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気ままな奈良県民の極楽トンボ的な日々
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2006年1月16日の記事の再掲載です。



明日は1月17日。
既にもうあの頃の事が、薄らぼんやりとしてしまうのだが、
当時、社会人になって始めての正月を向かえ、しばらく経ったのがこの日だった。
あの頃は、まだ現在の自宅に住んでいなくて、神殿町にある小さな一軒家住んでいて、仕事も今の仕事ではなかった。
5:47、突然の揺れに驚き、あわてて起きて窓を開けて外を見たものの、
窓の向こうに見えるプロパンガスの貯蔵施設にもなんら異常もなく、ほっとしていたのだけど、テレビをつけてみると、最初のうちは、淀川以西、神戸方面の情報がよくわからなかった。

イメージ 1

時間が経つに連れて、その被害の大きさに唖然としたものだった。
近くにあった当時勤めていた会社の営業所へ向かうも、JRや近鉄も運行していないようで、またクルマもあまり通ってなくてひっそりしたような感じだった記憶が。
その会社の営業所も伊丹や宝塚にあったので、後から聞いた話では、殆ど全壊だったらしい。
そして、あの震災があって数日後、長い間行方不明になっていた伯父が、震災復興作業に従事していて事故に遭い、三木市の病院に入院していることがわかった。僕は仕事でいけなかったが、父は伯父が世話になっていた方の案内で何度か三木市へ見舞いに行っていた。でも結局、4月に亡くなった。
後でわかった事だが、この伯父の事故死が阪神大震災での労災適用の第1号であったようだ。
身よりもない伯父だったので、父が遺骨を引き取り、当家の墓に納骨した。
あれから、11年。いまは神戸へ行っても、大震災の跡形は殆ど見受けられなくなった。そして大震災の事も歴史の1ページとなって忘れ去られようとしている感じがしてならない。

奈良に住んでいて、被害は受けなかったけど、全く関係のなかったことではなかった。思い出すと、あれからもうそんなに経ってしまったのかと。
本当に年月が過ぎるのは光陰矢のごとしだと。
あの日、夜明けが早かったような記憶だけがするけど、あれは事実だったのだろうか? 



あれから24年、我が家でも当時の事を知っていた父も昨年秋に亡くなり、この記事を書いた時よりも、その記憶は遠のき、この出来事は歴史の1ページになっていくのだと。

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