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気ままな奈良県民の極楽トンボ的な日々
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いよいよ始まりました期待の大河ドラマ『真田丸』

世間では放送前からいろいろと言われていますが、まず第1回の放送、まずまずの滑り出しではないのかと。

特に今回の放送では、むろん真田信繁(幸村)役の堺さんの飄々とした演技も良かったですが、それ以上に良かったのは、『表裏比興の者』と言われていた真田昌幸役の草刈さん、そして武田家滅亡の悲哀を感じさせるに十分すぎるくらいの平さんの演技でしょう。

特にネット上ではかなりの評判だったみたいです。

草刈さんは以下のとおり。

そんな堺自身、「1話は草刈正雄さんに尽きる」と語る存在感を放っていたのが、真田家当主、真田昌幸を演じる草刈正雄だ。こちらも一昨年、三谷氏の舞台「君となら」で信じられないくらい客席を笑わせていた三谷組の1人。「真田丸」では一族のキーマンとしての登場である。「真田太平記」(85年)では真田幸村を演じており、今回は父昌幸役というのも胸躍る。

 無双の軍事センスとしたたかさで乱世を生きるローカル武将の魅力がどっしり。一族に「武田が滅ぶことは決してない」と大見得を切った直後、息子2人を呼んで「武田滅びるぞ」。主君武田勝頼に「浅間の山が火でも噴かぬ限り武田は安泰でございます」と言った次のシーンで浅間山が噴火。大まじめな顔と三谷脚本の相性が抜群で、しれっとした存在感に大いに笑い、圧倒された。


続いて平さんは、


一方、平岳大の武田勝頼には泣かされた。武田家滅亡を招いた残念キャラとして描かれることが多いが、この作品では偉大な父を持つ苦悩の人。この先を正確に理解している聡明な人で、それでも甲斐の国に残ることを選んだ「優しくて、正しい人」(信繁)という三谷節で描いた。人質である信繁たちに別れを言いに来て、人質を免ずる証文までくれた律義さがしみる。「信玄公はもういません」と説得する信繁に向ける笑顔が切なく、落ち延びていく横顔が孤独なこと

イメージ 1

「真田丸」自体が敗者の物語であり、滅亡から始まるこのドラマの世界観が1話からガツンときた。


主役以上の存在感が良かったと思います。

まあ、まだはじめなので真田信繁(幸村)の大きな存在感は見えてきませんが、それを感じさせるものもちょっとずつ出していたのは、なかなかこれからが期待できるそんな気がしました。

大坂城総構 空堀

真田丸跡を後にして、まずは大阪城を目指します。

北へ向かう道は真田丸跡北側は急に低くなり、それが200mくらい続き、長堀通の先にある大阪女学院の手前までまた急な上り坂になります。

イメージ 1


写真ではわかりにくいのですが、上り坂の舗装面が茶色に塗装されています。

この部分が東西に極端に低くなっています。

このあたりの町名は、

イメージ 2


空堀町と言い、この周辺東西一帯が大坂城総構の空堀だったようです。

かなり幅の広い空堀です。

これまで真田丸は総構に隣接した半月状の馬出のような出丸と考えられていましたが、そうではなく、大阪城外に孤立した要塞に近いモノのようです。(※歴史秘話ヒストリアの受け売りですが・・・)

確かに200mも空堀で隔てられているとなると、大阪城内から物資・兵力の移動もままならなかったと想像されます。

そこから考えられるのは、真田丸は大阪城の弱点を補強した出丸ではなく、敵である徳川軍をひきつけるための”囮”だったのではないかと。

実際、真田丸での攻防戦では当家をはじめ越前松平家・井伊家なども惨敗を喫していることからも、それが裏付けられます。

それにしても、この幅の広い空堀の存在から、いかに大坂城が巨大城郭であったかを証明できるのではないかなと。

さてここから大阪城へ歩いていくのですが、入城する前に某所へ寄り道することに・・・
そこには、えっこんなところでと驚くことが・・・・






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