|
今年もあと3時間余り。本当に2018年も終わりです。
そんな中、この年末年始は『平成最後の・・・』と言った冠詞がつく出来事が多いですが、30年前の今頃、そんな事は誰も言わなかったと思いませんか?
当時CMで『お元気ですか〜』と車窓から呼びかけた陽水さんは、あっという間にいなくなり・・・
どう考えても『昭和』が終わるのは時間の問題だったのですが、やはり経緯が違うと違うものですね。隔世の感ありですよね。
これだとどうも『昭和』『平成』、そして新元号の三時代を生きることになりそうです。
|
全体表示






こんばんは。
来年はどんな年になるのでしょうね。
平成最後は、期限をきったから言える言葉なんでしょうね。
と言う事で、今年一年お世話になりました。
来年も宜しくお願いします。
2018/12/31(月) 午後 9:24
> なおさん
来年はどんな時代の幕開けになるんですかね?
『昭和』の時は、それがいつになるのかよくわからなかったですし、それに『最後の・・・』なんて、畏れ多くて言える状況ではなかったですしね。
なにわともあれ、新時代の幕開けを楽しみに!
こちらこそ、大変お世話になりました。
来年もよろしくお願い致しますm(__)m
2018/12/31(月) 午後 9:33
当時はバブル絶頂期でしたね。亡き父は仕事柄バブルに踊らされ、仕事から帰ると「今日は何億の契約を結んだ」と毎日のように母に話していました。毎日のように高級寿司店の折詰を持ち帰り、夜中に叩き起こされて食べていました。一生分の高級寿司をあの頃食べたような気がします。今考えると異常な時代でしたね。
テレビ画面には「天皇陛下のご容態」がひっきりなしに表示されましたね。いろいろなものが「自粛」という事でテレビから消えましたね。陽水さんのCMとか、過剰反応でしたね。
2019/1/2(水) 午前 8:01
> SACさん
あの頃は、今思い返すとおかしな時代でしたが、その渦中にいるときは、それが当たり前と思っていましたから、何かを得過ぎて、さらに多くのモノを失ったそんな時代だったように思います。
それを平成になって、30年もかかり支払わされてきた、いや今も支払っているような気がします。
昭和63年9月下旬?から、ひっきりなしに昭和天皇のご容態が伝えられ、あの3ヶ月はホントに重々しい日々でした。
その極めつけが、翌年1月7日の崩御。あの日は父の50歳?の誕生日でしたから、どんな思いでいたのか、今となっては想像もつきませんが・・・
2019/1/2(水) 午後 8:27