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天理PAで朝定食とトン汁を食べ、いよいよ実質的な出発となりました。
名阪国道を抜け、一旦亀山PAで定番の『ミル挽き』を飲んで、
東名阪・名古屋高速・名神・中央道を経て、たどり着いたのが苗木城でした。
この苗木城、木曽川沿いの急峻な山を利用した山城で、
そのような山を利用しているため、規模的には大きいものではなく、
元々は恵那の南にある岩村城の支城であったみたいです。
江戸時代には、遠山氏が1万石で明治の初めまで藩主を勤めました。
普通1万石程度だと、幕府は城を持つことを許さなかったのですが、
中仙道の宿場町と木曽川を利用した水運と木曽から東美濃に広がる森林を
抑える要衝であるため、この周辺を支配する譜代の遠山氏に苗木城を
持つことを許可したようです。
そうそう、解説はこれくらいで、Pか少し歩くと苗木城跡の木柱があり、それを進んでいくと、
左に岩盤、右に空堀?があり、さらに進むと城門跡があり、それをぬけると
三の丸で、大矢倉跡がありました
この大矢倉跡が苗木城の大きな特徴といえる巨石を取り込んだ取り込んだ櫓台です。
無論、石垣の積み方もレベルの高い算木積のようで、うまく巨石を取り込んでいて、
う〜んとうなってしまいました。
大矢倉跡の前が少し広くなっていて、その奥のほうに少し落ち込んだところにある
平地になっている二の丸跡が藩主邸の礎石と弓場跡がありました。ここ最近は整備していないのか、
草ボウボウでした。
そのあたりの写真を撮りまくって、いよいよ天守台のある本丸跡へ向かうのですが、
そこには思わぬ強敵?が・・・・。
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わたしも歴史のことが好きです。ちょっとわたしのブログに見てもらいたいです。
[ かおり ]
2006/5/7(日) 午後 7:13
baronさん最近お得意の(笑)「次回に続く」パターンですね。川○探検隊シリーズみたい。石垣の雰囲気、なかなかよさそうですね。
2006/5/7(日) 午後 7:27
初めての訪問の時、三の丸の大矢倉跡の石垣には感激しました。大矢倉跡の一瞬芸かと思ったら二の丸周辺にも石垣が残っていて、期待していなかったのに反して、感激が大きかった城跡です。あくまでも城好きの感想ですけど。(笑)
2006/5/7(日) 午後 8:11
川○探検隊のように「カメラさんと照明さんの後に・・・」だと良かったのですが、カメラさんも照明さんもいないので、自力?で本丸・天守台へ上がりましたよ。
2006/5/7(日) 午後 8:21
あの様に巨石を利用した石垣が二の丸・本丸にもあり、写真とかでは知っていましたが、実際見ると想像した以上に感動しました!ちょっと異例な城跡ですね。
2006/5/7(日) 午後 8:28