・・今こそ見直そう「日本人の素晴らしさ」)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

勝てば官軍 まくれば賊軍 愚かなり人の性 ・・・字が読みづらいときは画像をクリックして大きくして読んでください。

150年目の鎮魂と慰霊
郡 順史 先生 講演から(平成17年6月26日、靖国神社・靖国会館にて)
 本日は、私ならぴに私と同様の考えや望みをもっていた者にとって、歴史的記念すべき日と相成りました。 それは、東北戌辰戦争で非命に斃れられた東北各藩の戦士達に対して、当靖園神社に於いて鎮魂慰霊の行事が出来たからであリます。いわゆる官軍方の戦没戦士達の御霊は当然の如く当社にお祀りされ、常時鎮魂慰霊の行事が行われておりますが、一方、賊軍と祢された東北各蒲の戦士たちは、これまでも、該地に於いて心有る人々によってそれなりに行われて来ましたが、それが百三十七年の時を経て、当靖国神社に於いて、敵味方などという別けへだてないお祀りが、いま、行われたのであります。靖国神社に於いて、という事実にこそ絶大な意味と内容が有り、その事こそが私が、歴史的記念日、と申し上げた所以であります。

 この事は、当靖国神社さんのご理解と御許しをたまわったのは無論の事でありますが、同時に、寸前に病没なされた全国一の宮巡拝会の創立者であり代表世話人だった入江孝一郎さん、そしてその志を篤く受け継いだ、新代表の関口行弘さんならびに全国の会員の方々の懸命な努力と祈りの存在があったことを忘れてはならないし、感謝もしなければならない所でありましょう。

 私が入江さんの知己を得たのは、今から四十年前、戦中派の会が創立されたときでありました。入江さんは創立委員の一人で、私に入会を誘ってくださったのです。当時戦中派の会の会員は「戦中派よ集れ、元気にもう一度お国の為に働こう」の呼びかけに応じて十万人集まったと聞きました。もっともその後内紛が続き、三年後、京田民雄さん、入江さん、私が代表委員を勤める頃は千人足らずとなり、年一回の総会にも百人、五十人と減りつづけ、ついに平成七年には解散のやむなきに至りましたが・・・。

 入江さんは戦中派として実に誠実に生きそして、死んだ人でありました。彼が私に最初の頃話した言葉に、こういうのがあ
りました。 「唄に、ああ堂々の輸送船、さらば祖国よ栄えあれ、とあるが、我々が銃を執って戦場に向う時、「さらば祖国よ栄あれ」と祈り願った祖国の姿とは、いまの、こんな姿だったのであろうか。断じて違う」と。
 そう、正に我々の祖国、そして国民は、端的に言えば禮節道義を忘れ果てた、金の亡者と化した盲鬼の如き姿になり堕ちたのです。入江さんは、元々信仰心の篤い人でありましたが、この人間畜生道に堕ちた日本及び日本人を正すには、日本古来か
らの神々を尊奉する精神をとり戻し、おすがりするより法はない、との思いにいたったようであります。 そして尚も研鑽精進を重ねた上、元禄の昔、橘三喜が全国の「一の宮」を巡拝し、神々へ天下の泰平と個的精神の豊穣を祈願したのにならって、日本人皆で神々に祈り巡り、お願いするのが最善との結論に達し、まず自ら橘三喜の足跡をたどり全国の一の宮を巡拝し、その至福の結果を心有る人々に呼びかけ、多くの賛同者を得、今日の巡拝会の基礎を成したのでありました。

 その過程に於いて、これは入江さんの独特の発想でありましたが、世界を地球ぐるみ平和安穏にするには太古から続く戦争を無くすこともむろん大事だが、その前に、過去敵味方に分かれて戦い、無念非業のうちに生命を落とした人々を、敵味方と小さく分けずに鎮魂し慰霊することのほうが、いま生きている人間として大事ではないか、と考え至り、ただちに実行に移しました。
 凄い発想です。そして、実行力です。宗別に団執する宗教家には出来ない発想でしょう。たとえ発想しても実行は出来ないで
しよう。 入江さんはこの発案のもと、まず元寇の乱の敵味方鎮魂慰霊を両戦士がもっとも多く眠る壱岐の島で実施、日本では高野山の大聖上を、モンコルからも高僧をお呼びして、テレビ新聞など報道関係者も多数囲む中で厳粛且つ荘重に行われ、参列者に深い感銘を与えたのであった。

 私は「全国一の宮巡拝会」の会報に橘三喜の伝記小説を連載している関係で(壱岐は三喜の生地)お供しましたが、行事が終わってから質問しました。
 「こうした行事は、日本国内でもやるつもりですか」
 「生命の有る限りやります」
 「では、ぜひ、東北戌辰戦争の慰霊祭を、靖国神社でやって下さい」
 「無理をおしてもやって戴けるようお願いしてみよう」
 入江さんは力強く頷いてくれましたが、彼も私も、難しいと覚悟していました。これまで、いわゆる賊軍と呼ばれた戦没戦士た
ちの慰霊鎮魂の式典を、どれだけ東北戦争で戦没された遺族子孫の方々が熱願し、また企画したか、それは知りませんが、少なくとも記録としてはただの一度も行われたとはとどめられておりません。

