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津山城跡・津山まなびの鉄道館・津山駅・松川橋梁・美作河井駅と巡り、いよいよこの日の宿泊地である鳥取市内の白兎会館へ向かいました。
ただその前に翌日だと訪問できないかもと思い、また日暮れまで時間があったので、行ってみたのは・・・・
現在は久松公園となっている鳥取城跡です。
鳥取城は市内の東側にある久松山を中心に築城された山城です。
山頂は”山上の丸”と呼ばれる本丸ですが、実質的な機能はなく?城としての中心は山ろくの二の丸にあったようです。
そのため、そこまで行くと日没までに戻ってこれなくなるので、今回?は二の丸と隣接する天球丸を中心にめぐってみました。
レヴォーグを県庁の”無料”駐車場?にとめて、まずは堀沿いに出ると・・・
三の丸の鳥取西高校前に”吉川経家公像”が甲冑姿で佇んでいました。
この人、秀吉が鳥取城を兵糧攻めした時、城主だった山名氏の家老の要請に応じて毛利氏が派遣した方で、本来ならば開城の責めを負う必要はなかったにも関わらず、責任を感じて切腹した武将です。
彼の心意気というかそれは美談ではありますが、兵糧攻めと言うこともあり、実態は相当悲惨なことになっていたようです。秀吉の人命重視の戦法なんて言われることもありますが、それは自軍の将兵だけのことであって、鳥取城に籠る将兵や逃げ込んだ領民たちのことではなく、しいて言えば、この時代すでに後年のガダルカナルやインパールでの悲惨な出来事と同じ事がここで繰り広げられていたわけです。
この人の良いところは、後年の陸軍の将軍たちと違い、切腹して一切合切の責任を取ったところなのでしょう。だからこうして銅像が立っていると言ってよいのでしょう。
それはさておき、日もかなり傾てきたので先に進みます。
山ろくにある堀は水が抜かれて、
何やら復元工事をしているようです。
大手門からの登城路を復元する工事のようです。
将来的には大手門を含む城門や櫓が復元されるのでしょう。
そのため、この大手から入城することはかなわず。
堀の端っこまでいきます。
入口には鳥取出身の岡野さんと言う方が童謡『故郷』を作曲されたらしく、有名な歌手が歌っているのを聞くことができるようになっています。
僕らが選んだのEXILEのATSUSHIの歌。
意外と胸に響くものがありました。
じっくりと聞き入りたいところでしたが、日没が迫っているので先に進みます。
城内をはいるとまず右手に・・・
撮影は城内傾斜地から
命名は日本海海戦で名をはせた東郷平八郎元帥です。
ここは既に閉館時間となっていたので簡単にスルーしました。
そしてようやくここからが本格的な城内になります。
前置きが長かったので、今宵
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