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昨日、母親の電話がつながらないので朝から心臓病(先天性奇形疑い)のパトリック君の家へ行き、
作日専門医の予約が取れたので、診察に行こうという話をしてきました。
約束の時間はお昼の1時、
しかし待っても、誰も来ません。朝に確認した他の電話に連絡すると、保護者であるおばあちゃんは
ビンゴ(博打)をしており、電話で「パトリックの健診について…」というとすぐに電話は切れました。
 
彼らにとって病気の子供(孫であり、息子である)はどういう存在なんだろうと
改めて、考えています。
 
巡回で出会い、治療をする気があるならクリニックまで1度連れてきてというと
連れてきました。
そして専門医の診察へと駒が進んだはずだったのですが、違ったのでしょうね。
 
クリニックで検査のためのお金がもらえると思ったのでしょうか?
今までの重い病気を持った子供の親たちも、子供の病気をネタに寄付を募ったり
政治家に掛け合っていたりします。手に入れたお金を治療費に使う親と、そうでない親がいます。
 
親の事を嘆けば、どうしようもなくしょうがないと切り捨てていくしかできません。
でも病気なのは、親でなく、その足元に寝転がされている子供なのです。
 
パトリック君にとって医療は助けになるのでしょうか?
もう彼の病状が手遅れなら、そういう家族関係に関わることは無駄だし、祖母や保護者は不快になるだけ・・でもクリニックまで一度は親の意志で連れてきてのは??という細い希望の糸を切れずにいる私もいます。
 
こういうケースはたびたびあります。
そういう相談を以前にシスターにしたことがあります。
 
しばらく考えられてから「病気なのは子供なんですよね、子供の飢え(病気や食事・愛情が注がれないこと全てをこと、さまざまな苦難と表現されました)を、私は少しでも癒したいと思います。
親が見捨てても、周囲が知らん顔しても、私は少しでもその子を想いたい、そして最後は祈りしか無くなるのですが、祈ります」
 
 
理想と、現実と、試行錯誤、切り捨てるのは簡単ですが、昨日見たパトリック君の寂しそうな表情が頭に消えないでいます。

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