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気ままな奈良県民の極楽トンボ的な日々
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書庫鉄道全般

近鉄関係の記事は『近畿日本鉄道』として独立させましたので、ここでは主にJR・旧国鉄に関して語ります。
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京都鉄道博物館にある体験コーナーにあるシロモノです。

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線路上にある台車?に自転車の上物を載せて漕いで動かす保線用の車両?です。


これ一度乗ってみたいと思っているのですが、どうも子供用ないしは親子用のようで・・・

ええ大人?独りで乗るのは無理なのようです(笑)






昨日10月8日【土】、この日から京都鉄道博物館で開催された開館後初の企画展『THE SLEEPER TRAIN 〜寝台列車の軌跡〜』の鑑賞に行ってきました。

企画室にたどり着くまでいろんなところを見ましたが、その紹介は後回しにします。

企画展は2Fのレストラン横の企画展示室で開催されています。

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開館後初の企画展ということもあり、そのポスターからしてもかなりの気合の入りようです。


入るとすぐに20系客車の模型が水槽のような中に展示されています。


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電源車にはパンタグラフ?
20系の電源車に直流区間ではパンタグラフから電気を取り入れるものがあるのは知っていましたが、今思うと何故?とも思わないでもないのですが・・・

中に入ると・・・

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1等寝台の表示板

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進駐軍専用列車に掲げられたテールマーク?いかにもアメリカンなデザイン。


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ブルートレイン以前の寝台列車の様子。

あんな恰好のおじさんは、ブルトレになってからも健在でした(笑)


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東京発のブルトレに24系25形が導入された時にPRチラシ

開放的二段式寝台は、とにかく天井が高く圧迫感がなくて快適でした。


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モトトレインのPRチラシ。函館まで延伸運転していた『日本海』に改造したマニ50を連結して、そこにバイクを積むという画期的な企画でした。


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多分オロネ25形の個室寝台の再現。これが個室寝台の最初だったと思います。

当初は東京発九州行ブルトレにしか連結されておらず、関西在住の僕にとっては憧れの寝台でした。


そしていよいよ、ブルトレ栄光・繁栄、そして衰退と消滅を象徴する・・・・

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一部のブルトレの名称は、新幹線に受け継がれています。

伝統を重んじる鉄道ならではの事ではないかと。

ここまでがブルトレの黄金期だったように思います。

そして、衰退と消滅がヘッドマークにも色濃くあらわされるようになります。

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利用客が減り、併結運転が多くなると二つの列車名を冠したヘッドマークが登場。

そして、『富士・はやぶさ』の廃止をもって九州行きのブルトレは消滅しました。

それでも上野発と大阪発の東北・北海道行きは、残っていましたが、2015年3月のダイヤ改正をもって、それも廃止となりました。

その中でも、弊ブログで数多く取り上げてきたのが・・・

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トワイライトエクスプレス

これほど鉄道ファンのみならず沿線住民の方々に愛された列車はなかったでしょう。

またいろんな逸話を残した伝説の列車です。


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その栄光と伝説は・・・


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トワイライトエクスプレス瑞風 に引き継がれるというところで企画展は終わりです。

出口には、レアなヘッドマークが二つ


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シュプール信越として運用された時のトワイライト信越のヘッドマーク


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大晦日の運用時に掲げられた赤富士の『富士』のヘッドマーク。


最初から最後まで貴重な品々を見れて感慨無量でした。


※追記

今回の企画展とリンクして、博物館屋内外の機関車にヘッドマークが取り付けられました。前述のトワイライトエクスプレス以外のものを紹介します。

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EF58形と『あさかぜ』


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EF66形と『富士』


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DD51形と『出雲』


ヘッドマークがつくと何か引き締まった感じがします。


松代城跡を巡り、次に訪れたのは・・・

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長野電鉄屋代線 松代駅跡です。

ウィキペディアによると松代駅は単式1面、島式1面の2面3線のホームと留置線を有する地上駅。有人駅であったとの事。

そのためかこの駅の構内は、ローカル線らしからぬ異様に広いです。

廃線になる前はこんな感じ。


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留置線は、ずいぶん以前から放置されていたようです。

そんな松代駅ですが、今はその駅舎を利用しての観光案内所とバス停になっているようです。

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JR長野駅・長野バスターミナル・松代高校・長電屋代駅や須坂駅を結ぶバスの拠点でもあるようです。

それがためか、今なお駅としての姿だけはとどめているようです。

この後は、真田宝物館へ向かいましたが、内容はすっかり忘れてしまいました。

あしからず御了承願います。





上田城を一通り散策して松尾町にある駐車場に停めてあるレヴォーグにお土産物を積み込んでから、どうしても行っておきたい場所へ向かいました。

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上田駅前にある凛々しい真田幸村の騎乗姿の銅像です。


駅前にこうして銅像があるのは、やはり上田市民にとって、真田幸村は郷土の英雄なのだと実感します。奈良にはこのような郷土の英雄はいないので、うらやましい限り。

さて上田駅の方ですが、この駅にはJR東日本(北陸新幹線)・しなの鉄道(旧信越本線)・上田電鉄の3社が乗り入れしています。

と言っても、JR東日本としなの鉄道は中間駅の一つで、上田電鉄は地方ローカル私鉄なので、全体的には規模の大きい駅ではありません。

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こじんまりとした駅でした。

この後、ようやくこの日の宿がある真田家ゆかりの場所へ向かいました。











JR東海 伊勢奥津駅

昨日はかねてから検討していた松阪駅前の『たこやん』さんへ焼肉を食べに行ってきました。

松阪へ行くのに本来ならば、名阪国道・伊勢道経由で行けばよいのですが、それでは全く面白みがないので、今回は伊勢街道をメインにした山道経由で向かいました。

そして、その中間地点にあったのが、JR東海名松線の伊勢奥津駅です。

2009年10月の台風被害で約6年半一部区間が不通になっていたのですが、今年3月、ようやく全線復旧となり、駅舎もリニューアルされています。

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ホームへ行くと松阪行のディーゼルカーが停車中でした。


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駅は1面1線のローカル線の終点です。

しかし、その昔は島式ホーム1面2線と駅舎横(西側)片面ホーム1線で、3線が給水塔付近ポイントで1線になる構造だったようです。


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※国鉄時代の伊勢奥津駅

現在、当時を思い起こさせるものは、

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蒸気機関車時代のツタの絡んだ給水塔だけで、当時は給水塔の奥の方にも線路がのびていたようです。

それ以外にも旧国鉄時代の跡ともいえるのが・・・

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日本通運 奥津営業所跡

その昔は、こんなところにまで営業所を構えていたのかと・・・

今となってはそれも遠い昔の話

感慨深いです。

そうこうしているうちに松阪行が出発です。

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軽やかなディーゼル音を残して走り去っていきました。

ホームの先まで伸びていた線路の跡に何故か?

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ボンネットバスが停車中。

どうもこのあたりのイベントの一環として地域内を循環しているようでした。

何枚か撮影し、この駅を後に本来の目的地へ向かったのですが、途中とんでもない山道を激走?したのでした。



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