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二の丸内に入り、復元された太鼓櫓等の内部が見学できることが分かったので、早速入ってみることに! 木造での復元のため土足厳禁で、下駄箱で靴を脱ぎ、内部へ足を進めてみる事にしました。 まず最初に、平櫓から表御門へ! 木造で復元されただけあって、築城当時の雰囲気までも漂っているような、そんな感じです。 見た目、あまり防衛は重視していないのかと思ったら、鉄砲狭間とかあって、やはりその辺のところは、実戦にも配慮した造りでした。 それから、入口まで戻り、反対側の太鼓櫓へ向かう多聞櫓内部を歩いてみました。 そこには、広島築城以来の歴史に関する資料が両脇に展示されていました。特にその中でも、広島とは関係ないわけでもないのですが、『忠臣蔵』の経緯が多かったです。 広島藩主で浅野氏の分家が赤穂浅野氏であったことによるのでしょうが、そこまですることないだろうと・・・。 そして多聞櫓内を長々と歩き、太鼓櫓内へ。 2Fはロープがかけてあって登れないようになっていましたが、1Fには太鼓櫓らしく、太鼓があり、わざわざバチもおいてあったので、それで一回”ドン!”とたたいてみました。 いい響きでした。 そんなに広いわけではないので、それくらいでそこを後にし、本丸へ向かったのでした。
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今日は。僕も2年ほど前に広島城に行きました。最初の感想は「なんてすいているんだろう」平日ですが、がらがらでした。幾多の歴史を刻んだ立派な城と思いましたが、もったいない事です。
[ タイガードラマー ]
2006/9/3(日) 午後 11:51
僕が訪問したのは8月14日の平日お盆休みでもあっても、観光客はまばらでした。やはり、広島市内のメインは原爆ドームと平和公園のようで、この後、それを実感しました。
2006/9/4(月) 午前 0:19
残念ですが多くの広島市民は広島城は毛利氏の御城と思っている人が多いようです。 浅野家の事は知らない人が多いようです。 福島正則がいた 事は更に知らないようです。
2006/9/4(月) 午前 8:47
豪快な梁組みですね。なんだか手が届きそうな感じがします。広島城は、私の勘違いでなければ毛利輝元が築城してますよね。そして福島正則、浅野家となる・・・。勉強しなくては。
2006/9/4(月) 午後 6:09
naomoeさん、その通りだと思います。毛利輝元が大坂城と聚楽第を参考に築城したとの事です。しかし、毛利氏が広島に本拠をおいたのは10数年程度で、毛利氏が長州へ減封された後の福島氏・浅野氏のほうがその治世は長いのに忘れられた存在です。それだけ『毛利』という大名のネームバリューが高いといえるのでは?
2006/9/4(月) 午後 9:41
多聞櫓の梁組みは、おっしゃるとおり豪快です。2m程度の高さなので身長次第では手が届くのでは?それにしても、福島氏・浅野氏の治世は展示があっても忘れられた存在です。
2006/9/4(月) 午後 9:44
やはり木造復元は良いですね〜木の香りが落ち着きます。。私も太鼓叩きたい〜。
2006/9/4(月) 午後 11:45
ホント、木造復元は築城当時に限りなく近く、木の香りも漂い気持ちいいです。太鼓は何時でもたたくことができるようです。広島観光の際は是非!!
2006/9/4(月) 午後 11:53
広島のお写真もたのしませたいただいたのですが・・・加賀守さんは お写真本当にお上手ですね!!! あらたに お写真レッスンの 項目を設けるのはいかがでしょう!!!(^^)
2006/9/5(火) 午後 11:05
kyukyukyu2005さん、とんでもないです!構図はなかなか思うようになっていないし、写真の写り具合はカメラの性能のおかげです。それに写真レッスンの項目なんて・・・、こちらが教わりたいくらいですよ!
2006/9/5(火) 午後 11:30
念願の太鼓叩いてきました。
でも音が大きくて自分でもビックリ!すぐにその場を去りました
(笑)
2007/12/16(日) 午後 6:51
想像以上に音が大きいので、逃げるようにでて行きましたよ!
2007/12/16(日) 午後 7:48