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気ままな奈良県民の極楽トンボ的な日々
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1週間くらい前に買った本をようやく読破しました。

シベリア出兵 - 近代日本の忘れられた七年戦争 (中公新書)

陸軍の失策を教訓に(読売新聞書評より)

 ロシア革命後の「権力の空白」に乗じて、1918年に連合国が開始したシベリア出兵。この出兵に参加した日本は、膨大な戦費を費やし、延べ7万人以上もの兵士をシベリアや満州に動員したが、最終的にほとんど得るところなく1922年に撤兵を余儀なくされた。「無名の師」と評されるこの出兵は、近代日本の外交の中でも、指折りの失策である。

 なぜかくも長い間大規模な出兵が継続されたのか。最大の責任は、領土や利権の獲得を狙い、強硬姿勢を貫いた陸軍とりわけ参謀本部にある。しかし、事態は単純ではない。そもそもこの出兵は、第一次世界大戦中に対独戦線の再建と革命政権の転覆を狙った英仏が提起したものである。在シベリア日本人の生命や財産が革命によって脅かされていたこと、中国がロシアの満州利権の回収を狙っていたこと、シベリアが朝鮮独立運動の策源地になっていたことも、日本を出兵に前向きにさせた。問題は、目的が明確化されず、現地情勢の把握も不十分なまま、出兵が断行・継続されたことにあった。本書は、欧米の研究や史料を踏まえながら、日本が撤兵を完了するまでの全貌を描き出している。

 著者は、原敬首相が撤兵を実現すべく奮闘した様子を詳しく分析しているが、原でさえも北樺太の権益確保に固執し、撤兵を遅らせる局面があったことも指摘している。出兵よりも撤兵の方が難しいという用兵の基本を改めて教えられる。

 シベリア出兵に従軍した多くの陸軍軍人が、昭和期に枢要ポストに昇進した。しかし彼らはこの失策からほとんど何も学ばなかったようで、やがて日本は中国大陸への無謀な侵攻へと突き進んだ。曖昧な戦争目的、政府と陸軍の「二重外交」、非正規軍との戦闘による泥沼化など、日中戦争拡大の軌跡は驚くほどシベリア出兵と似ている。昭和の日本が無謀な戦争に突入した遠因を探る上で、約100年前の軍事行動から学ぶべき教訓は多い。



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読売新聞の書評で何気なく見て、たまたま本屋さんにあったので買いました。

昔、日本史の教科書に『シベリア出兵』という記述だけはあったのは覚えていたけど、その経緯については全くなく、これは何なのか気になっていたのですが、身近なところには、これについて簡単に読める本もなく、忘れかけていた事を思い出させてくれた一冊です。

1917年11月に勃発したロシア革命による共産主義勢力拡大意を阻止せんとするため、反革命軍救出を名目にシベリアに出兵したですが、その後、事は思うようにはいかず、当初の目的は忘れ去られ、政治家や軍人のメンツや利権やしがらみのため、ダラダラと続けられた7年にも及ぶ”忘れ去られた戦争”です。

それにしても読んでいくと、こんな教訓があるのに、全くそれが生かされていなことがわかります。
当時現場で指揮を執った軍人は、日中戦争・太平洋戦争で軍の中枢を担う人たちであったはずなのに、全くこの時の事は忘れ去っていることがわかりました。

自分の仕事でも過去の失敗が全く生かされずに同様の失敗を繰り返すことに、『喉元過ぎれば熱さを忘れる』とはこのことだなと。

こういう本を読んで自らに言い聞かせるのですが、なかなかこれが難しいところ。




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