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本丸内へ入り、まずは櫓と城門へ〜
正確には正面から見て左側が南櫓、右側が北櫓、それに挟まれた城門が東虎口櫓門と呼ばれているそうです。
まずは東虎口櫓門から
この櫓門は1994年に再建されたものなので、柱や梁、壁は非常にきれいです。そして櫓門内部には・・・
どの櫓の上にあったモノかわかりませんが、真田氏時代の鯱の再現レプリカです。
要所に金箔が貼り付けられており、それは豊臣秀吉の東方統治の一環として上田城の櫓にも備えられたようです。
櫓門をくぐり北櫓へ
こちらは壁こそ新しいですが、柱や梁は当時のモノです。
北櫓2Fからの眺めです。
一旦戻り今度は南櫓です。
こちらは展示スペースになっており、上田城に関する資料が展示されています。
明治初期の上田城。南櫓はありません。
その後、西櫓を残して全て民間に払い下げられ、南櫓と北櫓は・・・
二棟連結され遊郭の建物になってしまいました。
昭和初期の上田城です。西櫓を残して石垣だけになっています。
戦後、二棟連結された櫓は買い戻され、元の位置に移築復元されました。
その他貴重な資料も展示されていましたが、既に暑さと疲労のため、まともに鑑賞できず・・・
ちょっと気分を変えようと窓から外を見ようとしたら、
こんなところに”六文銭”?が・・・(笑)
もう疲労困憊・・・時間がないので南櫓を出て本丸内を巡ります。
今宵はこれくらいで・・・
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東日本の城郭






加賀守さん、私ずる休みしてます^^;
上田城の中には入ってないので参考になります。
しかし、櫓が遊郭になっていたとは…
明治新政府は貴重な城を悉くぶっ潰して滅茶苦茶にしていたんですね?
これは酷過ぎます。
今でもそのまま遊郭営業してるんなら許しても良いですけど(爆)
2016/8/19(金) 午前 11:46
> お茶犬さん、奇遇ですな。
僕も今日は通院のため休みでした。
先に大河ドラマ館とか見ていたので、中に入れたのも時間ぎりぎりでした。
明治初期には、維持費のかかる城郭の建物は、どこもこうして競売にかけられたり、解体されたようです。
現在建物が残っている城は、その保存によき理解者がいたので、一概に明治政府の責任でもないかと思います。
2016/8/19(金) 午後 7:17
五円玉には、笑いました!
楽しいいたずらですね。
2016/8/19(金) 午後 8:23
> Komoyo Mikomotiさん、なかなか洒落の効いたイタズラ?ですね(笑)
2016/8/19(金) 午後 8:36
加賀守さん、こんばんは(^−^)
そういえば、真似して ブラタモリ1 買いました(笑)
2016/8/19(金) 午後 9:08
> けいちゃんさん、第1巻だけでなく第2巻もお買い上げを!
10月に発売される第3巻には奈良も掲載されます!こちらも是非!
2016/8/19(金) 午後 9:28
櫓と城門の詳しい記事、流石ですね。
僕はサッと紹介予定ですのでこちらの記事をリンクさせて頂こうかな、、なんて手抜きを考えておりますよ(笑)
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2016/8/26(金) 午前 10:44
> 五里五里の旅人さん、こんばんわ。
櫓と城門についてなどネットで調べてさらっと流しているだけです(笑)
こちらこそ”手抜き”工事だらけです(爆)
2016/8/26(金) 午後 9:37