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長篠城跡を散策したのち、訪問したのは・・・
小高い丘の上に建つ歴史資料館です。
とにかくここの”売り”は火縄銃です。その展示物のほとんどが火縄銃。
いろんな種類がありますが、あまりにも多いので正直言ってうんざりしました。
一丁あったレプリカの火縄銃で遊んでみることに・・・
全く様になっていません(笑)
思ったほどではなかったので、早速古戦場跡へ〜♪
歴史資料館からはクルマで数分のところです。
馬防柵で囲われた陣地内までクルマで入っていける手軽さです。
陣地はちょうど小川を挟んだ谷間の傾斜地に作られています。
馬防柵の外側から見ると、
柵の前は田んぼで、田んぼそのものが堀の役割をしており、ここを騎馬隊が攻めるというのは、かなり不利な展開を強いられると思えます。
また馬防柵内のつくりも
要所要所が塹壕のように掘られ、そのところどころに銃眼を備えるある意味本格的な陣地築城がなされています。
攻める方からは相手が見えにくい、いや見えない構造になっています。
見えないところから銃撃させるので、攻める側には相当不利だったと思われます。
それに足元は田んぼともなれば、その進退には不自由したのは間違いないでしょう。
これでは天下の武田軍も織田徳川連合軍を破ることは不可能なはずです。
しかし、この古戦場、関ヶ原のそれと比べるとちょっとしょぼかったかなと。
せっかく近くに高速道路が開通したのだから、是非ここは積極的攻勢をかけて観光客誘致を進めてほしいと思ったりもしたのでした。
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史跡・寺社仏閣






そうでしょ、そうでしょ、しょぼかったでしょ?
何でこんな狭い場所で戦うの??
もっと広いところで戦ってよ、男なら(笑)
合戦屏風では凄い広い場所で戦ってる風に見えるのですが、実際の場所を見てガッカリしたのは私だけではないと思います。
それと現地の観光色が薄いのは多分新東名のSAの方に力入れてるからでしょうかね?予算オーバーとか^^
2016/4/16(土) 午後 10:06
確かに合戦屏風のような派手派手しさは全くなく、どこにでもある田舎の谷間で、どうしてこんなところに集まったのかと。
それを思うと、武田勝頼は完全に織田信長にはめられたのだなと感じ入ってしまいました。
新東名の長篠設楽原PAは、高速会社の力の入れようが感じられましたね。
2016/4/16(土) 午後 11:44
大納言様 おはようございます…新車での歴史散策
快適で良いでしょうね。信長ー勝頼戦 この時代
一番興味もあり、今晩の真田丸もいよいよ秀吉ですね
[ 河内の鉄チャン ]
2016/4/17(日) 午前 7:22
> 河内の鉄チャンさん、史跡散策はこじつけで、目的は新東名での走行テストでしたので・・・
でも3車線と思っていったら、それは浜松以東ようで・・・ガッカリでした
戦国時代後半の見せ場の一つですから、ショボイと言ってもその光景から古の合戦の様子を想像するのもおかしといったところでしょうか。
真田丸も新たな展開に期待ですね。
2016/4/17(日) 午後 5:44