 それがこうして、靖国神社の三〇〇萬英霊の御前で、微少ではありましょうとも、はじめて天下堂々と神道式による票祀を行
うことが出来たのであります。


 そもそも大正六年の九月八日、時の政友会の総裁、後の平民宰相とよばれた原敬が、はじめて盛岡に於いて南部藩の東北戦争戦没者の慰霊祭を行った時「官と呼び賊と呼ばるるも、政見の異動のみにあり、東北、誰か朝廷に弓を引く者あらんや。勝てば官軍負くれば賊は俗謡なり」と喝破した如く、本来は賊軍も官軍も無かったのだ、という言に、私も深く同感するところであり
ます。 私は十五年前、岩手県盛岡市の盛岡タイムスという小さな新聞に、南部藩最後の家老で、私が最も武士らしい武士として進退したと信ずる楢山佐渡の生涯を、一年余小説として連載したことがございました。

 為に岩手県へは七、八度取材に行きました。そして連載しているうちに二つの疑問に行き当たりました。そのうは、南部藩の武士はむろん農民漁民町民、すべての領民が、皇室の事は理屈その他ではよく理解していないのにかかわらず、尊皇の心の篤いことでした。天子様と口にしていましたが、皇室朝廷の話になると、膝を直して正座するのです。

 この人たちが何故、後に「賊」「賊徒」と呼ばれねばならなくなつたのか、理解解訳に苦しみ、筆も遅滞しました。 しかし後に、私なりに理解出来ました。取材に廻っているうちに、どこの家にも神棚、仏壇があり、その神棚には必ず大神宮のお札がまつってあるのです。そしてそれを朝夕家中でおがんでいるのです。

 ああ、これだ、と理解出来た瞬間、原敬の言葉が素直に胸に落ちました。以来私は、この事に関しては私なりの史観で維新戦争をみるようになりました.むろん正邪は別の事でしょうが。 それともう一点、今日でも「何故?」と疑問に思うのは、どうしてこの戦争によって、双方で何千人という尊い血を流さなければならなかったのか、という事であります。

 周知の如く会津蒲は、前後八回にわたって朝廷に降伏恭順謝罪の意を表し、謝罪状を奉呈しているのであります。いわゆるまつたく抵抗の意志の無い無条件降伏の意志表示であります。この真摯な会津蒲の態度をみて、東北の各藩は、仙台藩の主導によって、同じ東北に在る藩としての友情を示し、会津蒲の悲願貫徹を応援しようと、会議を持ち、運動しました.いわゆる「武士は相見互い」の一つの武士道的行動化であり、はじめは少しも反抗する意志は無かったのであります。

 しかし一方の薩長を主体とする官軍側は、これを東北各藩の結束しての反抗と見てか、或いは他の東北各藩はともあれ会津
藩だけは徹底的に消滅させねば国内統一の大業は成らぬと感じてか、会津並に東北各藩の応援嘆願書のことごとくを握り潰し、京都へ通じようとはしませんでした。そして血で血を洗う最大の内戦に至ったのであります。

 この時薩長側に、少しでも、かの蓮月尼の和歌にある 「仇味方 勝つも負くるも 哀れなり 同じ御国の 人とおもえば」の同朋愛のたとえ片鱗でも有ったなら、戦争も起こらず従って何千人という戦士の血も流れないであったろうに、どうしてもやらなければならなかった内戦であったのであろうか。これが私の小説を書いていく上の第二の疑問点でありました。

 こうした事から、私は入江さんに国内で敵味方慰霊鎮魂祭をやるなら、どうぞ東北戦争で戦没した方々のお祀りをやって下さい。それも靖国神社で、とお願いした次第であります。 それが、その悲願念願が、今日、ともあれ実現し、かなったのであります。慰霊を受けられた方々、入江さんの御霊、そして一の宮巡拝会の方々、この噂を耳にした東北戦争の遺族子孫の方々のお喜びは察するにあまりあるものと思います。驥尾に付して末席をけがさせて戴きました私も、いま、バンザイを叫びたい喜びにあふれた心境であります。

 拙い話を縷々述べさせて戴きましたが、最後に皆様に一つだけお願いがございます。 いま私が、ここで両掌を合わせ、五秒間だけ瞑目し、あらためて戦士の鎮魂と、入江さんの念願の地球平和の祈りを、入江さんの御霊と倶に祈願したいと思いますので、宜しくお願いいたします。 合掌。瞑目。有難うございました。

開く トラックバック(1)

全14ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
bar*ar*i2nd
bar*ar*i2nd
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最新の画像つき記事一覧

標準グループ

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事