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いよいよ登城します。 大手道を登ってきます〜!と言いながらも少し寄り道? 大手道の右手にある当家の屋敷跡へ! 水捌けが悪いのかジュクジュクで板が敷いてあります。 排水用の雨樋らしきものもありましたが、全く役にたっていません。 次に大手道を挟んで向かい側の伝 豊臣秀吉邸跡へ こちらは何故か手入れが行き届いていて、きっちりと整備されています。 ある意味、これが天下人と地方の一大名の格差なのか? 整備されているといっても、敷地の広さは知れているので、 数枚撮影して、これ以後、本格的に登城します。 石段は組まれていますが、段差がまちまちなので非常に登りにくいです。 そのためか、一定の歩き方ができないので体力の消耗度が激しく、 すぐに疲れて息切れが・・・全くのヘタレで、情けない限り(泣) しばらく登ると、城跡には似つかわしくない陶器のイスがあったので、 情けなくそこへ座り込んで、ペットボトルの水を補給。 そこまで麓からは大して登ったとは思えないんですが・・・ 休憩して、さらに登っていきます。 信長の長男、織田信忠邸跡に出ると、以前来たときよりもサッパリした感じが・・・ どうも前回訪問時から2年間で、そこから黒門前辺りまで整備されたようです。 以前は草ボウボウでほったらかしだった甥の織田信澄邸跡・小姓の森蘭丸邸跡は 写真のようにサッパリしていました。 見る人によれば、これでサッパリ?と思う方もいるかも知れませんが・・・ 以前はもっとボウボウでした。 そして、いよいよ黒門をくぐり、主要部分へ〜♪ |
安土城





テレビの 「世界不思議発見」 で云っていましたが、信長は、安土城が築かれた時、庶民の皆さんにも見学(披露した)をさせたのですが、それを有料にして、自ら、門の前で金の徴収役をしたそうですね。
延々続く坂道 〜 〜 キツそうです。
2009/11/12(木) 午前 10:50
五節句さん、その通りのようですね。
本来ならば、軍事施設である居城を有料にしても公開するなど、他の大名では考えもしないでしょうが、信長は安土城を軍事拠点としてではなく、権力と権威の象徴として考えていたことが、そういったイベントをすることからも伺えますね。
最近、ホントに体力が落ちたのか、以前来たときよりもきつかったです。
2009/11/12(木) 午後 9:10
やっぱりいぃですねぇ〜w行こうと思って行ける距離に史跡があるって!本当に羨ましい限りです!まるこ家の周囲にはせいぜい古くても幕末から明治初期以降のものしかありません…
2009/11/12(木) 午後 11:55
登り始めたばかりでものすっごい石段に早くもくじけそうになったのをまざまざと思い出しました>< でも後半は坂もゆるやかでなんとか持ち直して、最後に頂上から見た景色は爽快でした。屋敷跡は「こんなに狭いの?」と思ったような。
2009/11/13(金) 午前 0:04
まるこさん、奈良に住んでいるので徒歩でも行ける名所旧跡が多いと、あまりどうこうとは思わないものです。
2009/11/13(金) 午後 10:06
まつさん、安土城跡はこれまでも数回登城しているので、だいたいどんな感じなのかは、分かっているはずですが、いざ登るとなると辛いですね。その辛さが、来るたびに増しているような気がして・・・(笑)
織田信忠邸跡を抜けると緩やかになるので、ましですがね。
それにしても、名だたる武将達の屋敷地は思ったよりも狭いですね。
2009/11/13(金) 午後 10:09
安土城跡に近々行きたいと思っているのですが、やっぱりかなりの覚悟を持って行かないとダメみたいですね〜。
最近体力が落ちてるような気がしてるので〜。><
杖は使わなかったのですね(笑)
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2009/11/14(土) 午前 9:11
ちゃちゃ様、言うほどの覚悟はいらないかと思いますが、
大手道が曲がるあたりまではきついですよ!
杖はまだ使う必要などないですよ!
2009/11/14(土) 午後 8:47
徒歩でも行ける名所旧跡が多いととは…本当に羨ましいです!!函館までも車で4時間半位かかります…
2009/11/14(土) 午後 11:15
僕にとっては、大自然が広がり美味しいものが多い北海道のほうが羨ましいです。
2009/11/14(土) 午後 11:39
前田大納言家は道を隔てて羽柴筑前守家と隣同志・・・
いずれにしても、昔から二人は馬が合っていたんでしょうね^^
2009/11/15(日) 午前 5:35
ロベルトさん、これらの屋敷跡は、そういう風に伝わっているだけで、実際に彼らの屋敷があったとは考えづらいです。
秀吉で当時近江長浜と播州姫路と但馬あわせて70万石程を、
当家の先祖にしても越前で3万石と後能登一国23万石を、
領していたわけですから、それくらいの大名家の屋敷としたら
狭すぎます。
実際は、信長の直属の旗本などが在住していたのではないでしょうか?
でもこういった伝承は、二人の信頼関係を暗示しますね。
2009/11/15(日) 午前 7:51